【書評】『真夜中の幸福論』(ジョン・キム)

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 お薦めの本の紹介です。
 ジョン・キムさん『真夜中の幸福論』です。

 ジョン・キムさんは、思想家、作家です。
 韓国生まれで19歳の時に日本に留学、以降アジア、アメリカ、ヨーロッパ等3大陸5カ国を渡り歩いた経歴の持ち主です。
 メールマガジンなどで独自の人生哲学を展開、特に30代以降の世代で大きな支持を集められています。

「幸福」とはどんなものか?


 キムさんは、本書のタイトルである「真夜中の幸福論」という言葉について以下のように述べています。 

「真夜中の幸福論」というタイトルには思い入れがあります。
「幸福」という言葉に、誰もがぼんやりとしたイメージは持っていても、では具体的にどんな状態を幸福と呼ぶのか、ということについては答えにくい。なぜなら、我々のほとんどは、幸福について真正面から考えたり、議論したりしたことがないからです。
 そこで「幸福ってそもそも何?」「幸福の条件って何?」「その幸福の条件を手に入れるには何をすればいい?」ということについて、みなさんといっしょに考えてみたいと思い、この言葉を選びました。

 『真夜中の幸福論』 はじめに より  ジョン・キム:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 キムさんは、「幸福」というものを、とてもシンプルに考えています。

 『その人が「自然体」で生きていること。
 「自分が愛せる自分自身」として生きていること』


 そのためには、ぶれない「軸」が自分の中にしっかりあることが必須条件だとと説きます。
 そして、自分の人生を支える確固たる「軸」があって、その軸と日常の思考・言動を一致させてはじめて人間は幸福に生きると結論付けます。

 キムさんは、自ら『真っ暗なトンネル』の中にいたという20代の10年間の苦しい経験が自分を大きく成長させたと述べています。

 本書は、自らの体験を踏まえたキム流「幸福になるための方法論」が、簡潔な文章で綴られた一冊です。
 キムさんの紡ぎ出す言葉は、どれも淡々として静かな印象を与えますが、読み手を深く説得させる力強さを持っています。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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つねに自分に行動の起点をおく


 キムさんは、大学のゼミなどで講義を行うとき、学生には以下の3つの力を身につけるよう、つねに言い聞かせています。

  「自分の頭で考えられる力」
  「それを自分の言葉で表現できる力」
  「それを自分で行動できる力」

 

 この三つはすべて大事な力ですが、二つめの「言葉で表現できる力」というのは、実は省略できます。「自分で行動」できていればそれでいい。言葉ではなく、行動の結果で語れる人間は素敵だと思います。
 ぼく自身は、自分が行動を通じて直接働きかけることができない事象に関しては、できるだけ語らないようにしています。自分から遠く離れたことについては、コメントしない。当事者ではなく評論家のような立場での発言になってしまうからです。それが批判めいたことであればなおさらです。

 『真夜中の幸福論』 第三夜 より  ジョン・キム:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 大切なのは、自分の考えが自分の発言や文章にしっかりと表現されていること。
 さらに、行動にも反映されていること。
 つまり、「思考―表現―行動」が一本の線で繋がるように意識するということです。
 キムさんのいう人生を支える「軸」は、その3つを繋ぐ線そのものを表しています。

物事は、「縦」でとらえよ


 キムさんは、どんな時でも自分の軸を保つ上で欠かすことができない姿勢があると述べています。
 それは、『つねに、Priority(優先順位)を考えること』です。

「自分のしたいこと」と「実際にしなければならないこと」。
 そのギャップが、苦しみの根源になります。
 そこから抜け出すためにはどうすればいいのでしょうか。

 そういうときには、「横」に並んでいるものを「縦」にしてみることです。「縦」に並べて、自分にとって「いちばん重要なもの」から「いちばん重要じゃないもの」までの順位を明確にする必要があります。
 ところが、ランク付けには、「基準軸」が必要です。
 何か基準がないと、自分にとっての物事の順位を決めることができない。
 もう、おわかりでしょう。

  優先順位を考えるということは、
  そのための「基準軸を探す」ということであり、
 「自分は何を大切にして生きているのか」
  ということを考えることなのです。


 『真夜中の幸福論』 第四夜 より  ジョン・キム:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 日常的な問題でも、突き詰めていくと、必ず「自分は何のために生きているのか」という根本的な問いにたどり着きます。
 そのような「抽象的な世界」で物事を考えることが重要です。
 そこで得られることは具体的ではないからこそ、日常の色々な問題に応用できるということです。

ポジティブな発言を否定する人の理由


「ポジティブな発言に対して、なぜ過剰に否定する人たちが多いのか?」

 キムさんは、そんな問いに、以下のように答えています。

 そこには、自分にはとても口に出せない「途方もない夢」を語る人に対する羨望や嫉妬といった感情もあるでしょう。けれども、それ以上に、もっと合理的な理由があるのだと、ぼくは考えています。
 すなわち、ポジティブな発言をしている人を否定しておかないと、自分の現状がよりつらいものに思えてしまう、さらに言えば、自分の存在が脅かされるように感じるからです。
 つまり、自分自身の存在価値を守るため。相手を否定することによって、自分を肯定しようとしているわけです。無意識のうちにではありますが。

 ですから、誰かに否定されたとしても、落ち込む必要はありません。
「否定する人には、それなりの事情があるんだ」
 くらいにとらえていればいい。


 『真夜中の幸福論』 第十夜 より  ジョン・キム:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 ポジティブでも、ネガティブでも、反応があるのは、関心を持ってもらえているということ。

 反応の仕方は人それぞれです。
 人は皆「それなりの事情」があるということ。
 あまり気にせずに生きていくことが大事だということですね。

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 キムさんは、最後に、幸福な人生を生きるために心がけてほしいことを、三点ほど記されています。
 一つ目は、「比較しないこと」
 二つ目は「競争しないこと」
 そして、最後の一つは「今日を生きる」ということです。
 

 3.11の震災を目の当たりにして以来、ぼくがつねに思うのは、
 亡くなられた方がその最期の瞬間にいだいたであろう無念さです。

 そのことを考えるたびに胸が痛み、言葉に詰まります。

「我々が生きる今日という日は亡くなられた方々が夢見た明日である」

 このことを胸に刻んで生きていくだけで、
 日常のとらえ方は劇的に変わるはずです。
 そもそも人間の不幸は、

 いま自分が息をしているということに対する
 感謝の気持ちを忘れたときに始まるのだと思います。

 今日は今日というだけで素晴らしく、奇跡的です。
 (中略) 
 今日という日は、生きている限り、誰にでも公平に訪れます。
 今日を輝く眼差しで感謝しながら一生懸命に生きること。
 
 その心さえあれば、日常は幸福で溢れるとぼくは思います。

 『真夜中の幸福論』 あとがき より  ジョン・キム:著  ディスカヴァー・トゥエンティワン:刊

 私たちが生きているのは、「過去」でも「未来」でもありません。
「今」この瞬間です。
 変えることができるのも、「今」だけです。

 キムさんのように、今、この瞬間を力強く前向きに過ごしていきたいですね。


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