【書評】『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』(高崎圭悟)

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 お薦めの本の紹介です。
 高崎圭悟さんの『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』です。

 高崎圭悟(たかさき・けいご)さんは、会社経営者・セミナー講師です。

基本を、愚直に、徹底的にやる!


 高崎さんの運命を変えたのは、10年前、一人の起業家との出会いでした。

 その起業家に弟子入りし、学んだことを実践することで、大きな成功を掴むことができました。

 師匠からの教え。
 それは、基本を、愚直に、徹底的にやることでした。

 言わずと知れた一万円札の顔、慶應義塾の創始者・福澤諭吉は『学問のすゝめ』の冒頭で、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言っていますが、これには続きがあり、「されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり。」とあります。つまり、なぜ賢い人と愚かな人、貧しい人とお金持ちの人、身分の高い人と低い人とで雲泥の差ができるのか。その差は、学ぶのか学ばないかによって生まれるのだ。」と言っているんですね。
 本当に、そう思います。僕自身が、24歳まではただのしがない、平凡なシステムエンジニアだったところから、とにかく、本当に毎日学んで学びまくり、今は法人2社の代表となり、7つの業種(飲食業、小売業、バブルサッカー業、リムジン業、イベント企画業、講演業、映像制作&メディア)で事業を立ち上げ、年商は4億円を超えるところまでくることができました。アルバイトまで含めると、雇っているスタッフは100人を超えます。
 特別な才能があったとは思いません。どちらかというと、不器用なほうでした。
 ただ、“学んできた量・努力してきた量”には、堂々と胸をはれます。
(中略)
 たった10年ではありますが、学びと実践を繰り返してきて思うことは、人生は、一生学びであり、一生修行だ、ということです。というと「うわ〜、キッツイなぁ〜」と感じられるかもしれませんが、そのほうがめちゃくちゃ楽しいです。楽しんだらいいんです。息を吸うこと・吐くこと・ごはんを食べること・学ぶことが同列な感覚です。慣れると、それが当たり前になります。
 うまくいく人は、“特別な人”ではありません。“学び続けること”は、誰だってできます。
 だから、24歳のとき、“学び人(まなびびと)”になろうと決めたんです。それは、師匠や、兄弟子たちの影響がとても大きいと思います。僕が飛び込んだ人生道場には、大きな成果を作ってなお、天狗になるどころかさらに謙虚に学び続ける、という方々が、本当にたくさんいるのです。
 とある兄弟子(通称「学びたくてしょうがない男」)は「年商5億円を超えてから、学ぶことがまだまだたくさんあるんだよね」ということを日常的に言うのです。それに感化されて、僕も「人生は、学び続けるものなんだ」と思うようになってきたのだと思います。
 師匠から言われた、次の一言が、心の支えとなってやってきました。

成功する人は、誰にでもできることを、誰もやらないくらい一生懸命やる人。

『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』 第1章 より 高崎圭悟:著 幻冬舎:刊

 本書は、高崎さんが「今回の人生で最大限の得点(スコア)を叩き出すこと」をテーマに、自らの成功ノウハウをまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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約束に厳密な人との約束は、守りたくなる


 高崎さんが、師匠から学んだ最も重要なことのひとつ。
 それが、「約束をとても大切にする」ことでした。

 鏡の法則といいますか、約束に厳密な人との約束は、守りたくなるんです。
 ふだんはどんなにテキトーな人でも、たとえばイチロー選手とのアポイントという約束だったら絶対守ると思います。日頃から“約束”というものを大事に扱っているあなたであれば、周りの人々は、あなたとの約束を守りたくなるはずです。
 逆に“約束”を、ずさんに扱っていると、あなたも周りの人から破られまくることになるでしょう。
(中略)
 師匠や兄弟子たちと過ごすことが多くなってくると、「有言実行」という言葉にも、違和感を覚えるようになります。
「言ったことを本当にやるって、すごいですね」
「行動に移すのって、難しいですよ」
「それは社長だからできるんじゃないですか?」
 と言われることが最近増えてきましたが、こういった価値観にとても違和感を感じます。
 有言実行は、不言実行(黙ってやるべきことをやること)から派生して、わりと最近できた言葉ですが、「そもそも言ったことをやらない」のが当然という前提が、ネガティブだと感じます。
 言ったことは、やるのが当たり前だったから、不言実行(言わずともやるのが粋)という概念が生まれたのではないでしょうか?
 昔、「インディアン、ウソつかない」というCMが流行りましたが、インディアンもといネイティブ・アメリカンは、文字を持たないため、口が血の掟なんだそうです。
 もちろん契約書なんてものはありません。「言ったことをやらない」なんていう発想そのものがないんです。
 “いついつまでに獲物をとってくる”という約束を果たせなかったら、その男は一生、結婚することができない(つまり子孫を残せない)そうです。まさに言い訳無用ですね。
 厳しいとか厳しくないとかの話ではなく、“豊かで幸せな人生を送りたい”のであれば、このことは避けて通れない。そう教わってきました。
 師匠の奨めで受講したベーシックコースという目標達成研修のトレーナーからは、このように教えて頂きました。

