【書評】『大世界史』(池上彰、佐藤優)

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 お薦めの本の紹介です。
 池上彰さんと佐藤優さんの『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』です。

 池上彰(いけがみ・あきら)さんは、フリージャーナリストです。
 元NHKで記者やキャスターを歴任、現在は様々なメディアで幅広くご活躍中です。

 佐藤優(さとう・まさる)さんは、元外務キャリア官僚の作家です。
 国際情報局の主任分析官として、対ロシア外交の最前線にいた経験をお持ちです。

なぜ、いま、「大世界史」なのか?


 佐藤さんは、歴史は、現代と関連づけて理解することで、初めて生きた知になると述べています。

 池上 まったく同感です。歴史はいまを理解するためにある。たとえば、新聞を読みながら、事件の背後に世界史を重ねてみる。すると、その事件が立体的に見えてきます。あるいは、歴史を学ぶ際に、現代の様子も思い浮かべてみる。イスラムの歴史を学ぼうとするなら、現代のイスラム世界の人々の暮らしにも関心を向ける。そうやって、過去と現代の往復を繰り返すことで、歴史を我が物とすることができます。
 たとえば、いま中国が南シナ海からインド洋にまで勢力を拡大しようとしている。これはあたかも、明の鄭和の大航海の再来であるかのようです。また「イスラム国」は、2020年までに、東はインドから、西はスペインまでを取り戻すと言っていますが、これも過去のイスラムの栄光を取り戻す、という発想です。また大統領がみずからの権限を拡大しようとしたり、巨大なモスクを立てたりしているトルコも、「オスマン帝国の再来」を夢見ている。こうした「過去の栄光よ、もう一度」という動きが世界の各地に見られます。
 佐藤 そもそも歴史というのは、日本のものも外国のものも含めて、過去のわれわれの遺産を継承し、次の世代に伝えていくことです。その際、良い遺産は継承し、悪い遺産は批判的に継承するか、あるいは遮断する、ということも忘れてはいけません。
 池上 「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」というゴーギャンの有名な絵がありますが、私たちが歴史を学ぶのは、一言で言えば、今の自分の立ち位置を知るためですね。
 日本という国も、第二次大戦後、「もう二度と戦争はしない」ということで再スタートしました。そこから今日までどのような道を歩んできたのか。そして今どのような位置にいるのか。
 それは、個人の場合も同様です。自分はこれまでどう生きてきたのか。今どんなところに立っているのか。そして、これからどう生きるのか。要するに、「歴史」を知るとは、生きていくために「自分」を知ることなのです。
 佐藤 だからこそ、主婦やビジネスパーソンにも、歴史を学ぶ意味があります。
 一人の人間が、人生のなかで経験できることには限りがある。しかし、歴史を学ぶことによって、自分では実際に経験できないことを代理経験できる。
 こうした代理経験を積むことは、単なる娯楽にとどまりません。より直接的に、人生に役立つのです。論理だけでは推し量れない、現実の社会や人間を理解するための手がかりになるからです。
 読書や歴史を学ぶことで得た代理経験は、馬鹿にできるものではありません。この代理経験は、いわば世の中の理不尽さを経験することでもあります。しかしだからこそ、社会や他人を理解し、共に生きるための感覚を養ってくれるのです。
 何の問題も生じない円満な家庭や完璧な社会組織など、この世に存在しません。誰もが、時にある種の理不尽さに直面します。こういう時にこそ、代理経験がものを言う。逆に、こうした代理経験に乏しければ、どんな成功者やエリートでも、意外に脆いものです。つまり、そういう人は「歴史」を学んでいなかったわけです。

 『大世界史』 1 なぜ、いま、大世界史か より 池上彰、佐藤優:著 文藝春秋:刊

 国同士の利害関係が複雑に絡み合った現代の国際社会。
 それを読み解くには、それぞれの国の歴史背景を知る必要があります。

 本書は、「世界の今」をとらえるための「大世界史」を簡潔にわかりやすくまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「弱体化する大国」アメリカがイスラムの混迷を深めた


