【書評】『最強のスパイの仕事術』(ピーター・アーネスト)
お薦めの本の紹介です。
ピーター・アーネストさんの『最強のスパイの仕事術』です。
ピーター・アーネストさんは、元CIA(中央情報局)局員です。
CIAに36年間勤務し、うち25年間は国家機密本部で働かれています。
現在は、ワシントンにある国際スパイ博物館の代表を務められています。
最強の諜報機関、CIAの実体とは?
米国が世界に誇る最強の諜報(ちょうほう)機関、CIA(中央情報局)。
その中でもエリート集団である国家機密本部の職員は、世間では「スパイ」といわれる人たちです。
スパイは、映画やドラマでよく登場し、華々しい活躍を遂げることが多いです。
現実の世界の彼らは、ベールに包まれていて、一般市民にとってはほとんど謎の存在です。
スパイは、実際にはどのような目的でどのような活動をしているのか、気になるところですね。
本書は、CIAの国家秘密本部で長い間シニアオフィサーとして活躍したアーネストさんが、自らの経験を踏まえて、CIAの組織や任務、体系化された仕事のルールなどをまとめた一冊です。
世間一般のイメージとは、まったく違ったCIAの姿をかいま見ることができます。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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CIAの任務とは?
アーネストさんは、CIAの役割や任務について、以下のように説明しています。
アメリカの諜報機関の任務は、大統領と政策担当者に正確で客観的な機密情報を、素早く確実に届けることだ。800億ドル以上の国家予算の下で、20万人もの人々が主にこの任務のために全力を尽くしている。
我々が情報を提供するのは、意思決定者が十分な情報を得たうえで物事を判断できるようにするためだ。機密情報を入手し、信頼できる情報を絞り込み、それを運ぶという一連の「情報収集活動」を行うには、協力者(エージェント)のスカウト、偵察衛星の開発、暗号の解読などの仕事もこなさなければならない。
国の方針転換によって同盟国や敵国が変わっても、機密情報を集めるという役割は変わらない。監視を行って、アメリカの利益を守ることは、60年以上も私たちの任務であり続けている。この任務を全うする過程で、私たちは才能、独創性を駆使して、諜報ビジネスを形作り、改良を加えてきた。
情報収集はリスクの高い仕事だ。うまくいかないことも多い。しかし大きな失敗をしながらも、過去何年もの間にこれほど多くの成功実績を作ってこられたのは、優秀な先人たちが献身的に現場で実践を積んで技術を磨き、諜報活動を進歩させてきたおかげだろう。
諜報活動は歴史を通して行われてきたが、アメリカの機関は、多くの理由で世界でもっとも高度な機密情報収集機関である。難しい任務を背負った一人ひとりの諜報員は、国の指導者から国のために必要な情報を集めることを期待されている。『最強のスパイの仕事術』 01スパイ活動とビジネスの共通点 より ピーター・アーネスト、マリアン・カリンチ:著 福井久美子:訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊
米国ほどの大国が確たる証拠もなく、誤った判断を下すと、周辺に与える影響は計り知れません。
イラク戦争の際、米国が開戦の理由としたイラクの大量破壊兵器の所持がまったくのデタラメだったことが、終戦後に発覚して問題になりました。
このような取り返しのつかない事態を引き起こさないためにも、必要な情報を正確に集めることが何よりも大切な任務となるのですね。
トレーニングと教育について
CIAにとって、人材の育成は一般の企業以上に重要な問題です。
採用までには書類審査、試験、最終面接を通して不適合者をふるい落とし、合格者にも最長3年間の仮採用期間を置き、経験豊かな責任者が毎日、新入局員の評価を行います。
もちろん、採用されてからの諜報員としての訓練も組織の存続に関わる重要な課題です。
諜報機関は、離職者にかかる費用が膨大な額になります。
情報漏洩(ろうえい)の危険もあります。
脱落者を出さないことが最大のリスク管理であるともいえますね。
アーネストさんは、「トレーニング」と「教育」を別物だと考えて
います。
「トレーニング」とは技術を習得することだ。ブラインドタッチ、車の運転、射撃の腕前はトレーニングで習得できる。それとは対照的に、「教育」とは知的な成長を促す機会を提供することだ。仕事の成果を上げ、洞察力を身につけるのに役立つ。教育でブラインドタッチ、車の運転、または射撃について取り上げるとすれば、任務を遂行するときに、これらの技能を最大限に活かす方法を学ぶことになる。
最初から何なくうまくできる仕事を手に入れた人は、仕事を続けるうちにやがて行き止まりを感じるだろう。例えばケースオフィサーは、あちこちを転々とするが、基本的にやるべき仕事はずっと同じ(すなわち協力者のスカウト)だ。
ソフトウエアの開発者も、プロジェクトや会社が変わっても、やることは変わらない。ソフトウエアシステムの設計と開発を続けるだけだ。
どちらの場合も、専門能力を鍛えるには、新しい仕事の難易度か課題の性質が変わらなければならない。
従業員の成長を望む会社は、従業員の能力を向上させるために、トレーニングや教育を実施する。従業員はトレーニングを楽しみにした方がいいし、会社もトレーニングのプログラムを真剣に考えた方がいい。良質なトレーニングを行えば、優秀な従業員が育つし、組織全体も強くなる。
トレーニングとは、従業員が難しい仕事をするための準備期間であるだけでなく、組織文化を形成することでもある。
教育もまた、業界や職種に関する深い知識となる。だから従業員は教育も楽しむ方がいいのだ。『最強のスパイの仕事術』 04人を育てる より ピーター・アーネスト、マリアン・カリンチ:著 福井久美子:訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊
