【書評】『insight』(ターシャ・ユーリック)

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お薦めの本の紹介です。
ターシャ・ユーリックさんの『insight』です。

ターシャ・ユーリック(Tasha Eurich)さんは、組織心理学者、研究者、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー作家です。

「自己認識」は21世紀のメタスキルだ!

ユーリックさんは、どこであろうが成功と失敗を分ける、最も重要かつ最も見逃されている要素として「自己認識」(セルフ・アウェイクネス)を挙げています。

自己認識とは、自分自身のことを明確に理解する力――他人からどう見られ、いかに世界に適合しているかを理解する能力のことです。

 自分自身を知る能力は、人間の生存や進歩の核だと論じる者さえいる。何百年にもわたって、ホモ・サピエンスの祖先たちは、うんざりするほど緩やかに進歩してきた。しかし、ラマチャンドランによれば、およそ15万年前、人間の脳に爆発的な成長があったという――そのときに、とりわけ、人は自身の思考、感情、そして行動を自己検証する力と、他者の視点から物事を見る力を手に入れた(これから見ていくように、どちらも自己認識にとって極めて重要なプロセスだ)。そのことがより高次な表現(芸術、精神修養、言語など)の基礎を築いただけでなく、祖先たちが力を合わせて生き抜くための利点となった。自らの行動や選択を見つめ、周りの仲間への影響を読み取れるようになったことは、少し現代的にテレビ番組「サバイバー」を例に言えば、「投票で島を追放」されないための役に立った。
話を21世紀に移そう。私たちは祖先と同じような生存の危機に日々晒されているわけではないかもしれないが、自己認識の重要度は変わらない――仕事でも、人間関係でも、人生においてもだ。自分自身のことや、他人からどう見られているかを理解している人間の方が幸福度が高いという確固たる科学的証拠がある。そういう人びとの方が賢明な判断をする。公私ともにより良い関係を築く。より成熟した子供を育てる。頭が良く、成績も上位で、より良いキャリアを選んでいく。よりクリエイティブで、より自信に満ち、よりコミュニケーション能力が高い。比較的攻撃性が低く、嘘をついたり、騙したり、盗んだりすることも少ない。仕事で成果を上げて昇進する。やる気に満ちたチームを率いる効果的なリーダーとなる。より収益の高い企業を率いてさえいる。
反対に、自己認識が欠如していると、少なくともリスクとなり、最悪の場合は壊滅的な事態を招く。ビジネスにおいては職種や役職に関係なく、自分自身についてや、上司、クライアント、顧客、従業員、そして同僚からどう見られているかに対する理解が成功を左右する。こうした理解の重要性は、役職が上がっていくにつれて高まるばかりだ。自己認識に欠けるシニア・エグゼクティブは、600パーセントも失敗する可能性が高い(それは驚くことに、ひとりのエグゼクティブにつき5000万ドルの損失となり得る)。もう少し一般的なケースで言えば、自己認識に欠けた社員の方が自身のキャリアに満足していないだけでなく、行き詰まったとき、自分がこの先どうしていこうか見極めるのに苦労する傾向がある。
この種の例は数多くある。このテーマについて長年研究してきた結果、私は「自己認識は21世紀のメタスキルだ」と言うまでに至った。本書を読み進めれば分かるように、現在の世界における成功にとって極めて重要な各種の力――ここの知能指数、共感力、影響力、説得力、コミュニケーション力、協調力など――は、すべて自己認識がもとになっている。言い換えれば、自己認識を欠いていると、仕事やその他の場でより頼もしいチームプレーヤーや、より優れたリーダーや、より良い関係の構築者になるための力を身につけるのがほとんど不可能だということだ。
自己認識の重要性を直感的に理解していない人はあまりいないだろう。なにしろ、私たちは「自己認識」という言葉を、上司や、仕事仲間や、義理の両親や、政治家たちに対してとても気軽に持ち出している――しかし、「誰それって自分のことよく分かってないよね」など、主にネガティブな文脈で用いていることに気づかないだろうか。自己認識は私たちの成功と幸福にとって重要な役割を果たすにもかかわらず、目にすることが極めて稀なものなのである。

