【書評】『地球人が知らないお金の話』(サアラ)

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お薦めの本の紹介です。
サアラさんの『地球人が知らないお金の話』です。

地球人が知らないお金の話 ほんとうの豊かさは弁財天が教えてくれた (大和出版)


サアラ(Saarahat)さんは、「スピリチュアルは科学である」という理念に基づき、幸福な生き方を提案するSuper Life Galleryを主催されています。

「水瓶座時代」にお金はどう変わる?

私たちは、宇宙的に見て、大きな時代の転換期にいます。

それは、およそ2160年も続いた、抑圧的で、暗い影を持つ支配と隷属の「魚座時代」から軽くてスピード感があり、まさに「解放の時代」と呼ぶにふさわしい非情に刺激的な性質を持つ「水瓶座時代」への移行です。

では、「水瓶座時代」には何が起こり、私たちは何をしなければならないのでしょうか。

「水瓶座時代」は、個性や独自性が尊重される時代だと言われています。
私もほかの人とは違う特徴を持っています。それは、今地球社会の中で人間として、日本人女性として生きながら、同時に先進宇宙の社会の中でそれなりの役割を持って生きているというところです。
こんな話を誰が信じるでしょう?
私自身地球社会にどっぷりと浸かってしまうと、自分の精神が病んでいるのかもしれないと思えてくるくらいですから、そんなことを人に簡単に信じてもらえるとは思っていません。
いえ実は、理解してもらえるときが必ず来る。そうしなければならないと、密かに思っています。
しかし、今の地球の一般的に認知されている科学レベルでは、そんなことは決して現実的とは言えないのも事実です。だからこそ、私は今このタイミングで地球に生まれてきたのです。「あり得ない」と思っていることは、決してあり得ないことではないということを、皆さんが気づくタイミングですから。
私がほかの宇宙文明に生きている自覚を持ちながら生まれてきたのは、「解放の時代」を迎えた地球社会が、これから何を目指して、どう改革を進めていけばよいかを、皆さんにお伝えするためです。
なぜなら、本来地球も宇宙社会の一員として、大きな役割を果たすことができるにもかかわらず、地球人類たちはほんの一部を除いて、宇宙に関するすべてを知らされずにきました。ここは宇宙の一部であるにもかかわらずです。これではまるで地球は監獄です。
しかし、今後はもちろん、皆さん次第で地球も宇宙の一員として、健全な交易を再開することが可能です。地球外の世界ではそのときが来るのを、長い間待っていました。今でも多くの仲間は地球がそれにふさわしい進化の道へとシフトしていくために、そっと誰にも気づかれないように援助してくれています。

先ほど一般的に認知されている科学の話をしましたが、一般的にはまだ知られていないレベルの地球の科学は、決して悲観的なものではありません。今あるテクノロジーも然りです。ですから、宇宙レベルに追いつくために、決して手届くはずのないものを望まなければならない状態ではありません。
しかし、このままでは残念ながら、最後の一踏ん張りが届かないのです。なぜなら「お金」とお金に毒された「奴隷マインド」が引き留めるからです。

皆さんにとっての「経済」は人や生命そのものではありません。お金の流れのようなイメージではないでしょうか。実はここが宇宙社会と地球社会の最も大きな違いです。
ご存じの通り、もともとこの「経済」という言葉は中国に古くからある言葉で「経世済民」つまり、世を治めて、民を救うこと。つまり政治を意味していました。しかし、今の経済はお金の動きを意味する言葉のようになってしまっているのもある意味道理です。お金が世の中を支配して、お金によって人々の生活は成り立っているわけですから。

しかし、今のこの意味での「経済」は、決して人を救いません。むしろ逆に、常にヒエラルキーと格差を作り出し、飢えと、貧困と、病気と、犯罪を作り出します。その影響は人間ばかりにとどまってはいません。深刻な環境破壊によって、ほかの動物や植物、そして地球そのものに対しても、不幸な現実を突きつけてきたのです。

宇宙では特に「経済」という言葉を使うわけではありませんが、世を治めて多くの生き物(宇宙に存在しているのは人類ばかりではありません)を救うのは、そこに存在するすべての生き物そのものだと考えられています。
そこに価値の差はありません。どんな生命体、つまり生き物もみな同等の価値があるとみなされています。地球のように簡単に善と悪に分けて、悪に対してはどんなひどい仕打ちをしてもよいなどと考えることは絶対にありません。ですから、「裁き」「罪」「罰」といった概念そのものがありません。
実はこのような概念が、地球では経済効果を生み出しています。しかし、お金というものが存在しない宇宙社会では、このような概念は何の効果ももたらしません。みな幸福であるべき価値ある存在なのです。

