【書評】『「勇気」の科学』(ロバート・ビスワス=ディーナー)

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 お薦めの本の紹介です。
 ロバート・ビスワス=ディーナー先生の『「勇気」の科学 〜一歩踏み出すための集中講義〜』です。

 ロバート・ビスワス=ディーナー先生は、米国の心理学者です。
 勇気、強さ、幸福などをテーマに世界中を駆け回り、“ポジティブ心理学界のインディー・ジョーンズ”の異名をお持ちです。

人は、誰でも「勇敢」になれる


「勇気」という言葉を辞書を引くと、多くの場合、以下のような言葉で定義されています。

 「恐れることなく危険や困難に直面することを可能にする、心や精神の特質」

 勇気とは、身体的な行為だけに限定されるものではありません。
 突き詰めれば、それは怖じ気づきそうな状況に立ち向かう態度のことです。

 勇気は「行動」ではなく、「心構え」や「態度」の問題。
 すべての人の心の中に“勇気の芽”は存在している。
 それを伸ばすも、潰すも自分次第です。

 本書は、恐怖や不安を取り除き、「勇気」をもって行動するための方法を解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「行動意志」と「恐怖のコントロール」


「勇気」とは、危険、不確実性、恐怖があるにもかかわらず、道義的で価値ある目的に向かっていく行動意志です。
 この定義の中の「危険」や「不確実性」は、ほとんどが外的な要因によるものです。

 一方、「行動意思」と「恐怖の存在」は内的な要因で生じる要素です。
 つまり、自分でコントロールしやすいものです。

 勇気には、二つの要素があります。「行動意思」と「恐怖のコントロール」です。恐怖を抑制することと、行動意思を高めることの二つの能力を向上させることで、あなたの人生の価値は高まり、より良く生きられるようになります。
 困難に高貴な精神で立ち向かい、他者と深く結びつき、周囲に良い影響を与え、良い行動をとりやすくなるのです。
 知性や幸福などの測定とは異なり、勇気は一つの尺度では測れません。勇気は恐怖への対処と、行動意思という二つの指標で表すことができます。意外にも、恐怖をコントロールすることと、行動意思を持つことは、独立した関係にあるのです。
 私たちはこの二つを、どちらか一方が上がればもう一方が下がる、シーソーのようなものだとみなしがちですが、それは事実とは異なります。恐怖が高まることは、必ずしも行動意思の低下を意味しません。
 その逆も同じです。大きな恐怖を感じながら強い行動意思を持つ人もいますし(かなりの不安を味わいながら、力を振り絞って他人の命を救おうとする)、恐怖と行動意思の両方が低い場合もあります(わずかな不安しか感じてはいないが、リーダーシップをとったり、新しい活動を始めたりすることを躊躇(ちゅうちょ)する)。

 『「勇気」の科学』 第1章 より ロバート・ビスワス=ディーナー:著 児島修:訳 大和書房:刊

「恐怖をコントロールすること」と「行動意思を持つこと」は、互いに独立したプロセスです。
 強い勇気をもつためには、どちらかだけではなく、両方の能力を鍛える必要があります。

 