『inshght』 第1部 第1章 より ターシャ・ユーリック:著 中竹竜二:監 樋口武志:訳 英治出版:刊

自己認識という“ひとつの旅”において、その道中で起こる「アハ体験」「インサイト」と呼びます。
人は、インサイトを得ることで、より確かで明瞭な自己認識をに至ることができるということですね。

本書は、自分を知らない状態から一歩抜け出し、自分に対するインサイトを得て、より賢明な選択をし、より強固な関係を育み、そしてよりよい人生に足したいと願うすべての人に向けた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「外的自己認識」の重要性

自己認識についての大きな間違いのひとつ。
それは、「ひたすら自分の内側を見つめればいい」ということです。

ユーリックさんは、研究により、自己認識のパターンには二つの大きな分類があることを発見しました。
「内的自己認識」「外的自己認識」です。

内的自己認識は、自分自身を明確に理解する力のことを指し、自分の価値観、情熱、野望、理想とする環境、行動や思考のパターン、リアクション、そして他者への影響に対する内的な理解のことです。

外的自己認識は、外の視点から自分を理解すること、つまり周りが自分をどう見ているかを知る力です。

 真の意味で自分を知るには、たしかに自分を理解することも必要だが、周りがどう自分を見ているかも知る必要がある。そのためには、自分の内側を見つめるだけでは不十分だ。これから紹介するように、自分がどう見えるかについて、唯一信頼の置ける情報源は他人だ。自己認識とは、何かひとつの真実に至ることではない。自己認識とは、二つの異なる、そしてときに対立さえする観点からの情報が複雑に織り交ぜられたものである。内向きの観点(自身の内的自己認識)と、外向きの観点(外的自己認識/人からどう見られるか)の二つがある。そして忘れてならないのは、内的自己認識と外的自己認識のあいだにはほとんど、あるいはまったく相関関係がないだけでなく、片方だけがあってもう片方がない状態だと、良いことより悪いことの方が多いという点だ。自分のことは分かっていると考えていながら、自分がどう見えるかについてはまったく分かっていない人の愚行を見たことがあるのではないだろうか。その反対に、周りに与える印象ばかりを気にして、自分にとっての最善を理解していなかったり、自分にとっての最善な行動をしない人を見たこともあるだろう。
内的自己認識と外的自己認識を、水素と酸素だと考えてみよう。化学の周期表のなかで最も有名な元素のふたつだ。単体だと、水素は危険なものだ。自然発火する可能性がある(水素ガス爆発を起こした飛行船を題材にした映画『ヒンデンブルク 第三帝国の陰謀』に覚えがあるだろう)。そして酸素自体は可燃性ではないが、過剰にあると、あらゆるものが燃えやすくなってしまう。しかし水素と酸素が正しい比率で結びつくと、命を支える水になる。自己認識も、これに近い。自分自身に対する明確な視点と、そこから離れて他人の視点から自分を見る力が組み合わさると、この魔法のコンビネーションは、とてつもなく素晴らしい力を発揮する。
しかし内的自己認識と外的自己認識は繊細なバランス関係にあるため、他人からのフィードバックより個人的な内省を通しての方が上手く築ける柱であったり、あるいは、その反対だってあるのでは? この問いには少しあとで戻ってくるが、答えは条件付きのイエスだ。通常、自分自身の視点は、自己認識の柱のうち、価値観、情熱、願望、そしてフィットなど、「周りから見えない」ものにとって有益だ。たとえば、外からは充実して見える成功した会計士でありながら、密かにブロードウェイのダンサーになることを夢見ている場合、その夢を知っているのは自分だけの可能性が高い。自己認識の柱のうち、パターンや、リアクションや、インパクトなど、「周りから見えやすい」ものにとっては、逆のことが言える。こうした柱においては、この先に紹介する「自己認識にとっての障害」が客観的な自己評価を阻んでくるため、より良く自分を知るには他人の意見が必要になる可能性がある。しかし真実は、七つの柱すべてにとって、一番大切なのは内側の視点と外側の視点の両方を持つことだ。それができて初めて、自分自身のことや、自分がどう見られているかを真に理解することができる。