 シリアやイエメンでの内戦激化やイスラム国の台頭など、混迷を深める中東情勢。
 それに輪をかけているのが、「アメリカの弱体化」です。

 佐藤さんは、アメリカが影響力を決定的に低下させているばかりか、一種の錯乱状態に陥っていると指摘します。

 佐藤 (前略)
 アメリカは、対「イスラム国」ではイランと手を結びながら、対シリアや対イエメンでは、イランと本気で敵対している。他方、アメリカと協力関係にあったサウジアラビアは、イランの勢力拡大を警戒し、イランとの核合意に激しく反発している。まったく訳のわからない状況です。
 池上 オバマ大統領は、前任のブッシュ大統領と比較すれば、はるかに思慮深く、外交政策も、イラクやアフガニスタンに無闇に介入した前政権の反省の上に展開されているわけですが、この「弱いアメリカ」が、結果的に世界に悪影響を及ぼしていますね。“教養が邪魔する”とはこういうことなのでしょう。
 佐藤 そうです。事態の深刻化を受けて、イラクでアメリカは「兵員を増派した」と言っていますが、これは第二次大戦時のガダルカナルでの日本軍の戦力の逐次投入と同じで、ほとんど効果がない。イラクにおける「イスラム国」対策では、アメリカはイランに完全に頼っています。
 しかし対シリアでは、イランはアメリカに協力していません。イランは、アサド政権を擁護し、シリアを通じてレバノンのヒズボラをこの機会に強化して、イスラエルを締め上げようとしている。
 さらに、イランの最近の動きで本当に驚いたのは、イエメンにおいても、シーア派武装組織フーシにテコ入れしたことです。それに対して、アメリカの盟邦サウジアラビアが空爆を加えている。
 池上 スンニ派とシーア派の対立が激化して、イエメンだけでなく、中東全体を揺るがしている、という構図ですね。
 佐藤 その通りです。イエメンというのは、日本史で言う「戦国時代」のような状況です。そもそも近代的な国家が成立しておらず、たくさんの部族が互いに拉致し合う土地でした。ただし人質は殺さず、数万円から数十万円くらいの少額の身代金を払い合って解決することで、部族間の調整がついていた。しかし、そこにイランが入ってきて、シーア派の武装組織フーシを支援している。
 池上 そうした隣国イエメンの内戦状態に対して、大国のサウジアラビアが介入しているわけですね。
 イエメンでは、シーア派のフーシが政権掌握を一方的に宣言し、首都のサヌアを逃れたスンニ派のハディ暫定大統領側が軍事介入を要請していました。
 これに対し、サウジアラビアは、2015年3月26日、シーア派のフーシに対する軍事作戦を開始し、カタール、クウェート、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)と協力し、湾岸五カ国の共同声明として、「ハディ大統領の要請に応え、イエメンを守る決断をした」と発表しています。
 佐藤 そのハディ氏は、エジプト経由でサウジアラビアに逃れたのですが、彼に対する反発をもとにシーア派の拠点をつくろうと、イランがシーア派組織のフーシを支援しているわけです。
 こういう事態になれば、通常はアメリカが介入するのですが、現在のアメリカは何もしません。これがいま、国際情勢の最大の不安定要因になっている。

 『大世界史』 2 中東こそ大転換の震源地 より 池上彰、佐藤優:著 文藝春秋:刊

 スンニ派の大国・サウジアラビアとシーア派の大国・イラン。
 シリアやイエメンの内戦は、二つの陣営の代理戦争の意味合いが強いです。

 アメリカは、イスラム国対応で、イランとも手を結ばざるを得なくなりました。
 サウジアラビアとイラン、両方の機嫌をとって身動きがとれません。

 新しい大統領が決まる今年、アメリカはどう出るのでしょうか。

「債務大国」ギリシャを潰せない理由


 経済危機に揺れるEU(ヨーロッパ共同体)。
 その発端は、ギリシャの債務不履行(デフォルト)危機問題です。

 佐藤 ギリシャの問題に関して言えば、そもそもギリシャを「ヨーロッパ」と考えるのが間違いなのです。
 現在のギリシャは、19世紀に恣意的につくられた国家です。ロシア帝国と大英帝国のグレートゲームのなかの仇花みたいなものです。
 池上 19世紀の後半から20世紀初頭にかけて、イギリスとロシアは、中央アジアの覇権をめぐって対立していましたが、その両国の抗争全体を「グレートゲーム」と呼ぶわけですね。
 佐藤 そのグレートゲームのなかでオスマン帝国をいかに解体していくか、という戦略の一環として、ギリシャがつくられました。その中心となったのは、当時、ロシア領の黒海沿岸に住んでいたギリシャ人です。彼らは、「ギリシャ人だ」という自己意識をある程度、持っていました。
 一方、オスマン帝国の現在のギリシャに相当する地域に住んでいた人々は、帝国内のキリスト教のミレット(共同体)に入っていたわけで、「ギリシャ人」というより、「オスマン帝国のギリシャ正教徒」という意識をもっていたのです。
 そこにロシアのギリシャ人たちが入ってきて、「よく考えてごらん。お前たちは古代ギリシャにつながる由緒正しいギリシャ人なのだぞ」と働きかけた。イギリスも、「そうだそうだ」と声を和して、詩人のバイロンなども、ギリシャ独立戦争に参加してギリシャで客死する。
 1829年に古代ギリシャの滅亡以来、1900年ぶりに独立を果たすのですが、国民は、DNA鑑定をするれば、トルコ人と変わらない。アナトリアにいた正教徒をギリシャに移し、ギリシャにいたムスリムをアナトリアに移すという住民移動を行って、人造王国を仕立て上げたのです。王は、ドイツのバイエルンの王子を連れてきたのですが、その王があまりにも腐敗していたので、次には、デンマークから王を連れてきました。
 言語も、古代のギリシャ語とはまったく違います。ソクラテス、プラトン、アリストテレスとも関係ありません。しかし、古代ギリシャと関係があるかのように誤解させることをロシアとイギリスが合作で行ったのです。それにフランスもドイツも乗っていった。ですから、現在のギリシャのアイデンティティは、近代になってつくられた「伝統」であって、今の日本人がわが家は源氏か平家かと決めてニセ系図をつくるようなものです。
 池上 今のギリシャ人自身も、その「伝統」を信じ込んでいますね。2009年にギリシャの財政危機が表面化したとき、首都アテネでギリシャ人たちにインタビューしたら、「ヨーロッパ文明はギリシャ文明がつくり出したのだから、ヨーロッパ各国がギリシャを助けるのは当然だ」と言われて絶句しました。

