本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『マインドフル・ワーク』(デイヴィッド・ゲレス)

 お薦めの本の紹介です。
 デイヴィッド・ゲレスさんの『マインドフル・ワーク―「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える』です。

 デイヴィッド・ゲレス(David Gelles)さんは、M&A、コーポレート・ガバナンス、ウォール街の動向などがご専門の経済記者です。

仕事の在り方を変える、「瞑想の力」

 アップルの創業者の一人であり、iPhoneやiPadなど、次々と世界を驚かせる製品を世に送り出した伝説的なIT実業家、スティーブ・ジョブズ。
 彼が、東洋の思想、禅仏教の信奉者であり、瞑想を日々の習慣にしていたことは有名な話です。

 近年、瞑想は、「マインドフルネス」という呼び名で、世界中に広まっています。
 アップルやグーグルなどの世界的企業のエグゼクティブたちが瞑想を習慣とし、職場にも取り入れているとのこと。

 現在さまざまな業界において、マインドフルネスの力を認めるトップクラスのプロフェッショナルたちによるサブカルチャーが生まれている。彼らは瞑想することでより効果的で集中力が高まった状態になり、その結果より良い仕事成し遂げている。マインドフルネスを実践する人々は、感情に左右されない決断が可能になり、より幸福を感じるようになることで、職場をはじめ人生のあらゆる競争的な局面で、優位に立てるのだ。
 マインドフルネスを一言で言うと、私たちの頭の中に生じるさまざまな考えを、それに心を動かされることなく観察する力のことだ。自分の感覚を、苦痛なものでさえも、心を動かされることなく感じることのできる能力である。自分の体験に対して自覚的になり、判断を交えることなく観察し、物事に対して恐怖や不安、貪欲(どんよく)からではなく、明晰さと思いやりの心で反応する。
 科学的実験が、その効果を明晰に表している。研究によれば、マインドフルネスは私たちの免疫系の能力を高め、集中力を向上させ、脳神経の結びつきを再構成する。ジムでバーベルを挙げれば筋肉がつくように、マインドフルネスを実践すれば私たちの心は強くなる。そしてマインドフルネスを実現するための実証済みの方法が、瞑想だ。
 瞑想をするのにローブを着る必要も、外国語で詠唱する必要も、足を組んで座る必要もない。マインドフルネス瞑想に必要なのは、安楽な姿勢を取り(座っても寝ても、あるいは立っていてもいい)、自分の考え、感情、感覚を観察することだけだ。例えば、鼻孔を出入りする呼吸の感覚といったものに集中する。空気が出たり入ったりする微妙な感覚を意識してみる。息を吸い込み吐くたびに、身体が上がったり下がったりするのに気づくはずだ。心がさまよいだすことは避けようがないが、雑念に気付いたらそれに囚われることなく、再び呼吸に注意を戻す。ときには数秒で再び心がさまよいだすが、注意を呼吸に戻し、瞑想を続ける。
 実践としては、最初はこれだけだ。他にもっと複雑なテクニックもあるが、瞑想の基礎クラスはシンプルだ。そして、こんなに単純な心のエクササイズでさえ、驚くほどの変化を呼び起こす。ジョブズが知っていた、そして多くの成功したビジネスパーソンが今日発見しつつあるのは、端的に言えば、マインドフルネスの実践が私たちの集中力を高め、より効率的に、より幸福にしてくれるということだ。多国籍企業においてもスモールビジネスにおいても、多くの人が仕事中に瞑想する習慣を持っているのはそれが理由だ。

 『マインドフル・ワーク』 イントロダクション より デイヴィッド・ゲレス:著 岩下慶一:訳 NHK出版:刊

 マインドフルネスには、仕事のやり方を変えるだけでなく、仕事の在り方そのものも変えてしまう力を持っています。

 本書は、経済記者であるゲレスさんが、中立的立場から、瞑想がいかに働く人々や組織に影響を与えるかを、具体例を交えながらまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「マインドフルネス」の定義

