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【書評】『プロメテウスの罠』(朝日新聞特別報道局)

 お薦めの本の紹介です。
 朝日新聞特別報道局が編集した『プロメテウスの罠』です。

「3.11」の真実を語る

 2011年3月11日。
 日本を、未曾有の衝撃が襲いました。

 東日本大震災。
 いわゆる「3.11」と呼ばれる大災害の発生です。

 大地震と、その後に襲った大津波は、甚大な被害をもたらしました。
 さらに輪をかけたのが、福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故です。

「絶対に起こらない」ことが、起こってしまった。
 その事実が、物理的被害の大きさ以上に、日本国民に、致命的なショックを与えました。

 大きな混乱と無力感に襲われたのは、報道現場も例外ではありません。
 朝日新聞の現地記者たちも、「どうして」を自問しながらも、ただただ「何が起きたのか」を求めて走り回るほかありませんでした。

 どうして、このような事態が起こってしまったのか。
 彼らは、報道する側から改めて検証する必要があると考えました。

 ひと月ほどして私たち朝日新聞は、あの時、福島で何が起きていたのかにもう一度肉薄し、同時にどうしてそうなってしまったのかに迫る長期連載を構想し始めました。事実を丹念に追うなかで、この世界史的事故の意味を問いたいとかんがえたからです。
 原発は、戦後の日本が国策として決断し衆知を集めて作り上げ、万全の危機対策も誇ったはずの造営物です。電力は社会の近代化や成長の源であり、原発はまさに人々の生活を豊かにするために作られたはずです。
 だが事故は防げず対応はもたつき、原発は人と社会に刃を向けました。原発の意味と歴史を知る私たちは、単に「人知の限界」「想定外」として済ますことはできません。科学技術への姿勢、政策決定の仕組み、政治や世論のあり方など戦後の日本社会の体質にも切り込まねばならいないだろうという予感に満ちて、取材は始まりました。

『プロメテウスの罠』 はじめに より  朝日新聞特別報道局:著  学研パブリッシング:刊

 朝日新聞は、2011年10月から『プロメテウスの罠』というドキュメンタリー記事を連載しています。
 本書は、その連載記事を2012年2月分まで編集したものです。

 プロメテウスとは、人間に「火」を与え、文明をもたらしたとされる、ギリシャ神話に登場する神様の名前です。

 原子力は、その人間社会に与えた影響と利便性の大きさで、「プロメテウスの第二の火」と形容されることがあります。

 今回の事故は、その利便性ゆえにおざなりにされていた、放射能漏れのリスクという、原子力の負の部分を露わにしました。

 まさに、「罠にはまった」という思いをしている関係者も多いでしょう。
 
 福島第一原発事故発生から1年半以上経った今、「その時、何が起きていたのか」を克明に記す。
 それは、再びこのような事故が起こらないように対策を取るうえでも、重要です。

 対応すべき課題は、山積みです。
 その中でも、政府の危機管理体制の強化は、最重要項目の一つです。

 本書でも、「3.11」の混乱の中、情報が錯そうし、慌てふためく官邸中枢と関係各省庁の姿が描かれています。
 
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「SPEEDI」が活用されなかった理由

 福島第一原発の事故をめぐる混乱に輪をかけたのは、政府や関係省庁の連携のまずさでした。
 その最たる事例の一つが、「SPEEDI」をめぐるトラブルでした。

 「SPEEDI」(スピーディ)とは、放射能の影響を予測するシステムのことです。
 放射された放射性物質が、どう広がるのか。
 風向きや風速、地形を計算し、飛ぶ範囲を予測します。

 しかし、SPEEDIを使った放射能物質の拡散結果が初めて一般に公表されたのは、事故から2週間近く経った3月23日のこと。
 最も必要とされた、原発事故発生直後の場面で活用されることはありませんでした。

 当時の菅首相以下、官邸の主だった面々は、このシステムの存在すら知らされていませんでした。

 なぜ、そのようなことが起こってしまったのか、経緯を簡単に説明すると、以下の通りです。

 震災当日の3月11日の夜、現地の対策本部が地震の影響で通信回線が途絶えます。
 そのため、避難区域の範囲を決定するという、重要な役割を果たせない状態となりました。

