【書評】『決定版 FinTech』(加藤洋輝、桜井駿)
お薦めの本の紹介です。
加藤洋輝さんと桜井駿さんの『決定版 FinTech』です。
加藤洋輝(かとう・ひろき)さんは、NTTデータ経営研究所マネジャーです。
事業戦略の立案や新規ビジネス創出等のコンサルティングに従事されています。
桜井駿(さくらい・しゅん)さんは、NTTデータ研究所コンサルタントです。
金融機関の新規事業開発・事業戦略策定、業務プロセス改革等のほか、人工知能やIoTなどを活用した金融分野の新規サービス開発・マーケティング支援に従事されています。
「フィンテック」は世界を変える!
「金融は、経済の血液」
そう言われるほど、私たちの日常生活の多くは、何らかのかたちで金融と結びついています。
その金融を大きく変えつつあるのが、「フィンテック(FinTech)」です。
フィンテックとは、金融(ファイナンス=Finance)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語
です。
簡単にいうと、IT技術を駆使した新しい金融サービスやシステム、およびそれらを提供するスタートアップ企業
のこと。
今まで受けることができなかった融資が受けられるようになる。
資産家や機関投資家と同じレベルの投資アドバイスや情報が入手できる。
決済や送金の手数料が格段に下がり、スピードが格段に上がる。
このような変化が、毎日のように起こっています。
本書は、世界を変えつつある「フィンテック」について、わかりやすく解説した一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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フィンテックが急速に発展した3つの理由
フィンテック業界に対する投資金額の推移は、2008年以降、右肩上がりで伸びています(下の図表1−3参照)。
図表1−3.投資が拡大するフィンテックベンチャー業界
(『決定版 Fintech』 第1章 より抜粋)
著者は、その主な要因を以下のように説明しています。
一つは、2008年のリーマンショックである。世界的な金融不安が発生したことにより、ダメージを受けた金融機関は大規模な職員の解雇を実施している。この際、金融機関出身の高度金融人材がフィンテック企業に流れたことは、フィンテックの発展を大いに加速させることになったと考えることができる。
また、ユーザーの心理的な変化も要因の一つである。この頃から、「デジタルネイティブ」「ミレニアル世代」と呼ばれる若者たちが台頭してきた。物心つくとすぐにパソコンを使い始めたこの世代は、オンライン上においては企業ブランドと同様、あるいはそれ以上にサービスの使い心地やより良い条件といった基準でサービス提供を行う企業を選択していく。
こうしたユーザーの心理的な変化に伴う消費行動の変化に拍車をかけたのが、やはり、リーマンショックだ。当時のアメリカ政府は苦境に陥った金融機関を救済すべく資金援助をしたが、消費者は「高度な報酬をもらっていた銀行マンをなぜ税金で助けなければならないのか」という疑問を抱くことになった。既存の金融機関が提供する金融サービスに対しての不満も加わり、「税金で守られるような金融機関に頼るのはごめんだ」「スタートアップ企業に同じサービスがあるなら、銀行に行かなくてもいいではないか」という心理が生まれたのだ。
「Today,Apple is going to reinvest the phone.」(今日、アップルは電話を再発明する)2007年に米アップルのスティーブ・ジョブズCEOによって発表された「iPhone」の発売以降、急速にスマートフォン(スマホ)が普及したことも、フィンテックが急速に発展する契機となった。2010年ごろはまだ折りたたみの携帯電話を使っている人のほうが圧倒的だったが、残念ながらあの携帯電話では、家計簿アプリなどのサービスをシームレスに提供できていたとは考えられない。
付け加えると、スマホのOSがiOS(iPhoneのOS)とアンドロイドという二つの陣営に絞りこまれていったことも大きな要因となった。というのも、サービスを提供するフィンテック企業からしてみれば、二つの陣営に提供するアプリさえ開発すれば、ほとんどのユーザーにリーチできることになったからだ。『決定版 FinTech』 第1章 より 加藤洋輝、桜井駿:著 東洋経済新報社:刊
事業の成功には、「ヒト・モノ・カネ」の3つが必要です。
リーマンショック、情報技術(IT)の進歩やスマホの普及、それに投資の活発化。
これらが合わさり、フィンテックが世の中に急速に広まる土壌ができたということです。
「ビッグデータ」と「人工知能」が可能にした、“新しい融資”
フィンテックの進歩により、既存の金融サービスの領域にも、大きな変化が生まれています。