皆さんの生きている、この豊かな惑星の上に営まれる社会がこのままでいいわけはありません。時代の端境期にある今が最も重要な時期ですから、見て見ぬふりなどしていられる状況ではありません。

さて、唐突な質問ですが、「生きる」とは何を意味しているのでしょうか?
もし皆さんが地球に生まれてきて、すぐに両親が亡くなり、無人島のような世界に生きているとしたら、そこでどのようにして幸福を感じることができるでしょうか? どのようにして多くのことを学び、成長を試し、実感することができるのでしょうか?
人は人生の中で、たくさんの出会いや別離を経験しながら、たくさんのことを学び、その経験やそこから得た知恵を活かしてほかの存在たちに貢献しながら、生命そのものの循環を生み出しています。
ですから、この世界に生きるということは、あらゆる物事や生き物たちと関係性を持つことを意味しています。
この先の地球が今のように宇宙社会との健全性を絶たれたままでは、地球そのものの生命も弱くなり、その上このような環境破壊が続けば、いずれこの星の生命は尽きてしまうでしょう。
このようなことにならないよう、地球を宇宙の一員として、立派に役割を果たす方向へと向かわせなければなりません。そのためには、まず私たちはお金を卒業する必要があります。私が言う卒業には2つの意味があります。一つはお金がもたらす「奴隷マインド」を卒業すること。そしてもう一つはお金そのものを卒業することです。
類まれなる豊かな地球(テラ)や、宇宙社会の仲間たちが望む、皆さんにふさわしい世界へと地球社会が変貌を遂げていくため、本書が「お金」を卒業する手引きとなることを心から願っています。

『地球人が知らないお金の話』 プロローグ より サアラ:著 大和出版:刊

本書は、「水瓶座時代」という新しい時代に「お金」の概念がどう変化し、どう扱っていくかをわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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8人の王様と金貸しのユダヤ人

富める者がますます富み、貧富の差が広がる一方の現代の経済システム。

原型は約1万2千年前にできあがり、根本の仕組みは、お金を求めること、より多くのお金を獲得することが地獄のゲームを成立させていることです。

サアラさんは、その理由は、お金のゲームがプラスマイナスゼロとなる「ゼロサムゲーム」だからだと指摘します。
このゲームは、はじめから借金がなければ成立しない理不尽なゲームです。

 このマネーゲームをもう少しわかりやすく例えてみることにします。ここでは仮に銀行役を「ユダヤ人」としておきましょう。
しかし、前章でお話したように、「ユダヤ人」は、地球外からやってきた「神」に操られている古代イスラエル人の末裔(まつえい)です。
ですから、この理不尽なゲームを作った真犯人は、地球外の何者かなのですが、ここではあえてということで「ユダヤ人」としておきましょう。
そしてゲームのステージには8人の王様が登場することにします。ユダヤ人は8人の王様たちからお金を預かったり、貸したりしています。
その世界にユダヤ人が登場する前は、ある国で日照りが続き作物が収穫できなかったとしたら、その国の王様はどうしたでしょう?
作物が豊富に収穫できた国の王様に、自国の国民が困らないだけの量の作物を分けてもらいたいとお願いします。そして、分け与える量や、収穫にあたって人々がかけてきた労に見合うだけの金を、分ける方の王様は請求します。
両者が納得するまで話し合って決めなければなりません。そこで折り合いがつかなければ、ほかの王様に願いしに行かなればなりません。しかし、その国の王様とも、うまく話し合いができて分けてもらえるかどうかはわかりません。それぞれ事情が違い、言い分が違うので等価を計るのは困難です。
そこにユダヤ人が登場すると、それぞれの言い分を聞いて裁判官のように仲裁し、スピーディーに交易を行うことができるようになりました。そして、その分両者の間で手数料を取ります。
しかし、私たちが自分のお金を預けているのに、なぜいちいち銀行にお金を取られるのかと首をかしげるように、自分の国の国民が夏の間も休まずに労働してくれた成果としての収穫を、隣国に分けるという親切な行為をしているだけなのに、なぜ間のユダヤ人に意見された上に、お金まで取られるのか、理解に苦しむかもしれません。
一方お金を払って作物を受け取る側の王様は、ユダヤ人の役割や取り分に関して、理性的には理解しています。しかし、ただでさえ困っているのに、なぜここで相手国ばかりでなく、ユダヤ人にまでお金を支払わなければならないのかと、感情的にはすんなり納得できない部分があるでしょう。
それでも、家臣や国民のために、こうした問題を迅速に解決するため、仕方なくユダヤ人にもお金を支払います。
このようにユダヤ人の行為に対しては、両者ともに感情的に面白くないはずです。その感情が募っていけば、怒りへと変わっていきます。