 『大世界史』 5 ドイツ帝国の復活が問題だ より 池上彰、佐藤優:著 文藝春秋:刊

 ギリシャは、オスマン・トルコ帝国を解体するため、西側の出店としてつくった国家です。
 時代は変わっても、その地政学的な重要性は変わらないどころか、むしろ大きくなっています。

 莫大(ばくだい)な債務を抱えてもなお、強気な態度を見せるギリシャ。
「自分たちがこの場所に存在することの意義」を十分に理解した上での対応なのでしょう。

「ドローン」が戦争を変える!


 最近、メディアでも注目を集めるようになった「ドローン」(無人飛行機)。
 ドローンは、もともと戦死者を出さないで、戦争をするために開発された兵器です。

 ドローンの出現は、戦争のやり方を完全にくつがえす、衝撃的な出来事です。
 ドローンを駆使する側は、完全に安全な状態で戦争を続けることができるからです。

 池上 今ドローンは小型のラジコンヘリといったイメージですが、将来的に、これが戦闘機、爆撃機ぐらいのサイズになると、現在の有人飛行以上に、性能を上げることが可能になりますね。いくら優秀なパイロットでも人間ですから、8G、9Gといった重力加速度が加わると意識を失ってしまう。無人ならいくらでも無理がきくわけです。
 佐藤 ドローンの発展によって、兵器の体系もまったく変わるはずです。中国がいくら空母を作っても、日本が強力なドローンを開発してしまえば沈められる。ここで面白いのは、中国もそれがわかっているはずなのに、それでも空母の建造を止められないことです。
 池上 帝国海軍の大艦巨砲主義と同じですね。航空機の時代になって、空からの攻撃には耐えられないことがわかりながら、大和や武蔵を造ってしまった。
 佐藤 中国が軍事的なエネルギーを空費する自体は、日本にとって結構なことなのですが、問題は、せっかく空母を造ってしまったからには使わざるを得ない、という不合理な合理主義が作動してしまう危険性があることです。大和、武蔵を造ってしまった判断のゆがみと、勝てる見込みのない対米英戦を始めてしまうこととは、どこかでつながっていますから。石油がなければ戦えない、だから戦争する、というのは、当人たちにとっては合理的判断なのです。
 池上 さらにドローンで大きく変わるのは、誰が判断するか、という問題ですね。従来の戦争では、この相手を撃っていいのか、殺していいのか、兵士が判断しなければならなかった。
 佐藤 クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」にも、そういう場面がありましたね。アメリカ軍のスナイパーが待ち構えているところに、アラブ人女性と子供のテロリストが出てくる。それを撃つべきか、という判断を迫られる。
 池上 それがドローンならば、アメリカ本土で操縦している兵士の隣に、CIAの職員がついていて判断を下す。CIAは文官だから、シビリアン・コントロールも徹底されるのだと、元CIAの工作員が言っていました。
 佐藤 もうひとつ大きいのは、戦場から遠く離れたところで操作できることです。衛星などで中継させれば、アメリカ本土にいながら、中東のターゲットを攻撃できる。エアコンの効いたオフィスで決められた時間だけ戦争して、夕方には家族でレストランに行くことも可能になる。
 池上 日常と戦場の境がなくなってしまう。戦争に対する感覚自体が変容してしまう可能性がありますね。

 『大世界史』 8「イスラム国」が核を持つ日 より 池上彰、佐藤優:著 文藝春秋:刊

 ドローンが、より高性能化・大型化し、前線に大量に配備される日も遠くはないでしょう。
 そうなると、戦争の方法や目的は、今とまったく違ったものになります。

 オフィスに出勤し、決められた時間にテレビゲーム感覚で、ドローンを操って人を殺す。
 それが、近未来の「兵士」の日常になるかもしれません。

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 日本人は、海外のメディアなどから、よく「世界の動きに疎い」と指摘されます。
 四方を海に囲まれた立地条件や、日本語という独自の言葉を持つことも大きいでしょう。

 時代は流れ、今や「世界は一つ」となりました。
 日本の中だけに関心を向けていればいい。
 そんな時代はすでに過ぎ去っています。

 世界史を知ることは、「今の世界」を知ること。
 それは、「今の日本」を知ることにもつながります。

 世界における日本の立ち位置。
 本書は、それを知るための最適な入門書といえます。


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