【書評】『情熱のスイッチ』(齋藤孝)

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 お薦めの本の紹介です。
 齋藤孝さんの『情熱のスイッチ』です。



 齋藤孝(さいとう・たかし)さんは、教育学・身体論・コミュニケーション論がご専門の大学教授です。

「情熱」こそ、才能である


 何かを成し遂げた人、成し遂げようとしている人は、例外なく圧倒的なパワーを持ち合わせています。

 情熱の強さは、精神の強さを育みます。
 壁にぶつかっても、それを乗り越えようとする意欲の源になるからです。

 逆風が強ければ強いほど、ますます燃え盛る炎に例えられます。
 しかし、齋藤さんは、昨今の世の中では、この「情熱の絶対量」が不足しているような気がすると危惧します。

 日本人には、「道」という概念があります。

 ひたすらに一つの道を極めようとするストイックさ。
 その中に、喜びを見出す。

「求道精神」は、日本人の特質です。

 言い換えると、日本人は精神的な強さを、文化として持っているということです。

 齋藤さんは、本書の目的について以下のように述べています。

 繰り返すが、もともと日本人には、欧米人や他のアジア人のような肉食系ではない。闘争的な姿勢はとらず、終始穏やかに構えているのが常だ。しかしそのことと、情熱の有無は別問題だ。感情を表に出すことが苦手でも、内部でふつふつと煮えたぎってさえいれば、それでいいのである。
 仕事でも勉強でもスポーツでも、現実は別として、「こうありたい」と思い描く姿はあるはずだ。最初からあきらめれば可能性はゼロだが、「なんとかしたい」という情熱さえ持っていれば、とりあえずスタートラインには立てる。あとは、それをどこまで持続し、膨らませるかの勝負である。
 それが嘘ではないことを証明するのが、本書の役割だ。以下に、「情熱の塊」のような日本人を取り上げつつ、その発想の原点や精神の拠り所を探っていくことにしよう。
 それは、私たちが失いかけた、いわば“情熱DNA”を呼び覚ます旅でもある。

  『情熱のスイッチ』  プロローグ より  齋藤孝:著 大和書房:刊

 本書には、日本人に眠る“情熱DNA”を呼び覚ます「起爆剤」となる人々が数多く登場します。

 いずれもその道を極めた一流の人たちばかりです。
 その中から何人かご紹介します。

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「反発力」はどこへ消えた


 ロックシンガーとして有名な矢沢永吉さん。
 幼少期に経験した屈辱感をバネにして、トップスターの地位まで上り詰めました。

 その生き様は、まさに“正統派”のロックッスターといえます。

 一生懸命は知っている人は、一生懸命であるがゆえに、さまざまなトラブルに見舞われる。成功の軌跡に乗ったと思われる人でも、例外ではない。矢沢さんは、実は過去にも何度か仲間に裏切られたことがあるという。そういう事態に直面したとき、いかにメンタルを維持できるかで、その人の真価が問われるのである。
 その点、やはり矢沢さんは強かった。それは、昔からの成功への執着心や怒りを持ち続けたためだろう。何らかの屈辱を受けたとき、「嫌なことはもう忘れよう」ではなく「絶対に忘れないようにしよう」「今に見ていろ」と自分に言い聞かせ、むしろそれを反復しつつ増幅してエネルギーに換える回路を確立させた。この事件も、その一環としてとらえたに違いない。
 翻って昨今の世の中を眺めてみると、この「反発力」こそ、最も不足しているような気がする。特に若い人は、心が弱い。とても素直で優しい“いい子”なのだが、ちょっと厳しいことを言われると、たちまち落ち込んで心を閉ざしてしまう。
(中略)
 それだけストレスが少ない社会であるともいえるが、どこかに反発力を鍛えるようなDNAも維持されなければ、日本全体が縮こまってしまうような気がする。「負けて悔しくないのか」「オレは悔しい」と率先して語れる人が必要だろう。

  『情熱のスイッチ』  第1章 より  齋藤孝:著 大和書房:刊

 日本人はとくに、感情を表に出さずに内側に閉じ込める傾向が強いです。
 そのような教育を受けてきたし、恥ずかしさもあるのでしょう。

 悔しさや怒りなどは、表情や口に出して初めて伝わるものです。
 そして、感情は伝播します。

 一人の勇気ある行動がきっかけで、皆が心のなかに閉じ込めていた想いが溢れ出す。
 そして、ひとつの強力なエネルギーの場を作り出す。

 世の中は、そのようなことの積み重ねで進歩していくのでしょう。

情熱のある人には“出会い”が待っている


 株式会社マザーハウスを設立した山口絵里子さん。
「発展途上国で何かをしたい」という思いから、バングラデシュに単身乗り込みした。

 アルバイトを続けながら大学院に通うという生活を続けていましたが、そこで「ジュート」という天然繊維の生地に出会います。

「これだ」とピンと来た山口さん。
 ジュートをバッグとして仕立てて、日本に輸出できないかと考えます。

「ジュートで作ったかわいいバッグを作りたい」

 その気持ちだけが先行して、その後のことを全く考えていなかったという山口さん。
 結局、日本でバッグを売る会社を起こすのも、バッグを売るのも、経理上の作業も、すべて自分で行いました。

