【書評】『モチベーション革命』(尾原和啓)

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 お薦めの本の紹介です。
 尾原和啓さんの『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』です。

 尾原和啓(おばら・かずひろ)さんは、IT批評家、藤原投資顧問アドバイザーです。

「乾ける世代」と「乾けない世代」のギャップとは?


 尾原さんは、「なんのために頑張るか」という働くための価値観、つまりモチベーションが、ある世代を境に大きく変わってきていると指摘します。

フジテレビの日枝久元会長、読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡邉恒雄さん、元総理の森喜朗さん・・・・・。

団塊世代より10年以上も上の彼らは、戦後の何もなかったころに、欲望と共に成功に向かって駆け抜けました。

お金を稼ぎたい、広い家を建てたい、いいクルマを買いたい、きれいな女性を抱きたい。欲望への飢餓感と上昇志向と共に成り上がっていきました。

ないものを、いかに埋めるか。それが最大のモチベーションだったのです。

しかし、時代は大きくうつり、今の30代以下は団塊世代とは全く異なる価値観を持っています。

生まれたころからすでに何もかもが揃っていたので、物や地位などを欲して頑張ることはない。
埋めるべき空白が、そもそもないのです。

そう、あなたには生まれたときから「ないもの」がない。だから何かが欲しいと「乾けない」。
だから、あなたの世代のことを「乾けない世代」と呼ぶことができます。

あなたは、出世や金銭的な成功というニンジンを目の前にぶら下げられても走らない。だからといって本当にあなたに欲望やモチベーションがないのでしょうか?

本書の結論はあなたこそが、この変化の時代特にAI(人工知能)によって仕事がなくなっていく時代のなかで希望の世代であるということです。そのなかで、伝えたいことは大きく3つあります。

  • 上の世代から理解されないなか、自らをダメと思ってしまってる「呪い」をどうやってといていくのか?
  • 自らのうちにある「本当に大事なもの」をどうやって育んでいくのか?
  • 上の世代とコラボレーションしていくため、変化の時代に対応していくためにいかにチームを作っていくか?

『モチベーション革命』 はじめに より 尾原和啓:著 幻冬舎:刊

 尾原さんは、「乾けない世代」が持つ変化した「モチベーションの正体」を正しく理解し、扱うことこそが、この世の中を動かす、最大の武器になっていくと述べています。

 本書は、「乾けない世代」の人々が、自分のモチベーションを客観的に理解し、人生を迷いなく生きるためのノウハウについてまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「何もなかった世代」と「すでにある世代」


 30代以下の「乾けない世代」にとって、最も犠牲にしたくないものが「自分の時間」です。

 家族や友人と過ごす時間。
 趣味や娯楽の時間。

 それらを削って仕事をしてまで、出世したいとは思わない。
 というのが、多くの「乾いた世代」の考え方です。

 一方、それより上の「乾いた世代」は、自己成長と社会貢献はつながっている、と考えています。

上の世代は、「世の中の空白を埋めるように」仕事をしてきた世代です。社会にないものを生み出し、収入を増やし、家のテレビを白黒からカラーに変えて、電車通勤から車通勤に変えていった。彼らが幸福だったのは、何かを達成することが、同時に社会貢献につながっていたからです。

例えばトヨタは、会社が大きくなればなるほど、誰の目にも分かるように、お膝元(ひざもと)の豊田市が豊かになっていく。トヨタのテレビCMが流れるようになると、「トヨタで働いているの?」と羨(うらや)ましがられる。上の世代は、自分の成長が同時に会社の成長になり、それが社会の成長につながっていくのを実感することができた世代なのです。

さらに、仕事で良い成績をおさめ、何かを達成すれば、今までできなかったことができるようになる。海外旅行に行けるようになったり、会員制バーのVIPルームに入れたり、美女と付き合えるようになったり・・・・・。そういうご褒美がもらえることが、モチベーションにつながっていきました。

いわば「乾いている世代」である上の世代のモチベーションは「国」や「社会」を動かし、支えていくという「大きな枠」で作り上げられてきました。

一方、「乾けない世代」のモチベーションは「家庭」「友人」「自分」という、「小さくて身近な枠」で作り上げられています。

なぜなら、上の世代がある程度社会を作り上げてしまったので、「乾けない世代」は「すでに作り上げられた社会」の上に立たされているからです。「大きな枠」はもはや変えようがないから、「小さくて身近な枠」を大切に生きていく。
けれど、働き方のルールだけが変わらないから、もう何かを立てる余白は残っていないのに、上の世代からは「これを持って戦え!」と、とりあえずトンカチを持たされている。そんな、とんちんかんなズレが生じています。

