本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】「とりあえずやってみる技術」(堀田秀吾)

お薦めの本の紹介です。
堀田秀吾さんの『とりあえずやってみる技術』です。

堀田秀吾(ほった・しゅうご)さんは、言語学博士です。
専門は、司法におけるコミュニケーション分析で、言語学、法学、社会心理学、脳科学などのさまざまな分野を横断した研究を展開されています。

私たちは、「行動できない時代」に生きている!

動きたいのに、動けない。
最初の一歩が踏み出せない。

それは意思が弱いのではなく、「動きたい心」と「動けない脳」がせめぎ合っている、ごく自然な状態です。

堀田さんは、「行動できない仕様になっている時代」に、私たちは生きていると指摘します。

 行動力を発揮できない理由はいくつかありますが、その一つが、「脳に刻まれたプログラム」です。先ほど、「動きたい心と動けない脳」と表現しましたが、行動できない理由は、私たちの脳がつくり出している場合が多いのです。
この点については、世界中で科学的な研究が進んでいます。
なぜ今は行動しにくい時代なのか、行動力を上げるためには何が必要なのか、行動力の発揮を妨げているのは何なのか。そういったことがさまざまな研究によって明らかになっています。
不安、情報過多による待避症候群からくるタイパ・コスパ至上主義、SNSなどによる相互監視社会、そして、現状維持バイアス。これらが私たちの行動を止め、人生の選択肢を狭めてしまっています。まずはそれぞれ概要をお伝えします。

「不安」が行動を妨げる

まずは、「不安」について。
私たち人間には、本来、危険を察知するための「不安センサー」が備わっています。なぜかというと、旧石器時代のように死の危険が多かった時代には、水や食料の確保、怪我や病気など、常にリスクを意識し、危険を避けるアンテナを張り巡らせることが生存競争に有利だったからです。
現代においても、この敏感な不安センサーは危機察知能力につながっているため、人間が少々ネガティブ思考なのは当たり前で、大切な性質でもあるのです。
しかし、この不安が過剰になるとどうなるか。たとえば世界金融危機の際、多くの人が経済活動を控えたように、先行きへの不安やリスクを感じることで、「今は動かず様子を見よう」と身を縮める傾向があるという心理学的な研究があります。
そして現代社会には、不安を感じさせる要素があまりにたくさんあります。
こうした環境にいると、「ムダなリスクは避けたい」「何が起こるかわからないことには手を出したくない」と感じてしまうため、行動にブレーキがかかるのはある意味で自然な心の動きなのです。

「相互監視社会」が行動を妨げる

次の要因として、現代社会特有の「相互監視社会」があります。
かつての日本にも、相互監視はありました。ただそれはゆるやかなもので、地域のなかで人々が互いに意識し合い、時には介入し、助け合うような関係性でした。
しかし現代では、SNSなどの情報メディアの発達によってもたらされた「ネット相互監視社会」が、これまでの相互監視社会とは全く違う形で影響を与えています。
今の社会では、少しでも変わったことや悪目立ちしようものなら、動画や写真、あるいは文字情報として瞬時にネット上に晒され、時にはそれが火種となって炎上することもあります。
特にXなどの匿名ユーザーの多いSNSを見ていると、誰かの失敗が取り上げられ、厳しく批判されている場面をよく目にしますよね。
これは、「自分に甘く他者には厳しい」という自己奉仕バイアスのような、人間が持っている性質も背景にあると考えられています。
また、社会全体から「失敗の総数」が減ったように見える現代では、一つひとつの失敗が今までよりも目立つようになっています。ほかにも、日本人は恥に対する意識が強いと言われていることも関係しています。
こうしたさまざまな要因が積み重なることで、失敗の影は濃くなり、「失敗したらどうしよう」「人から変に思われたくない」「恥をかきたくない」というリスク回避志向が強まってしまうのです。
現代のようなネット相互監視社会が当たり前の時代に生まれ育った方々が「リスクを回避したい」と思うのは、本当に無理もないことです。

「現状維持バイアス」が行動を妨げる

そして、私たちを動けなくしている大きな要因の最後には、「現状維持バイアス」が挙げられます。これは、変化を避け、今の状態を保とうとする傾向のことです。
現代社会は、太古の昔と比べてはるかに安定していて、便利で、十分豊かです。つまり、多くの人にとっては、たとえ積極的に動かなくても、生きていくためにはほとんと問題がない状況なのです。
平穏な現状からあえて一歩踏み出すというのは、やはり勇気と労力がいることです。そのため、「まあこのままでも大丈夫かな」「わざわざ大変な思いをしなくてもいいかな」と考えてしまい、なかなか動き出すことができないのです。
しかし、現状維持というのは、しょせん、「最低限が保障されているというだけの妥協」に過ぎないのかもしれません。よくよく考えてみると、「まあこのままでも大丈夫かな」という気持ちは単に現状維持バイアスによるもので、本当は現状維持がそれほど良い選択肢ではなくなっている可能性も十分にあります。

成功は、「やってみた数」で決まる

また、自分には才能や実力が足りないと悲観的になり、そこで立ち止まって諦めてしまうのはあまりにももったいないです。
重要なのは「行動した数」がもたらす経験と学びです。
ホームランのような派手な一発ではなく、ヒットや盗塁といった「打席に立つ」「塁に出る」という「やってみた数」をコツコツ積み重ねることで、世界のトップレベルに到達した選手もいます。
エジソンだって何万回もの試行の末に発明に至っています。「数をこなす」「地道な行動の積み重ね」といったことこそが、結局は成果につながるのです。

たしかに現代社会は、効率、タイパ、コスパが重視され、ムダや失敗を極力避けたいという風潮が強いかもしれません。このような時代に、「数」をこなすという考え方は、時に古臭い根性論のように聞こえることもあるでしょう。
しかし、「量」を追求することは、単なる精神論ではありません。やらずに悩んで時間だけが過ぎていくよりも、実際に動いてみて、たとえ失敗してもそこから得られる経験や知見を積み重ねる。それは、人生の可能性を確実に広げていくための戦略なのです。

『とりあえずやってみる技術』 はじめに より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

本書は、「動けない脳」の仕組みを知り、行動のハードルを下げる方法について、具体的にわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「動けない」には、理由がある!