8人の王様は、ユダヤ人に対して、「あいつは大した仕事もしていないのに、人の間に入るだけでお金を取りやがって・・・・・」と、みなお腹の底では怒りを持っていることでしょう。そうなると、8人の王様はユダヤ人という敵がいるために結束します。ユダヤ人はその状況をよく理解しています。ですから、そうなる前に彼は手を打ちます。
A国の王様に対して、ユダヤ人はいかにも優遇しているかのように見せかけ、信頼を得るように努めます。同じことをB国の王様にもします。そして、あたかも自分はその国の味方であるかのように、A国の王様にはB国がお宅の領土を狙っていると耳打ちし、B国の王様には、A国はお宅の銀山を我が物にしようとたくらんでいるなどと耳打ちします。
そして、A国とB国が対立し合うように仕向けて、戦争を仕かけます。
ユダヤ人は戦争が始まる前に、大量の武器を仕入れて、法外な値段でA、Bどちらの国にも売りつけます。
このようにして、人の心理を熟知しているユダヤ人は、まるでチェスの駒でもあるかのように、8つの国を巧みに操り、それぞれが勝手に結束して自分に逆らうことができないようにしながら、それぞれの国のお金さえ自由に使うことができないようにコントロールします。

このやり方は、旧約聖書の「創世記」11章の「バベルの塔」という話と共通する部分があります。
この物語は、ノアの箱舟の後に登場するトピックです。その当時の人々は同じ言語を使っていました。人々がようやく見つけた安住の地に定住し始めたとき、二度と恐ろしい大洪水によって命を奪われることがないように、レンガを焼き、アスファルトを使って巨大な塔を建設し始めました。
その様子を見た神は、人々をバラバラな土地に散らして、まったく違った言語を使うようにします。そのために塔を作り上げることはできませんでした。
このようにして、「神」や神が支配しているユダヤ人は、人々が同じ経験を共有し、同じ価値観を持って協力し合うことを妨げます。これは、現在の国家間の対立、異文化の衝突、宗教戦争などが示す通りです。

さて、話をゲームの世界に戻しましょう。勝手たくさんのお金を相手国から奪い取った王様は、ユダヤ人にそのお金を預けます。そして、勝つことができたのはユダヤ人のおかげだと言ってお礼を渡します。逆にユダヤ人は、戦争に負けた王様には親切なふりをして、復興のための資金を貸します。また、これから戦うための武器を購入したい王様には、武器が必要なことをいいことに、高金利でお金を貸します。

この話では、金利の仕組みがどうなっているのかわかりにくいですね。ではわかりやすく別の例を挙げてみましょう。
お金の仕組みを作ったユダヤ人は、100億円、もしくは100億ドルでもいいですが、8人の王様それぞれに貸しました。
ユダヤ人は言います。「このお金は金の代わりです。これを使ってどうか国を繁栄させてください。健闘をお祈りしております」「ところで、わたくしも人様からお預かりした金を元に皆様にお金をお貸しするわけですから、お預かりした方々が少しお金を使いたいから返してくれと言われたら、困ってしまいます。つきましては毎月お貸しした額の2%だけを利息としていただきたいと思います」
これを聞いて、借金をした王様たちは、毎月毎月2億ものお金を取られたらたまらないと思い、できるだけ早く借金を返したいと思うのは当然です。そこで国の財政を考え、無駄な戦争をすること早めて、何か売る価値のあるものをたくさん生産することに力を入れるかもしれません。あるいは、戦争で勝利して戦利品を奪うことで借金と利息が払えると思う王様もいるでしょう。
しかし、実際にお金は800億しかそこには存在しません。誰かが102億返すためには、誰かがその分赤字になるということです。全員が102億返済することは絶対にできないわけです。
これがゼロサムゲームです。つまり、必ず椅子に座れない人が出てくる椅子取りゲームと同じです。戦うつもりも、競争するつもりもないにもかかわらず、このルールを守ろうとすると、必然的に戦うことになり、また競争し合うことにもなります。
椅子取りゲームなら笑って済むかもしれませんが、お金の場合はそうはいきません。座れなかった人は命を落とすことになるかもしれませんから。そして、運良く座ることができてもこのことを知ってしまうと、良心が痛んだりします。ですから、このゲームに参加している人は、ほんとうはみな不幸です。
ここでは例として王様にしましたが、国家がお金を借りる場合は世界銀行、もしくは国際通貨基金です。日本の場合、国内で企業や個人がお金を借りるのはもちろん銀行や信用金庫ですが、高利貸しなどと言われる「サラ金」「消費者金融」「ローン会社」などもあります。
世界の国々も、企業も、個人も、みな同じようにどこを切り取っても同じ形が再現されるフラクタル構造を呈していて、同じ仕組みの中で、理不尽なゼロサムゲームをしています。