 そこで、現地から離れた、本部のある霞が関で避難区域案を作成することとなりました。
 しかし、情報伝達の不備から大きな行き違いが発生してしまいます。

 経済産業省別館3階にある、原子力保安院の緊急時対応センター(ERC)。
 首相官邸5階に陣取っていた、菅首相をヘッドとする原子力災害対策本部。

 両者が、それぞれ別々に、避難案つくりを進めてしまいました。

 3月11日午後9時12分。原子力安全・保安院のERCは、独自に注文した1回目のSPEEDI予想図を受け取った。
 SPEEDIは放射性物質の拡散を最大79時間先まで予測できる。その能力をフルに使って将来の拡散範囲を予想し、危機地域にいる住民を避難させなければならない。
 放出された放射性物質は風に流されるため同心円状には広がらないのが常識だ。何時間後、どこに汚染が広がるか。ERCはSPEEDIの予測を続けながら汚染区域を見極めようとした。ところが・・・・
 その矢先の午後9時23分。原子力災害対策本部長の菅直人は同心円状の避難指示を発する。原発から3キロ圏内の住民には避難、10キロ圏内の住民に屋内退避、という内容だった。
 対策本部の事務局は保安院が担当し、その中核はERCだ。そこには全く連絡がないまま、いきなり結論だけが下りてきた。官邸中枢が独自の判断で決めたのだ。
 避難区域の案をつくっている最中に、いったいどうしたことか。ERCは驚き、室内は騒然とした。
 官邸中枢が避難区域を決めてしまった以上、自分たちの役割はない。そう即断し、この段階でERCは避難区域案づくりをやめてしまう。
 ERCは16日までに45回もSPEEDIの計算を繰り返すが、それは避難区域を決めるためではなく、官邸中枢が決めた避難区域について検証するためだった。
 同心円状に広がらないのは原子力防災の常識なのに、次々と同心円状の避難指示が出る。そのおかしさを感じながらERCはそれを追認した。発せられた避難指示を否定する根拠がない以上、追認が妥当と考えた。
 その後、政府はこう強調した。放出された放射能量が不明だったのでSPEEDI予測はそもそも役に立たなかったのだ、と。ERCがSPEEDIを使って避難区域案を作ろうとしていたことは伏せられた。

  『プロメテウスの罠』 第二章 より  朝日新聞特別報道局:著  学研パブリッシング:刊

 当の菅首相は、以上のような経緯があったことは、まったく知りませんでした。
 震災から半年以上経った10月31日、朝日新聞のこの連載をお読みになって知ったそうです。

 案の定、後日、SPEEDIのデータ公開が遅れたことが、色々な方面で問題になると、関係省庁間の「責任のなすり合い」が始まります。

 このときSPEEDI予測に基づいて住民を避難させていれば、余分な被曝をせずにすんだはずだ。原子力安全・保安院や原子力安全委員会は、なぜ官邸中枢にSPEEDIの存在を伝えなかったのか。
 安全委員長の班目春樹は言う。
「原発のプラントが今後どうなるかを予測できる人間は、私しかいなかった。その私にSPEEDIのことも全部やれっていうんですか。超スーパーマンならできるかもしれませんけど。役割分担として菅首相にアドバイスするのは保安院です」
 保安院長の寺坂信昭は言う。「保安院がSPEEDIの話をしちゃあいけないことはないが、SPEEDIは、文部科学省の所管です」
 有効な手が打たれないまま、事態は悪化の一途をたどる。

 『プロメテウスの罠』 第6章 より  朝日新聞特別報道局:著  学研パブリッシング:刊

「縦割り行政の弊害」と言ってしまえばそれまでです。
 しかし、あまりにも見苦しい、泥の掛け合いです。

 もし、このSPEEDIの情報が早期に被災者の元に渡っていれば、余計な被曝をせずに済んだ人が大勢いたのではないか、と思うと残念です。

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 本当の意味で、原発事故の影響が懸念されるのは、これからです。
 特に、体内に放射性物質を大量に取り込んだ場合の人体への影響、いわゆる「内部被爆」については、どの程度の被害が発生するのか、誰にもわからない状況です。

 ただ、本書によると「汚染のない食べ物を食べ続けると、体内の放射能が抜ける」というデータもあるようです。

「除染」は、もちろん行わなければなりません。
 被災地の方々の体内被曝量を調べて、必要なケアをすることも喫緊の課題となりますね。

「3.11」は、まだ終わっていません。
 いや、まだ始まったばかりなのではないか、という気すらします。
 それをまざまざと思い知らされる一冊です。

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