社会も経済も激変したのに、働き方のルールは変わらない。このズレを認識しないと、「乾けない世代」は力を発揮することができません。

『モチベーション革命』 第1章 より 尾原和啓:著 幻冬舎:刊

 今の日本の社会を作り上げたのは、「乾いた世代」の人たちです。
 人口比率的に多数派であり、組織の実権を握っているのも、彼らです。

「乾いた世代」が作ったシステムの中で、「乾けない世代」が窮屈そうにもがいている。
 今の日本が抱える多くの問題の根本には、そんな背景があるのですね。

非効率な「好き」こそが、次の産業


「ありがとう」という言葉は、漢字で「有ることが難しい」と書きます。
 つまり、自分には有ることが難しいから、それをしてくれた相手に対して「有り難い」と思う。だから「ありがとう」と言うということです。

 人は「有ることが難しい」ことにはお金を払います。
 つまり、それは「仕事」として成立し続けるということです。

 尾原さんは、これからの仕事で大事なのは、自分にとってと得意なことで、いかに相手にとって「有ることが難しいこと」を探し当て続けるかだと指摘します。

人工知能にも代替不可能なもの・・・・・それは「嗜好性(しこうせい)」です。簡単に言えば、「私は誰になんと言われても、これが好きだ」という偏愛です。人が頭で考えて、答えを出せるようなものは、人工知能のほうが優れた答えを早く出せるようになります。一方で、人の嗜好性は、非常に非効率なものです。

なぜ嗜好性が非効率なのか。それは、人の嗜好性とは無駄なものにって塗り固められたものだからです。例えば、ファッションは人の嗜好性の最たるものであるがゆえに、無駄な要素が多いものですよね。効率だけを考えるなら、冬の寒い日を乗り切るためには、機能性抜群でシンプルなデザインのユニクロのヒートテックを着ればいい。
しかし、そこに人の嗜好が加わるから、誰とも被らないデザインや、ひねりの利いたデザインのものを探し求めて、ZOZOTOWNでひたすら選んだり、古着屋を何軒も巡ったりする。

そう考えると、日本にはそういった嗜好性、偏愛によって生み出されたコンテンツ、サービスがたくさんあります。非効率で無駄なものを、世界に発信してきた国なのです。任天堂やソニーのゲーム、スタジオジブリのアニメ映画、ドワンゴのニコニコ動画、カラオケなど、これらは1人の人間が自らの偏愛を追求して生まれたエンターテインメントです。

よって、これからは「他人から見れば非効率かもしれないけど、私はどうしてもこれをやりたい」という、偏愛とも言える嗜好性を、個人がどれだけ大事に育て、それをビジネスに変えていけるかが資本になっていくのです。

日本の人工知能の権威、東大の松尾豊教授が、こんな話を聞いたそうです。「昔の資本は筋肉でした。肉体労働を集約できることが強かった。それが蒸気機関の発明で追いやられて、今の資本は頭脳になった。そして頭脳は人工知能によって効率的な仕事に追いやられて、次の資本は非効率を産業としていく嗜好になっていくのです」これを聞いて教授は「自分が何を好むのかという情報はこれから価値になります」と語っています。

もちろん、誰もがゲームやアニメ会社などのエンターテインメント企業で働くのが正解ということではなく、どんな業種でも、この「偏愛」を突き詰めることが、生き残りをかけた分水嶺になる、ということです。

そして、「偏愛」を突き詰めることは、まさに「乾けない世代」の得意分野なのです。

『モチベーション革命』 第2章 より 尾原和啓:著 幻冬舎:刊

 合理的思考では、人間は人工知能にかなわない。
 チェスや将棋の対戦で、すでに証明されています。

「偏愛」を突き詰めること。
 いわゆる「オタク」的な生き方ですね。

 これからの時代、人と違うことが「強み」になります。

 自分の「好き」や「興味」をどれだけ深めて、世の中に発信できるか。
 それがカギになりますね。

「安心社会」から「信頼社会」へ


 ルールや罰則、人脈を固定化させることで、集団的な「安心社会」を構築してきた。
 それが、日本の社会システムの持つ強さでした。

 しかし、尾原さんは、それらがグローバル化などの時代の変化によって通用しなくなり、もはや解体されていると述べています。

 もう少し噛み砕いて説明します。「安心社会」とは、要するに「僕たち、みんな“一緒(似たもの同士)だよね? だから、お互いの立場を脅かさないよね」という確認が済んでいることが前提条件にある社会です。これは、上の世代の働き方のなかでも重視された機能です。特に日本人は「安心社会」を保つために、お互いへの安全確認に非常にコストをかける傾向があります。じっくりとつき合いを育んだうえで、「これだけの付き合いなんだから、あなたは私を裏切らないよね」と確認する。確かに、小さく固定された環境下では、「安心社会」は非常に効率的なものになるのかもしれません。

ところが、これまでも繰り返してきたように、変化の時代では、「安心社会」は機能しません。これからは「信頼社会」を前提にコミュニケーションをしていくべきなのです。「信頼社会」とは、簡単に言うと「私にはこれができない。だからあなたに任せます。その代わり、私は自分の得意な作業を頑張ります」と言い切り、お互いを信じて頼り切る社会です。これは、見方によっては非常に危険な行為でもあります。弱い部分をさらけ出しているぶん、もし裏切られたら大変なことになるからです。