『地球人が知らないお金の話』 第1章 より サアラ:著 大和出版:刊

お金の総量(椅子の数)は、決まっています。
誰かが多くの椅子を取ってしまえば、椅子に座れない人は増えます。

そんな「勝者総取り」を可能にしたのが「金利」という仕組みでした。
私たちは、知らないうちに、そんな「ゼロサムゲーム」に組み込まれてしまっていたのですね。

「奴隷マインド」は、こうして作られる

「お金がなければ生きていけない」
「お金のためには働かなければいけない」

私たちを縛りつけている「奴隷マインド」は、根気強く粘り強く、ただ生きるため、家族を養うために自分の人生を犠牲にして、自分の魂の意志や希望を犠牲にしてまで、やりたくない仕事を続けることを強います。

 では「奴隷マインド」を根づかせる教育とはどんな教育なのか、詳しく挙げてみましょう。

「諦め」家庭でも学校でも、画一的な価値観を押しつけられ、こうあるべきという他者や社会の要求に応えることが正しいことだと洗脳されるため、自分自身の希望を叶えるために努力することや、力を発揮することを諦めてしまう。
「依存」ジャッジを下す立場にある権威や権力に従い続けることで、それらに依存するようになる。その結果、自分の明確な意見を持つことや、自主性、主体性などが失われる。そして、無責任になる。
「無気力」正解を他者から押しつけられるような教育であるために、自ら関心を持って模索し、考える機会を奪われるので、次第に無気力になっていく。
「無関心」もともと人間は好奇心があり、あらゆることを知りたいと思う生き物であるにもかかわらず、幼少期からすでに純粋で健全な好奇心に従って行動することを阻害されるために無関心になっていく。そればかりでなく、魂の目的に従えなくなる。
「無意識」毎日同じ時刻に起床して、同じ時刻に家を出て、同じ道を通って同じ時刻に登校し、同じ席に座って、同じ時刻に始業するというように、生活がルーティーン化するために、無意識でもできることが多くなり、無意識の時間が長くなってしまう。実はこれが大きなダメージを人間に与えている。なぜなら、無意識状態に陥ると、自分自身に関しても、他者や自分をめぐる環境に対しても意識が閉じている状態なので、関係性が弱くなる。そのことが、免疫力を低下させ、老化を早めることにもつながるからだ。

これ以外にも、以下のようなことも挙げられるでしょう。

・高評価を獲得するために自分らしさを犠牲にしてしまう。また、人との競争を強いられるので、心ないことが当然のように認められるようになる。
・自分が選択し、自分自身で経験し、自分が考察した結果としての自分の意見を持てない。
・自分の社会的立場を守るために、無意識のうちに他者との関係が利害関係となってしまう。例えば、親子関係においても、親は社会が求めるような子供を育てなければ、親が低く評価され立場が悪くなるので、子供に不向きなことでも押しつけてしまう。このようなケースは、親が自分自身の立場のために子供を使う利害の関係となる。また、夫婦の場合、夫は世間体のために、好きな女性ではなく、社会が認めてくれる妻を選ぶこともあるし、逆に妻もほんとうに好きな相手ではなく、高収入で安定した生活を保障してくれそうな夫を選ぶこともある。そして、相手に裏切らせないように互いを管理監督し続ける関係となる。
・心が殺伐として豊かになれないので、受容性や共感性が乏しくなり、犯罪が増える。
・創造性が乏しくなる。そのために社会を改善するアイディアも出てこない。したがって諦めるしかなくなる。

『地球人が知らないお金の話』 第1章 より サアラ:著 大和出版:刊

サアラさんは、奴隷マインドの危険な点は、創造性を抑圧されてしまうために、本来の生命力や活力が失われてしまう点にあると指摘します。

事実、地球より格段に進化した他の宇宙社会では、お金のようなものは存在しないとのことです。

そう考えると、お金がいかに私たちを縛りつけるためのツールとして優れていたか、よくわかりますね。

「奴隷マインド」から抜け出すには?