『約束とは、メッセージ。
 守ると、「あなたのことが重要ですよ」
 破れば、「あなたなんかよりも、重要な予定があったんだ」と暗に伝えていることになります。
 どんなに見事な言い訳や正当化があったにせよ、役に立ちません。
 その場はうまく言い訳をしてやり過ごせたように見えても、現実としてあなたの信用は、確実に減っています。
 守ると正しい、破ると間違っているなどという浅い話ではありません。』

「約束を守る」ということ・「言ったことをやる」ということは、自分と周りの人の“尊厳”に、大きく関わってくる重要な問題なのです。

『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』 第1章 より 高崎圭悟:著 幻冬舎:刊

 約束は、どんなに小さいものでも、約束です。
「忘れた」なんて、もってのほかです。

 できない約束はしない。
 した約束は、何が何でも守る。

 日頃から、自分の言葉に責任を持つ習慣を身につけたいですね。

何かに依存するのは、もうよそう!


 仕事や会社、出身地や年齢。
 それらは、私たちの「属性」であり、本当の意味での自分自身ではありません。

 しかし、私たちは属性を無意識に自分自身と思い込み、同一化して語ってしまいがちです。

 僕はSEをやっていましたが、当時、この“属性”の話を封印して、自己紹介をしてみようと思ったら・・・・・
 言葉が出てこなくなってしまい、「Who am I!?」となってしまいました。これは衝撃でした。
「職業と自分を、同一化」していたことに気づいたんです。
 言い換えると、自分に「SE」というレッテルを貼っていたんです。
 みなさんは、どうですか? 「私は、看護師です」「私は、主婦です」のように、
 役割と自分を同一化していませんか?

 僕が着けている時計は、僕そのものではありません。
 あなたが着ている服は、あなたそのものではありません。
 僕はSEという仕事をしてましたが、SEは僕そのものではありません。
 あなたがしている仕事は、あなたそのものではないわけです。

「仕事」という属性をとったら、あなたは誰ですか?

 その職業である前に、ひとりの人間です。
 人間という価値ある存在を、職業、もっと言えば「社会の役割」に成り下げてしまう必要は、ないわけです。
(中略)
 最近は減ってきましたが、合コン等で、自分の職業や勤めている企業の名前を自慢げに出す人がいます。
 会社や職業がすごいから自分はすごいっていう理論は、古くさいです。
「会社はすごいかもしれないけど、“あなた”は別にすごいわけじゃありませんよ」ってことに、言ってる本人以外は気づいているものです。

「虎の威を借りる狐」の状態に近いです。

 自分以外のものをあてにして、人生を構築するのは、本当にやめたほうが良いと思います。

 この職業はなくならないからきっとだいじょうぶ、とか
 すばらしい結婚相手が現れることをあてにするとか、
 老後のことは国や年金をあてにするとか、
 親の資産を当てにするとか、
 SNSの「いいね」数が異常に気になる、なんていうのも、他人からの評価に依存していると言えます。
 そうやって何かに寄りかかって生きるのは、かっこ悪いと思います。
 何よりも、外側に依存して生きている限り、不安が消えることは永遠にありません。
 僕は24歳から自立する生き方を選択してきましたが、今の自分の生き方を選んで何が良かったかというと、“将来への不安が完全になくなった”ということです。
「何を失っても、この自分さえいれば、大丈夫。」
 そんな大いなる自信と、根拠となる経験値を、10年間ひたすら積み上げ、自分自身を鍛え上げてきたからです。

