【書評】『100年働く仕事の哲学』(長沼博之)

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 お薦めの本の紹介です。
 長沼博之さんの『100年働く仕事の哲学』です。

 長沼博之(ながぬま・ひろゆき)さんは、イノベーションリサーチャー、事業開発コンサルタントです。

退職なき時代の「キャリア進化論」


 私たちは、大きな時代の転換点に生きています。

 定年まで一つの会社で働き、その後は、のんびりと余生を過ごす。
 そんなこれまで「当たり前」と思われてきた生き方が通用しない社会になりつつあります。

 長沼さんは、現在の年齢が何歳であるかは関係なく、誰もが、退職なき100年人生のキャリアビジョンを描くべき時代に突入したと述べています。

 副業が推進され、年金は何歳からいくら支給されるか分からない時代。また、健康寿命も長くなっていく一方で、私たちの人生は本質的に、いつが最後の日なのかさえ分からない。そんな不確定要素ばかりの中で、誰もがこれまでにない、長い長いキャリア人生のリアルを構築していく時が来たのである。
 新しい働き方や未来予測の情報が溢れる一方、それらが、私たちの無意識に欲する奥底の欲求を満たしてくれることは少ない。なぜなら私たちの未来は、「分析」の中にあるわけではなく、現実の具体的「行為」の連続の中にあるからだ。それは、一人一人の生活、人生の中にこそある。いたる所でなされる、多様な働き方についての語りも、結局、自分の仕事や生活と繋がってこなければ、逆に不安になってしまったり、消化不良を起こすことになる。
 結果、それらを結びつける100年人生のための、全く新しいキャリアの思想が求められている。各分野に散らばった知識のうねり、例えば、新しい経営モデル、事業開発スタイル、組織のあり方、リーダーシップ、欲望の進化、人間観のパラダイムシフトなどさえも統合するキャリア進化論の出現が待たれているのだ。それは、人類が経験したことのない未曾有の大変革期に挑むことができる、強靭なものでなければならない。そして、今ついに、それが私たちの眼前にぼんやりと浮かび上がってきている。それを本書で書き記していきたい。

『100年働く仕事の哲学』 はじめに より 長沼博之:著 ソシム:刊

 私たちは、今後、これまで誰も経験していない、大変革の時代を生きていくことになります。

 大切になるのは、普遍を備えながらも、時代に即応できる自身の思想を磨き続けること。

 長沼さんは、時の流れに耐えうるミッション、自身の根底のアイディンティティを覚知しなければならなくなっていると指摘します。

 本書は、退職なき100年人生のキャリアビジョンを輝かせるための「仕事の哲学」をわかりやすく解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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サラリーマン全盛時代のゆっくりとした終焉


 社会の富は、ますます偏在し、経済格差は広がり続ける。
 失われる雇用の数よりも、生まれてくる雇用の数が少なくなっていく。
 そんな中でも、健康寿命は、確実に伸びている。

