【書評】『ネクスト・シェア』(ネイサン・シュナイダー)

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お薦めの本の紹介です。
ネイサン・シュナイダーさんの『ネクスト・シェア』です。

ネイサン・シュナイダー(Nathan Schneider)さんは、ジャーナリストです。
主に、経済、技術、宗教について執筆活動をされていて、『ニューヨーク・タイムズ』『ニューヨーカー』などに寄稿されています。

今、「協同組合」が注目される理由

人類の歴史において「協同組合」は、大きな役割を担ってきました。
その原型は、紀元前、例えば中国においては孔子の生きていた時代にも見られるそうです。

シュナイダーさんは、協同組合は社会秩序が変動し、誰にも頼れないことを人々が自力で解決しなければならない時代に定着しやすいと述べています。

その理由は、協同組合は、後に当然のものとして普及する可能性のある社会契約の試行版として機能してきた側面があるからです。

今は「100年に一度」とも言われる、まさに世の中が大きく切り替わる転換期です。
新しいタイプの協同組合が活躍する下地が整ってきたのは間違いありません。

 協同組合は工業社会の誕生の一端を担ったのと同じ様に、これから出現する社会にも一枚噛もうとしている。ベンチャーキャピタリストのイージーマネーから権威主義的な政権と密接な企業まで、次の主流モデルとなりうるさまざまな候補の中に協同組合もある。そして協同組合コモンウェルス誕生の見込みはかつてないほど高まっているかもしれない。ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの経営学の第一人者、ジェレミー・リフキンはケベックの協同組合国際サミットで行ったスピーチで、聴衆に協同組合の伝統こそ未来への道だと請け合った。「協同組合はこの新しいデジタル革命の拡大に理想的な場となるでしょう。かりに皆さんが存在しなかったとしても、私たちが今後創り出さなければならないであろうモデルは協同組合なのです」。
社会運動もこのモデルに賭けている。アメリカとヨーロッパで苦境に陥っている労働組合のいくつかが、労働組合的な協同組合という手段で新たな使命と新たな戦略を考案しつつあり、これは100年前には広くみられた労働組合と協同組合の共生を回復する作業といえる。先住民族からフランシスコ教皇まで環境保護を訴える人々は、気候正義と呼ばれるようになった課題の追求にあたって協同に頼るようになっている。人種差別撤廃の闘いにも同じ現象が見られる。例えば「黒人の生命のための運動」は「アクセス権にとどまらない」、経済の「共同所有権」を主張する綱領の「経済的正義」の部で、「協同組合」の同語源語を42回も使っている。イギリス労働党のジェレミー・コービンやアメリカのバーニー・サンダースなど最近になって躍進した政治家たちも、政策に協同組合を掲げてきた。
これは新しい現象ではない。北欧の社会民主主義は広く普及した協同組合とフォルケホイスコーレ[民主主義思想を基にすべての人に開かれた教育機関]を根っことして成長した。1960年代のアメリカ公民権運動は、すでに自分たちの協同組合によって自給自足を成り立たせていた黒人農民たちを動員した。イギリスのインド支配に対する不服従運動で最もよく知られるモンハンダーズ・K・ガンディーは、糸紡ぎと村の自治という「建設的計画」を自分の戦略の真の中心と考えていた。しかし協同は、特定の政治的見解や政党として限定的にとらえることはできない――私の祖父の時代も今も。電力協同組合や信用組合はかつては進歩派議員の中に支持者を得ていたかもしれないが、現在では非効率な規制の緩和に積極的な右翼議員に共通点を見出している。民主党も共和党も、2016年の党綱領で従業員のオーナーシップを奨励した。若い協同組合活動家には、右派でリバタリアンのロン・ポールに心酔する者をよく見かける。
だがコモンウェルスの実現はけっして偶然ではない。私はリフキン以上に資本主義を信頼する。デジタルネットワークはP2P生産者に力を与える一方で、過去に例のないグローバルな独占企業や以前は想像もできなかったような監視を可能にしている。公正先駆者たちが勝つ保証はない。だが彼らは出合った過去の協同の断片からヒントを得て、私の祖父の時代の協同組合の形態にも今の資本家が課してくる責務にも異議を唱える未来を創り出そうとしている。これから私が語ろうとしているのは立派な業績としての協同ではなく、今まさに進行中の協同についての物語だ。