現代は、情報過多の時代だと言われています。
私たちは、情報が多いことは、「便利」で「有利」だと思う傾向があります。

しかし、堀田さんは、情報をたくさん集めるほど最良の選択ができると思いがちですが、情報を集めて選択肢が多くなりすぎることは、かえって人の心を疲弊させてしまうと指摘します。

 スワースモア大学のシュワルツは、人は選択肢が増えることで自由が広がるどころか、むしろ満足度が下がり、決断への不安や後悔が強まり、うつ傾向すら高まる可能性があると指摘しています。
つまり、あれこれ比較しすぎて「もっといい選択があったのでは」と思い続けてしまう。それが情報過多の落とし穴なのです。

豊富な選択肢が必ずしも行動を後押しするとは限りません。むしろ、選択肢が多すぎることで脳が疲弊し、「もう考えたくない」「やめておこう」という心理が働いてしまうこともあります。
このような現象を、社会心理学者スタンレー・ミルグラムは「退避症候群(withdrawal syndrome)」と名づけました。
彼は、都市部に住む人々が膨大な情報や刺激に囲まれることで、意識的・無意識的に自分を守るための回避行動を取るようになると指摘しました。
具体的には、以下の4つの特徴があるとされています。

●情報を短時間で処理しようとする
●他者との接触を必要最低限に抑える
●重要度の低い情報を自動的に無視する
●責任を他者に委ねて回避する

こうした行動は、情報に押しつぶされそうな都市生活者が「脳の負担を減らすため」に自然と身につけた防衛本能とも言えます。けれども、それが日常化すると、私たちは判断や行動の幅をどんどん狭めてしまいます。
たとえば、膨大な選択肢を前にしたとき、少しでも判断に時間がかかりそうなものは「タイパが悪い」と判断して切り捨てる。他人と話すときに意見がぶつかる可能性がありそうなら、最初から「会わない、話さない」という選択肢を取る。大きな責任を伴う決断が求められたら、別の人に任せて距離を置く。これらはまさに、退避症候群の特徴に沿った行動です。

このような回避的姿勢が常態化すると、人生における偶然のチャンスや、自分の可能性を広げる出来事からも無意識に逃げるようになります。
新しい趣味を試す前に「続かなかったらムダ」と考え、未経験の仕事を紹介されても「自分には向いてないかも」と断り、失敗するかもしれないからこそ意味のある挑戦すら「非効率」として切り捨ててしまうのです。

情報過多の環境では、選ぶこと自体がストレスになります。その結果、「選ばない」「判断を保留する」といったことを無意識のうちに選択するようになります。
しかし、選ばないことは、結果的に行動しないことに直結します。そして、行動がなければ、経験も変化も生まれません。
効率化された社会は、たしかに便利です。
しかし、その便利さが行き過ぎると、「体験しながら考える」「とりあえず試してみる」といった人間らしい成長のプロセスを圧迫してしまいます。脳が「退避モード」に入っている状態では、チャレンジ精神や探究心は育ちにくくなってしまうのです。

私たちは今、「情報を得る自由」の時代に生きています。しかしその一方で、「情報から身を守る術」も必要とされているのかもしれません。
すべてを効率よく処理しようとするのではなく、「これは少し時間がかかっても、あえて向き合ってみよう」と思える対象に出会うこと。それが、退避症候群を乗り越え、行動力を取り戻すための鍵になります。

私たちは日々、どうすればもっと効率よくできるかを考えながら生活しています。
移動時間を短縮するアプリ、要約された本のサービス、倍速再生の動画。こうした便利さを求める行動は、ある意味で現代人の習性と言えるかもしれません。

しかし、あらゆることにタイパやコスパの軸を持ち込むようになると、本来大切にすべき経験まで、効率の名のもとに切り捨てられてしまうことがあります。
すなわち、効率化の追求は、一見すると前向きな姿勢に見えますが、私たちの人生から大切なものを静かに奪っている可能性があるのです。
たとえば、人とじっくり話す時間、本をゆっくり読む時間、何かに失敗しながら学ぶ時間。こうした一見、非効率な営みが、思考力、感性、想像力、人間関係といった人生の根幹を支える場面は少なくありません。
ミルグラムが指摘した「退避症候群」のように、情報過多に晒された人は、なるべく判断や接触を減らそうとする傾向があります。
これに拍車をかけるように、効率性を優先する文化が広がれば、私たちは自ら選択肢を減らし、体験の幅を狭めてしまうのです。
特に、次のようなことが効率化によって失われやすいとされています。

●熟考を要する情報や問いに、十分な時間をかけて向き合う姿勢
●偶然や失敗から生まれる出会いや発見
●必ずしも役に立つわけではないけれど、心を豊かにする活動

これらはすべて、私たちが「ムダに思える時間や行為」に意味を見いだす力を失いつつあることのあらわれです。
効率化が進むと、やらなくてもよいことはたしかに減っていきます。
しかし同時に、やってみないとわからないことや、やってみて初めてわかることまで排除されてしまう可能性があります。つまり、経験の幅が狭まり、世界の解像度が下がってしまうのです。

また、効率の追求は結果だけを重視しがちです。けれども、人の成長や幸福感は、むしろ過程によって育まれることが多いものです。
思い通りにいかないことを受け止めたり、答えが見えないなかで考え続けたり、他人とのすれ違いに悩んだり。そうした経験が、感情の深さや人間的な厚みを生み出していくのです。

今や私たちは、「短時間で効率よく情報を処理し、できるだけ失敗せず、結果を出すこと」を美徳とする文化に生きています。
しかし、それは裏を返せば、「非効率なものに意味を見出せなくなる危険性」を孕んでいます。
たとえば、ある本を1時間でパパッと読むよりも、1週間かけてじっくり読み、感じ、考え、誰かと語り合った経験のほうが、ずっと深く心に残ることがあります。
こうしたすぐに答えが出ない問いと向き合い続ける時間は、決してタイパが良いとは言えないかもしれません。でも、そうした時間こそが、思考や感情を耕し、自分自身の軸を育ててくれるのです。
だからこそ、今一度、「効率よくすることばかりに意識が向きすぎて、大切なものを取りこぼしていないか?」と問い直してみる価値があります。
便利さの裏側にある「大切な非効率」に目を向けること。それは、効率優先の時代にあって、自分らしい人生を取り戻すための静かな抵抗でもあります。

「そんなことして、意味あるの?」
何かに取り組もうとすると、そんな言葉が頭をよぎることがあります。
効率重視の価値観が広がる現代では、あらゆる行動に意味や成果が求められ、ムダと思われることをするのには後ろめたさを感じてしまいがちです。
けれども、人が本当に何かを得るとき、それはいつも意味のあることからだけとは限りません。むしろ、一見ムダに思えることーームダ話、回り道、失敗、雑談、偶然の出会いーーのなかにこそ、本質的な気づきや価値が眠っていることがあるのです。
京都大学の川上が提唱している「不便益」という考え方は、その象徴です。
あえて不便なものを使ったり、遠回りをしたりすることで、思考力や創造性、気づきといった人間らしさが引き出されるというこの概念は、「便利であること=善」という前提に一石を投じるものです。

考えてみれば、人との関係性だって、非効率のかたまりです。
すぐにわかり合えるわけでもなく、すれ違い、誤解し、時には傷つけ合うこともあります。でも、だからこそ得られる深さや温かさがあるものです。
私たちは、子どものころは当たり前のようにムダなことをしていました。
拾った石を延々と並べたり、道草をしたり、答えのない質問を大人に投げかけたり。そこには、効率では測れない好奇心や創造性が詰まっていました。
ところが、大人になるにつれて成果や結果が求められる場面が増え、効率的に正解にたどりつくことばかりが評価されるようになります。その過程で、ムダなことをしている時間は「非生産的な時間」とみなされ、切り捨てられていくのです。
しかし、ムダのなかには、心を動かすものがあり、人生の厚みをつくる素材があり、他者との共感や物語が眠っています。
たとえば、少し寄り道した先で偶然出会った人や風景が、その後の生き方に大きな影響を与えることもあります。あるいは、何度も失敗した経験が、後になって誰かの力になることもある。