 そんなトレンドの中で、思いもよらなかったような価値観が世界を覆い始めています。
 それは、「人生の最も重要な期間は、60歳から始まる」ということです。

 長沼さんは、そのために、可能な限り若いうちからそれを意識して人生を、キャリアを総合的に構築していかなければならないと述べています。

 マラソンもそうであるが、10キロ地点、20キロ地点を颯爽とトップで走っていても、むしろ重要なのは後半であって、そもそもゴールは42.195キロ地点にある。
 現代は、この10キロ地点、20キロ地点で颯爽と軽やかに走る人たちに注目が集まる。しかし、これからはそこにはリアルがなかなか感じられなくなるのである。その華やかさは、より瞬間的な花火のような儚さをまとうことになる。
 Googleが!Appleが!Amazonが! というテクノロジーがらみのきらびやかで驚くべきニュースが止めどもなく流れていく時代において、私たちは、長い長い人生における「キャリアデザイン」とその「目的」を意識しなければならなくなる。そこに私たちのリアルがある。
 20代から50代までの若き日の30年間、どれだけ頑張り、地位やお金を得たとしても、これから訪れる社会では、60歳から人としてどれだけ周りに貢献し、感動させたのか?その期間を充実して過ごせたか?といった人間としての「真の力」が問われるようになっていく。その充実感は、肩書きや地位から生まれるものではない。また、のほほんと何も考えず温泉に浸かる余生の中にもない。それを多くの人が意識し始めるのである。これは恐ろしいことでもある。生きることの社会的ルールが根本的に変わるのだ。
 考えてみれば、人間は役職も何もない状態で生まれてくる。たった一人裸で生まれ、そして死んでいく。人生100年時代は、この「裸の人間」というものがあぶり出されていく時代だ。虚構が見破られる時間はますます短縮し、あらゆる物事が、あたかも一瞬の幻影のようにさえ見えてくるこの時。責任を全て環境のせいにするわけにもいかない。会社に個人の100年人生の面倒を見るよう押し付けることもできない。(当然一定の努力は求めるとして)従来のサラリーマンモデルは、万能な生涯職業にはなり得ない。
 そして、自戒を込めて言うなら、組織の社会的機能と自身の力量を混同していては、この時代は生きていけない。

『100年働く仕事の哲学』 chapter1 より 長沼博之:著 ソシム:刊

 一昔前まで、60歳といえば、会社を定年退職する年齢です。
 それ以降の人生は「余生」、つまり“おまけ”と印象がありました。

 しかし、今では、まったく状況が異なります。
 60歳は現役バリバリ、まだまだこれから、という感じですね。

 60歳を人生の「ゴール」とするのではなく、「折り返し地点」ととらえる。
 60歳以降が、人生の本当の「勝負どころ」と想定する。

 100年人生を生きる私たちには、そんな意識改革が、まず必要になりますね。

「取引コストゼロ」と「経験の成長」


 テクノロジーの進歩は、日常のさまざまな作業を簡略化、省略化します。

 人間には、できる限りの時間と労力を削減したい、という強い願望があります。
 長沼さんは、「取引コストゼロ」は、生物の本能に根ざした強い欲求だと述べています。

 取引コストゼロの流れは、人間の行為、つまり「経験」を極端に少なくします。
 そのような社会とは、一体どんな社会なのでしょうか。

 結論を言えば、現代の取引コストゼロに向かう陰で起こっていることは、「経験」が成長しにくい社会なのである。外に出ることなく、全て家の中で完結できてしまうシステムが広がり、人はより「引きこもった」生活を送ることが可能になる。結果、意味や意義に満ち満ちた五感に基づく直接経験は、退化の一途をたどっていくばかりなのだろうか?
 考えてみると人間の成長には「経験」が決定的に重要だ。情報空間の中で自身の思考や感情だけを動かしていても、成長、成熟は限られる。人間が自転車に乗れるようになる場合、実際に何回も転びながら自転車の練習をすることで乗れるようになっていく。どの順番でどの足をどう動かしていくべきかを身体で覚えていく。知識を入れて、頭だけを働かせるだけでは自転車を乗れるようには決してならない。そこで何度も転ぶからこそ、痛いという経験ができ、乗れた時の感動も知ることができる。
 このように人間は、経験による知覚を含めて成長していくのである。身体性は、情報密度の高い世界だからと言って、決して置き去りにできない人間の本質の一部なのだ。つまり、人は、身体を通じた行動、知覚、思考というものが総合的に影響を受けながら、成長をしていく。
 直接的な経験があるからこそ、様々な情報が、記号的に共有され、あらゆる抽象的な情報を実感値として理解していくことができる。直接経験できていないものは、認識しがたい。リンゴを食べたことのない人に、リンゴの味を言葉で伝えることは至難の業である。というより、どうやっても正確には伝えられないだろう。このように、経験していないものの断片的な情報が入った時、それを理解することはほぼできない。身体を交えた直接的な経験は人間の成長、成熟に大きく関わっている。しかし、現代のビジネスモデルの最大の潮流は、とにかくこの経験を削減、劣化させる方向へと押し流そうとする。
 この経験のない世界の究極は、あの映画「マトリックス」の世界である。人間の本体は「意識」であり、そのために脳内の快楽物質がうまく出るようにコントロールされていけば、ベッドの上に横になり眠って夢を見ているような状態であったとしても、それが幸せだ、とする世界だ。そこに生身の人間の直接的経験というものはない。あるのは、受動的で瞬間的な意識の変化だけである。完全にコントロールできるユートピアに属した人の生に、深い生きる喜びというものは存在するのだろうか。(きっと存在しないだろう。)

