【書評】『はじめての野心』(中村慧子)

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 お薦めの本の紹介です。
 中村慧子さんの『はじめての野心 – 夢を最短最速でカタチにする方法 -』です。

 中村慧子(なかむら・けいこ)さんは、野心家です。
「元女優のシニア野菜ソムリエ」として、企業内講演、レシピ開発、コラム執筆など、幅広くご活躍中です。

「野心」に正直になり、人生を変える!


 中村さんは、「野心」のことを胸に広がる、「言葉」にならない熱い「衝動」だと指摘します。

「いつか、絶対叶えてみせる!」
「今、チャレンジしてみよう!」
 本当はこんなエネルギッシュな気持ちのことです。私は私の中に潜むたくさんの「野心」に気が付いてから、戸惑いながらも自分なりに「野心」を育ててきました。

「影響力が欲しい!」
「誰よりもキラキラ輝きたい!」
「自由に自分を表現したい!」

「こんなことを言ったら、笑われてしまうかも?」というような気持ちを剥き出しにして、突っ走ってきました。
 もちろん、最初からそうだったワケではありません。「自分の中に潜む野心」をなかなか認められず、苦しい時期もありました。
「女優という名のフリーター」から「野菜ソムリエ」に転身。「出版」するという「野心」に燃えるも、現実は厳しく「失敗」「離婚」「スランプ」「絶望」・・・・・。
 人生を複雑骨折しすぎて、「自分」が何者なのか分からない。
 何度も自分を諦め、何度も自分を見捨てました。
 そして、「野心」から羽をちぎり檻に入れ、「自由」を奪う。
 でも、閉じ込めた「野心」は「嫉妬」へと変貌。
 私は壮絶な「嫉妬」を経験して決意したのです。これからは自分の「野心」を認め、「野心」に生きると・・・・・。
 そうだ! 「野心」に「正直」に生きて何が悪い!

 『はじめての野心』 第1章 より 中村慧子:著 ワニブックス:刊

 自分の心のなかに潜む「野心」に気づく。
 そのためには、まず、“自分を知ること”です。

 “自分を知ること”は「根拠のない自信」を手に入れること
 中村さんは、「根拠のない自信」さえあれば、叶わない「野心」は何1つないと強調します。

 本書は、胸に咲いた「はじめての野心」を育て、夢を叶えるためのノウハウをまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「野心」があるのに、「カラダ」が動き出さない理由


「野心」があってもカラダが動き出さないのは、「行動力」がないからではありません。
 「最初の0歩」がないからです。

 中村さんは、すべての「野心家」は「最初の1歩」の前に、誰にも見せない「最初の0歩」を踏んでいると指摘します。

「最初の0歩」とは「根拠のない自信」を手に入れるためのプロセスです。誰に何と言われようと、「私はこの野心を叶える! 叶わないワケがない! いや、むしろ叶うに決まっている!」
 そう、自分で自分を信じる、強い、何よりも強い気持ちを育てる時間。
「野心」を叶えるためには「普通の自信」ではダメなのです。
 自分のカラダ1つ。己の腕1本で駆け上がってみせる! という自信でなければ。


 でも、「野心」というカラダに収まり切ることのない「衝動」は、到底自分1人の「チカラ」だけで叶えることはできない。まだ「何者」になっていなくても、まだ「何も」なしえていなくても。「野心の先輩」や多くのオーディエンスを「情熱」だけで巻き込むチカラが必要なのです。
 例え、相手が国家権力であろうと、超有名人であろうと、見上げてしまうような大企業であったとしても。「私の野心に協力して欲しい!」と言えるだけの「根拠のない自信」が必須。「自分は生きているだけで価値がある!」と思えなければ、突き進むことはできないのです。

 自分が「信じない」自分を、誰が「信じる」のでしょう?
 自分が「味方」していない自分に、誰が「協力」するのでしょう?
 自分が「正直」にならない「野心」を、誰が「応援」するのでしょう?