仕事に必要な特殊技能を身につけることももちろん必要ですが、身につけた技能を実際の任務に適応して活かすことも大切です。
アーネストさんは、それら二つのことは明確に区別すべき、と考えています。
優秀な人材を育てるには、この二つを楽しんで学べるように工夫されたカリキュラムが求められるということですね。
情報収集のルール
アーネストさんは、諜報分野での戦略的な成功の多くは、諜報員1人ひとりの判断、知性、スキル、直感に負うところが大きい
と述べています。
そのような知恵の中には、情報収集のノウハウとして体系的にまとめられたものもあります。
アーネストさんは、その中のひとつとして「モスクワルール」というものを紹介しています。
CIAの伝統的ルールに、モスクワルールというルールがある。モスクワ支局で長年の間に蓄積された生き残り戦略をリスト化したものだ。これらは、モスクワのスパイや警察当局から四六時中見張られていたケースオフィサーたちが、苦労して身につけたテクニックだ。現場で習得したさまざまなアドバイスを幾つか紹介する。よく検証したうえでマニュアル化し、共有するといいだろう。
以下は、CIAの技術支援部門の元上官で、現在は国際スパイ博物館の諮問委員会のメンバーでもあるトアントニオ・メンデスのメモを参考にした。
- 思い込みをしない
- 直感に逆らわない
- 特徴と行動パターンに首尾一貫性を持たせる
- 常に安定を心がける
- 無害な存在になる。相手をリラックスさせ、手玉に取る
- 敵とその分野を詳しく知る
- 常に未来の予測をしておく
- 敵を無用に刺激しない
- 常に複数の選択肢を用意する
- 一度目は偶然。二度目は偶然の一致。三度目は敵のしわざと考える
- 行動するタイミングと場所を選ぶ
- 人間には事実をどこまでも合理化できる能力があると考える
『最強のスパイの仕事術』 05情報を味方につける より ピーター・アーネスト、マリアン・カリンチ:著 福井久美子:訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊
敵地での諜報活動は、「目立たずに行動して現地に溶けこむこと」「ほんの少しの異変も見逃さないこと」が生死に関わる重大事になります。
冷戦状態の東西陣営がぶつかり合った最前線で培われたノウハウです。
ビジネスの場でも、いろいろ応用が利きそうなルールですね。
モチベーションを上げるには
スパイをスカウトするとき、うまく相手のモチベーションを上げて、特定の時間と場所で協力してもらうことが必要です。
そのためCIAの心理学者は、モチベーションの問題をさまざまな角度から研究してきました。
モチベーションの種類は、「MICE」という以下の4つの単語の頭文字に集約できます。
- お金(Money)
- 思想(Ideology)
- 強制(Coercion)
- 自尊心(Ego)
ビジネスの人間関係においても、MICEを利用して競争で優位に立つことができる。だがそれよりも、社内で誰かに協力を頼む場合や、顧客との関係で使うほうが役に立つだろう。MICEを使った手法を、社内の駆け引きや接客に応用しよう。そうすれば、いつでも周りの人を操る方法を身につけることができる。
個人とモチベーションがうまく合えば、ことをあなたの望み通りに運ぶことができる。ただし、自分のモチベーションを他人に押しつけると失敗する。自分のモチベーションを押しつけても、協力は得られないし、逆に反発されるかもしれない。
ビジネスで「お金」を動機づけとして利用する場合は(状況によっては賄賂になることもある)次の方法がある。【対従業員】昇給、ボーナス、手当、栄転(または地位、肩書きなど)
【対顧客】割引、または商品・サービスに関連した追加サービス、特典
【対同僚】ランチまたはアルコールをおごる、プレゼントする同じ職場の人に「イデオロギー」を使って動機づけするときは、「仕事で結果を出したい」という相手の野望に訴える場合が多い。希望に合う形で高い基準を設定し、相手にその基準を目指せと焚(た)きつけるのだ。
「強制」のケースは、現場で働くケースオフィサーよりも、企業で働く人々の方が頻繁に体験しているのではないだろうか。クビにするぞと脅す、役職を解く、ボーナスを大幅に減額する、口座から社員旅行の代金を差し引くなど、多くの会社で上司は強制という手段で従業員を動機づける。
ビジネスでの動機づけでは、「自尊心」をくすぐる手法もよく見かける。人々はなぜiPhoneの発売日に、行列に並んででも買ったのか? 必要だったから? いいや、人々が列を作って並んだのは、アップル社がiPhoneを使うのは特別な人だと、人々に思い込ませたからだ。『最強のスパイの仕事術』 10組織を前進させる より ピーター・アーネスト、マリアン・カリンチ:著 福井久美子:訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊
人は理屈だけでは動きません。
感情が伴ったとき、初めてこちらの意図通りに動いてくれます。
ビジネスの場でも、相手のモチベーションを上げて、協力してもらうことは大事なことです。
人を動かす力、「MICE」。
憶えておきたいですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
実際のスパイの任務は、華々しいイメージとは裏腹の、泥臭く地道な作業がほとんどです。
一般のビジネスにも共通する部分が多々あり、とても参考になります。
アーネストさんは、スパイ活動には、変装、侵入、盗聴などの「テクニック」よりも、情報を入手して処理、分析、わかりやすくて明瞭な言葉にして意思決定者に提供する技術が求められる
とおっしゃっています。
正確な情報を、いかに分かりやすく、迅速に伝達できるか。
情報化社会を生きる私たち一般人にも、ますます求められる重要なスキルです。
世界最強の諜報機関で働くCIA職員たちの仕事術を取り入れて、情報取り扱いのプロフェッショナルを目指したいですね。
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