「ソーシャルレンディング」と呼ばれる新しい形の融資サービスも、そのひとつです。
既存の融資では、各金融機関が定めた与信判断基準に合わせて利用者の評価を行い、融資の可否、貸出利率を決定してきた。また、こうした与信判断によって、従来では融資を受けることができなかった層や、信用力が特に高いのに、信用力の低い他の利用者と同じ金利を支払うことに不満を抱く利用者が少なからず存在した。そこに目をつけたのがフィンテック企業だ。
ソーシャルレンディングは、信用力が低く、信用データがない顧客層や、信用力が高い優良顧客層にターゲットを絞り込み、個別最適化された好条件の商品を提供する(下の図表2−5参照)。
その条件を弾き出すために用いられるのが、新たな与信判断の材料である。通常の個人情報だけでなく、ソーシャルレンディングでは、PFMやクラウド会計のデータ、SNSの情報、EC(電子商取引)の購買履歴などの新しい項目が、与信判断の材料として含まれる。PFMやクラウド会計のデータは、内容そのものはこれまでの与信判断で使っていたものだ。ECの購買歴は、支払が滞りなく行われているか否かの判断材料になるし、日常の支出の状況を見るうえでの参考にもなる。
SNSのデータは、与信判断にどのような影響があるのだろうか。あるフィンテック企業によると、SNS上の「お友だち」の人数やつながっている友人がどのような人物なのかを参考にしているという。ウェブ上でのネットワークが多ければ、オフラインの世界でも友人が多いと推測できる。保証人として契約するわけではないが、何かあった際の「手助け」を得られる確率が高い。そうした判断材料として使うそうだ。
このように、これまで収集できなかった新たな与信判断の材料を集め、蓄え、分析することで、これまでの与信基準では評価が難しかった層にまでユーザー層を広げることが可能となった。
また、ソーシャルレンディングにおいて、このような与信判断をする際には、人工知能を使って分析するケースが増えている。単純に、集めたデータを使って貸し出しの可否、または信用度のランクづけをする作業を人工知能に任せるケースもあれば、新たに判断材料として挙げたデータをウェブ上から収拾および整理する作業を人工知能が担っているケースもある。その両方を人工知能に任せることもある。
さらには、人工知能の使い方によって与信判断のハードルの高さも変わってくる。それによって金利などの条件に違いが出るなど、一口にソーシャルレンディングと言っても、各社各様のサービスが提供されている。『決定版 FinTech』 第2章 より 加藤洋輝、桜井駿:著 東洋経済新報社:刊
図2−5.フィンテックの提供領域
(『決定版 Fintech』 第2章 より抜粋)
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上の人間関係。
それに、アマゾンや楽天などのECの購買履歴。
それらが、融資における与信の材料になる、つまり、これまで無形の価値だった個人の「信用」が、「お金」という形で可視化されるということ。
まさに、多くの人に融資の可能性を広げる、画期的な出来事ですね。
「ビットコイン」で何ができるのか?
フィンテックによってもたらされた、まったく新しい金融の仕組みが「ビットコイン」です。
ビットコインは、オンライン上で流通している「仮想通貨」の一種です。
ビットコインを手に入れるには、オンライン上の両替所や取引所で代金を支払い、購入する。仮想通貨なので、基本的にはオンライン上で管理する。概念上、ビットコインの専用アドレス(ビットコインアドレス)が口座のような役割を果たし、この口座は簡単につくることができる。
こうしてビットコインアドレスをつくると何ができるのか。
まずは為替である。オンライン上の取引所や両替所でアメリカドルや日本円と双方で交換できる。また送金も簡単にできる。相手のビットコインアドレスさえわかれば、保有しているビットコインを送金することができる。もちろん、通貨に近いものなので、店舗やECサイトでビットコインでの支払いを受け付けていれば、支払いの手段(決済)としても使える。
(中略)
では、ビットコインと他の通貨とは何が違うのだろうか。
最大の違いは、発行主体と管理者か存在しないことだ。これはビットコインの本質的な部分である。円やドルなどの法定通貨であれば、発行主体として中央銀行が存在し、そこが発行量などを管理している。Suicaなどの電子マネーは、発行体として企業の存在がある。しかし、ビットコインは特定の発行主体が存在せず、のちほど言及するようにネットワーク全体で管理している。
発行主体がいないという意味では、金に似ている。そう考えると、金を想定していただけるとビットコインが理解しやすいかもしれない。現在、全世界に流通している金は50メートルプール3.5杯分と言われている。埋蔵量は残りプールおよそ1杯分と言われている。
