【書評】『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』(西多昌規)

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 お薦めの本の紹介です。
 西多昌規先生の『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』です。

 西多昌規(にしだ・まさき)先生(@masaki_nishida)は、精神神経学や睡眠療法などがご専門の精神科医です。
 臨床医として診療を行うかたわら、企業産業医としても活躍されています。

周りの環境に振り回されず、結果を出し続ける秘訣は?


 急な異動や組織の変更、転職。
 働く環境が変わったときに、いきなり結果が出せる人と出せない人の差は、『どんなときにもぶれない「集中力」を持っているか、持ってないか』で決まります。

 突き抜けた結果を出す人は、周りの環境に振り回されません。
 自分を見失わずに、つねに自分のやるべきことをやります。

 本書は、どんな環境下でも常に最高のパフォーマンスを発揮するための「集中力の整え方」について、わかりやすく解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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ストレスを乗りきるための「3要素」


 ストレス耐性は、生まれもった性格などの遺伝的要因、ストレスを受け止める処理能力の要因、生まれ育った家族環境や職場の労働環境などの社会環境要因など、さまざまな要因が折り重なってつくられるものです。

 ストレスを乗りきれるかどうかの戦略は、以下の3要素に分類して考えるとわかりやすいです。

  1. ストレスの強さや持続時間
  2. その人のストレス対処能力(心身ともに)
  3. その人を支える環境

 ストレスと付き合うのが上手な人は、えてして②ばかりが卓越しているように思われがちです。しかし実際には、ストレス負荷や労働時間を減らすなど①の技術に長けている、あるいは家族や友人関係のメンテナンスを怠らない③の努力を欠かさない、といった特徴があるのではないかと考えられます。
 ①〜③すべて、「まわり」とのバランス感覚が求められます。「まわり」に迎合ばかりしていては、ストレス負荷は増える一方です。③のための時間もなくなります。心身ともに疲弊してくれば、②も落ちてきます。
 仕事ができる人、結果を残す人というのは、このようなストレス・マネジメントに長じている人のことです。ストレス強度の高い現代では、ますますこのような人材を必要としていますし、活躍できる素地が大きいともいえるでしょう。
 優秀・有能な人でも、ストレスの処理がうまくいかないために、能力を発揮できない、あるいは楽しく仕事ができていない人が、少なくありません。ストレスの処理というのは口で言うほどやさしいことではありません。なにもストレスに強靭なスーパーマン・スーパーウーマンになればいいというものではないことは、強調しておきたいところです。

 『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』 CHAPTER 1 より 西多昌規:著 かんき出版:刊

 単純に、「ストレスに強い=精神が強い」というわけではありません。

 自分の周りのストレッサー(ストレスの原因)を減らすこと。
 ストレスを受け流すこと。
 溜まったストレスをこまめに解消すること。

 そのような工夫を日々心がけている人が、「ストレスに強い人」なのですね。

脳の「不必要な部分」の働きを抑える


 周りでされているヒソヒソ話は、気になるものです。
 とくに、自分に関係のあること、自分が関心のあることなどは、つい、そちらに意識が向きます。

 まわりのヒソヒソ話に振り回されずに、自分の仕事に集中するにはどうしたらいいか。
 西多先生は、そこには、「注意」という脳機能にヒントが隠れていると指摘しています。

