【書評】『戦争と経済の本質』(加谷珪一)

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 お薦めの本の紹介です。
 加谷珪一さんの『「教養」として身につけておきたい 戦争と経済の本質』です。

 加谷珪一(かや・けいいち)さんは、経営コンサルタント、個人投資家です。

「戦争」と「経済」の危ない関係


 私たち日本人は、太平洋戦争以降、70年以上にわたり、大きな戦争を経験していません。
 そのため、「日々の生活と戦争はまったく関係ないもの」と考えている人がほとんどでしょう。
 しかし、その考え方は、改めなければなりません。

 私たちの日々の営業活動や買い物、つまり経済活動と、国家の戦争遂行能力。
 じつは、その両者は密接に結びついています。
 加谷さんは日常的な力の差が、戦争の勝敗を決定づけることになり、最終的には戦争そのものを回避する有力な手段となると指摘します。

 中国の軍事的台頭や安保法制の成立など、このところ、日本をとりまく環境は大きく変化しています。
 しかし、朝鮮半島や中国をめぐる各国の経済的な利害対立は、今に始まったことではなく、基本的な図式は何も変わっていません。これは、歴史を振り返れば容易に理解することができるはずです。
 戦争はないに越したことはありませんが、昔から日中韓の3国は、紛争の火種を抱えており、日本は何らかの形で国際紛争に巻き込まれるリスクを常に抱えているのです。
 今回でかなりの論争となった安保法制の問題も同様です。
 米国は現在でも継続的に戦争を実施しており(その是非はともかくとして)、日本はその最大の同盟国の1つです。安保法制の有無にかかわらず、日本が米国の戦争に関わる可能性は常に存在していると考えたほうが自然でしょう。
 日本人は、太平洋戦争以後、自らが当事者となる戦争を経験していませんから、戦争が経済にどのような影響をあたえるのか、基本的な感覚を持ち合わせていません。
 しかしこうした状況はあまり望ましいものとはいえないはずです。
(中略)
 また、戦争が発生すると、そこには巨額なマネーが動くことになりますから、ある種の人にとっては、大きなビジネスチャンスになり得ます。
 人の死を背景にしてお金儲けをするというのは不謹慎な話ですが、これも戦争が持つもう1つの側面でもあるわけです。
 こうしたことからも、戦争とお金の関係は切り離すことができないどころか、むしろ一体ととして考えるべきものであることがおわかりいただけると思います。
 そうであるならば、私たちは、戦争とお金の問題について、もっと真剣に向き合う必要があるでしょう。
 戦争とお金に関するしっかりとした知識があれば、いざという時に慌てる必要がなくなりますし、他国と何らかの問題が発生した場合でも、感情的にならずに済みます。

 『戦争と経済の本質』 はじめに より 加谷珪一:著 総合法令出版:刊

 経済にスポットライトを当ててできた、影の部分。
 それが「戦争」です。
 両者を分けて考えることはできません。

 本書は、戦争とお金の関係について、定量的なデータをもとに、わかりやすく解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「戦争」と「お金」の切っても切り離せない関係性


 戦争には多額のコストがかかります。
 加谷さんは、戦争の現実はお金そのものだと述べています。
 つまり、その国の経済力は、戦争遂行能力に直結しているということです。

 戦争にかかるコストとひとくちにいっても、その範囲や規模は様々です。かなり大がかりな戦争を遂行している時と、定常的な軍事活動しかない時では、必要なコストは変わってきます。
 また大規模な戦争は長期にわたることになりますから、各年度の支出と総額にはかなりの乖離(かいり)が生じます。
 まずは、特に大きな紛争が発生していない平時における軍事コストというものを考えてみましょう。