 マインドフルネスの定義は、「完全に現在に存在すること」
 つまり、過去の思いに囚われたり、未来を夢見たりすることなく、このとき、この場所に存在することです。

 サンスクリット語でマインドフルネスに当たる言葉は「スムリティ(smriti)〔「念」に当たる〕」で、「思い出すこと・心に刻むこと」という意味だ。そして、思い出すこと・心に刻むことはマインドフルネスの実践の中心である。思考は常にしつこく私たちの意識を連れ出そうとするけれど、そのたびに「現在の瞬間」に戻ることを私たちは繰り返し思い出さなければならない。さらに「スムリティ」は、より深い意味で「思い出す」ことを表してもいる。マインドフルネスを実践すると、私たちは究極的にありのままの本当の自分、つまりひっきりなしに現れる雑念や絶えず行われる判断を追い払った状態を思い出す。初期仏教の経典に使われたパーリ語では、マインドフルネスに当たるのは「サティ(sati)」であり、「気づき」と訳される。これもまた、今日でも大いに受け入れられている言葉だ。マインドフルネスの実践は、私たちの肉体に宿る感覚、意識に上る思考、心に現れる感情への鋭い気づきを含む。そしてここでも、「サティ」が示す「気づき」にはより大きな意味合いがある。つまり、これらの感覚が起こる原因と状態についての気づき、起きては消えていく現象への気づき、すべての物事が相互につながっていることへの気づきだ。
 マインドフルな境地に達するのがどんなに難しくても、それは私たちが生まれながらに持っているものであり、誰もが何らかの形で経験しているものだ。森の中を歩いていて、大自然の景色や音、匂いに心を奪われるとき――それこそが、マインドフルネスの一つの表れだ。母親が赤ちゃんの目を覗き込み、そこに理屈抜きの絆を感じるのもマインドフルネスだ。大好きな食べ物を堪能すること、舌で転がして味わい楽しむこともマインドフルネスだ。マインドフルネスはまるで魔法のように、気が散ってばかりで何かと負担の多いお馴染みの心の状態から、純粋で研ぎ澄まされた気づきの場へと私たちを連れ出してくれる。しかし同時に、マインドフルネスは未知の世界への入り口でもある。実践し続けるほどに、その微妙なニュアンスはさらに微細になっていき、新たな発見は深遠さを増し、その神秘性は一層深まる。実際のところマインドフルネスは、起こる感覚をただ単に観察するだけにとどまらない。数週間、数か月、あるいは数年間にわたって丹念に実践を続けることで、私たちの意識や心、そして行動に変化を起こすのだ。つまりマインドフルネスは、より持続可能な幸福感をもたらし、思いやりの心を育てるための実践なのだ。何度も続けるうちに、私たちは「無常」や「慈悲」といった難解な概念と相対することになる。
「マインドフルネスは単に気づきを鋭敏にするだけではありません。それが究極的にもたらすのは、ずっと大きく、深遠なものです」。そうジョン・カバット=ジンは言う。「それは自分自身を捉える伝統的な考え方、さらには私たちが『自己』と呼んでいるものすら、根本的な部分で不完全でしかないことにも気づかせてくれます。マインドフルネスは私たちが現実をなぜ、どうやって自分で作り上げたストーリーと取り違えてしまうのかも教えてくれます。そうすることで、より偉大なる健全さ、幸せ、そして目的へと向かう道を見出すことができるのです」

『マインドフル・ワーク』 第4章 より デイヴィッド・ゲレス:著 岩下慶一:訳 NHK出版:刊

 私たちが存在し、感じることができるのは、「今、この瞬間」だけです。
 しかし、それを意識して生きることは、ほとんどありません。

 私たちは、過去に悩まされ、未来を不安がって生きています。
 いわば、自分で作り出した過去や未来の幻影の中を生きている、と言ってもいいでしょう。

 マインドフルネス(瞑想)は、私たちの意識がいかに、普段「今、この瞬間」から離れてしまっているのか、気づかせてくれます。

「一粒のレーズン」を見つめる

 ゲレスさんは、もっとも有名な瞑想トレーニングである、マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)の講義を受けます。