『ネクスト・シェア』 序章 より ネイサン・シュナイダー:著 月谷真紀:訳 東洋経済新報社:刊

本書は、「協同組合」の過去の歴史を紐解き、そこから導き出せる、新しい「協同組合」の形について、具体的な例を示しながらわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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モデルは中世の「ギルド」

クリス・チャベスを中心とした若者3人は、小さな非営利組織「プライム・プロデュース」を立ち上げました。

同世代の変わりゆく労働条件に最も適しているのは、どんな組織か。

数年前からさまざまな形態の起業に関わってきた3人が模索してたどり着いたモデルが、中世の「ギルド」でした。

 1000年代に入った頃からフランス革命までの間、ヨーロッパの都市経済を成り立たせていたのがギルドだった。ギルドとは独立自営の職人たちの組合で、自分たちの技能の水準を定め、その仕事を中心とする活発なサブカルチャーを醸成した。通常は特定の管轄区域内で職の法的独占権を有し、例えばギルドの組合員が町内の石の彫刻をすべて請け負ったり、鍛冶の市場を統制したりしていた。また組合員同士には相互扶助も求められた。カンザス大学の歴史学教授スティーブン・A・エプスタインは『中世ヨーロッパの賃金労働とギルド(Wage Labor and Guilds in Medieval Europe)』で、支払いを怠った顧客がいれば組合員が団結して仲間を援護し報復することを義務づけていた10世紀のギルドを引き合いに出している。「組合員は互いに対する忠誠の誓いを立て、亡くなった仲間の遺体を指定された埋葬場所に運び、葬儀後の宴会の食事の半分を供する約束をした」とエプスタインは記している。プライム・プロデュースの立ち上げメンバーの1人によれば、チャベスはエプスタインの著書を片手に勧誘してきたそうだ。
この新ギルドの10名余りのメンバーには葬儀保険を用意する予定は今のところなく、特定の職業や業界に特化してもいない。メンバーの顔ぶれは建築家、会計士、飲食販売業者、画家もいる。それに対して、プライム・プロデュースは会員の多くを協同組合の共同所有者とし、会費という形で入った収入を協同組合が管理して、投資家として趣旨に賛同した建物のオーナーに賃貸料を支払う。共同所有は大きな経済の圧力から脱する――そしてさまざまな言葉が資本主義に徴用される前に持っていた意味を取り戻す方法になりうるとチャベスは説明した。
「『会社(カンパニー)』という言葉は、市場の論理の中にしか存在しないわけではない」と彼は言った。
中世のギルドの組合員たちは通例、徒弟から職人へ、そして親方へと階層を上がっていった――今も一部の同業組合で使われている身分制度である。プライム・プロデュースも三階層制を採用するつもりだが、その基準は経験や熟練度ではなくコミットメントの度合いになる。新メンバーは入会の儀式として銘々がコワーキングスペース内で履くスリッパをもらう――メンバーとビジターを「差別化する仕掛けだ」とチャベスは言った。
かつてのギルドを未来の手法として参考にしているのはプライム・プロデュースだけではない。ギルドを模したハリウッドの美術スタッフ組合にフリーランサーの組織化モデルを見る者もいる。美術スタッフは映画制作の現場から現場へと渡り歩くため、同組合が業界全体に通じる水準を設けている。ジェイ・Zの音楽ストリーミングサービス「Tidal」は、ミュージシャンのための一種のギルドというふれこみで消費者にアピールした。シリコンバレーのビジネス記者の一グループはメンバー間のネットワーク拡大を支援するため組織化して「シリコン・ギルド」を結成した。ギグ・エコノミーの労働者たちの中には、持ち運び可能な(ポータブル)な福利厚生を分配するインディ・ワーカーズ・ギルドを持つ者がいる。20世紀には、チャーリー・チャップリンと仲間たちがユナイテッド・アーティスツを設立して自分たちで映画を制作したし、アンリ・カルティエ=ブレッソンとロバート・キャパら報道写真家が協同組合型の配信ギルドを結成した。もっと地味なところでは、医師、弁護士、不動産業者、美容師も、政府や同業者に認定された独占権のあるギルドモデルに頼ってきた。
屋上で、プライム・プロデュースの創設者たちは中世の言葉とシリコンアレー[ニューヨーク周辺のハイテク産業の集積地]の言葉を自由自在にミックスして語った。テヨンはコンピュータプログラミングの第一人者、ドナルド・クヌースの名言「時期尚早な最適化は諸悪の根源である」を引いた。あまりに早い段階であまりに細部にわたって物事を決定してしまうと、柔軟性にかけ再現性もないという意味だ。スーはプライム・プロデュースの活動を「手作りの社会革新」、「スローな起業家精神」の一形態と表現した。彼らにとってのギルドの魅力は単なる懐古趣味ではなく、優れた習慣を醸成し、オフィススペースや仲間やブロードバンドなどのリソースを共有化することによって、時として孤独で周りが見えなくなりやすい経済を泳ぎぬく手段にあった。時代が錯綜する話に重ねるように、かつてのギルドはよりよい技術的進化への「触媒」だったとチャベスは語った。「ギルドは仕事から人間性を奪うような技術革新を食い止めた」と彼は言った。「ギルドは常にまず人間に対して責任を負っていたんだ」。