 図1−1(下図を参照)は平時における各国の軍事費とGDP(国内総生産)の大きさを比較したものです。当然といえば当然ですが、世界最大の経済大国である米国の軍事費は突出しており、年間70兆円以上の金額を軍事費に支出しています。日本の国家予算(一般会計)が年間100兆円ですから、米国は日本の国家予算に近い金額を常に軍事費として支出しているわけです。
 次に金額が大きいのは中国です。中国の軍事費はここ10年、驚異的なペースで増加しており、周辺各国に脅威を与えています。中国はすでに年間25兆円程度を軍事費として支出していますが、中国政府の透明性は低く、総額でどの程度の支出があるのか、外部からは見えにくい状況です。実際にはもっと金額が多いという説もあります。
 軍事費に対する支出の絶対額が同じでも、負担の大きさは国によってバラバラです。経済力がある国は、総額が多くても、無理なくそのコストを負担できます。一方、経済水準が低い国は、軍事力の維持が大きな負担になることもあるわけです。
 北朝鮮のように国民を飢えさせてもよい国は別として、一定以上の生活水準がある国は、無尽蔵に軍事費を使えるわけではありません。最終的に軍事費は、GDPの一定割合に収まってくることになります。
 ロシアは、表の中ではもっとも国民生活に犠牲を強いて軍事費を捻出している国ですが、それでもGDPに占める軍事費の割合は4.5%程度です。
 米国は3.5%、中国は2.1%程度、日本やドイツは1.0%程度となっています。ロシアは、先進国と比べると生活水準が低く、現在の軍事費水準はギリギリのラインと見ることができます。一般的にはGDPの1%から3%程度の範囲が適正水準といえるでしょう。

 『戦争と経済の本質』 第1章 より 加谷珪一:著 総合法令出版:刊

2014年における各国の軍事支出とGDP 第1章 P19
図1–1.2014年における各国の軍事支出とGDP
(『戦争と経済の本質』 第1章 より抜粋)


 圧倒的な軍事力を誇る米国。
 当然、突出した軍事支出が必要となりますが、それもGDPに対する比率では、適正レベルといえるものです。

 その米国が異常に警戒するのが、世界2位の経済大国になった中国です。
 爆発的な経済成長とともに、軍事支出も急増、東アジア、東南アジアを中心に、軍事的な存在感を発揮しています。

「その国の経済力=その国の戦争遂行能力」

 上の表は、それを如実に物語っています。

太平洋戦争の敗北理由は「お金」と「技術」


 かつて日本は、中国政策をめぐって英米と対立、全面戦争になり、太平洋戦争が勃発しました。
 経済の観点からこの戦争を振り返っても、かなりの無謀だったことが明らかになります。

 多くの歴史が物語っているように、戦争とは経済活動そのものです。戦争が始まる前から、その国の経済力によって戦争の勝敗はかなりの部分まで決まっています。また経済力はその国の技術力とも密接に関係しており、経済力の弱い国が、高い技術力を持つことは現実的に不可能です。日本と米国には、当時、かなりの体力差がありましたから、当然、テクノロジーに関する格差も相当なものでした。
 日本は当時、満州に進出しており、南満州鉄道(満鉄)という国策会社を運営していました。満州は日本の生命線と位置付けられ、満鉄には日本が誇る世界最高水準の技術や経営管理手法が導入されていると軍部は宣伝していました。
 しかしその実態は、宣伝とはだいぶ様子が異なっていたようです。
 満鉄の車両には、当時としては非常に珍しい冷房装置が搭載されていましたが、その冷房装置の原型を製造したのは日本企業ではなく米国企業でした。現代風の言葉でいえば“パクリ”です。また満州本社には、最新鋭の情報処理システムが導入され、伝票管理が機械化されていました。「東洋の誇り」と謳(うた)われた満鉄の経営管理システムですが、そのシステムを納入していたのは何と米IBMでした。
 つまり日本はこれから戦争しようという国に、多くの技術を依存してしまっていたわけです。客観的に見て、このような状態で戦争に勝てる可能性は限りなく低いでしょう。
 このように書くと、日本にはゼロ戦や戦艦大和など優れた技術がたくさんあったという反論が出てくるかもしれません。しかしここでいうところのテクノロジーというのは、職人芸的な技を持っているという意味ではありません。
 社会全体として、システマティックにテクノロジーを使いこなせるのかが重要であり、それができなければ、ビジネスはもちろんのこと、ましてや戦争に勝つことなと不可能です。
 ゼロ戦は確かに高性能な戦闘機ですが、米国は、スペック的にはゼロ戦に劣るものの、堅牢でコストが安く、メンテナンスが容易で安全性の高い航空機を大量投入してきました。パイロットの育成もシステム化されており、乗務員の個人的な能力にできるだけ依存しないような体制が組まれていたのです。テクノロジーというのはこのようなことを指します。非常に残念なことですが、当時の日本のテクノロジーは米国と比較して大幅に遅れていたというのが実態です。
 最大の問題は、そうした指摘がありながら、その声が無視され、最終的な意思決定に生かされなかったことでしょう。
 日本は戦後、驚異的な経済成長を実現し、技術大国と呼ばれるまでになりました。しかし、基本的な体力差を直視しない、職人芸的な技を過大評価し、システマティックな部分を軽視する、現状に対する批判を社会として受け入れない、などの風潮は、今の日本にも時折見られるものです。こうしたムラ社会的な風潮は、他国との争いにおいて必ずマイナス要素となります。私たちは、同じ失敗を繰り返さないようにしなければなりません。

