【書評】『マルチ・ポテンシャライト』(エミリー・ワプニック)
お薦めの本の紹介です。 エミリー・ワプニックさんの『マルチ・ポテンシャライト 好きなことを次々と仕事にして、一生食っていく方法』です。
エミリー・ワプニック(Emilie Wapnick)さんは、講演家、キャリア・コーチ、ブロガー、コミュニティ・リーダーです。
「天職は一つ」とは限らない!
私たちは、「仕事一つに絞るべき」と言われ、そうあるべきと考えてきました。 多くの人が実際に、一つの専門分野を極める「スペシャリスト」としての人生を選択します。 しかし、 「どうしても一つに絞りきれない」 「いろいろな仕事にチャレンジしたい」 そう考え、悩んでいる人も少なからず存在することも事実です。
「アイデンティティを一つに絞れ」というメッセージは、さまざまな場面で強化される。キャリアにまつわる本も進路指導の先生も、多くの選択肢の中からぴったりの職業を選べるよう、テストをしてくれる。大学も「専攻を決めなさい」と言う。入社を希望する人が、別の分野のスキルを持っていたら、雇用主から説明を求められることもある。そこには、「軸足がブレてないか?」「この仕事がちゃんとできるの?」という含みがある。周りの人たちからもメディアからも、「根性なし」「変人」「器用貧乏」になってはいけない、と脅される。 私たちの文化においては、専門分野を持つことが成功への唯一の道とされ、大いに美化されている。物心ついたときから医者を目指していたドクターの話や、処女小説を10歳で書き上げた作家の話を、誰もが耳にしている。彼らはみんなの立派なお手本としてあがめられ、実際にそういう人たちがいるのも事実だけれど(一つに絞れている少数派を責めるつもりはないよ!)、私たちの多くは、どうしてもそのひな型にはおさまらない。社会の空気や教えによって、「天職は一つ」というロマンティックな考え方を信じるようになっただけ。誰もが一つ優れたもの――宿命――を持って生まれ、それに生涯を捧げるのだ! と。 でも、この枠組みにはまらない場合は、どうなるのだろう? たとえば、いくつものテーマに興味津々で、この世でやりたいことがたくさんある場合は? 一つの仕事に絞れない、絞りたくない人は、悩んでしまうのではないだろうか。「みんなのように天職が見つからない」、だから「私の人生には目的がない」と。 そんなことはない。それどころか、あなたがいくつもの事柄を行き来し、新しい知識や経験をむさぼるように吸収し、新たなアイデンティティを試してみるのには、ちゃんと理由があるのだ。
『マルチ・ポテンシャライト』 第1章 より エミリー・ワプニック:著 長澤あかね:訳 PHP研究所:刊
やりたいこと、アイデンティティを一つに絞りきれない、絞りたくない。
そんな人たちのことを、ワプニックさんは、「マルチ・ポテンシャライト」と呼びます。
マルチ・ポテンシャライトとは、さまざまなことに興味を持ち、多くのことをクリエイティブに探究する人
を意味します。
本書は、これからの時代にぴったりなマルチ・ポテンシャライトの生き方・働き方をタイプ別にまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
「マルチ・ポテンシャライト」にもタイプがある!