 この原動力となったは、おそらく直感力だろう。ジュートに出会い、「かわいいバッグをつくりたい」を思い立ち、それが念願だった開発経済に資することにもつながると発想を広げる。その実現に夢中になりすぎて、肝心の商売については二の次になってしまったということだ。
 しかし、こうして自転車操業的に走りながら次を考えていくスピード感こそ、今の時代には必要なのかもしれない。
 常に立ち止まって先を読み、シミュレーションを繰り返すばかりで前に進めないでいるより、直観的に「こうだ!」と思い定めて動き出し、出たとこ勝負で問題を乗り越えていったほうが、いい結果が出やすいのである。
 実際、スピード感がある人、熱い感性で動いてる人は、必然的に出会いが多くなる。周囲から見れば魅力的に映るため、何か協力したい、助けてあげたいと思う人が現れるのである。
 山口さんも例外ではない。日本でもバングラデシュでも、さまざまな重要な場面で強力な助っ人が何人も登場しては、それぞれの知見や技術を山口さんに提供している。それはただラッキーだったわけではなく、彼らにとって金銭的な条件が良かったわけでももちろんなく、ひとえに山口さんの熱意が人を惹きつけたためだろう。

  『情熱のスイッチ』  第3章 より  齋藤孝:著 大和書房:刊

 情熱は、「エネルギー」です。
 質量(重さ)とスピードが大きくなるほど、エネルギーは大きくなります。

 そして、動けば動くほど、熱を発して動きやすくなり、周りの人を惹き付けます。

 とにかく、動き始めること。
 最初の一歩を踏み出すことから全ては始まります。 

準備の量が「自信」をつくる


 ジャズピアニストの上原ひろみさんは、音楽をやることに限っていえば、ただの一度もあがったことがありません。
 その理由は、デビュー前も、デビュー後もピアノは毎日弾いているため、いつどこで演奏することになっても、準備はできているからです。

 実際にピアノを弾く前は、嬉しさと好奇心で緊張どころではないとのこと。

 実際、上原さんの練習量は膨大だ。毎日長時間にわたって弾くことはもちろんだが、ピアノの前を離れても、たとえば指でテーブルをカタカタと高速に叩きながら動かしたりしている。いわば基礎トレーニングのようなものらしい。その姿は、ピアニストというより、アスリートに近い。そういう積み重ねがあるからこそ、いざという場面でも動じることがないのだろう。
 そして世界は、シャイで及び腰の人を受け入れない。それぐらいなら、少々荒削りでも堂々としている人のほうがずっと“受け”はいいはずだ。
 これは、どんな分野についてもいえることである。たとえば、英語圏の人と交渉することになったとする。そのとき、議論の中身や知識や判断力ではけっして負けていないのに、英語コンプレックスあるために意見をうまく伝えられないとすれば、その時点で敗色は濃厚だ。ならば、思い切って優秀な通訳に入ってもらったほうがよい。それで、少なくとも条件はイーブンになるはずだ。
(中略)
 それに、周到な準備をしているからこそ、いざ本番で臨機応変の対応も可能になる。たとえば学校の授業でも、生徒の意見を取り入れて微妙にアレンジすることができる。むしろ準備がないと、ルートどおりにしか進めないため、逆に融通がきかないのである。
 まして、「最低限の準備で最大の効果を得よう」などというムシのいい話は、どこにも存在しないのである。

  『情熱のスイッチ』  第5章 より  齋藤孝:著 大和書房:刊

 本番に常に自信を持って臨む。
 そのために、周到な準備や日々の鍛錬が必要なのは、言うまでもありません。

 自分の心の中の「情熱の火」を消さない。
 そのためには、続けることが何より大事になります。

 自分の本当にやりたいこと、好きなことに打ち込む。
 それが一番良い方法なのが上原さんの例をみても分かりますね。

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「情熱の塊」のような人は、周りからみれば大変な苦労をしているように見えます。
 しかし、本人たちにとってみれば、それは努力でも苦労でもなく、当たり前の日常なのでしょう。

 ただ、「好きなことをやっているだけ」という感覚しかないのかもしれませんね。

 情熱があるから好きなものに打ち込めた。
 というより、好きなものに打ち込んだから情熱がどんどん湧いてきた、という表現の方が適切でしょう。

 好きなこと、打ち込めることを見つける。
 そのためには、まずは色々なものに関心をもつことです。
 その中から、「もっと知りたい」「極めてみたい」というものが見つかればしめたものです。

「情熱のスイッチ」は、何気ない日常のいたるところに転がっているものです。
 絶えず好奇心を持って、見落とさないようにしたいですね。


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