【書評】『怒らないこと』( アルボムッレ・スマナサーラ)

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 お薦めの本の紹介です。
 アルボムッレ・スマナサーラさんの「怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉」です。
 

 アレボムッレ・スマナサーラさんは、スリランカの上座部仏教の長老です。
 日本で、初期仏教の伝道と瞑想普及に尽力されています。

お釈迦様が突き止めた、「怒り」の正体とは?


 初期仏教は、お釈迦様の直接の思想にかなり近いと言えます。
 お釈迦様は、苦行や瞑想により、人間の中にある「迷い(煩悩)」の根本を突き止めます。
 そして、それらを克服することによって悟りを開かれました。

「怒り」の原因は何なのか。
 それをとことん追及した上で、どうすれば、「怒り」から逃れることが出来るのかが合理的に詳しく書かれています。

 大元にあるのは、「怒り」も含めて全ての苦しみは自分自身で作り出しているという考えです。
 これは、仏教全体の大きな土台にもなっています。

 自分以外の人に「怒り」を覚えたとしても、その人の行為は単なる「出来事」です。
「怒り」という感情は、結局、自分自身が作り出しているということです。

 逆にいえば、どんな「出来事」に対しても、自分の心構え次第で「怒り」を作り出さずに済むということです。

 スマナサーラさんは、「怒り」を、以下のように解説しています。

 怒りを意味するパーリ語(お釈迦さまの言葉を忠実に伝える古代インド語)はたくさんありますが、一般的なのはdosa(ドーサ)です。このdosaという言葉の意味は「穢れる」「濁る」ということで、いわゆる「暗い」ということです。
 心に、そのdosaという、穢れたような、濁ったような感情が生まれたら、確実に我々はあるものを失います。それは、piti(ピーティー)と言って、「喜ぶ」という意味の感情です。我々の心に怒りの感情が生まれると同時に、心から喜びが消えてしまうのです。
 ですから、じつは怒りはわかりやすいのです。自分が今怒っているかどうかわからない場合は、「今、私は楽しい?」「今、私は喜びを感じている?」と自問自答してみればいいのです。「べつに楽しくはない」「何かつまらない」と感じるならば、そのときは心のどこかに怒りの感情があります。「退屈だ」「嫌だ」などの感情があるときは、心に怒りがあるのです。

  「怒らないこと」 第1章 「怒り」とは何? より  アルボムッレ・スマナサーラ:著  サンガ新書:刊

 大雑把にいうと、人間には「怒り」の感情と「喜び」の感情(愛情)しかなく、同時に二つの感情を持つことは出来ないということ。
 スマナサーラさんは、「怒り」に支配されている間は、「喜び」も「愛情」も感じられないため、幸せにはなれないと述べています。
 
 dosaと呼ばれる「暗い」感情は、どんどん蓄積されていきます。
 溜まれば溜まるほど、「怒り」の感情は大きくなります。
 ちなみに、「強い怒り」は、パーリ語でvera(ヴェーラ)と呼びます。
 
 では、「怒り」とは、どういう性質で、どうしたら逃れられるのでしょうか。
 いくつかピックアップしてご紹介します。

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「怒り」の原因は、自分の中にある


 怒りの原因は、自分自身の中にあります。
 原因となる妄想概念を作り出しているのは、「我=エゴ」という意識です。

 エゴは、「自分はこういう人間だ」という「自分の中の自分認識」のようなものです。
 
 この意識が強いと、「私は正しい」「間違っているのは向こうの方だ」と考えて、「怒り」の感情が生まれます。
 自分を必要以上に卑下する場合も、同様です。
 
「我=エゴ」を抑える方法は、それらを手放すことです。

 ちょっと考えてみてください。人間が完全であるはずがないでしょう?
 物事を正しく判断できる知識人であるならば、「私はけっして正しくはない。今はこういう意見を言うのだけれど、それもやっぱり隙だらけだ」とわかっています。言葉も完璧ではないし、自分が使っている単語も、比喩も完璧ではないし、何ひとつも完全にできないのです。
(中略)
 ですから、「自分が正しいという考え方は、非合理的で、非真実で、嘘で、あり得ないことだ。このあり得ないことを頭で徹底的に信じている自分ほどの大バカ者は、世の中にいない」とはっきり理解したら、もう怒らなくなってしまうのです。「私は正しい、とは言えない。私は不完全だ。間違いだらけだ」ということが心に入ってしまうと、もうその人は二度と怒りません。

  「怒らないこと」 第1章 「怒り」とは何? より  アルボムッレ・スマナサーラ:著  サンガ新書:刊

 とことん謙虚になれ、ということ。

怒る人ほど、頭の悪い人はいない


 スマナサーラさんは、世の中で、怒る人ほど頭の悪い人はいないと述べています。

 怒っているときの自分の心を観察してみてください。 
 そのときは智慧も湧いてこないし、明るさもないし、適切な判断もできないでしょう?その状態はもう、人間でも動物でもありません。動物以下です。知識や能力、才能のある普通の人間になりたいなら、けっして怒ってはいけないのです。
 心の感情というのは波のようなもので、いつでも浮いたり沈んだりしていますが、いままでの生活を振り返ってみれば、頭が本当に冴えて、しっかり物事を把握して行動していたときは、怒っていなかったはずです。

  「怒らないこと」 第2章 怒りが幸福を壊す より  アルボムッレ・スマナサーラ著  サンガ新書:刊

 耳が痛いですが、その通りですね。

「怒り」の感情という「毒」を抜く。
 そのための一番科学的な方法は、「今の瞬間の自分に気づくこと」です。

 スマナサーラさんは、怒りが生まれたときに、「あっ、これは怒りだ」と自分自身を観察して、勉強することを勧めます。

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 最後に、スマナサーラさんは、以下のようにおっしゃっています。

 短い人生ですから、苦しがったり、悩んだりする必要はありません。心構えしだいで、誰もが幸福に生きられるのですから。
 そのためには、我々の不幸をつくり出す「怒り」だけは、けっして心の中に入らないようにすることです。そうすれば、すぐその場で、その瞬間に、我々は幸福を味わうことができると思います。それと同時に、怒りを収める訓練を積むことによって、確実に智慧も成長して、物事がどんどん見えてくるようになります。
「怒らないこと」を実践することは、智慧を追及して、もっと幸福になるための道でもあるのです。

  「怒らないこと」 第4章 怒りの治め方 より  アルボムッレ・スマナサーラ:著  サンガ新書:刊

「怒り」を除けば、残っているのは「喜び」だけです。
 短い人生です。
「怒り」とは無縁の「喜び」の多い幸せな日々を過ごしていきたいですね。

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