【書評】『10% HAPPIER』(ダン・ハリス)

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 お薦めの本の紹介です。
 ダン・ハリスさんの『10% HAPPIER〜人気ニュースキャスターが 「頭の中のおしゃべり」を黙らせる方法を求めて 精神世界を探求する物語〜』です。

 ダン・ハリス(Dan Harris)さんは、アメリカABCニュースの人気キャスターです。
「ナイトライン」週末版「グッド・モーニング・アメリカ」のアンカーを務められています。

「頭の中の声」に人生を乗っ取られないために


 人間の頭の中は、つねに「声」で満ちあふれています。
「声」とは、頭の中で延々と続く自分とのおしゃべりのこと。

 このおしゃべりは、朝起きたときから延々と、一日中とどまることなく続きます。
 ハリスさんも、長い間、この「頭の中の声」に悩まされ続けていました。
 
 アメリカのテレビニュース業界では、厳しい生存競争が繰り広げられています。
 想像を絶する激しいストレスと止むこと知らない「頭の中の声」の攻撃。
 それらから逃れる方法を探るために、ハリスさんは、さまざまな“直撃取材”を敢行し、たどり着いたのが「瞑想」でした。

 瞑想は単なる脳のエクササイズだ。頭の中の声に人生を支配されないようにするためのテクニックであり、効果は実証されている。
 誤解のないようにはっきり言うと、瞑想はすべてを解決する魔法ではない。瞑想したからといって、背が高くなるわけではないし、見た目がよくなるわけでもない。すべての問題を解決してくれるわけでもない。瞑想をすればすぐに悟りが開けると主張するような本や、有名な導師も存在するが、そういったものは信用しなくてかまわない。
 私の経験から言えば、瞑想をすれば今より10パーセント幸せになれる。もちろん科学的な根拠なんてまったくない数字だが、それでも10パーセントのリターンなら悪くない投資と言えるのではないだろうか。

 一度コツをつかめば、瞑想で頭の中に十分な空間を作ることができる。その空間が余裕になり、腹が立つようなことがあってもすぐにカッとしなくなる。MRIなどを使った最新の研究の結果、瞑想で脳の配線が変わることが明らかになっている。
 この最新の脳科学の研究によって、私たちの常識が覆されようとしている――性格の明るさ、立ち直る力、優しさなどは生まれつき決まっていると考えられてきたが、どうやらそうではないかもしれない。多くの人が、短気、人見知り、落ち込みやすいなど、自分の面倒な性格を変えることができず、もう一生そのままだとあきらめている。
 しかし、実際は変えることができる。好ましいとされている性格の多くは、生まれつきではなく、後天的に獲得できる「スキル」だ。スキルなのだから、スポーツジムで筋肉を鍛えるのと同じように、訓練によって身につけることができる。

 『10%HAPPIER』 はじめに より ダン・ハリス:著 桜田直美:訳 大和書房:刊

 宗教については“懐疑派”を自認するハリスさん。
 そのハリスさんが、いかに瞑想の魅力にとり憑かれていったのか。

 本書は、瞑想から神秘性を取り払い、ありのままの姿を見せることを目的とした一冊。
 一流の記者でありレポーターでもあるハリスさんならではの、事実を克明に記したドキュメンタリーに仕立て上げられています。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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エックハルト・トールと「頭の中の声」