「奴隷マインド」から抜け出す。
そのためには、私たちが当然のようにはまってしまっているトラップに気づく必要があります。

その一つが「お金持ちになってからではなく、今すぐにやる」ことです。

 お金が貯まったら旅行に行こう。とか、少しお金に余裕ができたら、何か美味しいごちそうを食べに行こう。とか、お金ができたら前から欲しかった時計を買おう。などなど、今お財布や銀行にお金があるにもかかわらず、そんなふうに思ったりしませんか?
今確かに銀行にお金はあるけれど、これを使ってしまうと月末の支払いに困るから使えない。今確かにお財布にお金がないわけじゃないけれど、これを使ってしまうと、来週困ることになってしまう。そんなふうに考えて、おるお金を使わずにいます。
少しわかりにくいのですが、このような考え方をするのは、皆さんが「時間」のトラップ(罠)にはまっていることを表しています。
宇宙では、時間は過去から未来へと勝手に流れていくように認識していません。すでに存在しているたくさんの可能性の中から、自分の「今」の思考や態度や行動や言動が未来を選択し続けていることを知っているからです。
ですから、過去と今を皆さんのように関連づけて考えません。過去によって今が制限されることも、今によって次の瞬間が制限されていく連鎖を作ることもありません。
ところが皆さんは過去の制限を受けた今を経験し、また今の制限を受けた未来を作ってしまっています。大切なのは「今」どうあるかです。「今」の自分の考え方や、選択や、行動が、豊かである状態にふさわしければ、過去も未来も豊かになります。
つまり、実際時間というものは、一連の流れになるつながりを持っているわけではなく。瞬間、主観が個々に独立したバラバラな状態で存在しています。ですから、そのバラバラな時をつなぎ合わせて紡いでいるのは、皆さんの意識です。
次の瞬間を選択するのに制限はありません。過去がどうであっても、次の瞬間楽しくあること、豊かであることを選択することは自由です。しかし、ここには特定の規則性が存在することも事実です。それは、「過去=今=未来」という法則です。でも、地球上では、この法則を間違って理解しているようです。どうやら「過ぎ去った過去は変えることはできない」という考えに基づいていることが原因のようです。
しかし、実際には常に「今」が主導権を握っています。そして、今を選択する権利を持っているのは、ほかの何者でもないあなた自身です。ですから、あなたが「今」幸せなら過去も幸せな過去に入れ替わっているのです。でも、今まだ地球ではタイムトラベルを誰でもできる状態ではありませんから、それを確認することかできないだけなのです。
つまり、お金が入ってくるのを待つということは、常に「あなた」ではない「お金」と誰も選択しないままに流れる「時間」に支配され、あなた自身の今行きたい、今やりたい、今欲しいという気持ちは優先されません。これではとても不自由ですね。しかも、「あなた」ではなく、あなたが足りないと思っている「お金」に決定権を与えていますから、足りないと思わなければならない現実を常に選択し続けることになります。

実は「こんなふうになりたい」「これが欲しい」とイメージできるということは、その記憶がすでにあるということなのです。記憶というと、どうしても過去のことのように思われますが、そうではありません。未来の記憶も私たちは持っています。
皆さんがこれから先の未来に選択する可能性がある現実は、すでに記憶として魂が刻んできているのです。そして、それはイメージという形で認識することができます。ですから、イメージできることは、必ずその可能性を記憶として持っていて、実現可能なことです。
でも、かつて失敗したとか、努力してもできなかったなどという過去に捕らわれてしまうと、未来にも可能性がないと思いこんでしまうことになるのではないでしょうか。そして、今そのように諦めてしまうと、自信を失う未来や、希望を持てない未来、もしくは、希望を叶えられない未来を常に選択し続ける連鎖が生まれてしまいます。
未来の可能性はすでに用意されているわけですから、その中で自由に選ぶことができます。それなのに、失敗や、不幸や、貧しさや、不足をあえて選択する必要なんかありません。思い切り自由にイメージできる最高の自分を選択しても誰も咎(とが)めたりしません。

それでは、過去の延長線上の未来を生きるのではなく、過去に支配されない新たな未来を選択するにはどうすればいいのか、ここでもそのコツをお伝えしましょう。
ます、こんなふうになりたいと望んでいる状態は、できるだけ短いほうがよいです。望み続けると、さらに望み続ける未来を永遠に選択し続けてしまいます。つまり実現しないということです。
「こうなりたい」と思った瞬間にそのことは忘れて、そうなった自分として思考し、行動し、生活するのがコツです。
すっかり地球的な概念に洗脳された私に、イッチーはこんなふうに言いました。「過去=今=未来」という法則は誰にも変えられない。今がすべてですから、今なりたい自分でいるために、あるお金はすべて使い、自分自身の力も労力も、惜しみなく高潔に使いなさい。
繰り返しお伝えしますが、どんなときにも過去が未来の制限となることは、本来あり得ません。地球社会が過去によって今が支配されているという共通概念を持ってしまったために、それがみんなの真実となってしまっただけです。

