【書評】『「この世」の歩き方』(サアラ)

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お薦めの本の紹介です。
サアラさんの『「この世」の歩き方』です。

サアラ(Saarahat)さんは、スピリチュアルな人生を提案するSuper Life Galleryを主宰されています。

「魚座時代」から「水瓶座時代」へ

「今は、宇宙的に観て、大きな時代な転換点である」

最近、そういったことを聞くことが多くなりました。

サアラさんは、新しい時代のエネルギーは、皆さんが何の努力をすることもなく、ちゃんと新しい時代を生きるにふさわしい状態に変化させてくれると述べています。

 新しい時代は「水瓶座時代」「解放の時代」とも言われています。星占いを信じる人も信じない人もいます。占星術と言われるものは、確かに当たらないことがありますから、信じられなくても当然です。なぜならこれもあくまでも確率的に未来を予測しているだけですから、決定できるのは占い師ではなくて、その人自身です。
しかし、魚座時代を振り返ると、皆さんはまんまとその時代のエネルギーに支配されてきたことがわかります。
「魚座時代」は「支配の時代」と言われ、水の性質を持っています。あの、3・11のときの巨大な津波の威力を思い出してください。この力にはだれも抵抗することが出来ずに、何もかもを飲み込み、流していきました。
魚座時代はまさにこんなイメージです。巨大な組織が人々を飲み込み、人はその目的も、方向性もわからないままに、無抵抗に支配されます。金融の仕組みや、法律や、巨大な企業や、あるいは途轍(とてつ)もなく巨大な宗教組織にそれを見ることが出来るでしょう。
また、魚座時代には曖昧さや秘密がまかり通るので、魚座時代から水瓶座時代へと移行する時期には、今まで隠されてきたことが次々と明るみに出ます。
これだけを聞いても、「ほう、確かにそのとおりだった」と思っていただけるのではないでしょうか。そうだとすれば、「水瓶座時代」も同じように私たちはその時代のエネルギーに大きな影響を受けることが予想できるでしょう。
「水瓶座時代」は風の性質ですから、重たい水とは打って変わった性質となります。
水は必ず高いところから低いところへと流れますが、風はどこへも流れていきます。それだけ自由な動きが出来るわけです。この時代は「解放の時代」、まさしく魚座時代の支配体制が崩壊し、人々が自分を取り戻して、それぞれが自立し、自分自身の力や才能を生かして公平な社会を再構築します。
そのモチベーションは自分を満足させるところになるでしょう。また、社会に完全性を求めるのもこの時代の特徴です。したがって、多くの人が魚座時代の苦い経験から学んだことを生かして、改革を起こすことになります。
ここまでの話だと、良いことづくしのように思えますが、もちろん厳しい面がないわけではありません。
自由が認められるということは、今までのように長いものに巻かれ、力の強い人たちに依存していれば、何とかなる時代ではありません。強烈に自立を促される一方、それぞれの個性がきちんと尊重されます。
ですから、自分のユニークな考え方を生かして、素晴らしい活動をする人たちがどんどん輩出されるでしょう。しかし、一方で自己肯定感を持てない人たちや、自分を信じられない人たちは苦労することになります。ですが、この時代は画一的な価値観を押しつけられる時代でもないのです。今までの価値基準で自分はダメだと思ってきた人は、むしろ自信を回復するチャンスがたくさんあるはずです。
とにかく新しい時代は、楽しくて面白いチャンス満載の素敵な時代です。この時代に地球社会が大きく飛躍できたら、やがて宇宙人類や、それ以外の知的生命たちとも素晴らしい交流が出来ることでしょう。

『「この世」の歩き方』 はじめに より サアラ:著 大和出版:刊

新しい世界には、その世界に合った「歩き方」が必要になります。
サアラさんは、本書を「この世界をどう旅すれば良いか」について書かれたガイドブックだと述べています。

本書は、新しい時代が与えてくれるチャンスを生かして、豊かで幸福な人生を選ぶためのノウハウについてまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「魂」とは、何か?

