【書評】『男の条件』(永松茂久)

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 お薦めの本の紹介です。
 永松茂久さんの『男の条件―こんな「男」は必ず大きくなる』です。

 永松茂久(ながまつ・しげひさ)さん(@shigenii1214)は実業家です。
 複数の居酒屋の経営の他、イベント主催や講演活動を手掛けられるなど、多方面でご活躍中です。

本物の「男」とは?


「最近の男は弱くなった」
 そんな言葉をよく耳にします。「草食系」という言葉もありますね。

 永松さんは、このような言葉には違和感を感じるとのこと。
 今の世の中でも、人知れず大切なものを守るために生きている「男」は必ずいると強調します。

 永松さんの定義する“本当の「男」”とは、どんな時代でも、どんな環境でも、どんな風潮の中でも、自分の誇りを失わず、大切な人を守るために生き、後世、あとに続く男たちに何かを残せる自分でいたい、そんな男として当然の思いを持ち、そしてあきらめていない存在のこと。

 男なら誰もが心の奥底に「男としてのかっこよさ」への憧れを持っているものです。

 本書は、「男としてのかっこよさ」を身につけ、本当の「男」になる方法をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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大きく育つ「男」の共通点


 永松さんは、これから世に出る「男」、必ずでかくなっていく「男」には、たった一つの共通点があると指摘しています。
 それは、「いい目をしている」ことです。

 いつも何かを見据えている、しっかりとした意志のある、そして輝きを持った目をしている。そして、その裏に、静かだが、何かあると、いつでも獲物に飛びつきそうな、そんな野生の面も持ち合わせる。
「目は口ほどにものを言う」ということわざがあるが、もっと意味合いは大きい。
「目は口以上にものを言う」ものなのだ。
 誰だって、口では何とでも言える。しかし、淀(よど)んだ目、力のない目で何を言っても、本物の男はだませない。
 人生の機微(きび)を知り、いろんなことを体験してきた海千山千の男たちは、つねにその男の目つき、そしてその目の奥を見ているものだ。
 ある大成功者が、周りがびっくりするような歳の離れた若者を、後継者として選んだ瞬間に立ち会ったことがある。数日後、その先代と食事をする機会に恵まれたので、他の実力者を差し置いて、なぜまだ実績のない彼を選んだのかを聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「たしかに、今の時点で彼より実績のある人はたくさんいるが、彼ほどいい目を持っている男は他にいなかったからだよ」
「え? 目で決めたんですか?」
「そうだよ。私のところに初めて来た瞬間から、彼は必ず大きくなる『男』の目をしていた。年寄りをワクワクさせる目をしていたんだよ。今の時代にこんな目を持った若者がいるんだなってうれしくなってね。いまはまだ荒削りだけど、磨けば彼は必ず大きな『男』になる」
 この言葉は僕の深い何かを揺さぶった。普通はもっと具体的なことを言う人が多いが、こんなニュアンス的なことを口にする人に初めて出会った。しかし、その先代が言っていることは、僕の頭ではなく、心に響いた。そして感覚的に理解もできた。これだけの大物にそんなことを言われる彼がうらやましくなった。
(中略)
「その資格はどうすれば手に入るんですか?」
 最後にそう聞くと、即座にこの答えが返ってきた。
「自分から逃げないことだな」

 『男の条件』 第1章 より 永松茂久:著 きずな出版:刊

 顔には、歳とともにその人が歩んできた人生が刻まれます。
 そのなかでも「目」はすべてを語るといっても過言ではないほど重要です。

 自信の有無、意志の強さ、素直さ、正直さ、聡明さ。
 それらはすべて、「目の表情」に表れます。

 隠すことができない部分ですから、ごまかすことができませんね。

「自分から逃げないこと」

 頭に刻みつけたい言葉です。

「心の指」を自分に向ける


 永松さんは、成長する男を測る指針として「心の指」の存在を挙げています。
 心の指とは、「自分の心が向かうベクトル」のことです。

 人のせいにしている人は、うまくいかないときには必ず、心の指を他人や世の中に向けます。

「あの人が悪い」
「うまくいかなかったのは環境のせいだ」

 という具合にですね。

 一方、成長する男、伸びる男は常に心の指が自分に向いている。
「自分の何が間違っていたのかな?」
「足りなかったところはどこだろう?」
「次はもうちょっとここに気をつけていこう」
 人のせいにせず、自分に指を向ける勇気を持っている。
 だから成長する。
 人は誰も失敗したとき、自分の中で言い訳をつくろおうとする。そのほうが楽だからだ。しかし、その言い訳をしているかぎりは、いつまでたっても前に進むことはない。
 心の指が向かう方向。これは習慣だ。日頃からここを常に意識すれば、その指は自分のほうを向くようになる。つまり自分を省みることができるようになるのだ。
 このクセを身につけていくうちに、「起こったことの責任はすべて己にある」と考えられるようになる。
 こう思えるようになると、男は芯ができる。
 たとえば人を指導するときでも、「何で言った通りにやらないんだ」が「ちゃんとできるようになるには、どう伝えたらいいかな?」と少しは思えるし、「こいつはあんな悪いことをしてダメなやつだ」が「俺がもし、あの人の立場だったらどう動くだろう?」に変わる。
 まあ、そう思えない瞬間も多々あるが、いくらかは自分を省みることができる。
 人を見てあれこれ言うのは、できるかぎりやめたほうがいい。心の指はいいことがあったときに人に向けて、うまくいかないときに自分に向ける努力をする。そして自分と向き合って、起きたことを次への糧(かて)にするのだ。
 勇気を出して自分に指を向けることができたとき、男は強くなる。そして必ず成長する。