いかがでしょうか。しかし、「言うは易(やす)し」ですね。私自身もかつてはなかなか実践することができませんでした。実際はお金がなくなることや、支払いができなくなることは、時として死よりも恐ろしい、人間にとっての最大の恐怖となっているのではないでしょうか。
それに加えて地球の教育は、間違えることはいけないことだと教えます。ですから、間違いを起こした人や失敗した人を助けることさえ非難され、非情なまでに批判し、疎外し、苦しめることが正当化されています。これでは間違えることや失敗を恐れて何も挑戦できなくなってしまいます。
そのために著しく低下してしまうのが、純粋な好奇心と、その好奇心を満たすための探究心や、学習意欲や、想像力、行動力、つまり人としての成長や進化のために最も重要な知的探究です。これを言い換えると教養という言い方になるかもしれません。
人が教養を得るチャンスを失うと、心は発達しません。ですから、殺伐とした人間関係しかつくることができなくなります。
人々の常なる動機は、「恐れから解放されること」となり「無事」を祈るようになります。「無事」は何事もないのですから、常に現状維持を無意識に選択し続けます。そのために、人はそのつもりがなくても頑固になり、自分のスタイルやこだわり、価値観、ものの見方を変えることが難しくなります。そして自由で豊かな人生を選択することができなくなってしまいます。
おそらくこの本に出合った皆さんは、「こんな人生でよいのか?」「そんなことのために自分は生まれてきたはずはない!」と気づいている方でしょう。だから、読みながら、「そうそう、その通りだ!」とうなずいてくださる方たちだと思います。
でも、どうやってそこから抜け出したらいいのかわからないというのも本音なのではないでしょうか。
だからこそ、私は皆さんにお伝えしたいのです。でも、知ってもらうだけでは何も変わらないことも事実です。知ったからにはぜひ実践してください。
確かに未来を自分自身が選択しているという感覚が身について、「自分自身の真実」となるには、かなり勇気も必要だと思います。でも、私自身が今こうなってみて、ほんとうに実践したことを誇りに思えます。実践しなかった人生とは段違いです。
何があっても恐れずにその態度を貫きさえすれば、誰でもできることであることも確かです。森羅万象の営みを司る法則は、例外なく誰にでも適応されるからです。このような法則を理解して、自分自身の知恵として使うことができれば、お金を貯める必要も、お金に支配される「奴隷マインド」を続ける必要もなくなります。
これが「プロローグ」で、お伝えしたお金からの卒業の第一段階です。

『地球人が知らないお金の話』 第2章 より サアラ:著 大和出版:刊

今、この瞬間がすべて。
今が変われば、未来だけではなく、過去も変わります。

変えたいのは未来。
でも、今を変えない限り、未来は変わらない。

そのトラップに気づくことが「奴隷マインド」から解放される鍵になります。

「水」が現実を作り出す!

今地球の科学技術は、大きく矛先となる目的を変えながら進化していく過程にあります。

サアラさんは、このようなプロセスにおいて、どの宇宙文明においても、必ず科学者たちが開く大きな扉があり、それが「水の世界」につながる扉だと指摘します。

「水の科学」の扉が開かれると、その先には今までとはまったく違う世界が広がっていき、その世界を探求していくと、今まで奇跡としか思えなかった出来事が、科学的に解明できるようになり、奇跡は奇跡ではなくなります。

