【書評】『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』(根本裕幸)
お薦めの本の紹介です。
根本裕幸さんの『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』です。
根本裕幸(ねもと・ひろゆき)さんは、カウンセラー・講師・作家です。
「人との距離」を自在に操れるようになるために
職場、夫婦や家族、友人、ご近所付き合い。
突き詰めてみると、私たちの悩みの多くが人間関係に関することです。
人間関係に問題を抱えやすい人には、人の気持ちがわかる感受性が高い人、心がとても優しい平和主義な人
が多いです。
根本さんは、そのような人たちを「敏感すぎる人」と表現しています。
皆さんは、相手の気持ちを考えて自分の気持ちを抑え込んだり、「私さえ我慢すれば」とその場の空気を自分に合わせたり、良かれと思って相手が望むことを優先してあげたりすること、ありませんか?
敏感すぎる人たちは、相手の気持がわかりすぎるがゆえに、つい自分よりも相手のことを優先しがちです。本書ではそうした生き方を「他人軸で生きている」と表現しています。自分を軸にするのではなく、他人を軸に行動してしまうからです。
もちろん、相手のために行動しているわけですから、そこに喜びを感じることもある一方で、自分のことを犠牲にして後回しにしてしまいます。
(中略)
あなたも日々感じていらっしゃると思いますが、人間関係が自分の思い通りにいくことは少ないのものです。
たとえば、好きな異性に近づきたいと思っているのに相手に距離を取られてしまうこともあります。一方で、苦手だと思っている取引先から妙に気に入られて距離を縮められることもあるでしょう。
また、夫婦関係をもっとよくしたいと思っているのにパートナーにはその気が全然なく現状で満足している、なんて話も職業柄とてもよく耳にします。
付き合いの上で仕方なく一緒にいるのだけど、一刻も早く1人になりたいと思う場面は職場でもママ友付き合いでもよくあるシーンかもしれません。
さらにいえば、良かれと思って行動したのに相手は感謝どころか、悪意にとって文句を言ってくることだってあるでしょう。そんなときにどうしたらもっと楽に、自分らしく、まわりの人と付き合うことができるのでしょうか?
この本はそんな悩みを持つ皆さんのために書き下ろさせていただきました。
本書を通読することで、人間関係をもっと自分らしく、スムーズに構築していく方法や考え方を学んでいただけます。
人との距離感は水物で、昨日よかった距離が今日も有効である保証はありません。それは天気と同じように私たちの感情も常に変化しているからで、そうした変化に対応し、その時々で一番心地よい関係性を築くことができることが望ましいですし、私たち全員にその能力は備わっています。『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』 まえがき より 根本裕幸:著 フォレスト出版:刊
本書は、人との距離を上手にはかり、自分が心地よく振る舞えるようになるための方法をわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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あなたは「幽体離脱」しているかも
「他人に気を使いすぎる」
「人目を気にする」
「まわりの人がどう思っているのか気になる」
人間関係で疲れるのは、そんな「いい人」と言われる人たちです。
「いい人」になってしまうと、自分らしさ、つまり自分の個性が殺されて
しまいます。
根本さんは、「いい人をやめる」というのは幸せになる、人間関係に疲れないための近道
だと述べています。
つまり、「私は私、他人は他人」だということです。
「相手のことを思って◯◯してあげたが、それで本当に喜んでもらえるか不安だ。なぜなら、もし喜んでもらえなかったら嫌われてしまうかもしれないからだ」
「どうやら喜んでくれたらしい。良かった。ホッとする。これでひとまず嫌われずにすむ」
「でも、本当に喜んでくれているのだろうか? 態度が怪しく見えてくる。表向き喜んでくれているけれど、内心はそうではないのかもしれない。どうしよう、もしそうだとしたら嫌われてしまうかもしれない」
そして、これが強くなっていくと常に自分よりも相手、という意識が根づいてしまいます。
その結果「自分」がいなくなります。「自分」よりも「相手」を優先するあまり、自分がいなくなってしまうのです。
その状態を「幽体離脱」と私は呼んでいます。魂が自分を抜け出して、相手のほうに行ってしまった状態です。こうなると何かしていても自分がいないわけですから、自分がどんな状態なのかなんてまったく気が向かなくなります。