だからこそ、すぐに役立たないことや、結果につながらないように見えることを、ムダとして片づけない視点が必要なのです。
「ムダなことをしよう」とまでは言いません。
ただ、「すぐには意味が見えないものにこそ、後から大きな意味が宿ることがある」と想像力を、私たちはもう一度取り戻す必要があるかもしれません。

ムダのなかにこそ、本当の豊かさや学びがある。それは、効率至上主義に囲まれた今だからこそ、もう一度思い出すべき原点ではないでしょうか。

『とりあえずやってみる技術』 第1章 より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

今、世の中で「タイパ」や「コスパ」という言葉がもてはやされています。
それも、情報の洪水から身を守るための、脳の回避行動の一つだということ。

コスパやタイパを追求すれば、効率は良くなります。
ただ、ムダがなくなり、「余白」もなくなります。
この「余白」にこそ、人生を変える想定外の出会いや出来事があるもの。

ときには、心のおもむくまま、ふと頭に浮かんだことをやってみましょう。
思わぬ発見や出会いがあるかもしれませんね。

「とりあずやってみる」ための“仕組みづくり”とは?

新しい行動を起こすには「エネルギー」が必要です。
堀田さんは、「最初の一歩」を踏み出すための筋力は、行動を始める大きなハードルとなると指摘します。

行動のスイッチを押すうえで、効果的なのが「環境」です。
つまり、行動を変えるには自分の意志を鍛えるだけでは不十分であり、外部のきっかけや仕組みの工夫が重要です。

この観点から特に注目されているのが、行動経済学の「ナッジ理論」です。

ナッジとは、「ひじでそっとつつく」という意味です。
ナッジ理論とは、強制せずに選択肢の出し方やタイミングを工夫することで、人の行動を自然と良い方向へ導く考え方のことです。

 たとえば、「整列してほしい場所に靴跡のマークを貼っておく」「毎朝の服を前日に準備しておく」「勉強机に本を開いたまま置いておく」「予定の10分前にアラームを設定する」といったちょっとした仕掛けはすべて、意志の力に頼らずに行動を引き出すナッジです。

さらに、心理学者バンデューラが提唱した「自己効力感」も、行動開始に大きな影響を与えます。自己効力感とは、「自分にはできそうだ」という実感のことです。
これは、小さな成功体験を積み重ねることで育っていきます。
「5分だけやってみる」「今日だけ試してみる」などの小さな一歩が、やがて自分にもできるという感覚を強くしてくれるのです。

まとめると、新しいことを始めるには、

●誰かを真似する(TTP)
●環境を変える
●ナッジを使って行動を誘導する
●小さな成功体験で自己効力感を育てる

といった、外側からの仕掛けが有効なのです。やる気や根性に頼るのではなく、行動しやすい構造をつくることが何よりのエネルギー節約になります。

動こうとしても動けないときは、無理に自力で始動させようとせず、外側の力を借りることも大切です。
誰かと約束をする。予定に入れる。小さなタスクを共有する。
こうした行動のきっかけを外からつくってしまえば、エネルギーの負荷を大きく下げることができます。

新しいことを始めるのに必要なのは、やる気ではなく「始める仕組み」です。
意志の力でなんとかしようとするより、システムとして「始めやすい構造」をつくるほうがはるかに持続可能です。

行動を起こすためのエネルギーは、自分のなかにだけあるとは限りません。周囲の人や環境、ツールや仕組みにも、そのエネルギ源は隠れています。
とりあえずやってみるためのハードルを下げる工夫をいくつも持っておくことが、行動力を支える鍵です。

「新しいことをして失敗するくらいなら、別にこのままでいい」
そんな思いが浮かぶとき、私たちはすでに「現状維持バイアス」の影響を受けているのかもしれません。

「変えるにはエネルギーが要るから」
「下手に変えて失敗したら怖いから」

そうした本能的な感情が現状を正当化し、変化への一歩をためらわせます。
人はできる限り、身体的にも認知的にも楽をしたいという性質を持っています。
いつもの道を選ぶ、いつもの店に行く、昨日と同じ時間に寝る。これらの行動は、「楽だから選ばれる」という点で、脳にとってはとても都合がいいのです。

ミシガン大学のウエレットとデューク大学のウッドの習慣に関する研究によれば、日常的な行動の多くは、「自発的な意思決定」ではなく、「過去の繰り返しと環境」によって自動的に行われているとされます。
つまり、私たちは意識的に現状を選んでいるように見えて、実際には「ただ慣れているから」「前もそうしたから」同じ行動を繰り返しているだけなのです。
この習慣による選択は、思考や判断を省略できるため脳にとっては快適です。意識して考える必要がないという点で、現状を続けること自体がひとつの安心感をもたらしてくれるのです。

こうした心理構造に、「短期的な安心感」が結びつきます。動かなければ疲れないし、失敗もしない。少なくとも今日、明日を無難にやり過ごせる。その「即効性のある安堵」こそが、現状維持を選ばせる最大の魅力でもあるのです。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のトムらの神経科学的研究でも、安定を選びやすい人の脳は、変化による報酬よりも「今ここにある快適さ」への反応が強いことが示されています。脳の報酬系は新しさよりも確実な満足に引き寄せられる性質があり、これが変化への抵抗として働くのです。
つまり、現状維持とは単に「怠けている」のではなく、私たちの脳と習慣が協力して導き出している、きわめて自然な選択なのです。

しかし、この自然な選択が長期的な満足を保証するわけではありません。
変化を避け続けることで、私たちはいつの間にか新しい機会や成長の可能性を手放してしまっているかもしれません。
「あのときやっておけばよかった」
「動かずにいたら、いつの間にか流れが変わっていた」
そんな後悔が、時間を経て心にのしかかることもあるのです。

「今日は疲れてるからやめておこう」
「もう少し準備してから始めたほうが効率的かもしれない」
そんなふうに、自分に向けて丁寧に語られるやらない理由の数々。
一見、冷静で合理的な判断に見えるこうした言葉の背後には、無意識の「逃げ」が潜んでいることがあります。
心理学では、避けたい行動をもっともらしい理由で正当化する心のはたらきを「合理化」と呼びます。
本当は不安や自信のなさが理由で行動を避けているのに、それを認めたくないがために、「今は忙しい」「体調が万全じゃない」といった外側の理由を口にする。これは誰にでも起こりうる、ごく自然な心理反応です。

合理化は、行動を避けたあとや最中に働きやすく、自分の自尊心を守るために、やらなかったことを納得できる形で説明しようとします。
たとえば、本当は「失敗が怖い」という気持ちがあるのに、「いま動いても意味がないから」と自分に言い聞かせるような場面がこれにあたります。

