【書評】『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』(山中伸弥)

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 お薦めの本の紹介です。
 山中伸弥先生の『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』です。

 山中伸弥(やまなか・しんや)先生は、幹細胞生物学がご専門の生物学者です。
 皆さんご存知の通り、2012年10月にノーベル生理学・医学賞を受賞が決まり、一躍“時の人”となりました。
 2007年にヒトの皮膚から人工多能性幹細胞、いわゆるiPS細胞(induced pluripotent stem cell)の作成に世界で初めて成功した実績が、ノーベル賞受賞の決め手となりました。

「iPS細胞」とは?


 最近至るところで目にする「iPS細胞」という文字。
 実際にどのようなものなのでしょうか?

 iPS細胞には、二つの大きな特徴があります。 

 iPS細胞には、二つの大きな特徴があります。一つは、高い増殖能力。はじめは一個でも、培養すれば10個、100個、1000個、一万個という具合に、どんどん増やせるのです。場所とお金さえあれば、ほぼ無限に増やすこともできます。

 もう一つの特徴は、高い分化能力。iPS細胞にさまざまな刺激を与えることによって、筋肉、神経、心臓、肝臓など、200種類以上ある体の細胞を作りだすことができるのです。
 iPS細胞は、体のいろいろな細胞から作ることができます。採取のしやすさからぼくたちがもっぱら利用しているのは、皮膚や血液。皮膚の場合、鉛筆に似た、先のとがった器具を表面に押し当ててクルッと回すと、数ミリ程度の皮膚をひとかけら採取できます。数分で終わる、簡単な処置です。
 この皮膚片を、直径10センチのプラスチック製培養皿に貼り付けて培養すると、皮膚細胞がどんどん生えていきます。そして、二週間くらいで培養皿がいっぱいになります。しかし、皮膚細胞はそれ以上あまり増えません。また、いつまで待っても、皮膚細胞のまま変化もしません。
 ところが、ここに四つの遺伝子を入れ、三、四週間培養すると、かつて皮膚だった細胞は、まったく姿を変え、能力も変わってしまいます。iPS細胞になるのです。

 『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』 はじめに より  山中伸弥、緑慎也:著  講談社:刊

 今では、世界中で、このiPS細胞を使って多方面の研究開発が行われています。
 その目的は、「再生医療」「創薬」の二つに大きく分けられます。
 iPS細胞を使って、病気になる前の元気な心筋細胞を大量に作りだし、患者さんに移植することによって心臓の機能を回復できるようになること。
 また、iPS細胞から作りだしたさまざまな種類の細胞の培養をつづければ、体内で進んだ病気の過程を、体外で再現できる可能性があります。
 そのため有効な薬を探る大きな手がかりにもなり、毒性や副作用を事前に調べる手段になることも期待されています。

 山中先生は、最初からiPS細胞を作り出そうとしていたわけではありません。
 いろいろな偶然や発見、そして多くの失敗を経て、ようやくたどり着いた先にiPS細胞がありました。

 ここでは、山中先生がiPS細胞にたどり着くまでの経緯にスポットを当ててご紹介します。
 山中先生は、遺伝子改変マウスを使った研究を行うために米国のグラッドストーン研究所に移籍します。
 そこでそれまで知られていない新しい遺伝子を見つけることに成功します。
 最初、山中先生はNAT1遺伝子と名付けたこの遺伝子が、がん抑制遺伝子ではないかと考えました。
 しかし、それを裏付けるための研究を続けるにつれて思わぬ方向へ進んでいきます。
 NAT1遺伝子がないと、マウスが発生の初期段階で成長しなくなることを突き止めます。
 つまり、ガン抑制遺伝子だと思っていたNAT1遺伝子が、じつはマウスの発生に必須の遺伝子だということが分かりました。

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ガン抑制遺伝子の研究から細胞の「初期化」の研究へ


 NAT1遺伝子をつぶすとマウスが生まれてこない以上、成体のマウスでの実験はできません。
 そこで、山中先生が注目したのは「ES細胞」(Embriyonic Stem Cell)と呼ばれる細胞です。

 受精卵は、次々と細胞分裂をくり返すことによって、「胚」と呼ばれる状態となります。
 ES細胞とは、その胚を取り出して、実験室でバラバラにして培養した細胞のことです。
 つまり、NAT1遺伝子を潰したマウスのES細胞を受精卵に注入することで、その影響を調べようと考えました。

 万能細胞と呼ばれているES細胞にはほかの細胞にない大きな特徴が二つあります。一つ目は、増殖力が非常に高いこと。ほかの細胞はある一定回数増殖したらそれ以上増えないという限界がありますが、ES細胞の場合、一億個でも簡単に増やせます。場所とお金さえあれば、一兆個に増やすこともできる。なお、このようにいくらでも培養をつづけられる細胞のことを、専門用語で「細胞株」と呼びます。
 もう一つの特徴は、ES細胞から神経細胞や筋肉細胞などぼくらの体を構成している200種類以上の細胞をすべて作りだすことができることです。これを専門用語で「分化多能性」といいます。
 さて、NAT1遺伝子をつぶしたES細胞を培養してみたところ、増殖力には何の影響がないようでした。ふつうのES細胞と同じようにどんどん増え続けました。ところが、なんとES細胞のもう一つの特徴である分化多能性が失われていたのです。つまりNAT1遺伝子はES細胞の分化多能性に必須の遺伝子だったわけです。「またか」と思いました。

