【書評】『100円のコーラを1000円で売る方法』(永井孝尚)
お薦めの本の紹介です。
永井孝尚さんの『100円のコーラを1000円で売る方法』です。
永井孝尚(ながい・たかひさ)さんは、戦略マーケティングがご専門のコンサルタントです。
大手外資系IT企業で、商品プランナーとして全国を飛び回り、多くの大規模プロジェクトを獲得してきた名うてのセールスマンです。
現在は、その経験を生かして、同社のシニアマーケティングマネジャーとしてご活躍中です。
「市場志向」と「製品志向」の違い
本書は、勝ち気でちょっと強引な女性セールス、宮前久美を主人公にした物語形式で進みます。
東京の商品企画部に移動してきた久美。
赴任の挨拶で、自社製品を「ガラクタ」呼ばわりする。
そんな言いたい放題の彼女に立ちはだかったのは、教育係でもある、上司の与田誠でした。
最初に、与田は久美に、「当社の事業は何か?」と問いかけます。
久美の答えは、「お客さんのお役に立てる会計ソフトを開発して、提供すること」。
その答えに与田は、「思った通りの退屈な答え。0点。」と、あっさりと切り捨てます。
そして、しっかりとした目的意識を持った商品開発の重要性を、以下のように説明します。
与田はホワイトボードに「市場志向」と「製品志向」と書き加えて、さらに話を続けた。
「自社の事業を“化粧品の製造販売”と考えるのは製品志向を考え方です。一方で、“ライフスタイルと自己実現”、そして夢を売ること”と考えるのが市場志向、つまり顧客中心の考え方です。違いはわかりますよね」
そこまで話すと、与田は久美のほうにチラリと視線を向けた。
「まあ、宮前さんが言うこともまるっきり間違いというわけじゃありません。現場のセールス目線でお客さんのことを考え続けることは、とても大切なことです。
ここまで言うと、与田はホワイトボードの文字を消しはじめた。本日のスクールは終了、というサインだ。そして、締めの言葉に入った。
「ただ、思い出してほしいのは、我々は商品企画部だ、ということです。今日伝えたかったのは、我々は現場のセールス目線だけでなく、全社的で長期的な視点を持たなければいけない、ということです。我々の仕事が、会社が将来進む方向を決めていくのです——。『100円のコーラを1000円で売る方法』 Round1 より 永井孝尚:著 中経出版:刊
いきなり、伸び切った鼻をへし折られた久美。
以降、与田に激しく反発しながらも、マーケティングの基本を学んでいくことになります。
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「顧客満足の式」とは?
自信満々で臨んだ、お得意様の提案説明会。
手応えは、悪くありませんでした。
しかし、結果は落選。
ライバル会社に、契約をさらわれてしまいます。
納得いかない久美は、そのお得意様まで乗り込み、担当部長から経緯を聞き出そうとします。
先方の言い分は、次のようなものでした。
大野部長は椅子から身を乗り出して、久美に話しかけた。
「たしかに、駒沢商会さんは私たちが言っていることには確実に対応してくれます。でも言い換えると、言ったことしかしてくれないんですよね。前向きな提案がありません。だから、厳しい言い方になりますが、たとえ安くても、0点なんです」
「0点」というところで大野部長がニコッと笑ったのがしゃくに障った久美だったが、言葉を差しはさむ余裕はなかった。
「バリューマックスさんは逆に、私たちが言っていることは一応聞いてくれますが何でも受け入れてくれるわけではありません。でも、私たちの期待値を大きく超える、とても価値がある前向きな提案をしてくれます。だから値段が高くても100点なんです。違いはわかりますか?」
提案説明会の前に、すでに勝負はついていたことがようやくわかって、大きく肩を落とす久美だった。『100円のコーラを1000円で売る方法』 Round3 より 永井孝尚:著 中経出版:刊
先方の部長は、この事実を説明するのに、ある定式を持ち出します。
それが、顧客満足は、“顧客が感じた価値観”から“事前期待値”を引き算したもの
という「顧客満足の式」です。
お得意様の要望に対応するだけでは、「0点」。
お得意様が期待する以上のことを提案して、初めて点がつく。
久美は、ビジネスの厳しさを再認識します。
「バリュープロポーション」とは?