「最初の1歩」は勢いで踏み出すものではありません。
「根拠のない自信」を手にする前に踏み出したとしても、世間の目という無言の圧力に負けてしまう。「何がしたいのか?」「どこへ向かったらいいのか?」と方向を見失い、足は止まってしまうのです。

『はじめての野心』は、頼りなくて、儚(はかな)い。
 だからこそ、支えてくれる「根拠のない自信」が必要です。「根拠のない自信」がないと、「資格」「技術」「習い事」などのカタチを求め彷徨ってしまう。でも、その前にものと大切なカタチがある。
 それは「言葉」です。

「最初の0歩」とは「言葉」というカタチを手にすること。
「野心」とは自分を「言葉」にすることからスタートします。
「言葉」にできていないから「不安」を感じるのです。
 なぜなら、私たちは目に見えるカタチあるものしか信じられないから。

「野心」を「言葉」というカタチにして自分の目の前に取り出すことは、“自分と向き合う”とも言えます。「言葉」とは「野心」を叶えるツールなのです。
「何をしたらいいのか?」「どこに向かえばいいのか?」という行動の方向性を示すもの。
 そして、伝えるもの。
「言葉」にすることができれば、迷ったとしても誰かに聞くことができます。
 今、立ち止まっているとしたら、それは「自分」に伝わっていないから。

 だからまず、自分を「言葉」にして、自分に「伝える」ことからはじめる。
 それが「0」を「1」にする方法です。

 『はじめての野心』 第1章 より 中村慧子:著 ワニブックス:刊

「最初の0歩」とは「言葉」というカタチを手にすること。
 自分の中に湧き上がってくる「野心」を言葉にして、はじめて人に伝えることができます。

 言葉になった野心を、最初に伝えるのは「自分」です。
 何のためらいもなく、「最初の1歩」を踏み出せる。
 そんな「根拠のない自信」を身につけるまで、自分自身に伝え続けましょう。

「野心」とは「正義」だ!


 中村さんは、どんな「野心」が出てきても、まずは認めること。「正直」になることが大切だと述べています。

「野心」に気づくことと、「正直」に認めることは違うのです。
 実は、これが私には足りていないことでした。
「はじめての野心」が芽生えたときに、もっと寄り添って、しっかりと立ち上がらせていれば良かった。
 生まれたばかりの「野心」とはシャボン玉のような存在。自分が支えていなければ、静かに消えてしまいますからね・・・・・。
 ですから、「野心」が出てきやすいように、ちょっと深呼吸をしてリラックスします。そして、「どんな野心でも受けとめよう!」と開き直って、こう自分に問いかけてください。

 もし、自分に何の「制限」もなく、何でも「自由」に叶えることができたら・・・・・。
 あなたは何を願い、何を望みますか?


 男女も関係なく、
 お金のあるなしも関係なく、
 才能や技術も関係なく、
 時間も年齢も関係なく、
 家族、友人、恋人も関係なく、
 世の中、社会も関係ない・・・・・
 何もかも思い通りになる「人生」だとしたら、何を叫ぶでしょう。
「私は◯◯になりたい!」
「私は◯◯したい!」
「私は◯◯が欲しい!」
 と、どんなカタチでもいいので、ノートに書きだしてみます。

 これは、直感勝負。漠然としているほうがいいです。「考える」というよりは、パッと頭にイメージできたことでOK。
 そして遠慮しないこと。「こんなこと叶うのかしら・・・・・」と思うものほど優先的に書きだすことがポイントです。自分の「可能性」に「制限」をかけるのはNGです。
(中略)
 いくつか「野心」を書きだすことができたら、しっかり見つめてみます。
 そして、ここからが大切。書きだした「野心」が「世」のため「誰か」のためではなく、自分がどう在れば満たされるのか、ストレートに表現されているかをチェックします。

 ◯私は誰よりも綺麗になりたい!
 ×彼氏の自慢の彼女になれるように綺麗になりたい!