「注意」には、大まかに分けて2種類があります。仕事や勉強で、本やパソコンに向ける注意は、自分の意思で積極的に注意を向けますので、「能動的注意」と呼ばれます。
 一方で、たとえば自動車を運転していて、突然飛び出してくる人がいてもブレーキをかけることができるといったような、いわばとっさに要求される注意を、「受動的注意」と呼びます。
 ヒソヒソ話から自分自身の注意力を守るには、「能動的注意」を鍛えることです。
(中略)
 能動的注意、つまり集中しているときの脳の様子を、詳しく調べた研究があります。アメリカ、ワシントン大学の研究グループは、「能動的注意」をしている人の脳MRIを解析したところ、頭頂葉など活発になっていた部分もあったのですが、注目すべきは、ほかの脳部位はまったく活性化せす、むしろ活動度が下がっていたというのです。
 注意というのは、脳の必要な部分だけを活性化させるだけではなく、ほかの脳部位をいかに働かせないか、ということでもあるのです。言い換えれば集中するとは、脳の活動を低下させ、要所だけを効率的に活性化させることです。
 では、ヒソヒソ声に反応する脳の部分を働かせないようにするには、どのような方法があるのでしょうか。たとえば、耳栓はいちばんストレートな方法ですが、もっとクールな方法はないものでしょうか。
 実は、あります。それは、雨や風の音などの自然音、あるいは自分の好みの音楽などを流して、脳をかき乱す音声を紛らわせることです。脳がどういう音かを判別しない、すなわち不必要な脳活動を起こさせない雑音を、ホワイトノイズと呼びます。集中できないときはこれを聞いて、ヒソヒソ話をシャットアウトしましょう。
 ホワイトノイズには、さまざまな周波数帯が混じっています。雨音やたき火、川のせせらぎなどの自然音が、よく知られています。クラシックやイージーリスニングなどは、ホワイトノイズのような働きを持っています。
 ホワイトノイズを流すことができるアプリを使用するのもいいでしょう。
 脳科学の進歩に合わせて、雑音を振り払う方法も進歩させたいものです。

『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』 CHAPTER 2 より 西多昌規:著 かんき出版:刊

 仕事や勉強に必要な集中力は、一つのこと、狭い範囲に神経を向けることです。
 それ以外の部分に向けられる意識を抑えるには、元を抑えるの一番です。
 つまり、必要でない部分の脳の働きを抑えてしまえばいいということ。

「音には音」で気になる音は、気にならない音で遮断するのが最も効果的です。
 集中したいとき、ぜひ、ホワイトノイズを活用したいですね。

イライラしたら、物理的に距離を置く


 西多先生が、周りにイライラしたり、仕事が立て込みすぎていっぱいいっぱいになったときに実践しているのが、「いったん、その場から立ち去る」という行動です。

「ここでキレても仕方がない」と感情を処理しようとするのは「合理化」という機能で、前頭連合野の働きによるものであると言われています。この前頭連合野がうまくコントロールできなくなってしまうのが、いわゆる「テンパる」とか「いっぱいいっぱいになる」という状態です。
 サインとしては、「脈拍が速くなる」「呼吸が荒くなる」「肩や指先に力が入る」などがあります。これらのサインが出てくると、前頭連合野をうまくコントロールできなくなっている可能性があります。
「気持ちの問題」でどうにかしようとしても、どうにもならなくなっているのです。
(中略)
 そのようなときは、脳の「働く部分」を変えることです。前頭連合野ではなく、他の部分を働かせて感情を整理すればいいのです。
 その部分とは「扁桃体」です。この扁桃体は「闘うか、逃げるか」の反応を司る機関です。この「逃げる」反応を利用するのです。
 社会にはいろいろなコミュニティがありますが、とくに会社は、仲よくなろうと思って集まっている集団ではないため、必ず「そりの合わない人」が出てくるものです。まったく彼らとかかわらないというのも難しい話ですから、ある程度の時間を区切って付き合う、物理的に距離を置く、必要最小限しか話さないなどの対策を立てる必要があります。
 これだけで、脳の処理能力を落とさずに感情を整理することができます。
(中略)
 ある患者さんは、うつの症状で私のもとを訪れました。その人は一定期間休職し、自宅療養をしながら治療を受けていました。そして幸いにして、勤労意欲の低下や不眠などが収まり、仕事に復帰できそうなところまで回復しました。
 私たち医師がいちばん悩むのが、実はこの段階です。仕事への復職許可を出していいのかどうか、とても悩むのです。
 たとえば、患者さんがうつを患った原因が「部署内の人間関係」であった場合、同じ部署に戻ったら、これまでの治療の甲斐なくすぐにもとのうつ症状が現れてしまうでしょう。「物理的な距離」を置くことによって回復していた心の平穏が、一瞬にして崩壊してしまうことになります。
「薬」よりも「治療」よりも、「物理的な距離」による影響が大きい場合があるのです。