『inshght』 第1部 第2章 より ターシャ・ユーリック:著 中竹竜二:監 樋口武志:訳 英治出版:刊

自己認識の「七つの柱」とは、以下のとおりです。

  • 価値観(自らを導く行動指針)
  • 情熱(愛を持っておこなうもの)
  • 願望(経験し、達成したいもの)
  • フィット(自分が幸せで存分に力を尽くすために必要な場所)
  • パターン(思考や、感情や、行動の一貫した傾向)
  • リアクション(自身の力量を物語る思考、感情、行動)
  • インパクト(周りの人への影響)
それぞれについて、内側の視点と外側の視点の両方を持つことが必要です。

どちらか一方だけだと、役に立たないばかりか、逆に害を及ぼす。
「内側の視点」と「外側の視点」のバランスが大事だということですね。

「自己受容」を高めるには?

自己認識を妨げる大きな要因のひとつなっているのが「自己陶酔」です。
私たちは、自分自身に対して過剰な関心を向け、能力や価値観などを過信する傾向があります。

自己陶酔を乗り越え、正しい自己認識を獲得する。
そのためのアプローチのひとつは「自己受容」です。

自己受容は、自分についての客観的現実を理解し、その自分を好きになろうと決めることです。

(前略)完璧であろうとするのではなく、(あるいは自分は完璧だと思い込むのではなく)、自己受容する人びとは、自分の不完全さを理解し、許すのである。
喜ばしいことに、自己受容すれば、自尊から得られるとされている恩恵を、ほとんど代償を払わぬまま得ることができる。どちらも幸福や楽観の指標であるものの、自己受容度が高い人びとだけが、自分に対して外部の基準に頼らずポジティブな見方をしている割合が高かった(つまり、そういう人びとは、大げさな賛辞や、フェイスブックの無数の「いいね」や、自分自身や自分のしたことに自信を持つための勲章のようなものを必要としていないのだ)。
そして自己受容は、理論的に良いだけではない――成功や幸福度にとって、極めて現実的な効果がある。クリスティーン・ネフと彼女のチームは、就職活動中の学生たちに、「本当に、心から行きたい(行きたかった)」仕事の模擬面接への参加を依頼した。面接官から一番の弱点を語ってくれと尋ねられたとき、自己受容度の高い人びとの方が、緊張度や自意識がかなり低いということが分かった――実際の就職面接であったなら、結果として遥かに良い成果を残していたことだろう。
では、どうすれば自己受容を高めることができるのか。そのステップのひとつは、心のつぶやきを意識することだ。組織心理学者のスティーブン・ローゲルバーグと彼のチームは、一週間のリーダーシップ・プログラムに参加したシニア・エグゼクティブたちを研究し、自分の心のなかの会話を理解することがどれほど役に立つものかを示した。プログラムの最後に、各参加者は未来の自分に向けて、プログラムで学んだことや、変えていきたいことを手紙に綴った。研究者たちは、それぞれの手紙を自己受容的なもの(ローゲルバーグらの言葉で言えば「建設的」なもの)と、自己批判的なものに分けた。自己受容的な言葉を用いていたエグゼクティブたちの方が、自己批判的なエグゼクティブよりも成果が高く、ストレスが低かった(そして面白いことに、自己批判的なリーダーは創造性も低かった)。
この点については、次の章で、繰り返し思い悩む(反芻(はんすう))の状態を認識し、その思考の止め方を語る際に改めて言及するが、ここでは、特に自分に対して悪い感情(罪悪感や、不安や、怒りや、限界など)を抱いているとき、自己批判的になっているのか(「ほら目覚まし時計をセットするのを忘れてる! 何なんだ自分は? どうして遅刻しないなんていう、すごく基本的なこともできないんだ?」)、あるいは自己受容的であるか(「ミスをしてしまった――まあ自分も人間だし、こういうことだってある」)を意識するといい。役に立つ問いかけとしては、次のようなものがある。「いま自分に言ったことを、自分が好きで尊敬している人にも言えるだろうか?」
謙虚さを持って決断し、慈悲深く自分を受容するには勇気がいる。建築家として教育を受け、現在はグローバル・テクノロジー・ディレクターを務めているユニコーンのひとりは、こう語る。「ポイントは、自分自身を知ることではなく、発見した自分という人間を愛することだ」。そのプロセスは、苦しいこともあるのでは? そういうときもある。しかし多くの場合、苦しさは前進していることの証だ。キャリア中盤のマーケティング・マネジャーである別のユニコーンは、こう語っている。「自己認識を手にしようと取り組めば取り組むほど、共感や寛大さが自分のなかに広がっていくのを知る」
謙虚さと自己受容については、近代の歴史上最も敬意を集める大統領演説のひとつだとされているジョージ・ワシントンの辞任演説以上の好例は少ないだろう。建国に尽力した国へ人生の晩年に別れを告げながら、ワシントンは、こう語った。「故意なくしておかした誤りに気付くすべはないが、だからとて決して自分の欠点に盲目ではなく、わたしは多くのあやまちをおかしたかも知れぬと思う」。彼は自分に向けていたのと同じ寛容の精神を、アメリカ国民からも向けてもらいたいと乞う。「祖国がわたしのあやまちに、いつまでも寛容なる眼を注ぎ、(中略)わたしの力足らざるための欠点は、やがて忘却のかなたに葬り去られることを望み、その望みを死後の世界にまで、いだきゆきたく思う」

