【書評】『死ぬときに後悔すること25』(大津秀一)

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 お薦めの本の紹介です。
 大津秀一先生の「死ぬときに後悔すること25」です。

 大津秀一(おおつ・しゅういち)先生は、終末・緩和医療がご専門の医師です。

人が後悔する内容は、だいたい決まっている


 人間の死を、身近で、何例となく見送ってきた大津先生は、以下のように述べています。

 人間は後悔とは不可分の生き物である。
 現実問題、私が見届けてきた患者さんたちは、大なり小なり何らかの「やり残したこと」を抱えていた。だから皆、程度の差こそあれ、後悔はしていた。
けれども、その後悔の程度には大きな違いがあった。単純な話だが、明日死ぬかもしれないと思って生きてきた人間は、後悔が少ない。明日死ぬかもしれないと思う人間は、限られた生の時間を精一杯いきようとする人間であり、一日一日に最善を尽くそうとする人間である。一期一会を思う人間である。
 また、何百例も症例が集積すると、ひょっとすると皆が抱えている後悔、人生で解き残す問題は、実はそれほど多様性がないのではないかということがわかってきた。要するに、人が後悔する内容は人類皆兄弟、だいたい決まっているのである。

  「死ぬときに後悔すること25」  はじめに より  大津秀一:著  致知出版社:刊

 人間が、死ぬ間際に後悔すること。
 それは、男女、国籍や人種を問わず、ほとんど変わりません。

 本質的な部分において、人間は同じだということでしょう。

 本書は、人が死ぬ間際に後悔することを25の項目として列挙し、それぞれ解説した一冊です。
 そのうちのいくつかをピックアップしてご紹介します。

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健康を大切にしなかったこと


 真っ先に上がるのが、「健康」です。
 それだけ多くの人が、病院のベッドの上で後悔するということ。

 若い頃は、無理が利くので、体を酷使してしまいがちです。
 その反動が、年齢を重ねてから出てしまうのでしょう。

 大津先生は、何よりも若い頃からの節制が大事であると説きます。
 同時に、40歳を過ぎてからは、年に一度の人間ドッグを受けること推奨します。

 あくまで個人的意見として受け取っていただきたいが、私としては40代を超えたら年に1回くらいPETをしてみるのも良いのではないかと思う。しかし、これが入っていると料金が最低でも10万円前後に跳ね上がるから、なかなか夫婦そろって毎年やるのは大変かもしれない。
 費用対効果を厳密に考えると様々な意見があるだろうが、「検査をして早期発見をしておけばこのようにならなかったかなぁ・・・・」と考えてしまうと思うような人は、きちんと自腹で人間ドックを受けておいたほうが良いのではないかと思う。「もう少し早く検査をしておけば・・・・」と後になって悔やんでも、もうどうしようもないからだ。

 ゆえに、私からの最初の提案は、健康なうちから健康を大切にすること。しかしこれは世間一般で考えられているようなサプリの摂取だとか、メタボの回避とかではなくて、「きちんとした人間ドックを毎年一回受けること」。これが大切であり、しておくべきことだ。病気を早期発見し、それを是正しようとすることが、「健康を大切にすること」だと私は思う。

  「死ぬときに後悔すること25」  第一章 より  大津秀一:著  致知出版社:刊

 将来のことを考えると、暴飲暴食やお酒の飲み過ぎには、気を付けなれば、と再認識します。

 今、この時の楽しみと、将来の病気のリスク。
 若い人ほど、この二つをつねに天秤にかけて生活する必要があります。

自分のやりたいことをやらなかったこと


「自分のやりたいことをやらなかったこと」

 これも、よく聞く話です。

「もっと、やりたいことをやりたかった・・・」と。

 人の一生は、実にあっという間のものである。これは等しく皆が言い残した言葉。

 おそらく日本人は真面目すぎる。もう少し肩の力を抜かないと息が詰まる。そしてもう少し自由に生きると良いと思う。見えない鎖に縛られすぎている。
(中略)
 自分勝手の自由ではなく、自らよって立ち、何ものにも束縛されない真の自由に生きる人間は本当に強い。心の部屋に清涼な風が吹き込むように、窓をいっぱいに開けて己がしたいように生きるべきだ。