 『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』 第1部 より  山中伸弥、緑慎也:著  講談社:刊

 ここから、山中先生の興味はES細胞に移っていきます。
 ES細胞を使った研究といえば、さまざまな器官を形作る細胞(たとえば心筋細胞、肝細胞など)を作り出す「分化」の研究が主でした。

 競争相手の多い「分化」ではなく、その逆の「脱分化」。
 山中先生は、いったん分化した細胞をまっさらに近い状態、つまりES細胞や受精卵に近い状態に戻すための研究を進めることにします。

設計図のしおり「転写因子」


 いったん分化した細胞を「初期化」することができるのは、全ての細胞に体全体の“設計図”ともいうべき、遺伝子情報を持っているためです。

 それでは、細胞同士のちがいを作っているものが“設計図”に挟まれている「しおり」の役割を果たす「転写因子」です。

 細胞の中で、しおりの役割を果たしているものを、専門用語では「転写因子」と呼んでいます。
 ある細胞で働いている転写因子を、別の細胞でむりやり働かせることで、細胞の性質が劇的に変わることが、1980年代から少しずつ明らかになってきました。そのきっかけを作った一人が、スイスのウォルター・ゲーリング博士です。ゲーリング博士は、ショウジョウバエを使って生物の発生過程を研究していました。
 その中で、ショウジョウバエの目を作るのに必要な因子をコードする遺伝子Pax6を触角になるべき細胞に送り込んだところ、なんと触角の先端部分に目ができたのです。この実験から、どんな細胞も設計図は同じであり、細胞の運命を決めるのはしおりであることが証明されたのです。
(中略)
 このような例から、転写因子が細胞の運命を握る重要なカギであることがわかっていました。細胞のしおりに相当する遺伝子は、マスター遺伝子とも呼ばれるようになりました。

 『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』 第1部 より  山中伸弥、緑慎也:著  講談社:刊

 設計図は同じでも、そこに挟まっているしおりにちがいがあるから、さまざまに分化した細胞になる。
 つまり、細胞の運命を決めるのは設計図自体ではなく、設計図に挟まれた「しおり」であるということです。

 人間の体細胞を初期化するES細胞の「しおり」を探すこと。
 それが山中先生のビジョンとなり、iPS細胞の作成へとつながっていきます。

「ほんまはこいつ賢いんちゃうか」


 山中先生は細胞の初期化に必要と思われる遺伝子をなんとか24個にまで絞り込みます。
 しかし、その中で本当に重要な役割を果たす遺伝子の組み合わせを探し出すのが大変です。
 2つの遺伝子の組み合わせならば276通り、3つの遺伝子の組み合わせならば、2024通りにもなります。

「こんなにたくさんの実験は行えない」
 そう考えあぐねていると、助手の高橋和利博士から驚くべき提案が飛び出しました。

「そんなに考えないで、一個ずつ除いていったらええんやないですか」
 これを聞いたとき、「ほんまこいつ賢いんちゃうか」と思いました。二十四個から一番目の遺伝子を抜いて二十三個を入れる、次に二番目の遺伝子を抜いた二十三個を入れるという具合に、一個ずつ抜いていきます。もし本当に重要な遺伝子なら一個欠けても初期化できなくなってしまう。まさにコロンブスの卵のような発想でした。まあ、ぼくも一晩考えれば思いついていたとは思いますが。
 この実験を一年かけてきちんと実行したのも高橋君の偉いところです。最終的に四つの遺伝子が残りました。この四つが欠けたときのみES細胞に似たものができなかったのです。それが、Sox2(ソックスツー)、Oct3/4(オクトスリーフォー)、Klf4(ケーエルエフフォー)、c-Myc(シーミック)でした。

 『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』 第1部 より  山中伸弥、緑慎也:著  講談社:刊

 ヒトの体細胞の初期化に必要なのは、たった4つの遺伝子の組み合わせである。
 それを突き止めることに成功した中山先生は、科学雑誌「セル」にその成果を投稿しました。
 2006年のことです。
 その翌年には、世界で初めてヒトiPS細胞を作成することに成功します。

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 ES細胞のような増殖力と分化多能性を持つ細胞。この新しい細胞に、僕はinduced pluripotent stem cellsという名前を付けました。日本語では「人工多能性幹細胞」、略称はiPS細胞です。最初の文字を小文字にしたのは、当時、流行していた携帯型デジタル音楽プレーヤーiPodにあやかりました。自分で発見して名付けた遺伝子の名前が使われなかった過去の苦い経験から、なるべく覚えやすい名前にしたかったからです。

 『山中伸弥先生に人生とiPS細胞について聞いてみた』 第1部 より  山中伸弥、緑慎也:著  講談社:刊

 iPS細胞を用いた研究は世界中で進められています。
 しかし、難病治療への応用など、実際に僕らの生活に役立つようになるまでにはまだまだ多くの時間がかかりそうですが、「日本発」の世界を変える注目技術として大いに期待したいです。
 山中先生はじめ、研究チームの皆さんの今後のご活躍をお祈りします。

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