サアラさんは、皆さんが「運命」とか「宿命」とか思っているのは、自分自身の霊的な意志によって選択したことだと指摘します。

では、自分自身の「霊的な意志」つまり「魂」とはどのようなものなのでしょうか。

 一般的には、魂は肉体の中にあるものというイメージが根強いようですが、魂とは私たちの体を取り巻いているエネルギーフィールドの皮膜なのです。
エネルギーフィールドの大きさは、普通の方で半径8メートルほど。その内部は、中心に近いほうから意識場、潜在意識場、超意識場という3つの層に分かれています。

意識場はいわゆるオーラと言われている部分です。主な働きは人間の大脳を機能させることで、思考、記憶、認識、判断、決断、実行といった活動をコントロールしています。
潜在意識場はトーションフィールドとも呼ばれ、主に中脳、脳幹、間脳などを機能させます。私たちが意識しないところで働いている生命維持装置のようなものですが、この部分は感情の一部や直感、サイキックな感覚なども司っています。
超意識場は主に小脳をコントロールします。超意識場には個人レベルを超えた宇宙の膨大な情報を蓄えられていて、必要に応じて、霊的存在としての私たちに関する情報を小脳に送り込んでいます。
でも残念ながら、小脳に送られたスピリチュアルな情報を正確に認識できる人はあまりいません。その情報を大脳で頻繁にビジュアル化するとか、そういったことができるのはごく一部の人です。
理由のひとつとなるのは、現実的な思考にとらわれすぎていることです。もし、子供のように社会的な概念に縛られることなく、自由に感じて、自由に考えて、しかも心を発達させることが出来、主観と客観のバランスが取れたら、もっと多くの人がこの機能を使うことが出来るようになるでしょう。
現代社会は常に画一的な価値観によって人を評価しますから、自由を許してくれません。でも自由がなければ、人の心は成長しません。小脳から大脳までを一直線に繋ぐような使い方をするためには、心の成長とともに得られる人格の調和が必要です。
「啓示を受けた」とか「メッセージを受けた」というのは、まさに小脳からの情報が大脳に入ってきたことを表しています。
しかし、このような霊的な情報は、だれもが元々持っている情報です。なぜなら私たちの魂は宇宙の別の次元に存在するマスターソウルの一部であり、常にそこと情報をやりとりしながら、地球に生まれてきた目的を果たすために活動しているからです。

『「この世」の歩き方』 第1章 より サアラ:著 大和出版:刊

図1 エネルギーフィールド3つの層 この世 の歩き方 第1章 図1.エネルギーフィールド3つの層
(『「この世」の歩き方』 第1章 より抜粋)

魂まで含めた「自分」は、私たちが考えている以上に大きいものです。
すべての人間は半径8メートルほどのエネルギーフィールドを持っている。
つまり、周囲の人間の影響を受けている、ともいえますね。

あなたの魂の中にある「エゴ」と「スピリット」

サアラさんは、私たちの意識はグラデーションになっていると述べています。

「エゴ」と呼ばれる社会意識をもって人として生きている部分
「スピリット」と呼ばれる霊的視点を持って、この地球社会の中で人間としての経験を促している霊的な意識の部分

この両者が合わさってできているということですね。

 魂の中にはエゴとスピリットの両方が含まれています。厳密に言えば、「魂が決めてきた」という言葉は間違っていて、「スピリットが決めてきた」と言うほうが正しいのです。そもそも魂はスピリットを宿す薄皮のようなもので、その中に意識の層があり、それぞれの層の中で、1冊の本のように情報がきちんと編集され、整理された状態で保存されています。ですから魂のことを「ブックオブライフ」とも言います。人生というゲームを行っている主体となるのは、この魂に宿るスピリットです。
皆さんも、ゲームをしていると、だんだん難易度が高いものをやりたくなりますよね。それと同じように、スピリットは生まれてくる前に、より難しいゲームをやろうという意欲を持っています。でも生まれてきてエゴを持ってしまうと、「あれ? こんなはずではなかった」とその難しさに圧倒されます。