つまり、現時点の掘削技術では合計4.5杯分しかこの世に存在しない。このように「限られた資産」であることが、金の信用の担保となっている。そして「限られた量しかない」という点で、ビットコインも同じことが言える。『決定版 FinTech』 第3章 より 加藤洋輝、桜井駿:著 東洋経済新報社:刊
ビットコインは、2008年に「ナカモト・サトシ」と名乗る謎の人物による論文が、ウェブ上で公開されたことから始まりました。
この論文を読んで衝撃を受けたエンジニアのなかの有志数人が、自主的にプログラムを開発し、「ビットコイン」のシステムを開発しました。
1ビットコインは、約4万6千円前後で、ビットコインの支払いを受け付けている店舗で使用できるとのこと(2016年3月時点)。
オンライン上ですべてが完結し、しかも、発行主体の思惑に左右されない普遍的な価値を持つ。
この新しい通貨は、今後、さらに広まりをみせることでしょう。
ビットコインの仕組み
ビットコインの仕組みについて。
ビットコインは、正しい取引の記録を、分散型のネットワークシステムである「ビットコインネットワーク」で維持
しています(下の図表3-6参照)。
このビットコインネットワークの根幹となるのが、「ブロックチェーン」と呼ばれる技術です。
図3−6.P2Pで維持されるビットコインネットワーク
(『決定版 Fintech』 第3章 より抜粋)
(前略)このビットコインネットワークでは、たとえばAさんからBさんに1ビットコインを送るという情報が、ネットワークに参加する人すべてに共有される状態になっている。
ウォレットサービスを利用して自分のビットコインアドレスをつくり、いくらかのビットコインを他の人に送金しようとした場合、専用のアプリを使えば簡単に送金することができる。しかし、ウォレットサービスを利用してビットコインアドレスを手に入れて、ビットコインを購入したり送金したり決済に使ったり投資したりするだけでは、ネットワークに参加していることにはならない。ここがビットコインネットワークを理解するうえで大切なポイントになる。
ビットコインネットワークに参加するには、接続すれば誰にでもインストールできる専用のソフトフェアを手に入れなければならない。繰り返すが、ウォレットサービスを使ってビットコインアドレスを手に入れることとは次元の違う話だ。
ネットワークに参加するために必要なソフトウェアをインストールすると、ビットコインネットワークが始まったときから現在までのすべての取引データが、サーバーやパソコンに入ってくる。ビットコインが始まったときから現在までの連続した取引データを「ブロックチェーン」と呼ぶ。このブロックチェーンのつながりは唯一無二のもので、ビットコインネットワークに参加する人はこのつながりをインストールして共有する。
このブロックチェーンの容量は、今や膨大なものになっている。一個人がモバイル端末やパソコンで気軽にインストールできるようなものではない。そこで、ネットワークに参加する業者が、参加できないユーザーに代わって取引を仲介するサービスを提供している。それが先ほどのウォレットサービスである。
ビットコインネットワークは、これまで一度もダウンしたことがない。それは、ネットワークに参加する無数のサーバーやパソコンに同じソフトウェアがインストールされているため、どこかが破損、停止しても、どこかが必ず生きているからだ。少し大げさだが、地球が滅亡でもして、ネットワークにアクセスしている全てのコンピュータがストップしない限り止まらない仕組みが、そこに構築されているのだ。『決定版 FinTech』 第3章 より 加藤洋輝、桜井駿:著 東洋経済新報社:刊
ビットコインが始まったときから現在までの連続した取引データを、すべての参加者が共有する。
これ以上強固なオンライン上のシステムは、ありませんね。
また、データの改ざんが難しいため、セキュリティ面でも、これまでの金融システムより安心です。
ビットコインは、ITが生み出した、まさに、“フィンテックの申し子”と言えます。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
フィンテックによる革命は、まだ始まったばかりです。
今後ますます新しい技術が開発され、「金融」は、私たちにより便利で身近なものとなります。
これからの「フィンテック時代」に、私たちに必要なもの。
それは、「金融リテラシー」と「情報リテラシー」の2つです。
新しい技術が発達すると、それを利用した詐欺犯罪なども多くなります。
便利さは、こうした犯罪に遭遇するリスクと表裏一体です。
自分の身は自分で守る。
その意識をつねに持ちながら、フィンテックと上手に付き合っていきたいですね。
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