『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』 CHAPTER 3 より 西多昌規:著 かんき出版:刊

 感情が乱れていては、冷静な判断はできません。
 自分がイライラを抑えきれないと思ったら、すぐにその場を立ち去ること。

 まさに、「逃げるが勝ち」ですね。

「不易流行」に立ち戻る


「不易流行(ふえきりゅうこう)」という言葉があります。
 松尾芭蕉が唱えたとされる、俳句に対する理念で、いつまでも変化しない本質的・基本的なもの(不易)を忘れず大切にしながらも、時代ごとの斬新なアイデアや価値観など新しい変化(=流行)を取り入れ続けていくことという意味です。

「不易流行」の視点の中心は、あくまで「自己」にあります。自分の中に価値観の芯が一本ちゃんと通っていれば、流行を追う・追わないは、大きな問題ではなくなってきます。
「まわり」「他人」に共感性の高い人は、流行にも敏感です。それはいいのですが、「流行を追っていないと、取り残される」という不安感ばかりが肥大してしまうと、「自己」が判断に携わる部分がぼやけてしまい、流行の文字通り「まわりに流されて行くだけ」となります。
 松尾芭蕉も、目を覆いたくなるようなミーハーな俳句が増えてきたので、「不易流行」のような考えに至ったのかもしれません。
(中略)
 しかし、新しいものを拒否し、古い伝統にしがみついてばかりというのも、進歩がありません。年齢を重ねてくると、「不易」ばかりにこだわる傾向が強くなります。脳血管の動脈硬化の進行といった医学的要因だけでなく、「若いくせに」という若者文化への嫌悪感、「自分には経験がある」という年長者のプライドを脅かされることからくる不安も、ますます考え方を固くするのでしょう。
 一方で、流行に敏感そうな青年・壮年層で、流行を追うことに反発する人たちが一定数います。「流行嫌い」「ミーハー嫌い」と言っていいのでしょうか。流行して人気が出るほど、嫌いになってしまう現象です。
「AKB48なんて、面白くない」
「フェイスブックなんて、よくわからん」
 いわば流行っているものに対する反抗心なのでしょうが、「流行=悪」という、固いデジタル思考が根底にあります。デジタル思考、いわゆる「ゼロ/100」思考やオール・オア・ナッシングの思考というのはストレス耐性が低いことは、本書だけではなく、さまざまな媒体で指摘されています。
 さらに意地悪な見方をすれば、「流行を追っていない自分が好き」という、ナルシシズムも見え隠れします。
 こういった理由で流行を嫌っている人も、流行によって自分の判断力を閉ざされているという点では、ある意味「まわりに流されている」ことになるのではないでしょうか。
(中略)
 17世紀のフランスの道徳家、ラ・ブリュイエールは「流行を避けるのは、流行に迎合するのと同じほど弱いことである」という言葉を残していますが、現在でも十分うなずける言葉だと思います。

 『突き抜けた結果を出す人はなぜ「まわり」に振り回されないのか?』 CHAPTER 4 より 西多昌規:著 かんき出版:刊

「不易」だけでも、「流行」だけでもだめです。
 自分の中にしっかりとした価値観の芯を保ちつつ、つねに新しい考えを取り入れる柔軟性をなくさない。
 それが、世の中の変化に惑わされず、自分らしく生きていくための秘訣です。

「不易流行」
 覚えておきたい言葉ですね。

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 現代は、情報化社会といわれています。
 インターネットやスマートフォンが普及し、誰もが好きなときに、知りたい情報にアクセスできるようになりました。
 便利になった一方、“情報の洪水”が、私たちを絶えず刺激して惑わせるという負の側面も目立っています。

 過ぎたるは及ばざるが如し。
 有益なものでも、多過ぎると逆に害になります。
 人間関係や情報も例外ではないですね。
 
 身の回りに増え続けるストレッサーに、どう対処していけばいいのか。
 日進月歩の進化をとげる脳科学の知識は、大きな課題に向き合う私たちに大きなヒントを与えてくれます。


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