しかし、これくらいではへこたれない久美。
新たな商品企画を考えますが、なかなか思い付くものではありません。
そんな久美に、与田は一つのヒントを与えます。
それが「バリュープロポーション」という考え方です。
バリュープロポーションとは、“顧客が望んでいて”“競合他社が提供できない”“自社が提供できる”価値
のことです。
与田は、ホワイトボードに重なる三つの円を描きます。
- 競合他社が提供できる価値
- 自社が提供できる価値
- 顧客が望んでいる価値
与田は、その中で、「自社が提供できる価値」と「顧客が望んでいる価値」の円が重なる部分を指し示しながら説明します。
「このバリュープロポーションの出発点は顧客です。ただし、顧客の言うことを全部受け入れればいいわけではありません。むしろ、顧客本人も気づいていないような価値を見つけられるかどうか、です。顧客が何に価値を感じるか、まずは自分の頭で徹底的に考えることです。大切なのは顧客のニーズを徹底的に絞り込むこと、そして他社と同じことはやらないことです。よく考えたうえで、実は顧客が必要としていないと思うなら、他社がやっていることは切り捨ててもいいくらいです」
「え? 他社がやっていることは、切り捨てちゃうんですか?」
「顧客が本当は必要としていない、とわかればね。ほとんどの企業は、時間とコストをかけて、他社と同じことを一生懸命自社でもやろうとしています。その結果、どの商品もサービスも同じようなものになってしまい、一生懸命努力しているのにそれに見合った差別化ができていません。その結果、際限のない価格競争に突入して買い叩かれ、利益がどんどん少なくなっていく。実際、そのような状況に陥っていて低収益にあえいでいる企業が多いですね、特に日本では」『100円のコーラを1000円で売る方法』 Round5 より 永井孝尚:著 中経出版:刊
自分の強みを、どれだけ客観的に把握できるか。
会社でも個人でも、それが勝負の分かれ目になります。
「プロダクトセリング」と「バリューセリング」
コストを徹底的に下げて、価格勝負する戦略を「プロダクトセリング」と言います。
しかし、それが出来るのは、業界トップの市場リーダーと呼ばれる企業だけです。
では、価格勝負にならないためには、どうしたらいいのでしょうか。
与田は、一つの考え方として、「バリューセリング」という方法を紹介します。
価格を下げずに、商品を売る。
その一例が、「リッツカールトンホテルで1000円で売られているコーラ」です。
最適な温度に冷やされ、ライムと氷がついて、グラスに注がれていたコーラ。
それは、この上なく美味しく、1000円は安いくらい
とのこと。
「それって、コーラという液体ではなく、サービスという目に見えない価値を売っているってことですか?
「宮前さんも、ちょっとわかってきたみたいですね」
(「ちょっと」って何よ。相変わらず失礼なヤツ)と思ったことはおくびにも出さず、久美は与田の次の言葉を待った。与田はホワイトボードに書き込んだ。
「まとめると、ディスカウントストアで売っているのは、コーラという液体そのものです。同じような商品を他でも売っているので、お客さんは値引きを求めてきます。だから徹底的にコスト削減を図る。これが“プロダクトセリング”です。この場合は、規模の大きい会社ほど、大量仕入れで原価を安くできるので、有利です」
ホワイトボードの表の1列目が埋まった。与田は引き続き2列目の説明に移った。
「一方、リッツカールトンが売っているのは、心地よい環境で最高に美味しいコーラを飲めるという体験です。この体験は他では得られませんから、顧客は値引きを要求しません。そのため、コスト削減や規模の大きさは必要ありませんが、とことんまでサービス向上を図ります。これが“バリューセリング”です」『100円のコーラを1000円で売る方法』 Round8 より 永井孝尚:著 中経出版:刊
規模の小さい会社や個人が生き残っていくうえで、とても参考になる戦略です。
「他社(他者)が出来ない仕事を、最大限のサービスで」
それが値下げ競争に巻き込まれないための、最大の武器です。
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本書は、この他にも、セールスに役に立つ基本的な考え方が、ほぼ網羅されていて、それらを分かりやすく解説してくれています。
マーケティングの考え方や理論の基本を、一から知りたい人に、とくにお薦めの一冊です。
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