短期的には自分を守るうえで有効ですが、行動によって得られる達成感や、「できた」という経験を先延ばしにし続けると、結果的に「挑戦しなかった自分」を意識することになり、かえって自信を失うことにもなりかねません。

先ほど紹介した「セルフ・ハンディキャッピング」も、やらない理由をつくる心の働きですが、合理化とは少し異なります。
合理化が「行動を避けたあと」に働くのに対し、セルフ・ハンディキャッピングは「行動の前」に発動します。これは、あらかじめ自分に不利な状況を用意しておくことで、失敗したときに「本気じゃなかったから」「ちゃんとやればできたはず」と言い訳できるようにしておく戦略的な行動です。
たとえば、試験前にあえて徹夜で遊んでしまうとか、プレゼン前に準備をさぼるといった行動がそれにあたります。意図的に成功確率を下げておくことで、自尊心が傷つくのを防ごうとするのです。

この傾向は、1978年にプリンストン大学のバーググラスとハーバード大学のジョーンズが行った実験で示されました。
彼らは被験者に知能テストを受けさせた後、2種類の薬(頭が冴える薬/頭が鈍る薬)のどちらかを選ばせました。すると、「次も高得点を取れ」とプレッシャーをかけられたグループの多くが、なんと頭が鈍る薬を選んだのです。つまり、自分のパフォーマンスが悪かったときに薬のせいにできるよう、あらかじめ「言い訳の材料」を選んでいたのです。
これは極端な例に見えるかもしれませんが、日常のなかでも似たような行動はよく見られます。
試験前に「昨日は眠れなかった」と言っておく。仕事前に「準備不足だけどなんとかやる」と口にする。これらはすべて、自尊心を傷つけないようにするための予防線です。

さらに、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のテイラーと南メソジスト大学のブラウンの研究では、私たちは自尊心を保つために、時に「非現実的にポジティブな自己像」を維持しようとする傾向があると指摘しています。
たとえ行動しないことが自分にとって不利益であっても、「本気を出せばできる」「今は動くときじゃない」という都合の良いストーリーをつくって、自分を守ろうとする。これもまた、心の自然な防衛反応なのです。

ただし、これらの心理は必ずしも悪いものではありません。人間が不安や失敗から自分を守るための、ある意味で健全な仕組みとも言えます。しかし、それが繰り返されることで、「自分には何かを成し遂げる力がある」という感覚、すなわち自己効力感が育ちにくくなるという問題もあります。

挑戦して失敗した後悔より、挑戦すらしなかった後悔のほうが後々まで尾を引く。これは、多くの人が直感的に感じていることでもありますが、心理学的にも裏付けられている現象です。
1994年、コーネル大学のギロビッチとメドヴェックは、行動に関する後悔と、行動しなかったことに対する後悔の違いを調べる研究を行いました。
その結果、短期的には「やってしまったこと」に対する後悔(たとえば、失言や失敗)を人は強く感じますが、長期的には「やらなかったこと」に対する後悔のほうが大きく、かつ持続するという傾向が明らかになりました。
これは、やらなかったことには、「もしかしたらうまくいっていたかもしれない」という未練や可能性がずっと残るからです。
行動して失敗したことは経験として整理しやすいのに対し、何もしなかったことは成功の可能性すら検証できません。その結果、「あのとき動いていれば、何かが変わっていたかもしれない」という思いが心に残り続けるのです。
こうした不作為(行動しないこと)への後悔の大きさは、人生のさまざまな場面で確認されています。
進学、転職、恋愛、人間関係、独立、発言のチャンス。
後悔していることをたずねると、その多くは「挑戦しなかったこと」「気持ちを伝えなかったこと」など、動かなかったことに関するものです。

なぜ、人はこうした「やらない後悔」をこれほど強く感じるのでしょうか?
一つには後悔とは「比較によって生まれる感情」だからです。
私たちは実際に起きたことだけでなく、「もしこうしていればどうなったか」という仮想の選択肢と比べて、今の自分を評価します。
行動した結果の失敗には「これが現実だ」と納得しやすいのに対し、行動しなかった場合には「別の可能性」を何度も思い描いてしまい、後悔の対象が「終わらない物語」になってしまうのです。

また、人間の脳は未完了のものや不確定なものを気にし続けるという性質を持っています。
これは、ロシア社会主義共和国保健省精神医学研究所のツァイガルニクによって提唱された「ツァイガルニク効果」と呼ばれ、未完の課題ほど記憶に残りやすいという心理的傾向です。
やらなかったことは、まさに終わっていない経験であり、何年経っても忘れられずに残り続けてしまうのです。

一歩踏み出すのは、いつでも勇気のいることです。
でも、研究が教えてくれるのは、少し無理してでもやってみたほうが、あとから自分を誇れる可能性が高いという事実です。

「失敗したら損する気がする」
「なんとなく割に合わない気がする」
「やるには時間がかかりそうだから」

こうしたやらない理由が思い浮かぶとき、私たちは「リスクがあるからやらない」と判断しているように感じるかもしれません。しかし、よく見てみると、そのやらない理由はリスクではなく、「コスト」であることが多いのです。
心理学では、リスクとコストはまったく別の概念です。
リスクは未来に起こるかもしれない望ましくない事態(失敗、損失、恥をかくなど)であり、確率的にしか起こらないものです。一方コストは、行動すれば確実に必要になる資源の消費(時間、お金、労力など)であり、避けられない支払いです。
しかし多くの人はこの二つを混同し、お金がかかるからやらない、時間がかるからやらないという判断を、リスクが高いからやらないと感じてしまう傾向にあります。
その結果、本当は「確実に払うべき必要経費(=コスト)」であるにもかかわらず、「避けるべき危険(=リスク)」だと誤解して、行動を先延ばしにしてしまうのです。

この思考の落とし穴は、行動経済学の「損失回避バイアス」によって説明できます。ノーベル賞を受賞したカーネマンとトヴェルスキーの研究によれば、人は得をすることよりも損をすることに対して2倍以上の心理的インパクトを感じるとされています。つまり、「労力やお金がかかる=損する」と感じると、それだけで強く抵抗感が生まれるのです。

また、2010年にプリンストン大学のクールらが行った実験では、人は報酬が得られるとわかっていても、労力がかかる選択肢は回避しやすいことがわかっています。これを「努力回避バイアス(effort avoidance bias)」と呼びます。
たとえば、2倍の報酬を得られるけれど、少しだけ複雑な作業が必要な選択肢より、簡単な作業で済むほうを選んでしまう傾向があるのです。
こうした研究は、私たちがリスクを避けているつもりでも、実はコストをかけたくないだけ、という心理に陥っている可能性を示しています。

しかしここで考えたいのは、コストはリスクとは違って、むしろ投資だということ。自分を成長させたい、お金を稼ぎたい、人とのつながりを広げたいと考えるなら、そのための時間や努力はリスクではなくコストであるため、「資源」を投入する必要があります。コストをまったくかけずに結果だけを得ようとするのは、宝くじを買わずに当選を願っているようなものです。

もし、行動を避ける理由が「時間がかかりそう」「疲れそう」「お金がかかる」なら、それはリスクではなくコストです。そして、コストは払えば何かが得られる投資の一部であり、リスクのように避けるべきものとは本質的に違うのです。

『とりあえずやってみる技術』 第1章 より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

うまくいかないこと、失敗することへの不安。
それは、生存本能から生じる、人間の脳に生まれつき備わった性質です。

行動することの最大の障壁は「最初の一歩」を踏み出すこと。
いろいろ工夫をして、乗り越えたいですね。

「リフレーミング」と「リアプレイザル」とは?