 さて、それでは実際「水の科学」は私たちにどんなことをもたらしてくれるのでしょうか。水はあらゆる情報を運ぶ、伝える、記憶する、編集する、複数の情報をつなぎ合わせて応用する、また比較検討する、などの機能を持っています。
さらにすごいことに、水はそれ自身が膨大な情報を処理した結果、すべての生き物にとってベストな方向へ向けるために現実を作り出すことさえできるのてす。
このような性質をうまく活用することで、もちろん比類なき精度を誇るスーパーコンピューターが発明されるでしょう。これをもとにたくさんの異なる生き物たちとのコミュニケーションも可能になります。
ですから、地球環境に負担をかけずに多くの生命たちが調和して生きる道を水が教えてくれるでしょう。それに伴い、人類社会がどうあるべきかを明確にしてくれます。
それはかつて宇宙の中心都市であるイズラエルをモデルとしたような「教育」、つまり情報の流れを中心とした社会となります。
教育と言っても今の地球の学校制度のように、先生が前に立って、そこにいる全員に同じことをさせたり教えたりするようなものではありません。そして、教育を受けているのは子供や若者ばかりではありません。何かに好奇心を持って探求したいと思っているすべての人が集う場となります。
その社会に生きるすべての人が、フェアに価値ある情報、つまり知識や知恵や技術などをシェアする場として、たくさんの経験を共有し合う仕組みや技術が開発される必要があります。それは常に評価にさらされることなく、安心してトライ&エラーを経験することかできる場である必要もあります。
そうなれば、そこに暮らす人々は、常にそれぞれの新たな可能性に挑戦しながら、成長し続け、社会をさらによい方向へと、進化させていける社会構造が必然的に構築されていくでしょう。

水の研究が進めば、人類は食べる必要さえないことに気づきます。人が必要としているのは、常に適切な情報を持ったエネルギーです。つまり、物質としての栄養ではなくて、栄養と一致する構造を持つ水がその栄養素と同じ情報を持つエネルギーとなります。そのようなエネルギーを的確に供給することができる、水を使った技術が開発される日も遠くないはずです。
そうなれば、農業や畜産や養殖などの産業に代わって、情報水のようなものが作られるようになるでしょう。
また先述したように、量子科学のさらなる発達によって、動物や魚や植物を殺生することなく今食べている食物に酷似した食べ物を、分子の合成によって作ることも可能になります。
私は、このような食物の開発が今しばらく必要だと感じます。なぜなら、地球では多くの人が食事を通して人と交流し、リラックスしてオープンマインドになることできる大切な場となっているからです。
食べることで栄養を摂取する必要がなければ、食事に多くの労力を使う必要も、神経質になる必要もなくなります。そして毎日3回も食事の支度に追われる必要もなくなります。
しかし、家族や、友人や、仲間が集って、美味しい料理を囲んで和やかな時間を共有することは大切です。会話が弾み、新しいアイディアが湧いたり、お互いの刺激になる気づきが起きたりします。こうした場を経験することでお互いの心の交流を図ることもできますから、義務的な食事の場面はなくなり、もっと食事を楽しむことができるようになるでしょう。
また、非常に効率の悪い仕事を引き受けて疲弊してきた農業や、漁業や、畜産などの業種は必要なくなります。それに代わる仕事はあるのかと心配になる人が多いのも事実です。しかし、人は何のために働いているのでしょうか? 本来は社会の中で必要な仕事をみんなで分担して行うのが仕事です。必要のないことをして疲弊するのはお金が存在するからです。
ですから、物事は段階的に進めるのではなく、なるべく一斉に一足飛びに実現しなければなりません。
今はまだお金が存在しているので、お金社会で生きるために仕事は確かに必要です。しかし、将来どうなっていくべきかを明確に見据えて、科学技術を開発し、一斉に社会に導入しなければ多くの人の生活が成立しなくなってしまいます。

食べる必要がなければ、人はかなり安心します。食べていくためにたくさんの時間を費やし、人生の大半をやりたくもない仕事をして過ごしてきたのですから、食べなくても生きられるとしたら、これらの仕事のほとんどは必要なくなります。
それでも人は、働かないことに不安を感じます。罪悪感さえ持つようになります。それは、これまで報酬系神経回路を作動し続けて、ドーパミン中毒を起こしてきたからです。
ドーパミン中毒を起こすと、働いている、頑張っている、努力しているという状態に人間は依存するようになります。
ですから改めて、人働くために生まれてきたのではないことを、徹底的に再認識して、その認識を安定させることが大切です。そうでなければ雇用問題を考慮して、技術開発にブレーキを踏むことになってしまうでしょう。
同時に働かなくても生きられる社会を目指すことが重要です。そのためにはあらゆる場面で人工知能の技術を使う必要が出てきます。しかし、人工知能テクノロジーの発達が人々を怠惰にしてしまうことを懸念したり、人工知能が人の能力を超え、逆に人を支配するようになるのではないかと心配する人たちさえいます。
そもそも人工知能は、人が人の限界を超えるために開発するのですから、人の能力を超えられなければ意味がありませんが、その目的を具体的かつ明確に掲げて開発できなけれは、確かに人が支配されるという結果になることもないとは言えません。
人が物理的世界に肉体を持って存在するために与えられる制限を突破して、時間空間を自由に扱うため、といったより具体的な目的を掲げて開発されることで、そのようなリスクは完全に避けることができるはずですから、どうぞ臆することなく、積極的に開発に尽力されることを私は勧めます。