 とにかくいまわの際には、自分に嘘をついて生きてきた人間は、必ず後悔することになるだろう。

 後悔しない生き方、それは「自分を取り戻す」ことだ。自分を意識せずとも、自分を体いっぱいに表現している子供と同じようになれば、おのずと人生の楽しみを取り戻すこともできると思う。
 やりたいことをやらねば最期に後悔する。やりたいことはさっさとやるべきなのだ。

  「死ぬときに後悔すること25」  第二章 より  大津秀一:著  致知出版社:刊

 自分が、どんな人生を生きたいのか。
 それすらも考えていない人が多いです。

 他人から批判されず、波風の立てない。
 でも、やりたいこともできない生き方。

 そんな人生が、本当に素晴らしいのか。
 今こそ、自問自答すべきなのかもしれません。

感情に振り回された一生を過ごしたこと


「感情に振り回された一生を過ごしたこと」

 これも、身に沁みますね。

 イライラや怒りの感情は、精神的にも、肉体的にも、大きなダメージを与えます。
 これらの負の感情に囚われている限り、本当の自分自身を生きることは、難しいです。

 怒っていても、泣いていても、笑っていても、変わらず一生は過ぎるものである。だったら笑っていたほうが得ではないか。
 しかし感情に乱されずしなやかに生きるためには、強靱な精神力も必要となる。強い心を磨き、月下の池のような鏡面の心であれば、どんな苦難もさざ波にすらならぬだろう。
 感情に振り回され、特に否定的感情にとらわれたまま生涯を過ごせば、残るのは後悔ばかりである。冷静な心の先に、笑いを見出すことができれば、後悔は少ないに違いない。

  「死ぬときに後悔すること25」  第二章 より  大津秀一:著  致知出版社:刊

「月下の池のような鏡面の心」

 そのような境地では、死という現実と向き合っても、冷静さを失うこともないでしょう。

 少しずつでも、そのような強い精神力を身につけるべく、努力をしたいですね。

「死までの道のり」こそ己の財産


 大津先生は、最後に以下のように述べています。

 残念ながら、死を前に後悔が一つもない人はいないだろう。人は完璧な存在ではないがゆえに、結局どんなに一生懸命準備をしたとしても、後悔がない最期など迎えようがないのかもしれない。
 けれども、「後悔がないように」普段から考え、ここまで列挙してきたことに一生懸命励んだらどうだろうか。 おそらくそうでない場合と比べて、まったく違う人生が、まったく違う道が眼前に広がるのではないだろうか。
 死期が迫るとき、人は必ず自分が歩んできた道を振り返る。その道こそが、己の財産そのものであり、その道が納得いく道であれば、微笑みをもって見納め、その先に足を踏み出すことができるだろう。

  「死ぬときに後悔すること25」  おわりに より  大津秀一:著  致知出版社:刊

 何をするにも、準備が最も大事です。
 スポーツでも、プレゼンでも、試験でもそうですね。

 だとすれば、「死ぬこと」についても、同じこと言えます。

 多くの人は、「死」を恐れるあまり、真正面から向き合わずに「見ないフリ」をします。
 他人の死も、忌み嫌う風潮が強いです。

 死について語ることも、タブーとされる傾向がありますね。
 それで本当にいいのでしょうか。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

「死ぬこと」は、誰にも1回きり、必ず「本番」がやってきます。
 リハーサルは、ありません。

 そんな中でしっかりと準備をするには、やはり、「先人の知恵」が必要です。

「死」こそ、人生の先輩達に学ぶべき、もっとも大事なことです。
「死」を真正面から見据えて初めて、人生を真剣に考えていると言えます。

 たった一度の短い人生です。
 後悔の少ない人生を送りたいですね。

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