【書評】「超える力」(室伏広治)
お薦めの本の紹介です。
室伏広治さんの『超える力』です。
室伏広治(むろふし・こうじ)さんは、ハンマー投げの選手です。
オリンピックに3大会連続出場し、2004年のアテネ大会では、見事、金メダルを獲得されました。
4度目の出場となるロンドン大会でも、金メダルの有力候補として期待を集めています。
「超える力」に託した「想い」
卓越した身体能力と投てき技術を武器に、活躍を続ける室伏さん。
2011年の世界選手権で金メダルを獲得して、世界ランク1位に返り咲くなど、37歳となる今でも、世界のトッププレーヤーとしての力を維持しています。
その秘訣は、ハンマー投げという競技を通して「超える力」を身に付けることができた
からだと述べています。
振り返ればここまで、自分を「超えるために」さまざまな試行錯誤を繰り返してきた。父という存在を超え、ハンマー投のトップレベルの基準である80mを超え、ライバルを超える。揺るがない投てきを確立するために心のあり方や考え方を追求し、己の未熟さに挑んだ。競技で成長するとともに人間としても成長を実感するようになり、年齢の限界を超えるべく、歩みを進めている。
(中略)
著書の発表を考えたのは、自身の軌跡を整理することで次の人生に繋げたいという思いに加えて、私がどのような想いでハンマー投に取り組んできたか、なぜ37歳の今も競技を続けているのかを、多くの方々に知っていただき、私がさらに前進するために、背中を押していただきたいとの願いがあったからである。
もう一つ理由がある。
37歳という年齢になった今、私の経験や得られた知見、生き方を語ることで、現役アスリートや陸上競技、ハンマー投を志す後輩のみならず、ビジネスマンや教育者、子育て中の方にも、何かを感じていただけるかもしれないと思うに至ったからである。「超える力」 プロローグ より 室伏広治:著 文藝春秋:刊
「1cmでも遠くへ!」
飽くなき探求心を持ち続けて、己を磨き続けたこと。
それが今の室伏さんを作り上げています。
本書は、室伏さんが、いかに「超える力」を身に付けたのか、その軌跡をまとめた一冊です。
その中からいくつかのエピソードをご紹介します。
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「勝利至上主義」との決別
室伏さんが、「ハンマー投げ」という競技に対する考え方を、根本から覆すきっかけ。
それは、初めてオリンピックに出場した、2000年のシドニー大会でした。
決勝当日、試合直前に降り始めた雨の影響で、足元のコンディションに気を取られてしまいます。
自分の投てきができずに、上位8人のみの4投目以降に進めず、まさかの予選敗退となりました。
室伏さんは、この敗退の理由を自己分析して、以下のように述べています。
ファールをした後の投てきを修正できなかったのは記録を残して4投目以降に進もうと意識しすぎたためではないか。勝ちを意識するあまり、投てきを楽しめていなかったのだ。もちろん、私はどの大会も優勝をめざして臨む。シドニー大会もそうだったが、その一方で勝利至上主義や金メダルしか考えていないモチベーションはなんと脆いものなのだろうかと思った。
これからもハンマー投げを続けていくには、勝ちさえすればいいという偏狭な考えではいけない。ハンマーを投げることが楽しいという、私自身の原点に戻ることが必要だった。「超える力」 第2章 より 室伏広治:著 文藝春秋:刊
室伏さんは、この敗戦を契機に、「勝利至上主義」を捨てます。
そして、自らの理想とする投てきだけを追い求めるようになります。
モチベーションを外部でなく、自分の内部で保てるようになった。
そのことが彼の「超える力」を、飛躍的に高めるきっかけとなりました。
「ドーピング問題」について
ハンマー投げに、黒い影のように付きまとう「ドーピング」。
室伏さんは、この問題について、以下のように述べています。
ドーピングについて、「室伏さんはドーピングの誘惑にかられたことはないか」と聞かれることがある。質問してる方に悪気はないのだろう。ハンマー投競技で、アテネ、北京と2度のオリンピックで続けてドーピング違反が発覚したのだから、無理もないことかもしれない。しかし、こうした質問に対しては、毅然と答えることにしている。
「ドーピングに手を染めるなんてとんでもない。考えたこともない。薬物によって目標に到達したとしても、それには何の価値もない」
ドーピングを犯すということは、登山に例えて言うならば、頂上をめざして歩む醍醐味を感じることなく、ヘリコプターに乗って頂上に降り立つようなものである。「超える力」 第3章 より 室伏広治:著 文藝春秋:刊
あくまで「理想の投てき」を目指して、自分を高める。
それを目的として競技を続ける室伏さん。
「ドーピングをしてまで勝ちたい」
そういう選手の気持ちは、理解できないでしょう。
「スポーツはルールに則って、正々堂々と戦って勝たないと意味がない」
結果だけでなく、そこにたどり着くまでの過程を大事にする、室伏さんらしい意見です。
世界で戦うということ
ハンマー投げは、一発勝負の世界。
どんなコンディションや状況でも、集中して最高のパフォーマンスをみせることが必要です。
室伏さんは、若い頃から海外で行われる大会を転戦することで、何事にも動じない強い精神力を鍛え上げることができた
と述べています。
競技だけをやっていては、鳥かごの中の鳥と同じ。アスリートとしての成長は、なんでもありの状況下で起こるハプニングや困難をどう切り抜けるかによって問われると私は考える。言葉の問題を気にする人もいるが、世界の選手は英語圏の選手ばかりではない。何とか自分の意思を伝えようという気持ちがあれば伝わるものだ。外国の選手でも英語がうまくない選手は数多くいる。しかし彼らは言葉が上手くなくても伝えるべきことを伝えようとコミュニケーションを図る。そうした経験を積んでいくうちに語学力やコミュニケーション能力が磨かれていくことを実感できる。そうやって逞しくなることでアスリートとして生きていく覚悟や自信が芽生え、陸上が楽しくなり、競技人生はもっと豊かになる――私はそう考えている。
「超える力」 第5章 より 室伏広治:著 文藝春秋:刊
アスリートはもちろん、ビジネスの世界でも通用することですね。
あえて厳しい環境に身を投じることで、自らを高める。
見習いたいところです。
金メダルがゴールではない
室伏さんは、長年の競技生活を振り返り、自分がハンマー投げという競技を続ける意義を、以下のように述べています。
勝ち続けることにも価値はあるが、負けることでさらに深く競技を追求できる――自分を超えていくためのプロセスには苦しさも伴うが、同時にそれは苦悩に打ち克つことであり、アスリートの喜びでもある。それは20年に及ぶアスリート人生を通じて得た実感である。
金メダルを取ったことはアスリート人生のゴールではない。
金メダルの先にまだ追及するものあるのではないかと考えたとき、思い浮かんだのは、結果ではなく、そのプロセス、そして再び挑戦しようとする「心」である。さらに競技を続けていくことに、もっと崇高な価値を感じるようになったのである。日本の武道や茶道や華道といった芸道同様に極めていくものがあるように感じるに至った。それは言わば「道」のようなものではないだろうか。
「超える力」 エピローグ より 室伏広治:著 文藝春秋:刊
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慢心することなく、「己自身を超えること」を目的として、精進してきた室伏さん。
その想いが、超一流のアスリートへと導きました。
「道」を極めるべく、日々奮闘する室伏選手の、これからのご活躍を願っています。
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