『inshght』 第1部 第4章 より ターシャ・ユーリック:著 中竹竜二:監 樋口武志:訳 英治出版:刊

ユーリックさんは、最高で特別な自分になるよりも、最高で特別だと思い込む方が遥かに簡単だと述べています。
それだけ「ありのままの自分」を認めることは、難しいということですね。

心のつぶやきを意識することは、自分自身を客観的に見つめる最高のトレーニングになります。
ぜひ、習慣にしたいですね。

「なぜ」ではなく「何」を問うこと

内的自己認識を行なうときに気をつけるべきことのひとつが、『「なぜではなく何」を問うこと』です。

その理由は、人がなぜと問うとき、つまり、自分の思考、感情、行動の原因を検証するとき、一番簡単でもっともらしい答えを探してしまうものだからです。

ユーリックさんは、逆に「どんな/何」を問うことによって、自分についての新たな情報を発見することに対してオープンになれると述べています。

 そのため内的自己認識においては、なぜではなく何というシンプルなツールが、かなり大きな効果をもたらし得る。具体例を見てみよう。最近、私は友人のダンと話していた。長年自分でビジネスをしてきたダンは、豊かな暮らしを送っている。大金を稼ぎ、巨大な家に住み、異国へ旅行してないときは週に数時間家で仕事をする。だからこそ、彼がこう言ったので驚いた。「自分はすごく不幸だ。会社は売った方がいいと思っている。でも自分が他に何をしたいのか分からないんだ」
この状況はチャンスだった。オタク的な喜びを持って、私はダンに、新しく考案したツールを試してみてもいいかと尋ね、同意してもらった。最初に「なぜいまの状況を変えたいと思ってるの?」と聞くと、ダンは深く絶望的なため息をつき、個人的な欠点を滔々(とうとう)と語り始めた。「僕はすぐに飽きてしまうんだ。それに悲観的になってる。自分が世界に違いを生み出せているかも分からない」。「なぜ」の質問は、予想通りの影響をもたらした。有益なインサイトが得られなかっただけでなく、ダンは、言うなれば、なぜ心の火が消えてしまったかを探ろうとして余計に混乱してしまったのだ。そこで私はすぐに軌道修正した。「自分のしていることの何が嫌い?」。彼はしばらく考えた。「パソコンの前に座って、遠くから会社を動かしていることだ――それから時差については言うまでもない。自分は燃え尽きて、周りとのつながりが絶たれているように感じる」
「分かった、それは参考になる」と私は答えた。「じゃあ何が好き?」。ためらうことなく、ダンは答えた。「話すこと。僕は本当に話が好きだ」。彼は聴衆の前に出ると、すぐに影響を与えることができると語った。彼の心に火が灯るのが分かった。この気づきによって、ダンは霧が晴れたようだった――自分のいまの立場を、もっと自分のメッセージを広めるために活用できないかと考え始めたのだ。
ダンに「なぜ」という質問を何時間だってすることもできたが、そうすると彼は結局何のインサイトも得ないまま終わっていた可能性が高い。それに、始めたときより嫌な気分で終わっただろう。しかし「何」の質問をしたら五分も経たないうちに、価値の高い発見や、問題に対する解決策となり得る案が引き出された。ダンのエピソードは見事に物語っている。「なぜ」の質問は、自分を追いつめ、「何」の質問は自分の潜在的な可能性に目を向けさせてくれる。「なぜ」の質問はネガティブな感情を沸き起こし、「何」の質問は好奇心を引き出してくれる。「なぜ」の質問は自分を過去に閉じ込め、「何」の質問はよりよい未来を作り出す手助けをしてくれる。
(中略)
「なぜではなく何」を問うことは、問題に対するインサイトを得る手助けになるだけでなく、自分の感情をよりよく理解し、コントロールするためにも活用できる。17世紀の哲学者スピノザは、次のように語っている。「受動という感情は、我々がそれについて明瞭判然たる観念を形成するや否や、受動であることを止める。(感情をよりよく認識するにしたがって感情は)それだけ多くの我々の力の中に在り、また精神は感情から働きを受けることがそれだけ少なくなる」(『エチカ 下』畠中尚志訳、岩波文庫、103頁、傍点原文)
たとえば仕事を終えて最悪な気分だったとしよう。「なぜこんなふうに感じているのだろう?」と問うのは警戒すべきだ。そうした問いは、「月曜日が大嫌いだから!」とか「たんに自分がネガティブな人間だから!」といった助けにならない答えを引き出しがちである。では代わりに、「自分はいま何を感じてる?」と問いかけたらどうだろう? 自分は仕事で余裕がなかったのだとか、疲れ果てているのだとか、お腹が空いているのだと気づくだろう。感情へむやみに反応するのではなく、一息ついて、夕食でも作って、友人にでも電話して仕事のストレスにどう対処するべきかアドバイスを求めてから、さっさとベッドへ入ろうと考える。
「なぜ」ではなく「何」を問うことは、感情に名前をつけることを迫るものだ。そのプロセスは多くの研究で、効果的であることが示されている。感情を言葉に落とし込むというシンプルな行為は、感情に身を浸しているだけの場合に比べて、闘争か逃走かを指令する扁桃体の活性化を食い止め、それによって自制を保つ助けとなる。この説明がシンプルすぎると感じるなら、一週間自分の感情に名前をつけてみて、何が起きるか見てみよう。

『inshght』 第2部 第6章 より ターシャ・ユーリック:著 中竹竜二:監 樋口武志:訳 英治出版:刊

ユーリックさんは、大まかな目安としては、「なぜ」という問いは基本的に自分の周りを理解する際に役立ち、「何」という問いは基本的に自分を理解する際に役立つと述べています。

特にビジネスにおいては、「なぜ」を問い詰めていくことで解決策を導くことがよくあります。
ただ、内的自己認識を探ることにおいては、それは当てはまらないということですね。

受け止め、向き合い、行動に移す

インサイトを得るためには、自分の意見をと同じように、他人の意見も重要です。
つまり、信頼できる愛ある批判者からの適切なフィードバックを得る必要があるということ。

とはいえ、適切なフィードバックを得ることは、簡単なようで難しいことです。
真のインサイトを得るには、真実を聞く方法を学ぶ必要がある――ただ単に「耳を傾ける」のではなく、本当の意味で「聞く」必要があります。

ユーリックさんは、そのための方法として「3Rモデル」を提唱しています。
3Rモデルは、フィードバックを受け止め(Receive)、向き合い(Reflection)、そして行動に移す(Respond)ためのものです。