 『戦争と経済の本質』 第2章 より 加谷珪一:著 総合法令出版:刊

 グローバルな金融システムの中核を担っていた英米。
 当時の日本の指導者たちは、その実力を過小評価してしまいました。

「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」

 この孫子の言葉は、今も昔も変わらない真理です。

戦争はGDPにどんな影響を与えるか?


 その国の経済的な実力を示す代表的な数字のひとつが、「GDP」です。
 GDPは、1年間にどれだけの製品やサービスが生み出されたのかを示した数字のことです。

 GDPは、大きく分けて3つの項目に分かれます。
 1つは個人消費(C)、もう1つは設備投資(I)、最後が政府支出(G)です。
 この3つの項目の金額を足したものが、その国のGDPということになり、以下の式で表せます。

  Y(GDP)=C + I + G

 では、戦争は、GDPにどのような影響を与えるのでしょうか。

 戦争は基本的に政府が行うので、戦争が発生すると、GDP項目における政府支出(G)が増えることになります。もし政府支出が増えても、投資や消費に影響がなければ、戦争で使った費用の分だけ、GDPが増大することが予想されます。戦争が経済にとってプラスの効果をもたらすという話をよく耳にしますが、この話はこうしたメカニズムから来ているわけです。
 ただ、戦争の遂行が現実の経済に与える影響はもっと複雑です。
(中略)
 政府が戦争遂行のために国債を大量に発行すると、国債が余りぎみとなりますから、金利が上昇することになります。
 金利が上がってしまうと、企業は銀行から資金を借りにくくなります。どうしても必要な設備投資は実施される可能性は高いですが、判断に迷っているような投資案件の場合、金利の上昇によって中止となるケースも出てくるでしょう。この結果、国内の設備投資が抑制されるという現象が発生します。設備投資の抑制は、GDPの項目における投資を減少させますから、経済成長にはマイナスの影響が出てくる可能性があるのです。もちろん軍事費の出費によってGDPはかさ上げされていますが、軍事費の増加分だけ、そのままGDPが増える保証はないわけです。
 また投資の抑制には長期的な影響もあります。先ほど解説したように、投資というものは、現時点のGDPにも貢献しますが、何より将来のGDPの原資となるものです。
 とりあえずは、投資の減少分よりも戦争による支出増加の方が大きいですから、短期的にはGDPが増大し、経済が成長したように見えます。しかし、今後の経済成長に必要な投資まで抑制してしまった場合、長期的な経済成長に影響をおよぼすことになるかもしれません。
 こうした戦費の調達がすべて増税で行われた場合(増税した分をそのまま軍事費の支出に回すと仮定)でも、経済学の理屈の上ではその分だけGDPが増えることになります。しかし、これも先程の議論と同様、その支出が将来の成長に対してどのような影響を与えるのかという問題が出てきます。戦費が具体的にどのような支出になったのかによって、最終的な結果は変わってくるでしょう。
 多額の戦費をすべて増税で賄うというのは、現実的には考えにくいことです。国債発行による調達と増税がセットになる可能性が高いですから、やはり国債発行による影響を中心に考えた方がよいでしょう。

 『戦争と経済の本質』 第3章 より 加谷珪一:著 総合法令出版:刊

 戦争には、多額の費用が必要です。
 無理やり捻出しようとすると、大量の国債を発行するしかない。
 それにより、一時的に国の収入は増えますが、そのツケはいつか払わなければなりません。
 加谷さんは、経済体力を無視した戦費調達を実施すると、ほぼ確実にインフレが発生すると指摘します。

 戦争後、その国の通貨の価値が暴落してハイパーインフレが起き、経済がめちゃくちゃになる。
 長い歴史の中では、そんなことが度々起こっています。

 身の丈に合わない戦争が、いかに国家を存亡の危機に陥れるか。
 経済的な見地からも、よくわかりますね。

意外に堅調だった太平洋戦争当時の株価


 最後は壊滅的な状況で敗戦を迎えた太平洋戦争。
 しかし、株価の動きは思いのほか安定的に推移しています(下図を参照)。
 その理由は、日本が国家総動員体制となり、株価を人為的に買い支える施策が多数導入されていたからです。