 そのときの最初の実習は、「レーズンを眺める」というものでした。

 エイミーは私たちに、手の平の上のレーズンを初めて見るものとして観察するように言った。まるでそれが他の星から来た異質の物体であるかのように。五感をフルに使って、と彼女は言う。私たちはまず視覚を使った。何に似ているだろう? 岩、木の皮、象の皮膚? 私はこのドライフルーツの小さな塊を凝視し、その特徴をあげつらってみた。鋭いうねが丸い物体を覆っている。しわの間には白い物体がまだらを作っている。果汁から析出した糖がしなびた果肉にくっついているのだ。
 次は音を聞いてみた。レーズンはどんな音を出すのか? 何も聞こえなかった。耳に近づけてゆっくり絞ってみる。小さくプチッという音がした。レーズンには声があるらしい。それは私にとってちょっとした嬉しい驚きで、思わずニヤリとさせられた。
 次に触感だ。レーズンは堅いがしなやかで、粘り気がありながら乾燥していた。茎とつながっていた先端部分は尖っていて、肌に引っ掻き傷をつけることぐらいはできそうだった。重さはほとんどなかったが、人差し指と親指の間にはしっかりとした存在感があった。
 匂い。あまり新鮮なレーズンではないせいか、小さな塊に匂いはほとんどなかった。それでも、鼻の穴に触れそうなほど近づけるとほのかな香りがした。わずかな匂いは唾を湧き出させるのに充分だった。
 最後に味。私は三分の一ほどを齧(かじ)ってみた。味蕾(みらい)は直ちに刺激され、唾液が歯茎の周りに広がった。ほんのひとかけらなのに、その味わいは他の感覚を圧倒した。
 エイミーはこの間ずっと、レーズンが引き起こした思考や感情、好き嫌いを観察するように言い続けた。あまり新鮮ではなかったことが私をがっかりさせたか? べとつく感覚が嫌だったか? 匂いを嗅いだら唾が出たか? 食べたいという衝動に駆られたか? 実際に口に入れる動作をする前に、そうしようという意思を持ったことに気づいたか? 最後に、噛んだレーズンを呑み込む直前に喉の奥の筋肉がわずかに痙攣するのが感じられたか?
 この練習には二重の目的があった。一つは、レーズンに全身全霊で注意を向けることで、私たちが今ここに完全に存在することがありふれた経験をどれだけ豊かにするかを明らかにすることだ。これは、歯磨きから道を歩くことまであらゆる行動について言える。人生のあらゆる瞬間に、私たちが気づかないことが目の前でたくさん起こっているのだ。
 もう一つの目的はより繊細なものだ。自分の衝動や感情、欲望を観察させることによって、エイミーは自己認識の感覚を育てるよう私たちを少しずつ導いていた。単に惰性でレーズンを食べるのではなく、それを食べる前の先入観を食べる行為そのものに少しの距離を持たせる。さまざまな感覚の体験に注意を払うだけでなく、そもそも体験しているという事実に気づくようにしたのだ。
 あのレーズンを食べたのはもうずっと前のことだが、私は細かい部分まで生々しく覚えている。これはマインドフルネスの力だ。あの数分間、レーズンに完全に没入し、現在の瞬間への集中を他の思考に乱されることはなかった。その結果、しぼんだレーズンは人生でもっとも記憶に残る食べ物となった。MBSRの教えることはシンプルだ。私たちはこの明晰さ、目的意識、自己認識をあらゆる経験において持つことができる。

『マインドフル・ワーク』  第4章 より デイヴィッド・ゲレス:著 岩下慶一:訳 NHK出版:刊

 私たちの生活の中で、一つの物事に全神経を集中させる場面は、ほとんどありません。
 毎日しっかり見ていても、意外とあいまいに記憶されているものです。

 マインドフルネスは、「今、目の前にあること」に集中することで、五感の感覚を研ぎ澄まします。
 明敏化した感覚で心の中を観察できるから、思考や感情がよりクリアに、シンプルになるということですね。

「水が澄むまでの心を持つ」こと

 マインドフルネスは、私たちの生活をどのように変えるのでしょうか。
 40代のカナダ人、大手企業のエグゼクティブである、ジョー・エンスの例を見てみましょう。

 マインドフルネスを始める前のエンスは、携帯を片時も離さず、家でも仕事のことが頭から離れない、典型的な現代のビジネスパーソンでした。
 しかし、マインドフルネスを始めたことで、その生活スタイルが一変します。