『ネクスト・シェア』 第1章 より ネイサン・シュナイダー:著 月谷真紀:訳 東洋経済新報社:刊

自営の職人たちの権利や生活を守るために組織されたギルド。
組織の硬直化や排他性というデメリットはありましたが、組合員同士の連帯感や支え合いの意識を強めるメリットがあり、技術の進歩や経済の発展に大きな役割を果たしました。

「個の時代」ともいわれるこれからの社会にも、大いに参考になる協同組合のモデルになりますね。

協同組合先進国「ケニア」

これからの時代は、「協同組合」という組織形態がより大きな力を持ち、主役になっていきます。
その最先端を進む国の一つが、ケニアです。

 私の乗った飛行機は日の出と同時にナイロビに到着した。ナイロビもサハラ以南アフリカも訪れるのは初めてだ。まだ寝ぼけまなこだったが、1時間後に都心のホテルで人と会う約束があったから、ゆっくり目を覚ます余裕もないままタクシーに乗り込んだ。
空港から街中に向かう渋滞の中、私は朝もや越しに周囲を観察し始めた。道路沿いを、ヤシの木々と電線の間にビルが現れては過ぎ去る。店、ところどころにホテル、中で仕事をしているようには見えないオフィスビル。巨大な屋外広告からファッションモデルが通りすぎる私を見下ろし、その足下にはサファリコムの手描きの壁画広告がある。サファリコムは、有名なM-Pesa(エムペサ)というテキストメッセージを使った支払いシステムを運営する通信会社だ。そのうちにコーポラティブ銀行の店舗が目に入るようになった。ナイロビの全景が見えてくると、高層ビルの一つのてっぺんにもその名があった。私がケニアを訪れたのは協同組合の取材のためではなく、そもそもケニアが取材対象になるとも思っていなかった。私はケニア山近くの研究ステーションに暮らす家族を訪ねてやってきたのだ。だが協同組合がこれほど普及し生活に欠かせない土地はケニアが初めてだった。
私はタクシーの運転手にコーポラティブ銀行についてたずねた。運転手は自分の協同組合(コーポラティブ)銀行の話をしてくれた。それは運転手仲間の間ではSACCO(貯蓄信用組合)と呼ばれている、小さな信用組合のようなものだった。SACCOは彼らのような独立自営の労働者にとっての社会的セーフティネットで、病気になれば医療費を、亡くなった時には埋葬費用を保証してくれる。彼が事業オーナーになったのもSACCOのおかげだ。SACCOから融資を受けて自動車を買いそろえ、小さなタクシー会社を立ち上げた。彼は私に事業秘密――利幅ではなく売上――や、流動する共同出資金の管理をめぐって運転手グループの間で起きるやっかいな駆け引きについて教えてくれた。彼は時々SACCOの理事を務めるので、組合員と運営側の対立も熟知していた。彼の話に耳を傾けるうち、私は民主主義の力学をその矛盾と限界まで含めてこれほど知り尽くした人には会ったことがないと感じた。彼にとって協同とは選択ではなく必然だった。「これは諸刃の剣ですよ」と彼は言った。
現代的な協同がこの国に入ってきたのは搾取の手段としてである。自国の貧しい労働者たちを向上させるために協同組合事業を発展させたイギリス人は、19世紀末にはそれを植民地で活用した。植民地時代のケニアでは、1931年に協同組合法が制定されたときでさえまだ白人入植者にしか組合加入が認められず、協同組合はアフリカの土地とアフリカ人労働者を使って育てた換金作物の輸出を行うために利用された。一方、インドのイギリス植民地では農業協同組合が奨励され、イギリス委任統治領パレスチナではヨーロッパからのユダヤ人入植者がアラブ人が何百年も前から保有していた土地に村落共同体を作っていた。
ケニアで白人専用だった制度が変わり始めたのは1940年代、黒人に協同組合を持たせて中流階級を作れば反乱の防波堤になるのではないかと植民地総督が判断したためだ。1963年の独立を機に、ケニア人はこの搾取の集団を解放の手段に変えた。協同組合は国家主導による同国の「アフリカ社会主義」の基盤となった。国が掲げたこの思想では、協同組合制度を植民地以前の共有生活への回帰――新しい国家標語「ハランベ」(協力する、の意)の経済的な表現と再解釈した。
今日、ケニアの国民総生産の半分近くが協同組合から生まれ、国際労働機関(ILO)の推定では人口の63パーセントが協同組合で生計を立てている。従来は圧倒的に多かった農業協同組合に代わって金融セクターが主流になりつつあり、私が話をした運転手の小規模なSACCOからケニア第4位の金融機関であるコーポラティブ銀行まで、その中身は多彩だ。ケニアの協同組合はセクターや地域別に連合を作り、それらがさらに集まってケニア協同組合同盟という頂点組織を形成している。ICAもナイロビに地域事務所を置いている。

『ネクスト・シェア』 第2章 より ネイサン・シュナイダー:著 月谷真紀:訳 東洋経済新報社:刊

植民地として搾取され続け、独立後も経済的に苦しい状況に置かれていた。
そんなケニアの国民だからこそ「協同組合」という助け合いの組織形態を積極的に取り入れたのでしょう。

インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の発達も、その動きを加速させましたね。

CICの「連邦準備制度」

エンリック・ドゥランによって、スペイン北東部のカタルーニャ地方を中心に組織された協同組合のネットワークが、カタラン・インテグラル・コーポラティブ(CIC)です。

革新的な協同組合であるCICは、瞬く間に勢力を拡大し、ヨーロッパ中に類似の組織が生まれました。

 アウレア・ソシアルで宣伝されている事業者はいずれも、CICに程度の差はあれつながりを持ちつつ、まがりなりにも独立運営している。私が訪問した2015年時点で、CICはカタルーニャ地方一帯に散らばる674のプロジェクトの連盟であり、954名の労働者がいた。CICはそれらのプロジェクトに税金と法人化に関する法の保護を与えていた。組合員同士の取引は、カタルーニャのエコネットワークから発生したオルタナティブ通貨の単位「エコ」で行う。保健医療従事者、法律の専門家、ソフトウェア関係者、科学者、ベビーシッターを皆で共有している。CICの50万ドルの年間予算、クラウドファンディング・プラットフォーム、無利子の投資銀行(「Casx(キャッシュ)」(カタルーニャ語でxは「シュ」と発音する)で組合員は互いに融資をする。CICの加盟条件は、プロジェクトが合意制で運営されていることと、透明性や持続可能性など一定の基本原則に従うことだ。総会で新しいプロジェクトの加入が認められると、プロジェクトの所得はCICの経理部を通すことができる。その一部は財源と共有インフラに回される。参加者は誰でもサービスを受け、共有資源の使い道の意思決定に関わることができる。
(中略)
アウレア・ソシアルの1階に構えた、CICのメンバー5人で構成する経済委員会の事務所は、ふつうの経理部門とは趣が異なっていた。天井から吊り下げられた紙製の鳥の群れがホワイトボードに向かって飛んでいる。壁一面を覆うホワイトボードには「愛こそはすべて」と書かれていた。反対側の壁には子供たちのアート作品が一面に貼られている。スタッフのコンピュータはオープンソースのオペレーティングシステムであるリナックスとIT委員会が開発したカスタムソフトウェアで動いており、CIC参加のプロジェクトの所得を処理したり、会費の支払いを管理したり、剰余金を要求に応じてプロジェクトメンバーに振り分けたりするのに使われている。
税務署員が来ることがあったら、自分は協同組合のボランティアだと言って経済委員会の連絡先を教え、経済委員会が適切な書類を提供してくれる、という筋書に従う申し合わせがCICメンバーの間にはできている。公式にはCICは存在しない。CICは組織内でさまざまな目的別に設立された複数の法人を通じて運営されていた。中の人々はこのシステムと、それにともなう税務上のメリットを「財務的な不服従」、「法律上の形式」、あるいは単純に「ツール」と呼んでいた。