「すっごく疲れていたとしても、それを無視して仕事をしてしまうので、終わった後にどっと疲れがくる。家に帰ると寝るだけ。週末も起きられない」
「パーティがすごく苦手。いろんな人がいるので終わった後はどっと疲れてしまう。そして、自分が誰と会って、何を話したか、あまり覚えていない」
「一緒にいて楽しいはずなのに、相手の表情や態度がいつも気になってだんだん一緒にいるのがしんどくなってしまう。会いたいはずなのに、早く1人になりたいと考えてしまう」
人といるときは幽体離脱して相手の意識に注目しています。そのとき、自分が疲れていようが、元気であろうが、しんどかろうが無視されます。
そして、その人と離れたとき、離脱していた魂が自分に戻ってきます。すると、幽体離脱していた間に感じていた感情がどっと戻ってきます。だからすごく疲れてしまうのです。
幽体離脱をしてしまうのは、相手との距離感がうまくはかれていないことが原因です。
自分の感情を押し殺してでも、無理に相手に合わせる必要はありません。もちろん、頑なに自分の意見を押し通すべきではありません。譲歩できる部分と絶対に譲れない部分の境界線を引き、それを相手によって使い分けるべきなのです。
ところがこの線を引けず、いつも人間関係に疲れている人は驚くほど多くいます。『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』 第1章 より 根本裕幸:著 フォレスト出版:刊
「幽体離脱」とは、言い得て妙です。
「心ここにあらず」
心が自分から離れているから、ふわふわ漂っている状態。
まさに幽霊のような存在が、「いい人」だということですね。
「アイ・メッセージ」で自分を取り戻す
他人軸で生きている人が、陥りがちな状態。
それが「依存」です。
依存とは、「誰かになんとかしてもらいたい。自分は何もできない」という態度
です。
一方、自分軸を確立したうえで、相手と良好なコミュニケーションがとれた状態
を、「相互依存」と呼びます。
「依存」を乗り越え、理想の対人関係である「相互依存」へ。
根本さんは、そのための方法のひとつとして、「アイ・メッセージ」を紹介しています。
1つ目は「アイ・メッセージ」です。これは「私は」「私が」と意識的に「主語」をつけて会話することです。
「あの人はどう思うかなあ」
「彼の要求は私には応えられないかも」
自分軸に立っていない人は、このように主語が自分ではなく、相手だったりします。主従関係でいえば、いつも「従」にいるわけですから、簡単に相手に振り回されてしまいます。
また、日本語は主語が省略されることが多いので、無意識的に他人軸に向かってしまうことがあります。日本語は文脈をたどれば主語がなくても会話は成立しますが、責任の所在が不明確になりやすい、というデメリットもあります。
したがって、普段から「私は」「僕は」と主語をつけることを意識することが大切です。
たとえば、先輩から「今日飲みに行くか?」と誘われたときに、「すいません。今日は行くのやめときます」と断るところを、これからは「すいません。僕は、今日行くのやめときます」と言うようにしてみるのです。
「僕は」とつけるだけですが、言葉の重みが変わっていることがわかりますか?
「午後のプレゼン、なんとか先方の評価を取りつけるようにがんばります!」ではなくて、「午後のプレゼン、なんとか先方の評価を取りつけるように、私、がんばります!」と言ってみてください。会話だけでなく、独り言や心の中のつぶやきでも意識してください。「今日は新鮮なお魚が食べたいなあ」ではなく、「私、今日は新鮮なお魚が食べたいなあ」と言ってみるのです。
「会いたいなあ」ではなくて、「私が会いたいなあ」です。「どうしていいのかわかんない」ではなくて、「私がどうしていいのかわかんない」ですね。
「主語」という意識をはっきり持つことによって、喪失していた自分を取り戻せるようになり、相手との間に境界線が引きやすくなります。
普段からそこを曖昧(あいまい)にしてきた人、「察してほしいなあ」とか「はっきりものを言うのは苦手だなあ」と思っている人ほどきつく感じているでしょう(それだけ自分を喪失しているのかも?)。
逆に外国語圏で生活していた人にとってはさほど困難を感じないと思います。『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』 第3章 より 根本裕幸:著 フォレスト出版:刊
言葉の頭に「私は」をつける。
それだけで、普段より、少しだけ重み、責任感のようなものが増しますね。
こういう習慣は、毎日の積み重ねが大事です。
ちりも積もれば山となる、ですね。
近づきたければ、「期待以上のサービス」を!