堀田さんは、脳の前頭前野は、感情調節において重要な役割を果たしていますが、意識的に感情と向き合うことでより建設的な方向へと導くことができると指摘します。
そして、そのための強力なツールとして、「リフレーミング」「リアプレイザル」の二つを挙げています。

 リフレーミングとは、文字通り、ある状況や問題に対するフレーム(枠組み)を変えることを指します。
私たちは何かを認識する際、無意識のうちに特定の視点や解釈の枠組みを通して捉えています。
しかし、その枠組みは必ずしも唯一のものではなく、別の角度から見れば全く異なる側面が見えてくることがあります。
意図的にこの枠組みを意識し、別の視点を取り入れることで、状況の意味合いを変化させる試みがリフレーミングです。
たとえば、雨の日が続くと「せっかくの週末なのにどこにも行けない」と憂うつに感じるかもしれません。これは、「週末は外出して楽しむべきだ」という枠組みで雨の日を捉えているからです。
しかし、ここで「雨の日は家でゆっくり読書をしたり、映画を見たりする絶好の機会だ」という別の枠組みを取り入れてみると、雨の日の過ごし方が全く違って見えてきます。憂うつな気分は薄れ、むしろ穏やかな時間を楽しむことができるのです。

ネガティブな出来事だけでなく、ポジティブな出来事に対しても応用できます。

たとえば、成功体験を「自分の才能のおかげだ」と捉えるだけでなく、「周りの人の協力や支えがあったからこそ達成できた」と捉え直すことで、感謝の気持ちが湧き上がり、より謙虚な姿勢を保つことができるでしょう。

リフレーミングには、問題の定義を変える、状況の良い側面や潜在的な利点を見つける、より大きな文脈で捉え直すなど、さまざまなアプローチがあります。
重要なのは、一つの固定された見方に囚われず、柔軟な思考を持つことです。
一方、リアプレイザルは、感情調節のより具体的な戦略の一つであり、特に感情を引き起こす出来事の「解釈」や「評価」を変えることに焦点を当てます。
リフレーミングが状況全体の意味合いを変えるのに対し、リアプレイザルは、特定の出来事が自分にとってどのような意味を持つのか、なぜそのように感じるのかを問い直し、別の解釈を探ることで感情反応を修正しようとします。

たとえば、大切な約束に友達が遅れてきたとします。
そのとき、「私は大切にされていないんだ」「またかよ」と感じて怒りや悲しみを覚えるかもしれません。これは、「友達の遅刻=自分への軽視」という解釈をしているからです。
しかし、ここで「もしかしたら何か予期せぬトラブルに巻き込まれたのかもしれない」「時間にルーズなだけで悪気はないのかもしれない」といった別の解釈を考えてみるのがリアプレイザルです。友達の行動に対する解釈が変わることで、怒りや悲しみの感情が和らぐ可能性があります。
リアプレイザルは、過去の出来事に対しても有効です。
過去の失敗体験を「自分はダメな人間だ」と解釈するのではなく、「あの経験があったからこそ今の自分がある」「次に同じ失敗をしないための教訓になった」と解釈し直すことで、後悔や自己嫌悪の感情が軽減され、前向きな気持ちを持つことができます。

リアプレイザルの鍵となるのは、自動的に湧き上がってくる感情や思考に気づき、それが本当にいつの正しい解釈なのかどうかを吟味することです。
時には、状況を客観的に見つめ直し、ほかの可能性を探ることで、よりバランスの取れた、そしてより心の負担の少ない解釈を見つけることができるでしょう。

リフレーミングとリアプレイザルは、どちらも状況に対する考え方を変えることで感情を調整するという点で共通していますが、その焦点とアプローチにはわずかな違いがあります。
リフレーミングは、より広い視野で状況全体の意味合いを変えることを目指すのに対し、リアプレイザルは、特定の出来事に対する個人的な解釈を変えることに焦点を当てています。
しかし、実際にはこの二つは明確に区別されるものではなく、互いに補完し合いながら感情調節に貢献することが多くあります。
ある状況全体を新しい枠組みで捉え直す過程で(=リフレーミング)、そのなかの特定の出来事に対する解釈を見直す(=リアプレイザル)こともありますし、その逆もまた然りです。

大切なのは、私たちが抱く感情は出来事そのものだけでなく、それをどのように捉え、解釈するかによって大きく左右されるということを理解すること。そして、状況に応じてこれらのスキルを意識的に活用していくことです。
リフレーミングとリアプレイザルを実践することで、感情の波に翻弄されるのではなく、より主体的に心の状態をコントロールできるようになるでしょう。

私たちの脳はとても高性能な情報処理装置である一方で、驚くほどだまされやすい性質も持っています。
ネガティブに聞こえるかもしれませんが、実はこのだまされやすさこそが、感情とうまく付き合うための大きな武器になるのです。

たとえば、映画や小説を見て本気で泣いたり笑ったりした経験はないでしょうか?
理屈で考えればこれは作り話だとわかっていても、脳は現実で起きていることとして解釈し、本物の感情を引き出すのです。同じように、「脳にどんな意味を与えるか」によって、私たちの感情や行動は大きく変わります。
この仕組みを意図的に活用する方法が、先ほど紹介したリフレーミングとリアプレイザルです。
たとえば、ハーバード・ビジネス・スクールのブルックスの研究では、プレゼンやカラオケ、数学のテストなどの前に、参加者に「不安だ」と言われる群と、「ワクワクしている」と言わせる群などに分け、パフォーマンスの違いを比較しました。
その結果、「私はワクワクしている」と声に出して捉え直した参加者が、一番良いパフォーマンスを発揮し、ストレス反応も抑えられていたことがわかりました。
不安と興奮はどちらも身体的には心拍が上がるなど覚醒状態で似ていますが、意味づけが違えば脳の反応も全く異なるのです。

ブルックスの研究は、「不安をなくそうとするのではなく、意味を変えることでコントロールできる」という捉え直しの技術の有効性を明確に示しています。
このように、どう解釈するかが脳と感情の反応を左右するのです。

大切なのは、脳は「主観の物語」を現実として受け取ってしまうという事実です。つまり、ネガティブな解釈をすれば、脳は「これは危機だ」と判断し、不安や怒りを強めます。逆に、ポジティブな意味づけをすれば、脳は「これは乗り越えられる」と判断し、感情は安定しやすくなるのです。
この構造を知っていれば、脳は解釈次第でだませるということが見えてきます。