経理はユーロとCIC内通貨となっていたエコで行われていた。エコにはビットコインのようなハイテクソフトウェアは不要で、単純な相互貸借台帳さえあればよい。ビットコインが中央当局と完璧ならざる人間を介在させないのに対して、エコは互いを信頼する人々のコミュニティに依存している。口座は数千あるが、口座の持ち主なら誰でも、もともとは南アフリカで開発されたオープンソース・ソフトウェア・パッケージだったウェブ上のコミュニティ・エクスチェンジ・システムのインターフェースにログインできる。そこでユーザーは全員の残高を確認し、口座間でエコの送金ができる。富の尺度も世間の常識とは逆だ。残高が低かったり少しばかり借金があっても、誰も眉を顰(ひそ)めたりしない。むしろ、プラスでもマイナスでも誰かの残高がゼロからあまりにかけ離れて、その状態のままだと問題視される。利子がつかないため、大量のエコを置いておいても何の得にもならない。このシステムでは蓄積ではなく利用、貢献と消費のバランスを取ることによって信用度が高まる。
CICの連邦準備制度にあたるのはソーシャル通貨監視委員会で、この委員会の仕事はあまり取引を行っていない組合員に連絡を取り、その人のニーズを満たすためにシステムをもっと活用してもらえるよう一緒に知恵を絞ることである。例えば、パンツがほしい人がいて、エコで買えるところが近くにないとしたら、服屋にエコで売ってくれないかと交渉してみる。しかし服屋にしてみれば、エコで商品を売るには、自分に必要なものがエコで手に入らなければならない。こうすれば人々は都会と地方の分断を超えて協力せざるをえなくなる。パンクとヒッピー、農家とハッカー、パン屋と科学者がつながる。パズルのピースを合わせるように経済が作られていくプロセスだ。通貨は単なる交換の媒体ではなく、お金がお金を生む金融からCICが独立するための手段なのだ。
CICの周辺で私がよく耳にした言葉は「アウトジェスティオ」だった。人々はこの言葉を、アメリカ人が「自給自足」を語るのに似た愛着を込めて使ったが、そこに自分以外の人間などどうでもよい個人主義の匂いはなかった。彼らは「自己管理」と翻訳してくれたが、この言葉には自己以上にコミュニティという意味が込められていた。CICでは特定の方の抜け穴を利用することよりもこのような倫理観のほうが大切にされていた。税務上のメリットは人々を集めるきっかけにすぎない。食べ、眠り、学び、働く方法を自分で管理できる度合いが高まるほど、総合革命は実現に近づく。