今はカメラの精度が上がってしまったので、よけいなものが写ると処理してしまいますが、昔はよくオーブが写真に写りました。オーブとは球状の魂です。大きく写ったものだとわかりやすいのですが、オーブには一つひとつ違った模様がついていて、それが曼荼羅のように美しく編集された状態の情報です。
意識の7つの階層それぞれの中にはテーマごとに必要な情報が入っていて、それが編集され、棲み分けされて、模様のようにオーブにおさまっています。魂もそうだし、人間の体の中も同じです。体の中で役割分担をするかたちで臓器があり、細胞にも役割分担があります。小さな一部をとっても、それが全体と同じ形を表しているフラクタル構造になっているのです。

エゴとは、一言で言えば人格です。社会的な価値観や概念を受け入れて、それを元に日々を営んでいる意識のことです。
エゴをエゴイスティックと混同する人が多く、「自分勝手」みたいな意味だと思われる方も多いようですが、本当はそうではありません。何かひとつの目的に向かって努力したり頑張ったりするのもエゴです。
だからエゴは自分勝手な意識という意味ではなく、社会的な概念や価値観に基づいて思考したり行動を起こしたりする人間としての意識の領域です。そこが発達してくると人は霊的な意識を認識出来るようになります。また、社会的な概念に振り回され、興味も喜びも感じない仕事に人生を費やして終わるようになことはなくなります。
もし「自分が喜びを感じることをするために人生を開拓しよう」となったら、その人のエゴとスピリットは接点を持った状態になります。
ただ、スピリットは叩かれても痛くないですが、エゴは叩かれたら痛いのです。成長してもそれは変わりません。
エゴがなければ喜びも悲しみも感じられません。あらゆることを経験して感じられるのはエゴなので、エゴは心の発達のために非常に重要な部分です。

エゴが成長すると物事を俯瞰して見られるようになります。成長して感性は鋭くなっているけれど、やわらかいスポンジのように、悲しいことも苦しいことも受容できる柔軟な心が育成されるからです。

魂は人生に必ず悲しい場面や困難を配置します。それを受け入れられるかどうかがエゴの成長のバロメーターになりますが、受け入れて「豊かな時を過ごしている」と感じることができたら、そのときはもう霊的な視点を獲得しています。
ところが、それを社会的概念が阻止していることがあります。
私たちはこれが当たり前と思わされてきた歪んだ社会意識から、実際には痛くもかゆくもないことのために悩んだりしています。
たとえば、年頃になっても結婚できないことに悩んでいる人は多くいます。しかし、結婚は必ずしも人を幸せにするものではありません。独身で自由に素晴らしい人生を生きている人もたくさんいます。また、子供ができないことで悩んでいる人もたくさんいます。「妊活」して身体を痛めつけてまで産もうとする人もいるくらいです。何かがおかしいと思いませんか?
「自分はこうあるべき」という観念から、純粋な感情を抑え込んでしまうことがたくさんあります。本当は結婚を望んでいない、本当は子供は必要ないと思っているのに、社会から非難されることを怖れて、自分が望んでいるように錯覚してしまうのでしょう。
これらのことは、固く閉ざされた心を開いて、ニュートラルな位置から物事を俯瞰して見ることができれば、すぐに歪んだ社会の実像が見えてきます。そして、私たちがどこへ向かえば良いのかを示す霊的な視点にも気づくことができます。

『「この世」の歩き方』 第2章 より サアラ:著 大和出版:刊

図2 意識の7階層 この世 の歩き方 第2章 図2.意識の7階層
(『「この世」の歩き方』 第2章 より抜粋)