 ハリスさんが、「瞑想」に興味を持ったきっかけ。
 それは、会社の同僚に勧められ、自己啓発分野の第一人者、エックハルト・トールの本を読んだことがです。

 トールによると、人間は生まれてから死ぬまで、ずっと自分の頭の中の声に支配されている。その声は、ひっきりなしに何かを考えている――ほとんどはネガティブな思考であり、同じことの繰り返しで、そして自分のことだ。朝に目を覚ました瞬間からそのおしゃべりは始まり、夜に眠りに落ちる瞬間までずっと続く。それも眠れるならまだいいほうで、声のせいで眠れないことだってある。とにかくその声は、ひっきりなしにしゃべり続ける。目に映るものすべてを批評し、レッテルを貼る。声の標的になるのは外側に存在するものだけではない。自分自身にも攻撃の矢が向けられる。
(中略)
 トールによると、この頭の中の声は精神生活の支柱になっているが、その存在を意識している人はほとんどいない。この声の正体は、単に精神のエネルギーが爆発しているだけであり、自分の頭の中にしか存在しない。しかし人間は、原始の昔から声の正体を誤解している。自分の「エゴイックな精神」(「エゴイック」というのはトールの造語のようだ)に無自覚でいると、自分でも気づかないうちに、声の言う通り行動してしまう。そしてたいていの場合、いい結果にはつながらない。
 私は我が身を振り返り、頭の中の声に従って行動したときのことを思い出した。

(コカインをやれ)
(プロデューサーに腹を立てるのは正しい。怒って書類を放り投げろ!)
(パキスタン人のデモ参加者は言葉が過ぎる。たとえ相手に仲間がたくさんいても、ここで言い返さないでどうする)

 読みはじめてから一時間がたっていた。私はすっかり夢中になっていた。ページをめくると、エゴにとらわれた人にありがちな行動のリストが出てきた。まるで自分のことを言われているようだった。
 エゴは決して満足しない。どんなに買い物をしても、どんなに口論に勝っても、どんなにおいしいものを食べても、エゴの欲はとどまるところを知らない。もっと出番が欲しい、もっとドラッグが欲しいと思う私の気持ちも、これと同じではないだろうか。
 エゴはいつも自分と周りを比べている。自分の外見、豊かさ、社会的地位を周りと比べ、自分価値を測ろうとする。私が抱えている仕事の不安も、つまりそういうことではないのだろうか。
 エゴはメロドラマが大好きだ。昔の恨みや不満をいつまでも抱えていて、何度も何度も頭の中で再生する。だから私も、家に帰ってからビアンカに向かって仕事の愚痴を言ってしまうのだろうか。
 このエゴの話でいちばん衝撃的だったのは、エゴは過去と未来にばかり執着していて、そのせいで現在が犠牲になっているというくだりだ。人間は、「ほぼ過去と未来の期待の中だけで生きている」とトールは言う。過去の出来事を思い出し、頭の中でその出来事を何度も再現する。そして未来の出来事を予想し、まだ起こっていないことに思いをめぐらせる。しかしトールも指摘しているように、私たちにあるのは「今、ここ」だけだ。私たちは、この目の前の瞬間しかない。この現在を通して過去を経験し、そして現在を通して未来を経験する。