『ネクスト・シェア』 第4章 より ネイサン・シュナイダー:著 月谷真紀:訳 東洋経済新報社:刊

持っている者がより豊かになり、貧富の差がますます広がる。
そんな既存の経済システムの弊害を克服した、見事な協同組合です。

人間が、より人間らしく働き、生活できる。
CICには、そんな可能性が感じられますね。

「中央集中型」から「地元密着型」へ

米国では、国土の75パーセントが協同組合で電力をまかなわれています。

電力を担う事業者たちは、地域ごとに協同組合となり、それらが集まることで、さらに大きな協同組合を形成しています。
全米農業電力協同組合(NRECA)は、昔から共和党と民主党の両方に多額の政治献金を払い、一大勢力を築いています。

そんな昔ながらの保守的な協同組合においても、変化の兆しが見えています。
コロラド州西端にあるデルタ・モントローズ電力協会(DMEA)の例を見てみましょう。

 配電を担う協同組合の大半がそうだが、DMEAはより大規模な「発電および送電」協同組合(G&T:generation and transmission)の組合員兼所有者という立場にある。DMEAと所属先のG&T、Tri-State(トライステート)の契約は、トライステートがDMEAの販売する電力の95パーセント以上を供給しなければならないと定めている。これは長らく良識的な取り決めだった。配電協同組合には大規模な発電所を運営するリソースがないし、独占に近い取り決めのおかげでG&Tと組合員である43の協同組合は政府や協同組合銀行や民間市場から割安に資金調達ができたからだ。1970年代にできた連邦政府の方針では、電力投資の大半を石炭火力発電所に投じることを求めていた。電力生産のうち石炭火力発電所が占める割合は、全米の電力網の33パーセントに対して、G&Tは71パーセントになる。しかしDMEAは契約で取り決められた以上の電力を自前で生産するチャンスを見つけていた――従来よりも安くなったソーラーパネル、水力発電所、そして地元の廃鉱から出るメタンガスだ。組合員が専任した理事会はコスト、環境保全、地域開発の観点からこれらのチャンスに賭けたいと考えた。
「この地域には、地産地消を守りたいという文化があるんです」と広報・人事マネージャーのバージニア・ハーマンは言う。また、光ファイバーを利用した安価なブロードバンド回線インターネットをサービスの普及していない農村部の組合員に提供し始めた協同組合がアメリカ各地に現れているが、DMEAもその一つだ――電力協同組合の誕生時の状況と重なる動きである。
2014年にDMEAがモンタナの協同組合からジェイセン・ブロネックをCEOとして迎え入れると、ブロネックは新たな戦略を持ち込んだ。ふだんはビジネス一辺倒といった態度の彼が、この話をする時だけは笑顔が混じる。DMEAは連邦エネルギー規制委員会(FERC)に、もしもっと安価な再生可能エネルギーが火力発電に代わる選択肢として現れた場合、カーター時代の法律を根拠としてトライステートとの契約で定められた地産エネルギー利用の上限を超えてもよいかと問い合わせる要望書を提出したのだ。2015年6月にFERCはDMEAにむしろそれを奨励する決定を出した。トライステートは反対したが、決定は覆らなかった。
ヘネガンは僻地の農場で暮らしているため、DMEAの電力網にさえ入っていない。彼はそこで自家発電を行っている。「集中型発電方式はいずれ確実にすたれていくと私は思っているんですよ」と、次の発電所に向かって狭い土の道路を走りながら彼は言った。「電力業界に構造的な変化が起きる予兆はたくさんあります」。ヘネガンはその変化を固定電話から携帯電話への移行にたとえた。彼はテスラが最近発売した蓄電池「パワーウォール」を試用してみたいと夢を描き、倫理上、環境上、技術上、経済上の必須要件の転換が進みつつあると楽しそうに語った――そうしたものにしがみつこうとする自分自身の内面の規制を捨て去ればいいだけなのだ。