 なぜなら、「純粋な野心」とは「幸せ」のことだからです。

 誰にも共感されなさそうな、自分の「欲」を満たすだけのものでも。自分が心の底から叶えたいと願い、信じる「野心」は「正義」です。
「こう思ったっていい!」と許してあげて欲しいのです。
 ここで嘘をついてしまうと、後々苦しくなっていきます。数年前の私のように。

「自分」の前では「いい子」にならなくていい。
「野心」を綺麗な言葉で飾らなくていい。
「本音」で思う「野心」とはピュアなもの。
「わたし」の「人生」そのものなのですから!
「見返したい!」「多くの人に認められたい!」という一見ネガティブな「野心」でも、心の底からフツフツと燃えるのであれば、まずはそれを「言葉」にして認めます。

「野心」が叶うとどんなネガティブな思いも、「透明な光」になってカラダにパワーがみなぎります。
 そして、必ずそのパワーを「世」のため「誰か」のために使いたくなるときが来る。
 つまり、今、どのような「野心」であったとしても、「正直」に生きることでネガティブはポジティブに変化するのです。必ず。
 ですから、書きだした「野心」の下に「私は野心に正直に生きる!」と「宣言」を書いておきます。

「野心」に「正直」になることがすべてのスタートです。

 『はじめての野心』 第1章 より 中村慧子:著 ワニブックス:刊

 他人のためではなく、なによりも自分のため。
 心の奥底から湧いてくる叫び、それが「野心」です。

 自分のなかに眠る野心に気づき、認めるのは、とても勇気がいることです。
 しかし、それをしないことには、前には進めません。

 自分の野心に「正直」になる。
 とても大切なことですね。

「強さ」と「ワガママ」の境界線ってどこ?


「野心」を叶えるためには、ポジティブな「強さ」「ワガママ」が必須です。
「強さ」「ワガママ」には、自分のなかに通る1本「芯」、つまり、「自分軸」を安定させる力があります。

「強さ」とは自分の足で立つことのできる力です。
 まずは自分のチカラを信じて挑戦してみよう! という「好奇心」「冒険心」をも持ち合わせています。
 挑戦してみて、1人ではムリ。そう判断したら「助けて!」と周りに「協力」を求めることができる。

 頑張って「完璧」を追い求め、男性と勝負してサバサバするのはポジティブな「強さ」ではありません!
「自分軸」がないと「自分」がなくなってしまうような危機感にさらされるので、誰かに頼ることができません。
 他人の言う「意見」も「否定」だと勘違い。「でも! だって!」と論破しがち。ネガティブな「強さ」になってしまいます。

 ポジティブな「強さ」とは「自立」していながらも、柔らかくてしなやか。「傷つく言葉」もひらりとかわし、痛みを感じたときも癒やすことができる。自分をいつもハッピーな気持ちで満たしてあげることができます。

「ワガママ」とは「主張」です。
「私はこう思います!」と、自分の「意見」を伝えられること。
 ネガティブな「ワガママ」とは「好き」「嫌い」という私情で周りを振り回すことです。多くの人がかかわり、意見をそろえる場面で「私はそれ嫌いだからイヤです!」という「ワガママ」はよくありません。
 ポジティブな「ワガママ」には「感情論」ではなく「理論」が存在します。「仕事」「プライベート」の在り方を、「もっと良くしたい!」というポイントで主張すること。

「野心」を持って歩くと、譲れない場面も出て来ます。
 そのときに「理論」を持って、「交渉」することができること。誰に対しても、そのとき、その瞬間に感じたことは伝えます。
「あのとき、実はこう思っていたんです・・・・・」という後出しジャンケンは「野心道」に反します。

 自分が「主張」するだけではなく、相手の「主張」も受け入れる。
 そして、ここからがポイントですが、自分の「意見」が通らず、相手の「主張」を受け入れたとき。その結果が良いものでなかったとしても、すべては自分が決めたことだと「納得」して進むということです。
 選んだのは、自分なのだと「潔く」認めること。自己責任です。人のせいにしない。「納得」できないのであれば、「納得」できるまで「主張」することです。
「芯のある女性」という言葉を聞いたことはありませんか?
 それは、「自分軸」のある「しなやかな強さ」「潔いワガママ」を持つ人のことを言います。
 そして、「凛としている」とも表わされます。