このプロセスは、エゴや、これまでの自己像を脇に置いて、目の前にある情報だけに集中して、「闘争か逃走か」の本能に抵抗し、フィードバックを自己認識への機会に変える手助けとなります。

3Rモデルを使ってインサイトを得た具体例として、ナイジェリアのビジネスウーマンであるフローレンスが登場します。

フローレンスは、上司から「非常に野心的」と評価されていることを知り、ショックを受けます。

 このプロセスはフィードバックを受け止めることから始まるが、フローレンスはその才能を持っていた。野心的だと見られていることを知ってショックを受けたものの、感情に流されてしまわないよう意識してもいた。しばらく間をあけて深呼吸してから、彼女は自分がどんな感情か、自分に問いかけた。私は動揺している、と彼女は認めた。でもこのフィードバックには、私にとって貴重なものか含まれているかもしれない。上司からのフィードバックにインサイトが含まれていそうなので掘り下げるというシンプルだが効果的な判断によって、私のどんな振る舞いが彼にそんなことを思わせているのだろう、とフローレンスは考えた。この問いのおかげで彼女はすぐに助手席でなく運転席に乗り換えたかのように主体的になり、このフィードバックへの認識を、厳しい試練から実態調査のミッションに変えた。
しかしフィードバックを受け止めるとは、受動的に聞き入れるということではない。積極的に質問を投げかけて理解を目指すという意味だ。そうすることで先に進むにあたってより良い情報が得られるだけでなく、かっとなったり、うかつにも否定モードに陥ったりすることを防げる。彼女は意を決して、上司へ穏やかにいくつかの質問を投げかけた。「『野心的』という言葉が何を意味しているか、もう少し詳しく教えてくれませんか?」。「いくつか例を挙げて頂けますか?」。「そんな振る舞いに最初に気づいたのはいつですか?」。上司が答えるあいだ、彼女は後から振り返られるよう、上司の言葉を正確に走り書きした。上司に感謝を告げて、彼女はオフィスに戻った。
それから数日、フローレンスは上司からのフィードバックを頭のなかに寝かしておいた。なぜなら、感情に流されている状態では上司の言葉の意味も、ましてやそれに対してどんな行動を起こせばいいかも、考えることなどできないからだ。興味深いことに、フィードバックと向き合うとき(3Rモデルの二つ目のステップ)、ユニコーンたちはすぐに取りかかることを巧みに避けている。多くのユニコーンが、本当に驚くような、もしくは動揺するようなフィードバックを聞いたあとは、数日か、ときには数週間も置いてから戻ってくると語っていた。
やがて、フローレンスはこの未知なるフィードバックの意味を探り、それに対処する方法を考える準備が整った。フィードバックの意味を理解するために、彼女は自分に三つの質問を投げかけた。一つ目。自分はこのフィードバックを理解しているだろうか? 最初にフィードバックを聞いたときよりも動揺は少なかったが、いまだに最初と同じくらい戸惑っていた。そこでフローレンスは数人の愛ある批判者たちと話すことにして、さらに多くのインサイトを集めるうちに、上司が実際は何を伝えようとしていたのかを理解し始めた。フローレンスの直感的な反応では、このフィードバックを「ネガティブ」なものにラベリングしていたが、すぐに彼女は、愛のある批判者たちが微妙に異なる見解を持っていることを知った。彼女の自信は、少なくとも知り合って間もないうちは、たしかに人との摩擦を生むときもあるが、相手が彼女のことを知っていくと、彼女が偉そうでも押し付けがましくもないことに気づく――そして、自信は彼女に独自の強みを与えていると考えていた。