一口に「マルチ・ポテンシャライト」と言っても、色々なタイプがあります。
図1.「同時――順次」の直線
(『マルチ・ポテンシャライト』 第1章 より抜粋)
マルチ・ポテンシャライトのあり方は、一つではない。プロジェクトを5つも6つも同時に進行させる人もいれば、一つのテーマに何ヶ月、何年と取り組んで、ひたすら没頭したあとで、まったく新しい分野に移る人もいる。マルチ・ポテンシャライトの興味は同時発生する(多くの興味が同時進行する)場合もあれば、順次発生する(一度に興味を持つことは一つの)場合もあるし、そのどちらか寄り、というケースもある(上図1を参照)。 自分がこの直線のどのあたりにいるのかを知りたいなら、過去に興味を持ったもの、携わったプロジェクトや仕事を振り返ってみよう。何らかのパターンが見えてこないだろうか? あなたは、一度にたくさんのテーマに興味を持つことが多い? それとも、一つのことに一心に取り組んだあと、次のことに(そしてまた、その次のことに)移っていくのが好きだろうか? 一度にいくつのプロジェクトを抱えているのが心地よくて、いくつなら多すぎるだろう? もしかしたら複数のプロジェクトをこなす能力は、ガスコンロに似ているかもしれない。4つのバーナーに4つの鍋がかかっているところを、想像してみてほしい。激しくわき立っている鍋もあれば、奥でコトコト煮込まれているものもある。あなたのコンロは、レストランの業務用コンロに近いものかもしれない。鉄板も備えたそのコンロでは、無数のプロジェクトがジュージューと音を立てている。あるいは、あなたの取り組み方は、一度に一つ、華々しい炎を燃やすキャンプファイアに近いかもしれない。 実のところ、私たちのほとんどは、この「同時――順次」直線の中ほどにいる。そして、人生のさまざまな局面で、右や左に移動している。今自分がどのタイプかわからなくても、パニックにならないこと! 一緒に解明していこう。せっかく興味が芽生えても、あっという間に色あせてしまうものもあれば、いつまでも魅力を放っているものもある。次第に興味が薄れても、何年かたって、またふと興味を覚えるものもある。さまざまな興味や情熱とどうつき合い、どう次に移っていくのかは問題ではない。マルチ・ポテンシャライトのあり方はどれも、等しくまっとうなのだ。
『マルチ・ポテンシャライト』 第1章 より エミリー・ワプニック:著 長澤あかね:訳 PHP研究所:刊
これらは「多様化の時代」「個人の時代」といわれています。 道は一本ではなく、複数あってもいい。 途中で、別の道を選んでもいい。 そう意識するだけで、仕事を選ぶときのプレッシャーもかなり軽減しますね。
マルチ・ポテンシャライトの「強み」とは?
マルチ・ポテンシャライトが、自分の強みを活かすには、どうすればいいでしょうか。 ワプニックさんは、マルチ・ポテンシャライトが持つ強み“スーパーパワー”の一つとして「学習速度が速い」ことを挙げています。
マルチ・ポテンシャライトが瞬(またた)く間に概念を理解し、あっという間にスキルを習得できるのには、3つの大きな理由がある。
1.初心者になる(暗闇の中で手探りする)のはどんな気分かを理解している。ぎこちない初心者の時期を克服した記憶があるから、また初心者に戻ってもあまり落ち込まずにいられる。ある分野をマスターするたびに、「私には新しいことを吸収し、理解する力がある」という自信がつく。その自信のおかげで、安全地帯から出てリスクをとることをいとわないので、すばやく学べる。 2.魅力を感じることには、熱心に取り組める(憑(つ)かれたように没頭することもある)。この情熱のおかげで、短期間に最大限に吸収することができる。私たちは、何時間も研究に没頭し、本を速読し、新しい活動にどっぷり浸(ひた)ることで知られている。 3.新しい興味を追求するとき、ゼロから始めることはまずない。多くのスキルは、ほかの分野にも応用がきくからだ。たとえば、数学の知識があれば、音楽の理論をすばやく理解できるかもしれないし、長年詩を書いて、言葉がいかに相互に作用し合うかという問題に夢中で取り組んできた人は、プログラムの書き方を難なく学べるかもしれない。
すばやく学べることは素晴らしい。とくに職場では。テレビ広告のプロデューサー、トム・ヴォーン・マウントフォードは、ワードプレス(訳者注:オープンソースのブログ作成用ソフトウェア)とグーグル・アドワーズ(訳者注:グーグルが提供するクリック課金型の広告サービス)を独学で使えるようになったので、勤務先のために新しい企業サイトを立ち上げることができた。トムがすばやくスキルを習得したので、会社は何千ドルも払って外部のソフトウェア開発者を雇わずにすんだ。スキルだけでなく、新しいことに挑戦する意欲も、マルチ・ポテンシャライトを職場の人気者にしてくれる。コンサルタントのJB・フォーニアは、前の職場でそれを実感した。