 エンスのやり方は一日中貫かれる。車で職場に向かう時間も何かをあれこれ考えたりせず、マインドフルネスのトレーニングに充てられる。道路に集中しながら、視覚が生み出す感覚、空間を進んで行く感じ、手と足で車をコントロールしているフィーリングを味わう。車の運転中は、心は特にさまよいやすい。そこで、センター・フォー・マインドフルネスのカバット=ジンの同僚、サキ・サントレリの瞑想ガイドを聴くこともある。職場に到着すると、エンスは簡素なデスクに座る。かつては他の同僚と同様二つのモニターを使っていたが、今は一つしか置いていない。以前、IT管理部門がインスタントメッセンジャーをインストールしたときには即座にアンインストールした。彼のマインドフルネスのトレーニングは一日を通して続く。ゼネラルミルズの社内を移動するときも携帯のチェックは最小限にする。新しいメールが来たからといって今やっている仕事を中断したりはしない。「マインドフルネスのおかげでテクノロジーに対する見方がまったく変わりましたね」
 マインドフルネスはそれ以外にも仕事のやり方をさまざまな面で変えた。毎週月曜日、彼は先週一週間を振り返り、今週の優先順位を決める時間を必ず取るようにしている。オフィスの壁には道教の哲学者、老師の言葉が貼ってある。

  汝、泥が落ち着き、水が澄むまで待つ心を持てしか?

 エンスによれば、この短い詩が、マインドフルネスがいかに彼の仕事を変えたかをすべて言い表しているという。彼はかつてのように衝動的に反応する代わりに、静寂の場から立ち現れる適切な反応に身を任せている。恐れと判断に場を支配されてリアクションするのではなく、その瞬間に、自分や周囲の人々が彼に求めるものに従って反応している。また、コミュニケーションもよく考えるようになった。「私のリーダーシップにも変化が起こりました。その一つが、沈黙を恐れなくなったことです」と彼は言う。「かつては何を言うかも決めないうちに答えに飛びつき話を始めていました。今は、話す前に、とっちらかった思考を整理する余裕がありますね」
 エンスと電話で話していたときのことだ。突然音が聞こえなくなった。無音の状態がしばらく続いたあと、私は思わず言った。「もしもし?」反応がない。「もしもし?」しかし、電話はまだつながっていた。彼はちょっと笑ってから、正しい答えが浮かんでくるまで待っていたのだ、と説明した。現在の彼にはよくあることだという。これだけ沈黙が続くと、不安に感じる相手もいることだろう。部下をイライラさせてしまうこともある。こうした会話の途中の突然の沈黙は、私がここ数年に会ったマインドフルネスの実践者の間では珍しいことではない。彼らは必要とあらば、会話の途中で沈黙することを恐れない。場をつなぐための言葉が、会話を望まない結論に導くかもしれないことを知っているのだ。
 エンスが気づいたように、現代の過剰なテクノロジー依存は集中力の妨げの主な原因だ。私達の目はスマートフォンなどの機器に釘づけになり、道案内からコミュニケーション、娯楽その他、あらゆることにそれを使う。「インターネットやスマートフォンが使われだす以前でさえ、集中を妨げるものはたくさんありました」。ジョン・カバット=ジンはまさにその一つであるフェイスブックのページで語っている。「今や妨げの原因となるものが膨大にあり過ぎて、挙げたらきりがありません」

 『マインドフル・ワーク』 第5章 より デイヴィッド・ゲレス:著 岩下慶一:訳 NHK出版:刊

 現代人は、携帯一つであらゆる情報にアクセスできる、便利な世の中を生きています。
 その一方で、多過ぎる外部からの刺激により、集中力を保つのが難しくなる、という負の側面もあります。

 マインドフルネスは、「今、ここ」に集中する力、それに「今、すべきことは何か」を見極める明晰な思考を与えてくれます。
 雑音や誘惑に打ち勝つための精神力も、養われます。

 現代社会を生きるために不可欠なスキルを得るための方法、それが「マインドフルネス」です。
 世界中の経営者や優秀なビジネスパーソンが、こぞって実践しているというのも、うなずける話です。

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 東洋の経験的・哲学的思想と、西洋の科学的・合理的思想。
 それらが組み合わさって生まれた、“知恵の結晶”である、マインドフルネス。

 一日たった数十分のエクササイズを続けるだけで、多くの効果をもたらしてくれます。
 試してみる価値は十分にありますね。

 静かに目を閉じることで、最初に見えてくるのは、「今を生きていない自分」。
 妄想などの雑念が、頭の中を占拠していることに気づかせてくれます。
 その気づきこそが、マインドフルネスの最初の一歩であり、最も大切な気づきなのでしょう。

 人の働き方や生き方を、そして、社会全体を変える力を秘めたマインドフルネス。
 今後どのように発展していくのか、注目したいですね。


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