これを受けて、フローレンスは自分に問いかけた。このフィードバックは、私の長期的な意味での成功と幸福に、どう影響するだろう? 思い出してほしい。すべてのフィードバックが正確であるとか重要であるということはなく、前にも触れたように、どのフィードバックを考慮するかに関して、ユニコーンたちは驚くほどに選択的だ。結局のところ、ローマの哲学者マルクス・アウレリウスが言うように、「私たちが耳にするすべてのものは一つの意見であり、事実ではない。私たちが目にするすべてのものは、一つの視点であり、真実ではない」のだ。聞く価値のあるものを見極めるためのポイントは、その特定の行動がどれほど広く確認されるかを調べてみることだ。一人からのフィードバックは、一つの視点だ。二人からのフィードバックはパターンだ。だが三人かそれ以上からのフィードバックとなると、事実に近い可能性がある。フローレンスは実に多くの人たちから「野心的」だとハッキリ耳にしたため、それに耳を傾けざるを得なかった。しかし彼女は気づいた。文化的には望ましくないかもしれないが、自分の長期的な成功にはネガティブな影響を与えていない――それどころか、目標達成の助けになっていた。
この気づきによって、フローレンスは最後の質問に進んでいった。このフィードバックに対して行動を起こしたい? もしそうなら、どんな風に? フィードバックを理解し、それが大切なものだと認識しても、すぐには対処しないと決めることだってある。結局のところ、何らかの変化を起こすことが、そこにかける時間と労力に見合うかどうかを判断するのは、あなた次第だ。
フローレンスは、フィードバックを行動に移すことに決めた(3Rモデルの最後のステップ)。しかしそれは、思いもかけぬ形でだった。行動に移すにあたって、彼女が気づいたのは、ナイジェリア文化における女性としてであっても、自分はしおらしくしている必要はないということだった。彼女は自分が持つ謙虚さと自信という独特の組み合わせは、弱みなんかじゃないと気づき始めた。この二つこそ、まさに自分のさまざまな達成を支えてきたものだった。そしてつねに周りの気持ちや感情を気にかけながら、彼女は自分の思う人生を歩んでいった。
そこで、自分を変えるかわりに、フローレンスは、まずは自分から、認識を変えることにした。自分の野心は欠点でないと理解した彼女は、その言葉についての文化的な先入観を捨て去り、ありのままを受け入れた。「いつだって、『そんなに高く登るんじゃない――落ちてしまうぞ』と言ってくる人はいる」と彼女は言う。「でもそんな人たちの声は聞かないことにしたの」
フローレンスは、紙切れに書かれた二単語をのぞき見たことで、数々の発見をした。それは彼女の外的自己認識を向上させただけでなく、世界にさらなる影響を与えるための土台形成に一役買ったのだった。これはとても強力な教訓だ。寛大にフィードバックを受け止め、、勇気を持って向き合い、目的意識を持って行動に移せば、およそ想像もつかないような場所から、想像もつかないようなインサイトを掘り出すことができるのだ。