距離がお互いにとって、心地よいかどうか。
それを判断するには、「感じる力」が重要です。
つまり、自分の気持ちを感じるのと同時に、目の前の人が感じていることを感じる力
です。
根本さんは、この「感じる力」を養うことで、人との適切な距離感をつかむことが可能になる
と述べています。
近づきすぎず、遠すぎず。
その感覚を、コミュニケーションのトレーニングで養う必要があるということです。
例えば、近づきたい、距離を縮めたい相手がいるとき。
根本さんは、自分から相手の心に架け橋を架ける
ことを勧めています。
「待つ」のではなく、自ら「近づく」ということです。
その近づく秘訣は「与えること」。
与えるとは、相手を喜ばせることです。
「愛されたい」という思いは受け身の姿勢で、相手任せの態度です。
一方、相手が喜ぶことは何かな? ということを意識して、思いついたことを実際にやってみて、それがヒットすれば相手は心を開いてくれるようになります。
与えることというのはプレゼントや花束を渡すこともそうですが、もっと些細(ささい)なこと、ちょっとした言葉かけ1つでもできることです。相手が喜びそうな言葉をかけてあげることだったり、相手をほめてあげること、さらには感謝の気持ちを伝えることもそうです。
また、ちょっとした変化に気づいてあげたり、カップコーヒーを1杯奢(おご)ってあげるなどの気づかいでもいいのです。褒められて嫌な人はいませんから(受け取れなくて抵抗を示す人はいますが)、与えることによって相手はだんだんあなたに心を開いてくれるようになります。
しかし、ほめるというのも意外と難しいものです。仮に職場に気になる女性がいて、もっと近づきたいあまりに「今日の服装、かわいいですね」なんて言ったとしましょう。もし、相手があなたをただの同僚の1人くらいにしか思っていなかったとしたら、ドン引きされる可能性大です。
注意したいのはあくまで自分軸で与える、ということ。
「相手に心を開いてほしいから」という計算、すなわち下心でやってしまうと、当然ですが、相手の反応が気になります。そして、「せっかく喜ばせようと思ってやってあげたのに、何、その反応!」とまるで期待を裏切られたような思いが出てきてしまうとしたら、それは「与える」のではなく「取引をしようとした」ということになります。
つまり、自分の行為と引き換えに相手の気持ちを得ようとする試みなのです。
「与える」ということは愛ですから、それ自体に喜びがあり、充足感があります。しかし、「取引」は相手から何かを引き出すために行われるので、そこに愛はありません。だから、期待通りに物事が進まないときに怒りを感じてしまうのです。
純粋に相手が喜ぶことをしてあげること。それが架け橋となるのです。『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』 第5章 より 根本裕幸:著 フォレスト出版:刊
自分からは何もせず、ただ相手から受け取ることだけを期待する。
そういう受身の姿勢では、うまくいくわけありませんね。
相手が喜ぶだろうものを、自分から「与える」。
そして、その見返りは求めない。
恋愛に限らず、すべての人間関係に通じる真理です。
嫌いな相手との間に、はっきりとした線を引く
ビジネスにおいては、好きな人ばかりと接することは、現実的に難しいです。
職場に嫌な人がいたり、取引先に相性の合わない人がいたりすることもあるでしょう。
根本さんは、そのようなケースの基本的な接し方として提案しているのが、心理的に距離をおいてあくまでビジネスライクな付き合い方をする
ことです。
(前略)わかりやすく言えば、その人と接するときは感情を無視して表面的なやり取りに終始することです。
コミュニケーションも最低限にし、もしきちんと話をしなければいけないときは可能ならば誰かに代わってもらうか、それができないならば別の人に同席してもらうことを検討します。どうしてもそれが無理なら「これも何かのお勤め」と思い、なんとかその時間を凌(しの)げるように必要事項だけをやり取りするようにします。
(中略)
まず、自分と苦手な相手の間には、はっきりとした線引きをしなければなりせません。
いい人ほど「嫌いになっちゃいけない」「相性が合わないとか思ってはいけない」などと自分の気持ちを否定してしまいます。そして、なんとかうまくやろうとして心労を重ねてしまうのです。
だから、まずは「嫌いなものは嫌い」と認めることが大事です。それをいけないことと思ってしまうとドツボにハマります。
「この人とは馬が合わない」
「この人のことは正直好きになれない」
「この人とはやっていけない」
という正直な気持ちをまずは認めることです。そこでは相手にどう思われるか? ということは気にしないようにします。だからこそ、自分軸でいられることがすごく大切になるのです。
そうすると、嫌いなりの付き合い方ができるようになります。
ちなみに「私は私、他人は他人」(この「他人」の部分はあなたの嫌いな人の名前を入れてください)という自分軸を確立するときに使うアファメーション(繰り返し自分の中で唱えて、自信にすること)はとても効きますからおすすめです。
これで嫌いな人との間にはっきりと線を引いて付き合えるようになると、それだけで心理的にとても楽になれるはずです。『敏感すぎるあなたが人付き合いで疲れない方法』 第6章 より 根本裕幸:著 フォレスト出版:刊
どんな人間にも、「好き」「嫌い」の感情はあります。
それ自体を否定してはいけないということです。
嫌いな人を嫌いだと感じても、罪悪感を感じる必要はありません。
「好きなものは、好き」
「嫌いなものは、嫌い」
その割り切りが大切だということですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
根本さんは、まず自分、次に相手、そして最後が2人の関係性
だと強調されています。
「いい人」と言われる人たちは、この順番が逆だから、苦しくなってしまうのでしょう。
まずは、自分の足でしっかりと立ち、自分軸を確立する。
そのうえで、相手の気持ちを考え、相手に与え、相手を信頼する。
それが、お互いにとって、よりベストな距離感をとるための秘訣です。
私たちも、本書を何度も読み返し、「いい人」を卒業し、本当の意味での人間関係の達人を目指したいですね。
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