協同組合は変化の時代に有利な独特の立ち位置にあるとヘネガンは考えていた。協同組合の身軽で地元密着型の、顧客を中心に据えたビジネスは、新規加入者に対するエネルギー効率の向上や再生可能エネルギーを利用するための手軽な融資の提供で、すでに他社に先駆けていた。市が所有する電力会社と同様、電力協同組合が説明責任を負っている損益は投資家利益よりも柔軟だ。2016年にトライステートの組合員に提供された電力の約4分の1は再生可能エネルギーによるもので、同組合はもはや経済的合理性がないという理由から2基の石炭火力発電所の閉鎖を発表した。NRECAによれば、協同組合セクターの太陽光発電能力は2017年の1年間で2倍に伸びたという。G&Tとの契約を持たない協同組合は再生可能エネルギーへの移行に特に意欲的に取り組んできた。DMEAの南に隣接するキット・カーソン電力協同組合はトライステートとの契約を完全に終了し、2022年までに日中の電力需要をすべて太陽光発電でまかなうことをめざしている。ハワイ州のカウアイ島電力協同組合は2002年に島の電力独占企業を島民が買い取って設立され、2023年までに電力の50パーセントを再生可能エネルギーにするという目標に向かって邁進している。太陽光発電による電力生産量は豊富で、消費者に家庭用蓄電池の設置を奨励しているほどだ。
「今私たちは非常に先が楽しみな技術革命を経験しているのです」と農務省地方公益事業局で電力政策を監督するクリストファー・マクリーンは言う。同局は今も協同組合に低利の融資を提供する連邦機関だ――現在40億ドル弱の資金を貸し付け、黒字を出している。「かつては電力政策はどちらかといえば単調な政策でしたが、今は面白いことが目白押しですよ」。

『ネクスト・シェア』 第6章 より ネイサン・シュナイダー:著 月谷真紀:訳 東洋経済新報社:刊

米国の電力業界は、太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及などにより、これまでのピラミッド型の組織形態が崩れつつあるということです。

縦のつながりよりも、横のつながり。
規模重視ではなく、小さくとも地域性を重視する。

それがこれからの共同体の組織形態のトレンドになりそうですね。

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インターネットが世界中に張り巡らされ、多くのSNSサービスが利用されている今の世の中。
誰もが国境など関係なく、好きなときに好きな相手とつながり、コミュニティを作ることができるようになりました。

国という、これまでの大きな枠組みが崩れ、それに代わる、より身近で小さな組織が存在感を示す。
そんな時代となり、その流れは、今後さらに進んでいくでしょう。

そこで注目されるのが「協同組合」です。
シュナイダーさんも指摘されているように、人類の歴史を紐解くと、これまでにも「協同組合」が大きな役割を果たした時代がありました。

ブロックチェーン技術、電子マネー、カードレス決済システム・・・・・。
そんな情報技術(IT)の飛躍的な進歩という“追い風”を受けて、「協同組合」がいかに進化し、私たちの生活に根づいていくのか。

本書を読むと、私たちが歩いている“ちょっと先の世界”が、おぼろげながら見えてきます。
これからの時代で働き生きていく、すべての人が必見の一冊です。
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