『100年働く仕事の哲学』 chapter2 より 長沼博之:著 ソシム:刊

図1 人間の成長の過程 仕事の哲学 chap2
図1.人間の成長の過程
(『100年働く仕事の哲学』 chapter2 より抜粋)

 インターネットなどのIT(情報技術)の発展により、得られる知識の量は、爆発的に増えました。
 単純で、面倒な作業のほとんども、コンピューターや機械が代わりにやってくれます。

 ただ、知識として「知っている」だけでは、満足できないのが、人間です。
「知っている」ことを、「経験したい」という欲求が、消えることはありません。

 知識の量に比べて、経験の量が圧倒的に少なくなる社会。
 だからこそ、経験の価値は、これからますます高まっていくのでしょう。

Airbnbの本質は「キャリアデザイン」にある


 長沼さんは、これらから立ち上がる事業は、あらゆるものがプラットフォーム事業としての傾向を強めると指摘します。
 なぜなら、主客は一体の傾向を強め、参加者とのコラボレーションが価値極大化の肝になるからです。

 Airbnbは、まさにその好例だ。
 ユーザーは、ゲストからホストへ、そこからスーパーホスト(プロフェッショナル)へ、さらにはアクティビティまでを提供するシティホストへとキャリアを進化させることができる。このキャリアデザインを行えることが最大の価値であり、参加者のモチベーションを高めるエンジンになっている。
 Airbnbは、その重要性をよく理解している。よって、図に示した通り、彼らは見事に「職業デザイン」を労働集約的な手厚いサポートで行っている(下の図2を参照)。この図では、AirbnbにおけるCSとは、カスタマーサービスではなく、どこまでもカスタマーサクセスなのだ。プラットフォーム参加者一人一人の成功を、自社の成功と位置付けているという意味で、Airbnbは単なる民泊マッチングビジネスではない。サンフランシスコのAirbnbの本社には、スーパーホストを賞賛する巨大な額縁入りの写真が社内の至る所に掲げられ、その中でもユニークな超スーパーホスト(シティホスト)については、その部屋が同社内に再現されているほどだ。
 一方、これにはステークホルダーの理解が必要である。参加者への細やかなサポートをすることに対して意味を見出だせなければステークホルダーは賛同できない。Airbnbが安易な資金調達をせず、IPOにも慎重なのはそのためかもしれない。働くためのプラットフォーム事業を、単なる「マッチング手数料で稼ぐ」モデルと見なす投資家を入れると疲弊することになるわけだ。これは私たちにとっても大きな教訓だ。
 そして、このキャリアデザインという点においてUberとAirbnbの決定的な違いがある。Uberは極限的な取引コストゼロビジネスである。タクシー運転手のキャリアデザインや、経験のデザインというものを考えているようには思えない。便利さと安さ、スピードこそが命であり、テクノロジー普及後の「経験なき世界」については、今のところ、考えてるようには思えない。
 しかし、Airbnbは、それを考えている。取引コストが極限的にゼロになる社会においては、経験の成長こそが価値になる。経験の成長における最大のトピックのひとつは、「職業を通じた直接経験の成長」である。Airbnbはそれを理解しているように思う。

『100年働く仕事の哲学』 chapter4 より 長沼博之:著 ソシム:刊

図2 Airbnbのキャリアデザインの流れ 仕事の哲学 chap4
図2.Airbnbのキャリアデザインの流れ
(『100年働く仕事の哲学』 chapter4 より抜粋)

「そこでしか味わえない体験」が大きな価値を生む。
 そのことに気づいていたからこそ、Airbnbのビジネスは、爆発的に広まっていったのですね。

 手数料などの取引コストが、極限的にゼロになる社会。
 より多くの人が「経験の成長」をできるビジネスモデルが生き残るのでしょう。

新時代の職業「経験デザイナー」とは?