「エゴ」と「エゴイスティック」は違うということ。

スピリチュアル的な生き方を目指す人は、しばしばエゴを無視したり排除しようとしたりしますね。
しかし、それでは本来の自分が望む生き方には到達できません。

魂という車の両輪であるスピリチュアルとエゴの両方を成長させる必要があるということですね。

「タイムライン」と「パラレルワールド」

私たちは、目の前の現実に常に反応して生きています。

しかし、目の前の現実は自分の過去の意識が創造したのですから、目の前の現実に反応することは、意識上では過去を追いかけていることになります。

過去の意識が現実を創り、現実がまた意識を創る。
私たちは、その切れ目のない輪を回り続けているわけです。

この輪からどうすれば抜け出せるか。

サアラさんは、私たちが反応している現実は非常に不確かなもので、思考を変えることでいつでも簡単に変えられると説明しています。

 現実世界で目にすることの出来るすべての物質は、分子や、それをさらに小さくした原子や、さらに小さい素粒子で構成されています。これらはすべて同時に3000か所に存在しうるのです。その中で皆さんが見ているのは常に1/3000の確率の可能性だけです。その中で皆さんが見ているのは常に1/3000の確率の可能性だけです。そして実際にはもっと多くの可能性が常にここに存在しています。
そして、これらの分子が連なった物質は、観察者と言われるだれかの意識が確定しない限り不確定な状態でそこに存在しています。
私たちは膨大な可能性の海の中に漂っているようなものなのです。そして、ここでは常に多くの人が何かを思い、考えていますが、人々は思考することで、すでにここに存在している多くの可能性の中から、瞬間ごとに今の現実を選択し続けて、バラバラだった時間を1本の線のように繋ぎ合わせているのです。このように線状になった時間をタイムラインと呼びます。ですから、ここには多くの人々の思考によって作られたたくさんのタイムラインが存在しています。
それはまるでベルトコンベアーの上を次から次へと運ばれていく「現実」といった感じでしょう。私たちは、それらの「現実」を眺めたとき、さらに新たな「現実」を創り出しています。ベルトコンベアーの上を流れる現実はタイムラインを作っています。出来あがった「現実」が次々と運ばれて箱詰めされるとひとつの世界が出来ます。次々と箱が積み上がっていくと、パラレルワールドが出来あがるわけです。

さて、通常はパラレルワールドにいる数千の私は、お互いに出会うことはありません。しかし、出会ったことがあるという人もいるのは事実です。このような現象をドッペルゲンガー現象と呼びます。
しかし、別の自分として認識することはなくても、明日の朝目が覚めた時に同じ「現実」に目覚めるとは限りません。違うベルトコンベアー、つまり、違うタイムラインに目覚めるかもしれないのです。
何となく今までと違った空気感だと感じる、昨日置いたはずの本が今朝違うところにあったなどというときには、昨日までと違うタイムラインに目覚めた可能性があります。
今の状態で、皆さんが意識的にタイムラインをコントロールすることは難しいのですが、常に起きてしまった現実に反応するのではなく、今日、今この瞬間からが新たなスタートだと思って、(実際いつでもそうなのです)自分が望む自分であろうとし続けるようにします。そのように意識し続けた1年と、毎日を現実に嘆き、文句を言い、がっかりしながら溜息をついて過ごす1年で、どれだけの違いがあるかを想像してみてください。