『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』 第4章 より 高崎圭悟:著 幻冬舎:刊

 自分では、完全に自立しているつもりでも、実際には、何かに依存して生きている。
 多くの人が、そんな「依存の罠」にはまっています。

 依存から完全に脱却しない限り、将来への不安から解放されることはありません。

 属性というレッテルをすべて剥がし、それでも残るのが「本当の自分」。
 それを突き詰めて、発展させていくこと以外、幸せには近づけないということですね。

人生は、「ハイスコアを叩き出す」ゲーム


「人生は、目指すゲームだ」

 高崎さんは、師匠からそう教わり、人生観がガラッと変わりました。

 僕は、「人生ってのは、安全に生き延びるゲームでしょ」とずっと思って生きてきました。言い方を変えると、安全第一、「食いっぱぐれないようにするゲーム」だと。だって親や学校の先生や、とにかく周りの大人からずっとそう言われて育って来ましたから。なので僕は、師匠と出逢ったとき、「今の仕事は好きなんですよ」「今の生活も悪いわけじゃないんですよ」というようなことを話したんです。すると、こんな風に言われました。
『仕事が好きなのは、良いことですね。でも、“悪くない人生”と、“最高の人生”は、まったく違いますよ。人生を負けないってことと、勝つ(勝利する)ってことは違う。もっと言えば、最低限の人生と最大限の人生は真逆です。あなたは、負けないための人生つまり、最低限の人生がいいのか、最大限の人生が良いのか、どっちですか?」と。
 この言葉には、脳天にカミナリ落ちるくらいの衝撃が走ったのを覚えています。
(中略)
 さらに続きます。
『ゲームだとしたら目的がありますよね。『スーパーマリオ』っていうゲームで言ったら、クッパをやっつけて姫を助けるという。『スーパーマリオ』の目的をもし、安全に生き延びることだと思っているなら、最適解は、初期画面から動かないことですよね(笑)。それで目的達成です。だって、動いちゃったら、リスク(クリボー・ノコノコ等)が来ちゃうもん。動かなければ安全でいられる。
 でも、それだったら「なんでゲーム始めたんですか?」ってことなんですよ。ましてや、今の世の中では、挑戦して動いている人のほうが「すごい」とか「変わってる」とか「特別だ」とか「頭のネジが外れてる」とか言われてしまっている。確かに、安全に生き延びるゲームとしてプレイしている人にとっては、前に進む人の意味がわからないと思います。「なぜわざわざリスク(クリボー)のあるほうに行くんだろう」「動かなければ安全なのに」ってね。でも、どこか途中で気づくはずなんですよ。「ハッ!! これ、進んでいくゲームだったぁ〜〜!!」って。で、気づいたら、すぐに動きはじめますよね? そうなったらもう、逆に止まっている人の意味がわからなくなります。「なんで、止まってるんだろう? 制限時間は決まっていて、残り時間がゼロになったらどうせ死ぬ(ゲームオーバー)なのに」ってね。』
 このお話を聞いて、僕は、人生というものの見方が180度変わりました。
 人生は、3万日しかないそうです。どのみち、期限は決まっていて、時間が来たら終わりを迎えます。正解・不正解はありません。それを論じても意味がありません。
 あなた自身は、止まっている人生が良いですか? 進む人生が良いですか?