あえて「エゴイスト」になる


「恐怖のコントロール」において、大きなポイントなるのが「自意識」です。
 私たちは、自分自身のことが気になればなるほど、恐怖を感じやすくなります。

 人は、自意識を感じると自然に振る舞えなくなり、人の目にどう映るかを基準にして自分の行動コントロールしようします。

「人としてまっとうな行動をすべき」
「不平は口にすべきではない」
「仕事や勉強にはベストを尽くす」
 などの、周囲から感じる無言のプレッシャーによって、私たちの行動の基準は上がり、一人だけでは決して到達できない領域に自分を引き上げやすくなるのです。
 このように、勇気は自分の内側からだけでなく、外側から生じることもあります。心理学者のアリス・イーグリーらは、騎士道精神に基づいた行動をとることが社会的に求められている男性は、女性に比べ、特に周りに人がいるときに見知らぬ人に手を貸す傾向が高く、「その騎士道的、英雄的な行為は、個人の内なる動機や生まれながらの資質から生じるものというより、社会的規範の産物である」と述べています。
 つまり、私たちは他者に自分を良く見せたいというある種の自己中心的な考えから、他者を助けるための行動へ向かうことがあるのです。
 このように、自己中心性には、私たちの自信を高め、困難な決断を行ううえで役立つというメリットもあります。自己中心性には、二つの作用があります。
 一つは、私たちの自己保存の感覚を高め、危険を避けて、確実で保守的なアプローチをとるように動機付けるという作用です。
 もう一つは、私たちの自信の源になり、未知のものに対処できるという信念の基盤になるというという作用です。大切なのは、“恐怖などまったく感じていない”という誰にでもありがちな振る舞いをするのではなく、自分がどの程度まで恐怖に耐えられるかを把握し、それに従って恐怖をコントロールする能力を持つことです。
 行動をとらないことによる損失に注目することは、恐怖を抑え、自分を行動に向かわせる高度な方法です。
 これは、面子(めんつ)の文化における“恥”の作用と似ています。他者から軽蔑(けいべつ)されるかもしれないという恐れが、行動をとることへの恐れを上回ることがあるのです。

 『「勇気」の科学』 第3章 より ロバート・ビスワス=ディーナー:著 児島修:訳 大和書房:刊

「自意識」によって、恐怖の感情を上回る行動力(行動しないことも含めて)を得ることもできます。

 多くの場合、やっかいな“周囲の視線”。
 それも、本人の意識の持ち方次第で、勇気を強める力にもなるということですね。

「やればできる」と信じ抜く


「運」をどうとらえるかは、目標達成に向けた動機付けや態度に大きな影響を与えます。

 運を「ある程度は個人の力でコントールできる」と考えている人たちは、不安を乗り越えて行動を起こす力が強い傾向にあります。

 その仕組みはこうです。運はまったくの偶然ではなく、信頼できる確かな要因だととらえる人は、自分で状況をコントロールできる、“やればできる”という積極的な態度をとる傾向があります。その結果、心理学で「達成動機」と呼ばれる、困難な状況においても成功を強く願う意欲を持ちやすくなります。一方、達成動機が低い人は、簡単にできることだけに取り組もうとし、自信のあるエリアに留まろうとします。
 運を確かなものだと見なす考えによって、自信が深まり、ポジティブな結果が得られるという確信が高まります。その結果、行動意思が強まり、勇気指数を上げることができるのです。では、運を単なる無規則な偶然だと見なしている人が、それを確かなものだと信じるようになるにはどうすればよいのでしょうか? 少なくとも二つの方法があります。
 一つは、「自分は幸運な人間である」と自分に言い聞かせることです。少々怪しく聞こえるかもしれませんが、これには素晴らしい効果があります。何かに成功したとき、あなたはその成功を自らの手でつかみとったものだと考えることができます。
 しかし同時に、その成功の一部は幸運がもたらしてくれたものであるとも考えるようにするのです。これによって、現実世界の成功という確かな証拠を基にして、運が存在するという考えを強化することができるのです。
 このような方法で、現実世界の出来事に、運は確かなものであるという考えを結びつけていくことで、自信がさらに深まり、積極的な行動と、さらなる成功につながるという好循環をつくりだしやすくなります。
(中略)
 二番目は、運を記録することです。私たちが、自分の運の状態や、長期的な傾向、原因がどこか(自分の内部にあるのか、外部の要因なのか)をうまく把握できないのは、それを記録していないからでもあります。
 恐らくあなたはこの一ヶ月間で自分がどれくらい幸運・不運であったかについてよりも、過去三年間に何を食べたかや、収入がどのように変化したかについての詳しい記録をつけているはずです。同じように運を記録するようにしましょう。運によって何かが生じたと感じたら、その内容と、それがいつ起きたかをノートに書き込みます。
 その際、幸運の程度(長年音信不通だった友人にばったり出会うことができた、思いがけずボーナスをもらったというような大きな出来事だったのか、道を歩いていて小銭を拾ったというような小さな出来事だったのか)も記録します。