太平洋戦争時の株価の推移 第4章 P137
図4–3.太平洋戦争時の株価の推移
(『戦争と経済の本質』 第4章 より抜粋)

 政府による株の買い支えは、当初は、金融機関に対する指導を通じて間接的に行われました。表面的には民間主導とすることで、いわゆる官製相場というイメージが付かないようにするためです。
 盧溝橋事件による株価下落を受けて、民間が主体となって株の買支え機関である「大日本証券投資」が設立されました。同社による買い支えは一定の効果を上げ、株価は先行きが不安視され、株価は再び下落に転じてしまいます。
 その後、先ほど述べたように、第二次世界大戦の勃発で一時は株価も復活することになるのですが、三国同盟の締結によって、再び株価は暴落してしまいます。
 このため政府は、大日本証券投資を改組して、「日本証券投資」という組織を作り、再度株式市場への介入を実施しました。しかしこの時の買い支えは失敗に終わり、株価はなかなか上昇しませんでした。
 その後、日本を取り巻く環境は急速に悪化し、真珠湾攻撃によって、とうとう日米開戦となってしまいます。
 開戦に伴って政府は、本格的に株を買い支えるため、日本興業銀行(現在のみずほコーポレート銀行。戦前や戦後しばらくの間、同行は国策金融機関でした)を母体として「日本共同証券」を設立。同社の買い支え資金は興銀が提供したため、豊富な資金を市場に投入することが可能となりました。また真珠湾攻撃やマレー作戦をはじめとする電撃戦が成功したことで市場のムードがよくなり、結果的に株価は高騰することになります。
 その後、同社の業務は1942年に設立された「戦時金融公庫」に引き継がれていくことになります。この会社は、従来とは異なり、完全な国策金融機関となっており、その資金には大蔵省預金部資金が用いられることになりました。
 先ほども説明したように、当時の日本政府の財政は、日銀の国債直接引き受けによって賄われていましたから、政府は事実上、無限大に資金を用意することができます。したがって、同金庫の買い支え余力も事実上、無限大となりました。
 またこの頃から、政府の情報統制が激しくなり、戦局について平気でウソの発表をするようになってきます。ミッドウェー海戦の敗北やガダルカナル撤退は国民には伏せられていたため、しばらく株価は堅調な推移を見せていましたが、戦局の悪化が明確になりはじめた1943年ごろから、株式市場には膨大な売り注文が殺到するようになります。
 戦時金融公庫は、事実上、無限大の資金力を使ってこれらの売り注文をすべて引き受け、株価の暴落を防いでいました。終戦直前には、取引所が直接株式の買い取りを行うようになり、株式市場は実質的に凍結状態になったまま、8月の終戦を迎えることになります。
 こうした行為は、日本円の減価という形でいつかは帳尻を合わせなければなりません。戦争中に顕在化しなかったこれらの影響は、戦後の準ハイパーインフレという形で爆発したわけです。
 太平洋戦争の例を見ると、相当な無理を重ねても、経済統制はかなりの期間、継続できることがわかります。しかし、こうした経済統制を長く続けると、最後は破滅的な状況に追い込まれてしまいます。太平洋戦争は、経済力のない国による戦争遂行がいかに無謀なのかを示すよい事例といっていいでしょう。

 『戦争と経済の本質』 第4章 より 加谷珪一:著 総合法令出版:刊

 戦費調達のための日銀による無制限の発行される国債の買い取り。
 それに、政府の情報統制による、現状の誤認識。

 戦時下の安定した株価推移は、人為的な操作によるものだったのですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 太平洋戦争での敗戦により、一度は壊滅した日本経済。
 しかし、その後、急激な発展を続けて短期間での復興を果たします。
 この奇跡の復興を支えたのも、「戦争」でした。

 1950年代、朝鮮戦争が勃発、日本は米軍の最前線補給基地としてフル回転しました。
 いわゆる、「朝鮮戦争特需」です。

 太平洋戦争以降、70年以上大きな戦争を経験していない日本すら、戦争により、大きな経済的影響を受けている。
 その事実は、「戦争」と「経済」の強い関係性を物語っています。

 経済を“裏側”から眺めると、今まで見えなかった「真実」が見えてきます。
 世界は、これからどう動くのか。
 本書は、それを解くひとつのカギとなりうる一冊です。


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