自分を守るためにあえてうまくだますことは,決してズルではなく、立派なセルフケアの技術なのです。
もちろん、全部を前向きに考えろというわけではありません。
ただ、「この解釈で自分が苦しくなっているなら、別の解釈を試す価値がある」と思えるかどうか。それだけでも、ネガティブな感情に巻き込まれずにむ時間が少しずつ増えていきます。

『とりあえずやってみる技術』 第2章 より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

私たちの脳は、とても高性能な情報処理装置である一方で、驚くほどだまされやすい性質も持っています。

脳をだますための方法として、新しい枠組みで捉え直したり(=リフレーミング)、解釈を見直す(=リアプレイザル)ことが有効だということですね。

だまされたと思って、ぜひ使ってみましょう。

小さな成功の積み重ねが「やればできる」の感覚を強くする

始めは不安だったけど、やっていくうちに、だんだん自信がついてきて、うまくいった。

誰にもそんな経験がありますが、行動心理学の観点からも根拠があります。
それがスタンフォード大学のバンデューラが提唱した、成功体験がもっとも強力に自己効力感を高める要因である<という自己効力感の理論です。

 小さな成功の積み重ねが、やればできるかもしれないという感覚を強くし、その感覚がさらに行動を促進する。このポジティブな循環こそが、成長と挑戦のサイクルを歩み出すのです。
また、やってみることで初めて、自分の適性や向き・不向きが具体的に見えてくることもあります。
頭のなかで想像していた不安や苦手意識が、実際にやってみると案外そうでもなかった、という経験は誰しも持っているのではないでしょうか。

実証的な研究でも、とりあえずやってみることの効果は示されています。
ロイファナ大学リューネブルクのエッカートらは、大学生を対象に、行動を早く開始することで自己評価がどう変化するかを測定したところ、行動を起こしたグループは、先延ばしにしたグループに比べて自己効力感が向上していたと報告しています。
これは、行動が先、気持ちは後、という順序がいかに自然かを物語っています。

失敗したとしても、その経験は成功の前段階として記憶に残り、次の挑戦の糧となります。むしろ、行動しないままの完璧な構想は、いつまでも「空想」のままです。
とりあえずやってみる。その一歩が、人生の選択肢を確実に広げてくれます。

新しいことを始めると、当初は想定もしていなかった出会いや発見が舞い込むことがあります。その理由は単純で、行動することで環境との接点が増え、偶然のきっかけをつかめる可能性が広がるからです。
これは心理学でいう「セレンディピティ(偶然の幸運)」や「偶発的学習(incidental learning)」にも関係しています。
コーネル大学のフランクは、思いがけない成功を何度も経験している人たちは、「とにかくやってみる」という行動を普段からよく選んでいるといいます。なぜなら、世の中の結果は予想できない偶然に大きく左右されることが多く、まず動いてみることが、成功につながるチャンスを増やすコツだからです。
また、グローニンゲン大学のヴァン・ダムの実験では、新しい課題に挑戦したグループは、そうでないグループと比べて、創造的かつ独創的なアイデアをより多く選択したとされています。
つまり、偶然のチャンスはただ待っているだけではなかなかやってこない。いつもの自分とは少し違う行動を選んだとき、注意のアンテナが広がり、意外な気づきに出会いやすくなるのです。
散歩道を変えてみる、いつもと違う店に入る、他人からの誘いを受けてみる。
そんな小さな変化の積み重ねが、思いがけない人生の分岐点につながっていくこともあるのです。

「やりたいことがわからない」
「目標がない」
そんなふうに感じるときは、何かを始めるのが難しく感じられるかもしれません。しかし、実は、目標を見つけてから動くのではなく、動いているうちに目標が見えてくることのほうがずっと多いのです。
アメリカ・スタンフォード大学のデイモンは、青少年の目的意識の形成について調査し、「明確な目的を持っている人の多くは、初めから明確な目標があったわけではなく、行動のなかで意味づけが深まっていった」と報告しています。
つまり、やってみて初めて「面白い」「向いている」と感じたことが、やがて目標と呼べるものに変わっていくのです。
また、グラーツ大学のヘイラーとハドラーの研究では、行動の選択肢が多い人ほど、将来の自己決定感や幸福感が高くなる傾向があると示されています。

何をやっていいかわからないときこそ、正解を探すよりも、動いて選択肢をつくる。それが、目標が見つからない状態を抜け出すための確かな方法なのです。

現代ではタイパやコスパという言葉が広まり、何をするにしても「どれだけ得か」「ムダがないか」と考えるクセがつきやすくなっています。
たしかに効率やコスト意識は大切ですが、行き過ぎると「結果が出ないことはやる意味がない」という思考に陥り、行動を極端に制限してしまう危険があります。
第1章にて不便益という言葉を紹介しましたが、少し遠回りした道で偶然素敵な景色を見つけたり、効率の悪い方法で試行錯誤するうちに新しいアイデアが生まれたりといった余白や偶発性こそが、人生の豊かさをつくっているのかもしれません。

また、ニューヨーク州立大学バッファロー校のソルツマンらの研究では、最適解を求めすぎる人ほど、選択後の満足度が下がる傾向があることが示されています。
もっとも効率的でもっとも損をしない選択肢を選ぼうとするほど、「あれでよかったのか」と考えすぎてしまうのです。
効率ばかりに縛られていると、偶然の出会いや遠回りの学びが見えなくなります。だからこそ、時には「ちょっとムダかもしれないけど、やってみたい」「面白そうだから試してみる」という判断を許してあげることが、自分を動かす力になります。

「運のいい人」と聞くと、偶然の幸運に恵まれる特別な人のように思われがちです。
しかし、ハートフォードシャー大学のワイズマンの研究は、私たちのそんな思い込みに一石を投じています。
彼は数百人の「自分は運がいいと思っている人」と「自分が運が悪いと思っている人」を対象に、行動パターンや思考傾向を比較しました。
その結果、幸運な人にはいくつかの明確な共通点があることがわかりました。
第一に、幸運な人はとりあえずやってみる傾向が強く、新しい状況や出会いに対して柔軟であること。つまり、自分から偶然のきっかけに飛び込んでいく習慣を持っているのです。
第二に、幸運な人は、偶然の出来事をポジティブに解釈する能力が高いことが挙げられます。失敗や偶然のトラブルさえも、「これがあったから、今の自分がいる」と意味づけを変えていく力があるのです。
このような再解釈力や捉え直しの柔軟性こそが、運を呼び込む姿勢そのものだとワイズマンは述べています。

さらに、幸運な人は小さな機会や人の言葉に注意深く、チャンスに気づく感度が高いという特徴もあります。
たとえば、カフェで隣に座った人に話しかけてみる、興味のあるイベントに参加してみる、初めての場所での会話を楽しむ。そういった行動が、次のチャンスにつながり、その積み重ねが幸運の連鎖を生むのです。
ワイズマンは、「運は偶然ではなく、習慣である」と結論づけています。
つまり、幸運な人「運が良くなるような行動」を無意識に繰り返しているのです。これは裏を返せば、私たちは誰もが、「運のいい人になる」選択肢を手にしているということです。