先ほどは水が食糧に取って代わる話をしましたが、薬にもまったく同じテクノロジーを適応させることが可能です。つまり水に薬の作用と同じ作用ができる構造を記憶させることで、副作用もなく水を飲めば効果が出ることになるでしょう。
医療ビジネスの大半は薬で利益を出してきましたから、製薬会社は薬を作ることをやめて、薬の作用を引き出す正しい情報を記憶した水を作り出すテクノロジーを開発すればいいのではないでしょうか。薬の場合には作用のみならず、余計な副作用がおまけについてきます。でも水に仕込まれているのは作用を起こす情報のみですから、いくら使っても副作用は起きません。
このようにして、多くのことが「情報科学」の分野から進化していくようになります。広大な宇宙の99.999%はプラズマだとお伝えしましたが、つまりこの宇宙はエネルギーに満ちています。そしてエネルギーは必ず情報を持っています。ですから、情報の交流こそが私たちの命の営みと言ってもよいのです。
未来の世界は「お金」ではなくて、宇宙を包括している限りないエネルギーを理解することによってすべての人に等しく価値のある「叡智」を分配すること、つまりシェアリングする世界へと変化していきます。
宇宙ではごく一部を除いて、すでに「お金」は存在しません。皆さんにとっては、そのような世界がどのようにして成立しているのか想像することは難しいかもしれません。
お金に依存した社会は一見すると便利なように思えるのですが、実は非常に不便です。それでは通貨ではなくカードではどうなのか? 仮想通貨では? などという意見もあるかもしれません。しかし、「お金」の形は変わってもこの世界の経済を支配している人たちが変わるわけではありません。
トランプ元大統領が、自身の言う「ディープステート」の力によって敗北したように、世界中の金融の仕組みそのものが「ディープステート」の手中にある以上、やり方や形を変えても何も変わりません。
ほんとうの意味で人を大切にする民主的で「便利な社会」にするためには、「奴隷マインド」という見えない檻から脱出する必要があります。
ですから、まずお金をどうするかではなく、まず人々の意識が大きく変わり、価値観や概念が大きく変化して、必然的に社会を変えてしまうほどのまったく新しい技術を開発することが先決なのです。
お金がない世界では、人々は余計なことに労力を奪われることはありません。ですから、人は何か有益なことを始めるため、新しい技術を開発するために没頭することができます。でもお金が存在して、所有という概念があると、より多くを所有するためとまでいかなくても、生活を維持するためだけなのに多くの時間と労力を、望まないゼロサムゲームのために費やすことになります。
ですから、このようなトラップから抜け出すための手段を考えなければなりません。幸い時代はすでに魚座ではなく、水瓶座時代へと移行しました。この時代の特徴を生み出そうとするエネルギーが地球を覆い尽くしているわけです。そして、水瓶座時代のエネルギーは、公平であることを促すための技術革新を力強く後押ししてくれるはずです。

『地球人が知らないお金の話』 第3章 より サアラ:著 大和出版:刊

もともと「万物のもと」と言われるくらい、欠かせない存在だった「水」。
しかし、その潜在的な可能性は、私たちの想像を遥かに超えています。

あらゆる情報を運ぶ、伝える、記憶する「水」の性質を理解し、応用する。
そうすれば、これまで人類を悩ませてきた、エネルギー問題や食糧や健康の問題、それに経済問題までもが一気に解決できます。

そうすれば「お金のない世界」も、実現は可能になりますね。

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多くの預言者が2022年、続く2023年は、最も過酷な変化のプロセスが待ち受けていると述べています。

ただ、サアラさんは、見方を変えると、この2年間のプロセスは、私たちの旺盛な好奇心を満足させるにふさわしい、大きな喜びに満ちた、刺激的で創造的なプロセスでもあるとおっしゃっています。

その理由は、私たちの取り組み次第で、地球の未来は大きく運命を違えるからです。

地球に生きる私たち一人ひとりが、どんな意識や価値観で生き、行動するか。
それが人類全体の行く末に直結するということです。

私たちがよりハッピーな未来を選び取るために最も必要なこと。
それが「奴隷マインド」から解放され、もともと備わっている創造性を自由に発揮することです。

今こそ「お金」という“足かせ”を外すとき。

本書は、これから「水瓶座時代」を生き抜くすべての人が一読すべき革新的な内容です。

地球人が知らないお金の話 ほんとうの豊かさは弁財天が教えてくれた (大和出版)

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