私はある取材を受ける約束をしていたのですが、当日ちょっとアクシデントが起きて、取材の時間に間に合いそうもなく、できれば中止にするか時間をずらすことは出来ないか、編集者の人に電話をかけました。でも、彼女は携帯をキャリーバックの中にしまったまま電車に乗っていたので、電話に気づきませんでした。そのため、彼女ももうひとりの担当者も最初の約束どおりにやってきましたが、不思議なことに、私は時間どおりに間に合い、無事取材を受けることが出来ました。
この例で話をすると、取材を受けた可能性、キャンセルした可能性、受けたけれど時間がずれた可能性、私の用事が早く終わり予定どおりに取材ができた可能性、これらの違った可能性がすでに現実としてそこにあり、3人のそのとき意識状態が、その中のひとつを選んでいます。
このように毎日、瞬間、瞬間に起きる現実は、常にこのようにそこに何らかの接点を持って意識を向けている人たちが関わることで、たくさんの可能性からひとつを選択し続けています。そして次々に選択されたことによって、直線で繋がれた可能性の群像がタイムラインなのです。
たとえば「今」というポイントがあって、その世界にはA、B、C、D、E、F・・・・・の可能性があり、次に何を選択するかを決定しているのは、「今」抱いている目的や、希望や、イメージやそれ以外の思考です。だから、ボーッと過ごしていると、予想外のことが起きるのですね。
「今」が次の瞬間にCを選んだ場合には、Cとイコールの関係になる過去Zになり、もし同じ「今」の瞬間に別のことをイメージして、次の瞬間にBを選択したら、それに準じて過去も変わります。今と過去と未来の関係は必ずイコールになるのです。ですから、次の未来にCを選んだ過去がZだとしたら、Bを選んだときの過去はYになるかもしれません。
でも過去は確認できません。ある可能性群が他の可能性群と交わり合うことはほとんどないのです。でも、たまにその人が飛躍的な選択をすると、それぞれの可能性の群像がわずかに重なり合ったところを選ぶかもしれません。そうすると、もうひとりの自分と出会うドッペルゲンガー現象が起きる可能性が出てきます。

『「この世」の歩き方』 第4章 より サアラ:著 大和出版:刊

図3 タイムライン この世 の歩き方 第4章 図3.タイムライン
(『「この世」の歩き方』 第4章 より抜粋)

いつも同じような出来事が繰り返される。
自分が望む現実が起こらない。

それは「過去の意識」にそのまま反応しているからです。
変えるべきは、結果である「現実」ではなく、原因となる「意識」だということ。

膨大なパターンの現実が、同時並行に存在している。
パラレルワールドの概念は、近い将来、科学的にも立証されて一般的になるのではないでしょうか。

あらゆる概念を疑ってみよう!

地球は、今、新しいエネルギーをベースにした新しい時代に突入しています。
占星学上、「水瓶座時代」と呼ばれ、約2600年続きます。

この時代は、通信ネットワークが非常に発達する時代です。

サアラさんは、長く続いた支配のエネルギーは消え、公平さを重んずるエネルギーへと変わり、人々の価値観が必然的に大きく変化するとし、この動きを加速するのが科学だと指摘します。

大きく進化する科学の代表が「AI」です。
サアラさんは、人間が人間自身の限界を突破するために、AIは必要不可欠だと述べています。

 将来AIが人間に取って代わるのではないかという恐怖を感じる人もいると思いますが、AIに取って代わってもらえなかったら、私たちは一生涯過酷な労働から離れることができません。そういう意味でも、人間の本来の価値を皆さん自身が深く考えるべきタイミングにあるのではないでしょうか。
何と言ってもすでにAI技術の開発を止めることなどだれにも出来ません。問題は人間の雇用が激減することではありません。そもそも高度な頭脳を持つはずの人間が社会に使役されている状況のほうがよほど不自然で、正直私から見るとシュールとしか言いようがありません。
人工知能技術は、地球の今後の可能性を大きく左右する鍵となります。この技術がなければ、皆さんは今後もずっと地球に貼りついて生きていくしかありません。太陽系の外れの惑星にさえ行くことは適わないでしょう。
ここで物事の考え方を大きく変えるには、柔軟で自由なマインドが何より必要です。
問題は就労することではなく、経済の抜本的な改革と、AIの技術開発がかみ合うかどうかです。この両輪が同時に進行する必要があります。
この世界が限界まで来ているという感覚はすでに皆さんにも充分あると思うので、ここで根本的な概念を切り替えられるかどうかが鍵になるでしょう。