「今年こそ英語をマスターする」
「10キロ痩せる」
「資格試験に合格する」

こうした大きな目標は一見やる気を引き出してくれそうですが、実際には逆効果になることも少なくありません。目標が大きすぎると、達成のイメージが湧かず、手がつかないまま終わってしまうことが多いのです。
心理学でこれを「目標回避傾向」と呼ぶことがあります。
大きすぎる目標を掲げることで、脳が勝手に無理だと判断し、行動を先延ばしにしてしまうという現象です。

この点を裏付けるのが、メリーランド大学のレイサムのトロント大学のロックによる「目標設定理論」です。
彼らは数百に及ぶ実験と企業現場での調査から、効果的な目標には「困難でありながら達成可能であること」「具体的であること」が必要であると示しました。
抽象的で非現実的な目標は、逆にモチベーションを低下させてしまうのです。

また、ニューヨーク市立大学ハンター校のゴラブらは、未来の自分を想像することが脳にとってどれほど曖昧で難しいかを研究し、「人は未来の成功よりも、今の不安のほうを現実的に感じやすい」ことを示しました。
つまり、理想の未来を描いても、そこに至るまでの道筋がぼんやりしていると、人は今の心地よさを優先してしまう傾向があるのです。
そのため、目標は壮大であることよりも、小さくて手に届くことが何より大切なのです。その日にやるべき小さな行動にまで分解された目標こそが、実際に動き出す力になります。

行動科学の父と呼ばれるアメリカの心理学者心理学者バラス・スキナーは、「スモールステップの原理」を提唱し、複雑な行動や習慣の獲得には段階的な成功体験が不可欠であると説きました。

スキナーは動物実験で知られていますが、実は彼の理論は人間の教育や行動改善にも広く応用されています。
代表的な実験には、「スキナー箱」を使ったオペラント条件づけがあります。
ネズミがレバーを押すと餌が出る仕組みを用い、最初はエサに近づくだけでも報酬を与え、徐々に「レバーの方向を見る」「触れる」「押す」という行動に対して段階的に報酬を与えるようにすると、ネズミは自然に複雑な操作を学習していきます。
これは「シェイピング」と呼ばれ、望ましい行動に近づく過程でこまめに強化する方法です。

この理論は人間の行動習慣にも当てはまります。
たとえば、「毎日30分の運動を習慣にしたい」と思っても、いきなり高いハードルを設定すると、挫折の可能性が高まります。そこで、「まずは1日1回だけスクワットをする」「玄関で運動靴を履く」といったほとんど抵抗のない行動から始める。
これにより、脳に「できた」という成功体験を与え、それを足がかりに次のステップへ進むモチベーションが生まれやすくなるのです。
さらに近年、スタンフォード大学のフォッグもこのスモールステップの考え方を取り入れた「タイニーハビット理論」を提唱しています。
フォッグは、「行動の大きさではなく、習慣化しやすい環境設計が鍵」だと述べ、小さな行動を既存の習慣(たとえば、歯を磨いたあとに腕立て伏せ1回)に結びつけることで、高確率で習慣化が可能になるとしています。「習慣を重ねる」ということで、「ハビット・スタッキング」とも呼ばれる手法です。

また、コーネル大学のウェイクの研究では、「自己制御を高めるには小さな成功経験を積み重ねることがもっとも有効である」ことが示されており、スキナーの理論が現代の認知科学的アプローチでも裏付けられています。

小さな行動であっても、「やった」という感覚が脳の報酬系(特に線条体や前頭前野)を刺激し、やる気や幸福感を高めることが神経科学的にも支持されているのです。

つまり、スモールステップの原理は単なる心理学的な指導技法ではなく、人間の脳の報酬系や行動決定プロセスに根ざした科学的な方法だと言えるでしょう。
大きな夢や目標を掲げるのは素晴らしいことです。
けれど、そのスケールが大きいほど、「どこから手をつければいいかわからない」と感じてしまう人も少なくありません。

人の脳は、曖昧な全体像よりも具体的な小さな行動に対して反応しやすくできています。そのため、適切な「ステップの分解」がなされていない目標は、行動のトリガーになりにくいのです。

インドネシア教育大学のヒダヤットらの研究でも、「小目標に区切ったほうが、セルフモニタリング(自己監視)能力が高まり、達成感と自己効力感の増加につながる」ことが実証されています。

大きな山を前にしたときに目線を足元に落とすように、今日できることだけに集中することで、いつか自然に頂上に到達する日がくるのです。

『とりあえずやってみる技術』 第2章 より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

行動することで、成功体験を積み重ねる。
すると、自己効力感が高まり、やる気が出て、ますます行動が増える。

そんな好循環を作り出すことが、習慣化には必要です。

日常的に続けられて、成功体験として認識される目標を作ること。
それがカギになります。

「スモールステップの原理」と「ハビット・スタッキング」も取り入れがら、小さな成功体験を積み重ね、大きな目標を達成したいですね。

「体が先、脳が後」の原理

「やる気がないから動けない」

そう感じるのは、多くの人にとって自然な反応です。

しかし、堀田さんは、近年の神経科学の研究は、それとは逆の視点、つまり「動きたからやる気が出る」というプロセスの有効性を示していると指摘します。

 この考え方は、「体が先、脳が後」の原理として知られています。
古典的には、心理学者ウィリアム・ジェームスの「行動が感情をつくる」という理論がこの考え方の源流にあります。
たとえば、悲しいから泣くのではなく、「泣くという身体反応が先にあり、それが悲しさの感情を生む」とする考え方です。

さらに現代の神経科学は、こうした発想を脳レベルで支持しています。
特に注目されるのは、やる気や動機づけに関わる脳の基底核(きていかく)なかでも側坐核(そくざかく)と淡蒼球(たんそうきゅう)の働きです。

側坐核はドーパミンを介した報酬予測や快感の処理に深く関わり、「何かをやりたい」という衝動や欲求の中心的なスイッチとして機能します。動物実験でも、側坐核への電気刺激によって行動の開始頻度が高まることが確認されています。

一方、淡蒼球は、やる気と橋渡しをする重要な領域です。
自然科学研究機構の橘と米国国立衛生研究所の彦坂の研究では、報酬(ジュース)の量が多いほど、サルの淡蒼球の神経活動は強くなり、実際の動作(目の動き)も速くなることが確認されました。さらに、腹側淡蒼球を薬物で一時的に働かなくすると、行動の機敏さ(やる気の差を生み出す)は報酬量の違いの影響を受けなくなったそうです。
これは、報酬の期待によって脳が動きのスピードを調整していることを示しており、やる気の脳内メカニズムの一端を明らかにしている研究成果です。