 『男の条件』 第2章 より 永松茂久:著 きずな出版:刊

 間違いや失敗を自分のせいだと認めるのは難しいし、勇気がいります。

 失敗や過ちを人のせいにすると、自分のせいではないことになります。
 反省することもないので、その出来事から学ぶことができません。

「起こったことの責任は全て己にある」
 そう思えるよう“心の指”の存在をいつも意識したいですね。

虎の威を借りない


 器の大きい『男』になるためにしてはいけないこと。
 そのひとつが、「大きな権威を笠に着ていばること」です。

 男はいつの時代も上下関係、力関係で生きている生き物だ。会社名、知名度や影響力を持った知人、人が聞いただけで頭を下げる力のあるもの、そういった大きな権威という大看板を手に入れると、少しはいばりたくなることもあるかもしれない。しかし、それをやっちゃおしまいだ。価値も下がるし、自分の力では何もできないとみなされかねない。
 大切なのは、そういったものをすべてなくしたときに自分自身に残る力、つまり、自分一人の足でしっかり立ち、そして戦っていける力なのだ。
 自分で努力をし、本当の実力を持った人間は、自分がどこの人間であろうが、どんなすばらしい人を知っていようが、そこに頼ることはない。有名人自慢をするくらいなら、しっかりと自分の実力を磨いたほうがいい。
 え? 周りもそうだから? だから、同じように虎の威を借りるのか? 弱い立場の人に高圧的に出るのか?
 それでは普通ではないか。周りが弱い者を大切にしなければ、あなただけは、しっかりと相手の立場を理解したうえで、できるかぎり大切にすればいい。
 ダイヤモンドがなぜあれだけの価値があるのか、それは少ないからだ。何にせよ、希少なものには価値がつく。周りがどうであれ、あなたがダイヤになればいい。
「すごいのは、会社や自分の周りの人なのだ」と、常に覚えておけば間違えることはない。
 ブランドに頼るより、実力を磨いてあなた自身がブランドになる生き方をしてみないか?

 『男の条件』 第4章 より 永松茂久:著 きずな出版:刊

 自分に自信がない人ほど、自分以外の人やモノで飾り立てようとします。
 そのような人ほど、自分の実力を過信してしまいがちです。

「すごいのは、会社や周りの人なのだ」

 つねに謙虚さを忘れず、自分の実力を磨きたいですね。

「男」の人間関係はあっさりと、そして強く


 インターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の進化によって、時間や空間を超えて多くの人とコミュニケーションをとることができる時代になりました。

「誰かと一緒にいたい」
「誰かと一緒にいないと寂しい」

 そのような欲求は、人間の本能に近いものです。

 しかし、永松さんは、ここを理性で凛(りん)とおさめて、しっかりと自分の道を歩いていくのが「男」だと指摘しています。

 ただ寂しさを埋めるためだけに人脈を増やし続けていったとしても、相手も寂しければ、共依存の関係が増えていくだけだ。
 人脈が増えるのはいいことのようにいわれるが、じつはこうした裏の面も同時に持ち合わせることを覚えておいたほうがいい。
 そのつながりにがんじがらめになって、スマホでSNSをいじり続ける生活になると、いつのまにか自分のやるべきことを見失ってしまうことにもなりかねない。
 いい男、そして自分を磨き続けている男は、この理屈をよく知っている。
 だから、一歩、しっかりと自分のスタンスと距離を決めて、たんたんとやるべきことに向かっていく。
 人間関係の中に変な甘えがないのだ。
 だから、仲のいい友人関係も長続きしていく。
 大切なのはやはり、数ではなく質だ。ピンチになったとき、土壇場になったときにこそ、そんな「男」は、すっと登場して、役割を終えると、またいつのまにかいなくなる。
 逆に、普通の男は土壇場になったらいなくなり、すべてが落ち着いたのを見計らってまた顔を出し始める。どちらが上質かは言わなくてもわかる。
 ある意味、前者のような男は周りから見ると、最初は孤高の狼のように難しそうに見えるかもしれないが大概は、一人で独特の空気を放っているものだ。
 本物の男と出会ってほしい。そして、いい関係を築いてほしい。
 そして、あなた自身も、誰かに依存しすぎるのではなく、意志を持って自分の足でしっかりと立ってほしい。
 映画でもそうだが、いい男同士の交わりは、日常ではなく、誰もいないBARなどでのシーンが多い。
 そうやって考えてみても、たまに会って、お互いが元気でやっているかの確認程度の距離感が一番うまくいくのではないだろうか?

 昔の偉い人はこう言った。
「君子の交わり、淡き水のごとし」

 『男の条件』 第5章 より 永松茂久:著 きずな出版:刊

 誰かと一緒にいないと不安だという人は、自分に自信がない人です。
 一人でいると退屈だと感じる人は、自分を退屈な人だと自ら認めているようなもの。

 自分を磨くには、一人の時間が絶対に必要です。
 空間的には一人でも、つねにスマホでSNSをいじったり返事を気にしているのなら、一人でいることにはなりません。

 人間関係で大切なのは「数ではなく質」
 自分自身が誰にも依存しない、自立した「男」を目指したいですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 永松さんのおっしゃる「男」の条件は、以下の三つに集約されます。

  • 「大切な人を守る覚悟」
  • 「土壇場で逃げない胆力」
  • 「誇り高く生きる」
 そして、これらをひとつの言葉で表したのが「サムライ精神」です。
 “サムライの遺伝子”は、私たち日本人に脈々と受け継がれ、誰の中にも存在します。

 混迷を深める今の時代に必要なのもの。
 それは、自分の意志で自分の道を切り開いていける「強さ」と「たくましさ」です。

「男」を磨き、一人の“サムライ”として、この激動の世を華々しく生き抜いていきたいですね。


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