今までにないような企業が急成長している事実があります。そのような企業は特別ユニークな業務を行っているわけではありません。何が違うかというと、就労者の働き方がフリースタイルなのです。
出社を義務づけられていない、会社内に私的なことを持ち込んでいい、たとえばおばさんが編み物しながら電話を取っていたり、赤ちゃん用のゲージに生後7か月の赤ちゃんを置いてみんなであやしていたり、そういう企業の業績が不思議にぐんぐん上がっています。
今しばらくはまだ人間が就労しなければならない場面が多いのですから、最近よく言われる働き方改革は当然必要です。それに伴って組織のあり方は大きく変化させる必要があります。
今の就労制度だと、人生の大多数の時間を仕事に費やしていることになりますから、仕事は立派に人生の一部と言えます。ですから、仕事への参加の仕方ややり方についてもっと工夫が必要だと思います。特に激務や社畜が嫌だと言いつつ、仕事依存症になっている日本人にとっては、この課題に向き合うことは価値観を大きく変化させて、生活の質を向上させる上で良いチャンスとなるでしょう。
国民の幸福度がかなり低い日本は、戦後必死でここまでやってきたので、国民一人ひとりの幸福をどこかに置き忘れてしまったような感じです。しかし、今の日本はあらゆる面で、世界から二歩も三歩も遅れをとっています。また、今後日本経済は取りかえしのつかない状態にすでに陥っています。この状況でもう一度全体のアイデンティティーを考え直す必要があるのではないでしょうか。

小さな子供たちは自分の幸福を考えていませんが、彼らは今この瞬間の満足だけのために生きていますよね。それを得ようとするためにものすごいスピードいろいろなことを習得します。
大人になると、この瞬間の幸福や満足が、どこかすっぽ抜けてしまうので、成長が止まってしまいます。成長と自分の満足は両輪なのです。
しかし、大人になっても一瞬一瞬を大切にして、そのときどきで自分を満足させようとしたら、新しい可能性のために、スキルアップしたり、知識を増やしたり、新しい何かを習得したり、今まで経験がないことにチャレンジしたりすることになります。
ですから、当然、どんどん成長することになります。
ところが、社会的に押しつけられる価値観というものがあります。結婚したら幸せになれるとか、一流企業に入ったら幸せになれるとか、エリートの仲間に入ったら幸せになれるとか。そうなってみて、実際は苦しかったという経験をする人もよくいますが、自分の満足と社会的に押しつけられる幸福観がすり替わってしまっていると、幸福感を得ることも、自分に満足することもできません。
社会的な価値観を信じて生きていると、そもそも自分の純粋な好奇心や、本当に自分が何を望んでいるのかわからなくなってしまいます。幸福難民の状態です。このような人たちは、感覚が鈍くなってしまっているので、喜びを感じることも少なく、もともと自分が何を求めていたのか、どうすれば自分が満足するかを探すことも難しい状態です。
しかし、人間はもともとそう難しいことを求めているわけではありません。ささやかな快適さなどを求めるところから始めてはいかがでしょうか。
人間は自分が満足できることを探求することによって、徐々に魂の計画にシフトできるようにできています。ですから、この問題は皆さんが思うより重要です。

『「この世」の歩き方』 第5章 より サアラ:著 大和出版:刊

AIが発達し、ほとんどの仕事を肩代わりするようになると、残るのは心と人の手のぬくもりがなければ出来ないサービスのみになります。

サアラさんは、人の手が必要なくなるほど、心の交流が大切な世界になり、生きるためのスキルより、心を強くしたり、しなやかにしたり、柔軟性が持てるようにしていくことが大事だと述べています。

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サアラさんは、これからはすべての人が、科学を通して自然界から多くのことを学ぶようになるだろうとおっしゃっています。

人類は、自然から学び、自然の恵みを享受することで、文明を発達させてきました。

「もう自然から学ぶことはない」
いつの間にか、私たちはそんな傲慢な考え方に支配された結果、大きな危機に立たされています。

再び、自然と向き合って学び、智慧を得ることが人類が生き残る唯一の手段です。
宇宙的に新しい時代を迎え、地球自身もアセンション(次元上昇)を試みている今、私たちも変わっていかないと、取り残されてしまいます。

新しい時代には、新しい時代に合った「歩き方」があります。
本書は、まさにその入門書にふさわしい一冊といえます。
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