さらに、脳内で「行動を起こすタイミング」に関与するとされるのが、カリフォルニア大学のリベットらの研究です。
リベットらは、私たちが「やろう」と意識するよりも先に、すでに脳内では行動の準備が始まっていることを明らかにしました。このことは、私たちが思う以上に体の動きが先行し、意識や気分はその後からついてくることを示唆しています。
つまり、やる気が出ないから動けないと考えるよりも、まず動くことで、脳が「今何かを始めている」と認識し、やる気のエンジンがかかるという順序で捉えることが、実はもっとも自然なアプローチなのです。
小さくてもいいので、とりあえず体を動かしてみる。そこから脳も動き出します。

軽い運動や身体の動きが、脳にポジティブな影響を与えることは、数多くの研究によって確認されています。
たとえば、イリノイ大学アーバナシャンペーン校のペトルッツェロとアリゾナ州立大学のランダースによる研究では、たった15分の軽い有酸素運動でも、ストレスレベルが低下し、気分が明るくなる傾向があることが示されました。
最大酸素摂取量の75%という中程度の強度でのランニングを15分行っただけでも、状態不安が明らかに軽減されることが確認されました。
また、30分間の運動と比べても、15分間の運動による不安軽減効果はほぼ同じであり、短時間でも十分に心理的な効果が得られることがわかりました。
このことは、「時間がないから運動は無理」と感じている人にとっても、ほんの数分体を動かすことが、心の安定につながる有効な方法であることを示しています。
運動によって分泌されるセロトニンやエンドルフィン、ドーパミンといった神経伝達物質は、感情の安定や幸福感に関係しています。これらは抗うつ薬の作用メカニズムとも関連しており、運動が「自然の抗うつ薬」と呼ばれる理由でもあります。
また、ウルヴァーハンプトン大学レインとラブジョイの研究では、ストレッチやウォーキングといった低強度の運動であっても、抑うつ傾向を減少させる効果があるとされています。
つまり、「激しい運動をしないと意味はない」というのは思い込みであり、ほんの数分体を動かすだけでも脳は前向きに反応するのです。
この研究からは、気分が良くなるから動くのではなく、動いたから気分が良くなることがわかります。「行動→感情」という順序の効果を支持しています。

「気分を変えたいのなら、まずは体を動かしてみる」
これは単なる精神論ではなく、科学的にも裏付けのあるアプローチです。
ミシガン州立大学アナーバー校のシャファーらのfMRIという脳の活動を計測する装置を使った研究では、「ハッピーな動作」を真似ると脳活動に変化が生じ、実際にポジティブな感情が生じることが示されました。
スキップや飛び跳ねる動作をすると気分が明るくなるのは、まさに脳が「ハッピーな体の動き」を「ハッピーな気分」として解釈するからです。

また、コロンビア大学のカーニーらの研究では、仁王立ちのような堂々とした姿勢(パワーポーズ)を1分間取るだけで、勇気や積極性と深い関係があるテストステロンの上昇、ストレスが上がると増えるコルチゾール値の減少、リスク耐性の増加が観察されました。
つまり、背筋を伸ばして立つことは、感情だけでなくホルモンレベルや行動にも影響するのです。
ちなみに、運動の種類は何でもよく、自分が楽しいと思える動きであれば、それで十分です。
たとえば、ハル大学のキャンピオンとシェフィールド大学のレヴィタは、「たった5分のダンス」でポジティブ感情が高まり、ネガティブ感情が減少し、疲労感まで軽減されることを報告しています。

脳は、酸素と糖分をガソリンとして動きます。
酸素は血液に乗って脳に運ばれるので、運動をすると血流が良くなり、がんがん脳に酸素が運ばれるようになるので、脳のエンジンの調子がよく動くようになる、というメカニズムです。
つまり、「動けば変わる」は単なるスローガンではなく、私たちの脳と体に根ざした行動戦略です。
スキップでも、大股歩きでも、ちょっとしたダンスでもいい。まず動くことで、気分も未来もきちんと変わっていくのです。

ジョージア大学のランドルフとオコナーの研究は、「動けば変わる」という考えを裏付ける象徴的な実験です。
彼らは、平均睡眠時間が6.5時間ほどと短く、普段からカフェインをよく摂取している女子大学生を対象に、デスクワーク環境下での眠気とモチベーションへの影響を比較しました。
参加者には日を変えて3パターンの行動を取ってもらい、その後の集中力ややる気の変化を測定しました。

【パターン1】コーヒーを飲む(約50mgのカフェイン)
【パターン2】偽薬(プラセボ)を摂取
【パターン3】10分間の階段昇降(30階分)

その結果、もっともモチベーションが向上したのは、【パターン3】の10分間の階段運動をしたグループでした。被験者たちは「目が覚めた」「元気が出た」と実感を報告しており、作業への集中も高まったとされています。
カフェインを摂取した場合とプラセボを飲んだ場合には大きな変化はなく、カフェインよりも短時間の運動のほうが効果的だったという意外な事実が示されました。
このように、ちょっとした身体活動でも、やる気や集中力を高めるには十分な刺激になるのです。特に、長時間座りっぱなし仕事や勉強の合間に、階段を昇り降りする、外を一周歩くといった短時間の運動を挟むことは、モチベーション維持に有効な戦略と言えるでしょう。

また、マッコーリー大学のオートンとチェンの研究では、運動を習慣化することで、やる気や自己管理能力が全体的に向上することも示されています。
この研究では、運動不足だった男女24人に、最初の2ヵ月は普段通りに過ごしてもらい、その後2ヵ月間ジムに通ってもらいました。
その結果、以下のように、実に多面的に行動と意識の向上が見られたのです。

●ストレスが減る
●タバコやアルコールやカフェインの摂取量が減る
●感情のコントロールができるようになる
●家事に従事することが増える
●健康的な食生活になる
●ムダ遣いが減る
●義務や約束を守るようになる
●学習習慣に改善が見られる

これらはモチベーションと自己制御の力と深い関係がありますから、運動は単なる健康維持だけでなく、自分自身を律し、前に進むためのたしかな土台となることを示す好例と言えるでしょう。

『とりあえずやってみる技術』 第3章 より 堀田秀吾:著 総合法令出版:刊

何事も、動き出しが一番エネルギーを使うもの。
私たちの脳や体も、例外ではありません。

やる気があっても、なくても、まず体を動かすことから始める。
毎日の習慣として取り入れたいですね。

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「一歩を踏み出せない」のは、脳が私たちを危険から守ってくれているからです。
ただ、それに甘んじて、行動を起こさなければ、新しい経験をすることはできません。

堀田さんは、そんな私たちに、人生とは、思っている以上に「試してナンボ」だとして、エールを送られています。

私たちは、やって後悔するよりも、やらないで後悔することが圧倒的に多いです。

「やってみたら、意外とあっけなくできた」
そんな経験をした人も、多いでしょう。

「とりあえずやってみる」

これができるかできないかは、人生の充実度を大きく左右します。

過ぎてしまえば、すべて経験になります。
そして、どんな経験でも、“宝物”になります。

本書は、人生の宝物を掘り起こす”魔法のシャベル”のような一冊です。
ぜひ、お手に取って、その効果の程を試してみてください。

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