「大きなコンサルタント会社で働いていたんだけど、いつの間にか、誰もやり方を知らないときに、頼られる存在になっていた。どんなことであれ、『挑戦してみる』ことで有名だったからね。ぼくの才能は、スペシャリストの同僚たちと違って、未知のものにも一切ひるまないこと。彼らは『一度もやったことがないなら、試さないほうがいい』と考えていたから」
知的好奇心はマルチ・ポテンシャライトの特徴の一つだから、学ぶことに興味がないマルチ・ポテンシャライトはめったにいない。多くの人は、ある年齢に達したら、あるいは学校を卒業したら勉強は終わりだ、と思い込んでいるけれど、研究によると、人はいくつになっても学べる。ただし、認知能力については、神経科学者が「使わなければダメになる」という法則を生み出した。あるスキル(もしくは脳のある部分)を日頃から使っていなければ、将来使うのに苦労する、というわけだ。独学や学校教育を通して、新しいことを学ぶのに慣れていないと、学力は少しさびついているかもしれない。でも、時間と練習を重ねさえすれば、学ぶ能力は高まり、すばやく学べるようになる。
『マルチ・ポテンシャライト』 第2章 より エミリー・ワプニック:著 長澤あかね:訳 PHP研究所:刊
マイナスにとらえがちな、一つのことに絞れない飽きっぽいところ、移り気な気質。
それも、好奇心の大きさや向学心の強さの裏返しです。
自分の性格や興味の向き先をしっかり把握して、自分らしい働き方を目指したいですね。
「スラッシュ・アプローチ」はどんな人に向いている?
ワプニックさんは、マルチ・ポテンシャライトのために具体的なワークモデルを提案しています。 そのなかの一つが「スラッシュ・アプローチ」です。
スラッシュ・アプローチとは、パートタイムの仕事やビジネスをいくつか掛け持ちし、その間を日常的に飛び回っている
ことです。
あなたは、毛色の違ういくつかのテーマを頻繁に行き来すると、最高の仕事ができるタイプだろうか? 専門的な、もしくはニッチなテーマにわくわくするけれど、それをフルタイムでやると考えただけで、息が詰まるタイプ? 自分のいくつもの情熱やスキルを組み合わせたプロジェクトを一企業のために提供するのには、関心がない? 今の問いのどれかに「はい」「その通り」「ビンゴ!」と答えた人は、いずれスラッシュ・キャリアの道を選ぶことになるかもしれない。このワークモデルは、よくも悪くもとにかく融通がきく。自発的で、独立心や起業家精神に富む人には、よい選択肢だ。 第1章31ページの「同時――順次」直線を覚えているだろうか? 同時に百万個のプロジェクトを動かしたい人もいれば、一度に取り組むことはもっと少ないほうがいい、という人もいる。スラッシュ型キャリアリストなら、日常的にさまざまな収入源のバランスを取り、うまくやりくりしなくてはならない。だから、「同時――順次」直線で「同時」寄りの人は、スラッシングがぴったりかもしれない。でも、筋金入りの「順次」タイプなら、心の余裕を失ってしまうだろう(上図1を参照)。
週に何時間かずつ違う仕事やプロジェクトに携われば、楽しくて、融通がきいて、多様性に満ちた1週間が過ごせるだろう。典型的なフルタイムの仕事に就いたことがある人なら、おわかりだろう。あの世界で、そんな働き方をするのは難しい。マルチ・ポテンシャライトの中には、どんなことでも、フルタイムでするなんて考えられない、という人もいる。それでいいのだ! モーガンに、バーとタイムの仕事を3つ掛け持ちする、という選択について尋ねると、スラッシュ型キャリアリストならではの、こんな気持ちを表現してくれた――どのスラッシュも心底楽しいけれど、そのどれにもフルタイムでしばられたくない。
「どの仕事もパートタイムであることに満足しているわ。どれも手放したくないから。たとえば、『思いやり財団』の仕事は、私にとってとても大切だから、週に10時間が申し分のない長さなの」
パートタイムの仕事はフルタイムで雇用されるより格下だ、と考える人たちもいるが、スラッシュ型キャリアリストにとっては、パートタイム+パートタイム+パートタイム±パートタイム=夢、なのである。
『マルチ・ポテンシャライト』 第5章 より エミリー・ワプニック:著 長澤あかね:訳 PHP研究所:刊
図2.「スラッシュ・アプローチ」
(『マルチ・ポテンシャライト』 第4章 より抜粋)
正社員は上で、派遣社員やパートタイマーは下。 そんな思い込みは、捨てる必要があります。
自分の興味や強み、それらを効果的に発揮するにはどのような働き方が適当か。 一度、振り返ってみる必要がありますね。
「アインシュタイン・アプローチ」はどんな人に向いている?