 『10%HAPPIER』 第3章 より ダン・ハリス:著 桜田直美:訳 大和書房:刊

「頭の中の声」は、いわゆる、「エゴ」と呼ばれている自分が自分である感覚から生まれています。

 エゴは、過去と未来にばかり執着します。
 つまり、「頭の中の声」に従うということは、過去と未来に生きるということ。

「今、この瞬間」を生きる。
 そのためには、いかに「頭の中の声」から自由になることできるかがポイントです。

仏教が説く「不安の知恵」


 やかましく騒ぎ立て続ける「頭の中の声」を静かにさせるには、どうしたらいいか。
 探求を続けていくうちに、ハリスさんは、「仏教」の教えと出会います。

 ハリスさんの心を掴んだのは、私達はすべてが移り変わる世界に住んでいて、永遠には続かないものに執着することが苦しみの原因になっているという、「無常」の教えでした。

 取材で見てきた宗教の多くとは異なり、仏教は死という概念を否定するような救済は約束していない。むしろ、私たちを滅ぼす元凶を受け入れなさいと教えている。ブッダによると、真の幸せへの道は、無常という概念を腹の底から理解することだ。無常を受け入れれば、感情のジェットコースターに振り回されることがなくなり、人生のドラマや欲求を、一歩引いて客観的に眺めることができる。自分の状況をありのままに理解すれば、仏教徒がよく言う「執着を手放す」という境地になれる。ある仏教徒の作家が言っていたように、大切なのは「不安の知恵」を理解することだ。
 この「不安の知恵(wisdom of insecurity)」という言葉が特に印象に残った。「不安の知恵」とは、「不安は避けられないということを知る知恵」という意味だ。これは、私のモットーである「安全の代償(price of security)」と見事に呼応している。「不安の知恵」という観点から考えると、仕事の不安もまったく違った姿に見えてくる。そもそも「安全」というものが存在しないのなら、「不安」を心配する必要もないではないか。
(中略)
 しかし、私がいちばん気に入った仏教の言葉は、騒々しいエゴを表す「心猿(しんえん、monkey mind)」という言葉だ。私は昔から動物にたとえた表現が大好きなのだが、この「心猿」というのはまさに言い得て妙だ。私たちの精神は、騒々しい猿にそっくりだ。いつも気が立っていて、一時たりとも落ち着かない。
 たしかに仏教の教えには説得力があった。とはいえ、エックハルト・トールの時代からずっと疑問に思っていることは、やはり解決されないままだ。仏教の「手放す」という概念は、受け身的な生き方につながらないだろうか? 欲を否定するのは、向上心を否定することと同じではないだろうか? それに、執着はよくないというが、愛する人たちには執着するべきではないだろか?

 『10%HAPPIER』 第5章 より ダン・ハリス:著 桜田直美:訳 大和書房:刊

 つねにやかましく騒ぎたて、捕まえようとしても、するりと身を交わして逃げてしまう。
 心猿とは、そんな私たちの「心の中の声」の特性をよく言い表した言葉ですね。

 瞑想は、そんなやかましい猿たちをおとなしくさせるために開発された、いわば、“調教用の道具”といえます。

「瞑想」の驚くべき効果


 最初は、私が毛嫌いしているヒッピー文化の象徴としか思えなかったと、瞑想に対して嫌悪感を持っていたハリスさん。
 しかし、多くの仏教やスピリチュアルについての本を読み続けるうちに、心境に変化が起こります。
 そして、「自分も瞑想をしてみよう」と決心しました。

 あれは八月の最後の週末だった。ビアンカと私は、友人と一緒に、古い大きな納屋を改装したビーチハウスに滞在していた。
 私はプールサイドにいた。また新しく読みはじめた仏教の瞑想についての本を、ちょうど読み終えたところだった。そのとき、「ひとつ試してみるか」という考えがふと頭に浮かんだ。気分は週末モードだった。瞑想の効果は科学的にも証明されているというし、それに何ヶ月も仏教の本ばかり読んできたものだから、私の「普通」を決める基準も少しおかしくなっていたのだろう。私はついに腹をくくった(ちくしょう、やってやるよ。後は野となれ山となれ、だ)。私は、自分の寝室でこっそり試してみることにした。
 説明を読むかぎりでは、簡単にできそうだった。

  1. 楽な姿勢で座る。足を組む必要はない。座る場所は、椅子でもいいし、クッションの上でもいいし、床の上でもいい。ただ背筋を伸ばすことだけ気をつければいい。
  2. 自分の呼吸に意識を集中する。鼻の穴、胸、お腹など場所を決めて、息を吸うときの感覚、息を吐くときの感覚を感じ取る。決めた場所に意識を集中し、真剣に呼吸を感じ取る。頭の中で「吸って、吐いて」と唱えると、集中する助けになるかもしれない。
  3. それまで読んだすべての本を総合すると、ここがいちばん肝心なところだ。
     つい他のことを考えてしまっても、自分を責めず、また静かに意識を呼吸に戻す。頭を完全に空っぽにする必要はない。そもそも、そんなことは不可能だ(呼吸の感覚に意識を集中していると、頭の中のおしゃべりが消える瞬間がある。しかしこれは長続きしない)。大切なのは、他のことを考えている自分に気づき、意識を呼吸に戻すことだ。それを何度もくり返す。
 私は床に座り、ベッドに寄りかかった。足は組まず、まっすぐ前に投げ出して座る。ブラックベリーのアラームを5分にセットした。

