【書評】『新幹線お掃除の天使たち』(遠藤功)
お薦めの本の紹介です。
遠藤功さんの『新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?』です。
遠藤功(えんどう・いさお)さんは、経営コンサルタントです。
大学卒業後、国内の大手電機メーカーに入社、その後、米国系の戦略コンサルティング会社を経て、現在は欧州系最大の戦略コンサルティング・ファームの日本法人会長を務められています。
「世界一の現場力」を持つ会社、「テッセイ」とは?
「経営戦略のプロ」である、遠藤さんが、世界一の現場力を持つ
と讃えている会社があります。
それは、「鉄道整備株式会社」、通称「テッセイ」と呼ばれる会社です。
テッセイは、東京駅・上野駅・田端駅・小山駅の4箇所を拠点に約820名の勤務しています。
彼らのメインのお仕事は、社名も示す通り、車両や駅内の「お掃除」です。
彼らの仕事は、とても大切でなくてはならないけれど、地味で、目立つことのないものです。
新幹線の車内の清掃は、1チーム22人編成で、早組と遅組の2交替制のシフトを敷きます。
そして、始発の6時から最終の23時までの1日100本以上の車両を担当します。
折り返しを待つ新幹線で車内清掃に割ける時間は、わずか7分間。
その時間内に、車両清掃、トイレ掃除、ゴミ出し、座席カバーの交換、忘れ物のチェックなどを完璧に終えることが、「テッセイ」の車両清掃チームの任務です。
その規律がとれて、キビキビとした素早い作業は、まさに「魅せる清掃」と言うに相応しいものです。
本書は、テッセイから、「仕事」とは何か、「最強のチーム」はどのように生まれるのか、そのヒントとなるべくまとめられた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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「真っ赤」なプライド
60歳を過ぎてからこの仕事を始めたという主婦の方。
最初、自分が清掃員のパートであることを恥ずかしく思い、親類にもバレないように気をつけていました。
しかし、周りの清掃員の意識の高さと助け合って任務を完遂していく姿勢に次第に感化され、自分もこの仕事を好きになり、誇りを持てるようになっていった
といいます。
彼女は、パートから正社員への試験の際の面接で私はこの会社に入るとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです
と堂々と述べます。
真っ赤なジャンパーを着て、私は今日も駅のホームにいます。
桜の小枝を帽子につけたその後は、鯉のぼり。夏になると、浴衣で清掃作業する日もあったりします。
ここは旅する人たちが日々行き交う劇場で、私たちはお客さまの旅を盛り上げるキャストなのです。
昨日は電気系統の事故があり、列車が遅れて、スタッフはホームで待機していました。
列車の遅れで一番お困りになるのはお客さま。私たちはそれを気遣う気持ちと緊張でいっぱいでした。
そんなとき、背後から同年代の女性グループが声をかけてくださったのです。
「きれいな赤ですね」
お客さまの言葉に、心の中がすーっと柔らかくなっていく思いがしました。私たちはお客さまを助けるばかりじゃない。こうして助けられることもあるんだと。
「ありがとうございます」
お辞儀をすると、そのうちの一人の女性が手を振ってくださいました。
「いつもありがとうね」
私はなんとも言えない気持ちで、また頭を下げました。
そのとき、新幹線がホームに入ってくるとアナウンスが入りました。
さあ、いい旅をしていただこう。
私たちは降車する人たちを出迎えに、胸を張って整列しました。
真っ赤なプライドで、一つになって。『新幹線お掃除の天使たち』 第1部 より 遠藤功:著 あさ出版:刊
採用されて間もないパートの一社員までが、自分の仕事に、ここまでやりがいと誇りを持てる。
そんな職場は、そうそうあるものではありません。
ここは旅する人たちが日々行き交う劇場で、私たちはお客さまの旅を盛り上げるキャスト
。
一人ひとりがそう言い切れるまで、目的意識を高められるというのは、本当に素晴らしいことです。
がんばるぞ!日本!!