ワプニックさんが提唱する、もう一つのワークモデルが「アインシュタイン・アプローチ」です。
アインシュタイン・アプローチは、生活を支えるのに十分な収入を生み出し、ほかの情熱を追求する時間とエネルギーを残してくれる、フルタイムの仕事かビジネスに携わわる
ことです(下図3を参照)。
図3.「アインシュタイン・アプローチ」
(『マルチ・ポテンシャライト』 第4章 より抜粋)
チャーリー・ハーパーは、ITマネジャーとして週に5日、8時30分〜17時30分までオフィスにいる。夕方オフィスを出ると、3人の子どもと夕食を取るために、まっすぐ家に帰る日もある。夕食の準備は妻と交代なので、週に何日か、自由に過ごせる夜もある。そんな日はミュージカルやアカペラの稽古に向かう。チャーリーの場合、芸術に夢中なだけでなく、大工の腕もプロ級だ。父親と一緒に家を建てたこともあるし、たくさんの家具もつくってきた。私が取材したときは、ボートを完成させたばかりだった。 ITマネジャーの仕事のおかげで、昔から好きなテクノロジーにも触れていられる。自分の興味やスキルをすべて仕事に組み込めているわけではないが、テクノロジー分野では、さまざまな仕事ができている。「電源が入っているものは、何だってぼくの対応範囲だ。ぼくの仕事は、会社のあらゆる面に関係しているよ。コンピューターはうちの業務に欠かせないからね」とチャーリー。また、職場での学びのチャンスを活かし、マルチ・ポテンシャライトのスーパーパワーを磨いている。「今、夢中になっているのはセキュリティ。デスクにはハッキングに関する本がうずたかく積まれてるし、セキュリティ認証に関する記事も山ほど読んでるよ」 チャーリーは舞台芸術も大工仕事も好きだけれど、どちらの分野でもプロにならない道を選んだ。地元のコミュニティ・シアターも合唱クラブも、時々やる大工仕事も、人生を豊かにし、大きな満足感をくれる。でも、そこで稼ぎたいとは思っていないし、稼ごうとしたら、今ほど楽しめなくなるだろう。ITの仕事が生活を支え、趣味がクリエイティブな感性を満たしてくれる。「趣味でもうけなくては」というプレッシャーもなければ、「ITの仕事に情熱を傾けなくては」という焦りもない。会社に入って14年。ITの仕事は、自分にとって何より大事な「夢の仕事」ではないが、家族を支えてくれるし、自分も楽しめている。勤務時間が終わると、仕事も終わる。残業を求められることもないし、休みも取れるし、ほかのマルチ・ポテンシャライトなプロジェクトを楽しむこともできる。わくわくはなくても、ほどよい仕事なのだ。
『マルチ・ポテンシャライト』 第6章 より エミリー・ワプニック:著 長澤あかね:訳 PHP研究所:刊
アインシュタイン・アプローチのポイントは、「ほどよい仕事」を持つこと。
今、フルタイムの仕事を持っている人には、最もとっつきやすいモデルですね。
これからの時代、主流になるかもしれない働き方といえます。
ワプニックさんは、マルチ・ポテンシャライトであることに軸足を置くとは、自分の多面性を軸に持続可能な人生を築くこと
だとおっしゃっています。
これまでは、数ある職業からひとつだけ選ぶ、つまり、職業に自分を合わせることを強いられる社会でした。
しかし、これからは、自分の趣味・性格で職業をいくつでも選べる、つまり、職業を自分に合わせてコーディネートする社会になりつつあります。
やりたいことが多すぎて、一つの仕事に絞りきれない。
次々と興味のベクトルが変わり、方向転換したくなる。
そんな人にとって、本書の内容は、とても参考になります。
自分らしい働き方が求められる今の時代にマッチした働き方の教科書。
ぜひ、皆さんもお手にとってみてください。
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