 吸って。
 吐いて。
 吸って。
「shrubbery(茂み)」というのはおもしろい言葉だな。
 人間が自分のくさい臭いが大好きなのには、何か進化論的な理由があるのだろうか。
 おい、余計なことを考えるな。
 吸って。
 吐いて。
 おしりが痛くなってきた。少し体勢を変えよう。
 吸って。
 左の足の裏がかゆくなってきた。
 野生のスナネズミはどこに住んでいるのだろう。
「パンをスライスして以来の大発明」という言葉があるけれど、「パンをスライスする以前の大発明」は何なのだろう。

 アラームが鳴るまでずっとこんな調子だった。そして5分が経過すると、まるで永遠の時が流れたかのような気分だった。
 目を開けたとき、私の瞑想に対する態度は一変していた。好きになれないことには変わりはないが、意義は理解できるようになった。これは単なるヒッピーの暇つぶしテクニックではない。瞑想は、厳格な脳のエクササイズだ。暴走する思考を制御するための地道な反復練習だ。
 強迫観念にとらわれたような思考を服従させるのは、生きた魚を手でつかむのに似ている。暴れる思考を地面に押さえつけ、気を散らせるための猛攻撃を受けながらも意識を呼吸に集中するには、本物の精神力が必要になる。これはかなり手強い相手だ。
 私は毎日やろうと決心した。起きる時間を少し早くすれば、10分くらいの時間は作ることができる。場所はリビングで、床に座ってカウチに寄りかかる姿勢だ。そうやって私の瞑想の習慣は始まった。出張のときもホテルの部屋でやるようにしていた。
 続けていても、なかなか簡単にはならなかった。床に座ったその瞬間から、すぐにそわそわしてしまう。それに疲労感もあった。座っていると、重たい泥のような眠気がおそってくる。そわそわせず、眠くもならないときでも、思考が次から次へとあふれ出してきた。集中できない自分を責めてはいけないということはわかっていたが、それはかなり難しかった。余計なことを考えている自分に気づくたびに、自己嫌悪に陥ってしまう。われながらあまりにも下品で凡庸なことばかり考えているからだ。

 『10%HAPPIER』 第6章 より ダン・ハリス:著 桜田直美:訳 大和書房:刊

 瞑想の効果はすぐに現れ、呼吸を意識することで、目の前のことに集中できるようになりました。

 また、普段の生活でも、「今、ここ」に集中することを心がけたおかげで、まるで自分が、「静謐(せいひつ)」という地下の水脈に碇を下ろしたような感覚を身につけることができたとのこと。

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「瞑想すると、今より10パーセント幸せになれるんだ」

 ハリスさんは、瞑想の効果について、このように説明されています。
 本書のタイトルの由来は、ここから来ているのですね。
 物欲と野心の塊で、宗教も信じていない有名テレビキャスターが、自らの体験からつづった言葉ですから、説得力があります。
 
 仏教では、頭の中で鳴り響くエゴの声を「滝」に例えることがあります。
 そして瞑想によりその声を鎮めることを、「滝の裏側に入る」と表現します。
 この状態は、一度体験すると、やみつきになるくらい心地よいものなのでしょう。

 ハリスさんもおっしゃっているように、瞑想は、「脳のエクササイズ」です。
 続ければ、続けるほど鍛えられ、高い効果が得られます。

 私たちも、毎朝10分瞑想する習慣を身につけ、『10% HAPPIER』な人生を送りたいですね。


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