2011年3月11日に起こった、東日本大震災。
彼らの仕事場でもある東北新幹線も大きな被害を受けました。
立ち往生した新幹線が戻ってきたとき、車両内の状況は凄惨なものでした。
その後、震災から1ヶ月ぶりの清掃となる列車もやってきました。
車内、トイレ、洗面所、そしてボンネットまで、見事に汚れている車両に、また作業者全員で取り組みました。
やはり大変だったのはトイレです。
ペーパーと排泄物であふれた便器を、経験ある担当のJ子さんがお手本のように処理していきます。両手にゴム手袋をはめ、気合いを入れて汚れた便器に突っ込んでビニール袋にとりわけていくのです。
その汚物はもちろん車内トイレだけで流しきることはできず、検修庫のトイレまで運ぶことになりました。
「誰か、運んでくれますか?」
額の汗を拭うこともできずにがんばるJ子さんの声を聞いて、その役を買って出てくれたのはIさんでした。
「私が運びます」
重さも重さですし、臭いも臭いです。こぼしては元も子もありません。
Iさんもあっという間に汗びっしょりになっていました。留置された車両は室内だけではなく、ボンネットも大変汚れていました。外装のよごれやこびりつきは時間が経ち、乾いてとれづらかったのですが、Kさんが根気よく洗い流し、きれいな車両に戻しました。
「新幹線は使い捨てじゃないからね」
「当たり前ですよ。こんなに高価で、素敵なものを使い捨ててたまるもんですか」
「すべてがきれいになって、また乗車していただける新幹線に仕上げたとき、私たちはそんな会話を交わしました。
「がんばれ日本、じゃないよね。がんばるぞ、日本」
「そう、がんばるぞ!日本」
またきれいになって走っていく新幹線には、「がんばれ」でも「がんばろう」でもない、私たちの「がんばるぞ!日本」の思いが詰め込まれているのです。『新幹線お掃除の天使たち』 第1部 より 遠藤功:著 あさ出版:刊
テッセイの社員の皆さんの責任感の強さ、士気の高さが垣間みられるエピソードですね。
「がんばるぞ!、日本」
このスローガンは、周りをせき立てるのでも、周りに強制するでもありません。
「自分たちが、まず率先して盛り上げていこう」
そんな自発的で前向きな気持ちが表れています。
「最強チーム」と呼ばれるようになるまで
今でこそ、「最強のチーム」と呼ばれるようになったテッセイ。
もちろん、最初から「最強」だったわけではありません。
7年前、テッセイに経営企画部長として着任したのが、矢部輝夫さん(現専務取締役)です。
矢部さんは、「テッセイをトータルサービスの会社にしたい」と当時から考えていました。
最初に取り組んだのが、テッセイが目指すべきサービスを実践する具体的な「モデル」をつくり、目に見えるようにすること
です。
「20歳以上でパート歴1年以上あれば、自薦で正社員採用試験を受けることができる」
この公平で透明性の高い人事制度も、社員の士気ややる気を高める矢野さんのアイデアです。
矢野さんらは、「みんなで創る『さわやか・あんしん・あったか』サービス」というキャッチコピーを考案し、繰り返し唱えつづけました。
さらに、その掛け声を具体的な活動に落とし込むために、「思い出」創成委員会という新たな仕掛けをスタートさせました。
「思い出」という言葉には、「『思い出』というお土産をお客さまにお持ち帰りいただきたい」という気持ちが込められて
います。
JR東日本の新幹線利用客は1日26万人。東京・上野駅だけでも15万人にも上ります。そうしたお客さまへ、さわやかな空間、あんしんのサポート、あったかな応対を提供することで、「思い出」を生み出す。「私たちはそんな会社を目指すんだ」という気持ちを共有するための、委員会のスタートでした。
単なる「清掃の会社」から「おもてなしの会社」へと進化する具体的な動きが、ここから始まったのです。
委員会には「トイレ」、「エンジェル」、「車両出来映え」、「ホーム・コンコース」という4つの分科会を設置。主事や主任クラスの人たちが中心となり、それぞれ約20名ほどのスタッフが参加。「さわやか・あんしん・あったか」を実現するための熱心な議論が繰り広げられるようになりました。
「エンジェル」とは現場でコツコツと頑張っている「天使」のような人、を表現したネーミングです。このネーミングが「エンジェル・リポート」へとつながっていきました。『新幹線お掃除の天使たち』 第2部 より 遠藤功:著 あさ出版:刊
「ただ、清掃すること」から、「お客様をおもてなしすること」。
車両清掃の仕事の目的を、より高い視点に引き上げたことがポイントです。
同じ「清掃する」という行為でも、目的によってやりがいがまったく違ってきます。
自分が何のためにその仕事をしているのか。
仕事をする目的を、できるだけ高い位置に持っていき、動機付けを強めてあげること。
それが「最強のチーム」を作り上げる秘訣です。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
テッセイは、「普通の会社」です。
やっていることも、清掃業務、憧れの職業とはいえないものです。
高学歴のエリート社員もほとんどいません。
しかも、JR東日本の下請け会社です。
遠藤さんは、そんな会社でもやり方次第で「キラキラ輝く」ことができる。テッセイはそのお手本を示している
と強調されています。
テッセイの輝きを根っこで支えているのは、「リスペクト」と「プライド」です。
経営陣が現場をリスペクトすることにより、現場はそれに応え、「自分たちが主役である」というプライドを持って職務を遂行できます。
会社を輝かせるのは、やっている仕事の内容ではありません。
そこで働く人の心の持ちようです。
その作業にどれだけ気持ちを込めることができるか、です。
本書は、停滞する日本企業がもう一度足元を見直し、原点に立ち返るために必要な教訓が散りばめられている一冊といえます。
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