 『「勇気」の科学』 第4章 より ロバート・ビスワス=ディーナー:著 児島修:訳 大和書房:刊

 どんな時でも、「自分には運が味方してくれる」。
 そう思い込むことができれば、これほど心強いものはありませんね。

 実際に「運がいい人」は、自分のことを「運が悪い」とは考えてはいません。
 運の良し悪しも自分の心持ち次第。自分自身で作り出しているものなのでしょう。

「失敗」を喜ぶこと


「行動意思」の強化についてです。

 失敗の可能性を受け入れ、積極的にその経験を活かそうとすることで、行動意思と勇気指数を高めることができます。
 そのためディーナー先生は、「あえて失敗する」方法を勧めています。

 小さなミスは、許容するだけでなく、創造性や自信、自発性の源となる、頼もしい味方
 そのようにとらえて、「日常生活のなかに、小さなミスをとりいれ、それを学びと成長のチャンスにすること」が重要です。

 辞書の定義も、わたしたちに失敗についてのヒントを与えてくれます。他の多くの言葉と同じく、辞書には「失敗」の定義がいくつも記載されています。一般的な辞書をいくつか覗いてみると、失敗の定義は、大きく「望む目標を達成しないこと」と「不十分・不足した状態」の二つがあることがわかります。
 私がお勧めしたいのは、前者の定義です。望みどおりのことを実現できないのは、人生では当たり前のように起こることです。しかし何かが不十分であるという感覚を持つことは、大きな心理的苦痛になります。失敗を、目標に到達するために不可避的に遭遇するものだととらえなおすことで、特に行動意思が強まり、勇気指数を高めやすくなります。
 目標への道のりが真っ直ぐで平坦なものであることはめったにないことも、そして小さなミスや逆境が、むしろ軌道修正のために必要なものだということは、誰もが知っていることではないでしょうか。
「失敗することへの不安」を取り除くことは、失敗を取り除くことではありません。人生から失敗を排除することはできません。しかし、失敗することへの不安は減らすことができます。そしてそれによって、勇気ある行動を取りやすくなるのです。

 『「勇気」の科学』 第7章 より ロバート・ビスワス=ディーナー:著 児島修:訳 大和書房:刊

 望んで失敗する人はいません。

 やろうと思っても、なかなか前に足を踏み出せない。
 それは、「失敗するかも」「上手くいかないかも」という考えに邪魔される部分が大きいです。

 どんなことをするにしても、失敗の可能性をゼロにすることはできません。
 ならば「失敗をすること」を前提にして「失敗を経験しても、そこから多くを学べばいい」という積極的な意識でいたほうが、行動を起こしやすくなるのは確かです。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

「勇気」は、ほとんどの人にとって、数値化や理論化できない、とらえどころのないものです。
 本書は、その得体(えたい)のしれないものに果敢にチャレンジした意欲作です。

 ディーナー先生は、勇気を科学的に研究してしっかりした定義を与え、鍛えれば誰でも強化できる力であることを示しました。
 東日本大震災における、被災地の方々が力を合わせて災害に立ち向う姿を例に挙げるまでもなく、人には、非常時において、とてつもない強い力を発揮できる潜在力を秘めています。
 その力を解放するための大きな一つのポイントが「勇気」であることは間違いありません。

 日常生活においても、勇気がないばかりにできない行動、逆に、やめられない行動も色々あります。
 だからといって「自分には勇気がないから」と諦めてしまうのはもったいないですね。

「勇気」という能力も、他の能力と同様に一つひとつの経験の積み重ねで強くなるもの。
 小さな一歩を踏み出すところから始めたいですね。

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