 『はじめての野心』 第2章 より 中村慧子:著 ワニブックス:刊

「強さ」「ワガママ」にも、ポジティブなものとネガティブなものがあります。
 
 強風をものともしない、しなやかな強さ。
 自分の美学をとことん貫く、潔いワガママ。

 この二つが、野心を現実に近づける“車の両輪”です。
 ぜひとも、身につけたいですね。

誰の「アドバイス」でも一度食べてみる


 野心を持って進みはじめると、色々な人が色々なことを言ってきます。
 いいことばかりではありません。

 都合の悪いこと、冷水を浴びせるようなことを聞き、反発を覚えることもあるでしょう。
 しかし、中村さんは、「野心」を叶えるためにここはグッと我慢だと述べています。

 誰かが自分のために言ってくれる内容は、例え半分「悪口」が混じったアドバイスでも貴重な「情報」です。
 だから、誰のアドバイスでも一度は美味しく食べること。
「それはちょっと違うな」「自分にはいらない情報だな」と感じても反論せずに、一度自分の中に取り込むのが「野心家の心得」。
「でも」「だって」は不要。白雪姫のように「わぁ、美味しそうなリンゴ! ありがとう」とピュアに喜び、パクリと食べる姿を見せておきましょう。
 その上で、「美味しくないな(必要ないな)」と感じたら、その人が去った後にペロリと吐き出してしまえばいいのです。
 大丈夫! アドバイスに毒が入っていることはありません。「野心の種」をまく段階で必要なのとにかく「情報」。自分から「可能性」を閉じる必要はありません。

 また、自分が経験したことのないアドバイスに関しては、一度トライしてみるのもオススメです。1回試すことで自分にとって必要不必要の判断基準が確立。次に同じようなことを言われたときにジャッジしやすくなります。しかしながら、繰り返しになりますが、何度か経験したことであっても、誰かがアドバイスをしてくれているときは忘れる。「そんなこと知ってます〜」みたいな態度を取るのはもったいないです。

「野心の種」をまいているときは、とにかく「情報」を集めて「分析」。戦略的に「行動」することなのです。
 情報はあればあるほど良いと言えます。アドバイスという名の「情報」を誰かが食べさせてくれる前に口を閉じてはいけません。
 知っている内容でも伝えてくれる人が変われば「伝え方」が変わります。
 その「表現方法」を学ぶようにします。

 一度でも「私はそれ嫌いなので食べないんです」と言ったら、その人は二度と美味しいものを持ってきてくれないでしょう。この人に言ってもムダだと思われたら終わり。「情報」の流れが止まってしまいます。最初のリンゴは自分にとって美味しくなくても、2回目にくれるリンゴはとびきり美味しいかもしれないのに・・・・・。

 私は自分がどんな状況にあっても、誰かがアドバイスをしてくれる「隙」を常に意識したいと思っています。
 とにかく何でも「素直」に美味しそうにパクリと食べるのがコツです。

 『はじめての野心』 第3章 より 中村慧子:著 ワニブックス:刊

 料理する人も、好きなものだけを食べて嫌いなものを残すより、出されたものを何でも喜んで食べるほうが喜ぶでしょう。
 アドバイスも同じで、何でも喜んで聞き入れてあげるほうが、与える側は嬉しいものです。

 すべてのアドバイスを受け入れたうえで、本当に自分にとって必要なものだけ採用する。
 情報の取捨選択の能力が、重要となりますね。

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目をギラギラさせてがむしゃらに、自分の欲望のみを追い求めていく。
「野心家」という言葉には、そんなイメージがあります。

 世の中を変えるような偉大な出来事。
 そのほとんどは、そんな「野心家」が最初の1歩を踏み出すことから始まりました。

「野心」とは「自分」ひとりで抱くものです。
 しかし、それを叶えようと「最初の1歩」を踏み出したときから「夢」へと「変化」していきます。
 中村さんは、「1歩」を踏み出せば、多くの人に巡り合い「協力」「応援」によって磨かれるとおっしゃっています。

 大事なのは、「〜をしたい」「〜になりたい」という切実な願い。
 そして、心に灯った「野心」の炎を絶やすことなく、より大きなものにしていくこと。

 自分のなかに眠る「野心」を育て、多くの人を巻き込みながら、「夢」を実現する。
 私たちも、そんな立派な「野心家」を目指したいですね。


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