『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』 第6章 より 高崎圭悟:著 幻冬舎:刊

 負けないことと、勝つこと。
 たしかに、似ているようでいて、正反対です。

 前者は、気持ちが後向きで、守りに入っています。
 後者は、気持ちが前向きで、攻めに入っています。

 人生観は、その人の進む方向を決めます。
 将来の人生すべてを決める、といっても過言ではありません。

 変わるのは、一瞬。
 しかし、その影響は一生続きます。

 どちらを選ぶかは、私たち次第です。

成功している人は、「Beフォーカス」な人


 高崎さんが先人から学んだ教えの中で、イスからずり落ちるくらいトップクラスで衝撃だった本質

 それは、「Be(なる)-Do(する)-Have(持つ)」の考え方です。

 高崎さんは、人生で成功するかどうかは、Have(何を持っているか)よりも、Do(やり方)よりも、まず何よりもBe(在り方・心構え)が重要だと述べています。

 最初にBe(在り方)ありき。
 そんな「Be–Do-Have(Beフォーカス)」の概念で生きる人の代表が、イチロー選手です。

 イチロー選手を、僕は大尊敬しています。最高にかっこいいと思います。

 では、イチロー選手のバットがあれば(Have)、イチロー選手のように打てるでしょうか?
 イチロー選手と同じ打法で同じルーティンをやれば(Do)、イチロー選手のように打てるでしょうか? そうは思えませんよね。
「イチロー選手のような在り方(Be)」すなわち、プロ意識、真面目さ、厳密さ、ストイックさ、こだわり、基準と言い換えてもいいかもしれません。一流の基準(Be)に合わせるからこそ、結果がイチロー選手のようになっていく。
 さらに言えば、その一流の基準なら、仮に野球でなくても、何をやっても結果を出せそうだと思いませんか?
 一流の在り方で生きれば、結果は一流になります。
 Be Do Haveという単語から、最も思考の罠にハマって固執しがちなDo(やり方)を、取ってみてください。すると、Behave(振る舞い)となります。
 なりたい姿を決めれば、それに至るふるまいは自ずと決まってくるものです。
(中略)
 ハワイに行きたければ、乗り物は飛行機が最も効果的ですね。
「自分の好きな乗り物で」というこだわりをつけた瞬間に、遅くなります。自分が好きな乗り物が「ボート」だとして、「どうしてもボートで行きたいんですよ!」と言っていたら、求めてる期日にハワイに到達できるでしょうか?

 当時、やり方にこだわっていた僕に、師匠が言った言葉です。

『①自分の気にいるやり方で成果が欲しいのか?
 ②成果が欲しいのか?
 どっち?』と。①は、「自分の気にいるやり方で」という条件付きな分、遅くなります。

 とにかく痩せる!とコミットしてる人と、“自分の気にいるやり方で”痩せる!と言ってる人とでは、どちらが痩せそうでしょうか? ちなに僕は、後者の考えでダイエットを成功させた人を見たことがありません(笑)。
(中略)
 昔から、「成功するには、何をやればいいんですか?」という「やり方」への質問は、とても多いです。
 多くの人がDoフォーカスであるからこそ、書店に並んでいる書籍のタイトルの多くは、「〜〜のやり方」なわけです。

 短期的に少しうまくいくことできるかもしれませんが、“長期的な繁栄”はあり得ないと思います。
(中略)
 やりたいことをやっちゃダメと言っているのではありません。人生1度きりですから、自己実現はぜひ全部やりましょう。その前に、理想の状態(Be)を整えるのが先と言いたいのです。
 やりたいことをすぐにいきなりやってしまう人が多いですが、そうすると、1個しかできないことが多いです。Be→Doの順番が大事ということです。
 僕は、『人生全部取り』だと思っています。だからこそ、やりたいことよりやるべきことを先にやって、数年かけて収入基盤を作ると、そこから「やりたい」と思ったことは全部できるようになります。

『ハイスコア 人生は最大限を目指すゲーム』 第7章 より 高崎圭悟:著 幻冬舎:刊

 成功への近道は、成功者のマネをすること。
 とはいっても、表面的な部分をマネても、うまくいくことはないでしょう。

 マネるべきは、Be(在り方・心構え)の部分。
 それだけで十分だとも言えます。

 Beの部分さえ、しっかり固まれば、残りのDoとHaveの部分は勝手についてきます。

 私たちも「Be–Do-Have(Beフォーカス)」な意識を身につけたいですね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 高崎さんは、人生は『失わないゲーム』ではなく、『得ていくゲーム』だとおっしゃっています。

 減点方式ではなく、加点方式。
 失っても、また取り返せばいい。

 そんなアグレッシブな気持ちが、何よりも大切だということですね。

 自分史上最高の「自分」を目指し、突き進む。
 そこにどんな道が開けていくのか、ワクワクしますね。

 生きていると、障害はあるし、挫折もあります。
 しかし、それを乗り越えていくことが、人生の醍醐味です。

 一度きりの人生。
 だからこそ、高崎さんのように、ゲーム感覚で、楽しみながら真剣に生きる姿勢が求められるのですね。
 私たちも、見習いたいものです。

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