 現代は、新たな職業の創造期であり、その一つが「経験デザイナー」です。

 経験デザイナーは、現在一般的に言われているUX(顧客体験)デザインを内包しつつも、「構造化された体験」を「経験」とし、人の価値観や、判断、ノウハウの構築をデザインする(「意図的」に起こす)仕事をする人たちのことを指します。

 経験デザイナーの役割は、人の心に残る、消費されない「経験」をデザインし続けることです。

 経験デザインのイメージとして分かりやすいのが、「茶道」だ。お茶を飲むという体験を、長年の学びと実践を積む経験へと仕上げた。その精密な経験は、自身の思考、振る舞い、生き方にまで浸透し、人間形成の土台として活用されていく。つまり、千利休は、ここで言うところの経験デザイナーなのである。
 また、メキシコで生まれた子供のための職業体験型テーマパーク「キッザニア」は、日本でも2006年10月にオープン以来、大人気を博し、年間80万人以上が来場する人気を誇っている。キッザニアを訪れた子どもたちは90種類以上もの職業の中から職種を選び、職業体験を行い、対価である「キッゾ」という通貨を得る。「キッゾ」は、園内の商業施設での買い物や、銀行への貯蓄に使える。ディズニーランドが感動体験を提供しているのに対し、キッザニアは働く喜びやお金の価値、お金の使い方を「経験」として身につける機会を提供している。
 こういった人に変化をもたらす経験デザインを行うために学ぶ領域は、基礎的なデザイン知識の他に、心理学、コミュニケーション学、インサイトリサーチ等、多岐に渡る。また経験デザイナーは、グロースハック(ウェブサービスやアプリの開発と分析に基づいた素早い改善を行う)寄り、空間デザイン寄り、プランナー寄り、研修や教育寄りなどに別れていき専門性を高めていくことになる。今後は、サービスやものづくり企業にCDeO(最高デザイン責任者)が在籍し、ユーザー経験の観点からあらゆる商品・サービスを発想するようになる可能性がある。経験デザイナーは、100年キャリア時代、職人時代においても、やりがいや志を持って取り組める職業となるのだろう。年代、性別、文化、業界等によって正解の違う「経験デザイン道」を追う仕事でもあり、体力が大きく求められる職種でもない。多くの人が魅力的に感じる職業ではないだろうか。

『100年働く仕事の哲学』 chapter5 より 長沼博之:著 ソシム:刊

 デザイン知識以外に、心理学、コミュニケーション学などの専門性が要求される。
 経験デザイナーは、まさに「経験」がものをいう職業です。

 まさに、100年キャリア時代にふさわしい仕事といえますね。
 今後、さまざまな分野において、独自の感性を持った経験デザイナーが増えていくのでしょう。

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 ITの進歩による社会の仕組みの変化。
 長寿命化によるキャリアップに対する意識の変化。

 この二つの変化による働き方のパラダイムシフトは、私たちの想像を超える大きなものです。

 大学を出て企業に就職、そこで定年まで働いて、その後は年金をもらって過ごす。
 そんな、一昔前まで「当たり前」だったことは、すでに現実離れした夢物語となっています。

 これからの時代で働くうえで、最も大切なこと。
 それは、「主体的に考えて、行動する」ということです。

 自分は、どんな専門性を身につけて、どんな方向へ進みたいのか。
 自らのキャリアをデザインする力が求められます。

 100歳まで働くとしたら、今、何をして、何をすべきではないのか。
 皆さんも、ぜひ、本書を片手に、一度振り返ってみてはいかがでしょうか。


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