しかし、メンバー同士が信頼を大前提として、高速で動いている組織があります。
それがGoogleです。Googleでは信頼を大前提として、驚くべきほどの情報が公開されています。それは現場の人達がより瞬発的に動けるようにするとき、情報が遮断されていたら間違った判断をしてしまうかもしれないからです。でも、そんなGoogleでも悲しいことに、記者に秘密を漏らしてしまうメンバーが出ることがあります。あるとき漏洩が起こった後、CEOのラリー・ページさんはそのメンバーを瞬時にクビにし、こういうメッセージを伝えました。
「Googleは誰もが色んな情報に触れることでそれぞれがイノベーションを起こしていくサンクチュアリ(聖域)だ。秘密を漏らしてしまう人が続くと情報を隠さなければならなくなる。そうすると、みんなは限られた情報のなかからでしか新しいことができなくなる。それはGoogleを殺すことになる。だからGoogleらしくいるために、このサンクチュアリを守るため、信頼を大事にしてほしい」

「信頼する」からチームを始める「信頼社会」こそが、変化に対するイノベーションを起こすためにとても大事なのです。

『モチベーション革命』 第3章 より 尾原和啓:著 幻冬舎:刊

 尾原さんは、日本人の多くは、相手を信頼して任せることが意外と下手だと指摘します。

 相手を信頼していないから、ルールや罰則でがんじがらめにする。
 周りの人が「自分と違う」ことをしていないか、いつも監視している。

 これからの時代、そんな悪しき日本の集団意識を変えることは不可避です。

「好き」のエッジを尖らせていく生き方


 自分の「好き」や「生きがい」。
 仕事をする「意味合い」。

 これらを突き詰めていく生き方を始めるには、人とは違う自分だけの人生にエントリーしなければなりません。

 尾原さんは、「好き」のエッジが利いてくるほど、必ず気の合う仲間を呼び込んでいくと述べています。

自分の「好き」のエッジを尖らせていく生き方における僕の師匠は、キングコングの西野亮廣さんです。彼の発言は毎日のようにインターネット上で炎上を起こし、Yahoo!ニューストピックスのトップを飾ります。

以前からその様子をインターネットで見ていた僕は、先日、楽天が主催するイベントで一緒に登壇させていただいたときに、西野さんにこんな質問をしました。

「そんなに毎日炎上させて、敵をたくさん作って怖くないんですか?」

すると西野さんは嬉しそうに答えてくれました。

「僕の発言は議論を呼ぶから、敵も生まれるけど、仲間も集まってくれる。1万人の敵ができても、同時に100人の仲間ができる。もし、1万人の敵を怖がって、声を小さくしたら、敵も少なくなるけど、その分仲間も減ってしまう。僕にとっては、敵を作ることより、仲間が減ることのほうが怖い」

西野さんの発言のような、議論を巻き起こす話題のことをコントラバーシャル(controversial)と言います。西欧圏では、「議論が巻き起こるところには、新しい何かが隠れている」といって尊重されるものです。

電気自動車「テスラ」などの発明で、自動車業界に革命を起こしているイーロン・マスクさんは「誰もが違和感を覚える課題こそ大切にしろ」と言います。

さらに、コントラバーシャルな話題は議論を呼ぶので、SNSの中であっという間に拡散していきます。その拡散は敵も呼びますが、普段は出会うことのない仲間をも呼ぶのです。

僕は西野さんのようにかっこよく、「1万人の敵がいても、100人の仲間を大事にしたい」と言えるほどの胆力がないので、僕なりの方法として、赤いマフラーとソーラーバックパックというピエロのような奇妙な格好で、仲間を呼び込みます。
あなたの「好き」を突き詰めていくと、印になるアイテムが見えてくるはず。ぜひそれを身につけてみてください。「好き」を旗印にして、仲間をどんどん呼び込んでいきましょう。

『モチベーション革命』 第4章 より 尾原和啓:著 幻冬舎:刊

 自分の生きたいように生きる。
 ましてや、周りと違った人生を歩むとなれば、周囲の風当たりは強くなります。

 でも、それにビビって「好き」を放棄してはいけません。

「1万人の敵よりも、100人の仲間を大事にする」

 私たちも、そんなエッジの利いた生き方を目指したいですね。

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「何を考えているのか、わからない」
「やる気が感じられない」

 団塊世代やバブル世代から見ると、今どきの若者たちは、そんなイメージが強いようです。

 しかし、それは違います。
 彼らには、彼らなりの「価値観」や「やる気」があるということです。

 違う国の人々と言えるくらい、価値観が離れている二つの世代。
 その理由を、説得力を持って解説してくれるのが、本書です。

「乾いた世代」と「乾けない世代」。

 両者の間にある、分厚い“壁”の正体は、何か。
 その壁を乗り越えるには、何が必要か。

 すべての世代にとって、これからの時代を生きるうえで、重要な示唆を与えてくれる一冊です。

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