『inshght』 第2部 第8章 より ターシャ・ユーリック:著 中竹竜二:監 樋口武志:訳 英治出版:刊

ユーリックさんは、自己認識が極めて重要だと考え人生を通して自己認識を向上させ磨いていこうと取り組んでいる人を「自己認識ユニコーン」と呼んでいます。

フローレンスは、希少な存在である「自己認識ユニコーン」の一人です。

自分にとって耳の痛い意見を聞き入れることは、非常に難しいです。
ましてや、向き合って、行動に移すのは至難の業ですね。

しかし、周りの人のフィードバックなしに、インサイトは得られないのも事実です。
自分に対する厳しい評価を受けたときこそ「3Rモデル」を使い、新しい自己認識を手に入れたいですね。

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ユーリックさんは、真の自己認識を表現するのに適した比喩は、鏡ではなく「プリズム」になるとおっしゃっています。

プリズム(ガラスの三角柱)に白い光を通すと、光が屈折して、七色に分離して反対側に照射されますね。
周りが自分をどう見ているかについて新たな観点がひとつ増えるということは、この全体像にうまく色が追加されるようなものです。

自己認識力を上げることは、プリズムの分解能力を上げることです。

モノトーンで単調に感じていた自分自身のイメージ。
それが、新しい色が次々と加わることで、徐々にカラフルで鮮やかなものに変化していきます。

まだ見ぬ自分を掘り起こし、眠っていた新たな可能性を切り拓く。
自己認識力を高めることには、そんなワクワク感がありますね。

私たちも自分を知るための「プリズム」を磨いて、時代の荒波を乗り切れるよう、しっかり準備したいですね。
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