【書評】『自分の頭で考えるということ』(羽生善治、茂木健一郎)

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 お薦めの本の紹介です。
 羽生善治さんと茂木健一郎先生の『自分の頭で考えるということ』です。

 羽生善治(はぶ・よしはる)さんはプロの将棋棋士です。
 19歳で初タイトルを獲得するなど破竹の勢いで勝ち続けて、96年には将棋界の「七大タイトル」と呼ばれる全てを独占して話題を呼びました。
 通算勝率は7割を超え、現役最高の棋士の一人です。

 茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)先生(@kenichiromogi)は、脳科学者です。
 ご自身のご専門に留まらず、幅広い分野で活躍されています。

「考える」ということの本質とは?


 羽生さんは、何十何百とある指し手の中から、瞬時にして最善の一手を選び出すことも可能です。
 頭の中では、どんな高性能のコンピューターも及ばない速さで思考がフル回転してます。
 その鋭く研ぎ澄まされた集中力と経験に裏打ちされた勝負勘は、他の追随を許しません。

 茂木先生は、脳科学の分野だけでなく、文学や芸術などにも造詣が深く、自ら小説や評論を書いています。
 羽生さんをして「飛び回る知性」と驚嘆せしめた、場所を選ばない鋭い観察眼と深い洞察力を兼ね備えます。
 そのバイタリティあふれる行動力と圧倒的なアウトプットの量と質には驚かされるばかりです。

 “プロ棋士”と“脳科学者”。
 “静”と“動”。

 対照的ですが、どちらも卓越した思考能力を備えている二人。
 それぞれ「考える」ことについて違ったイメージを持っています。
 しかし、共感する部分もかなりあったとのこと。

 人間の「知性」とは何か。
 これからの時代に必要な「考える」とは何か。
 
 本書は、異なる分野の第一人者同士が、様々な角度から「考える」ことを語り合った対談集です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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コンピュータに勝る人間の脳の特長とは?


 人間とコンピュータの思考のアプローチの違いについてです。

 例えば、将棋の次の一手を決める場合。
 コンピュータは、可能な手を片っ端から当てはめていく全検索的な方法をとります。

 一方、人間は直感のようなものでいくつかの可能性のある手に絞って吟味します。

 コンピューターの得意な全検索的な方法は、目的のはっきりした終盤戦で威力を発揮します。
 しかし、流動的で不確定要素の多い序盤戦は苦手で、人間の脳に分があります。

 羽生さんは、コンピュータがどんなに進歩しても、画期的な序盤の新作戦は恐らく出ないと考えています。

茂木 そこはもう人間によって検索されてしまっているということですか?
羽生 いえ、それがたぶんコンピュータにとって一番苦手な領域だと思うからです。結局すべてデータベースに頼ってやることになると思うので、まったく考えられていなかったような危険な手は、それほど生まれないような気がする。補助はしてくれるでしょう。人間がアイデアを思いついたとして、それに対する対応策というか。新手の防ぎ方とか、そういうシミュレーションはできるかもしれませんが、新手そのものはたぶん産み出さないんじゃないかと思います。
茂木 序盤の難しさは何に由来するのでしょう?
羽生 やはり目的がはっきりしないということじゃないですか。オセロだったら、ある種の法則性を見出して、それに沿った選択をしていけばいいんですが、将棋の場合は、ある作戦を採用したからといって、それを数値化したり、一貫した法則性を見出すのは非常に難しい。
 コンピュータはひとつの法則に従って、ゴールに一直線に向かうことを得意とするはずですが、ゴールに向かわずに途中で戻って来ちゃうとか、価値観がどんどん変わっていってしまう、なんて状況はたぶん苦手なはずです。そういうことと序盤の難しさは密接に関係していると思いますね。

 『自分の頭で考えるということ』 第1章 より 羽生善治、茂木健一郎:著 大和書房:刊

 コンピュータの進歩は、急激に進んで今後もさらに高性能化が進むと予想されます。
 だからといって、人間の脳をすべての面で上回るのは、まだまだ先のことです。

 コンピュータの思考のアプローチと、人間の思考のアプローチ。
 この2つには、根本的な部分で違いがあります。

 コンピュータの苦手な、答えのはっきりしない問題、数値化の難しい曖昧な問題に取り組むことに特化する。
 私たちは、そうしないと生き残れないということかもしれません。

人間の本質は「逸脱」にある!


 プロ棋士といえど人間ですから、つねに正しい手を指すことができるわけではありません。
 一流の中の一流といわれる羽生さんの場合でも、指し手が正しい確率は8〜9割程度とのこと。
 つまり、すべての指し手のうち、1〜2割はミスショットということになりますね。

茂木 魔が差すみたいなこともあるんですか?
羽生 ありますね。特に長時間の対局では思考のエアポケットみたいなものがあって、あまり深く考えずにふらふらっと指してしまうことはありますね。これがたぶんコンピュータといちばん違うところでしょう。コンピュータって同じようにずっと考えられますけど、人間にはできませんから。
茂木 確かにできないですね。
羽生 その思考のメリハリのために、どうしても不器用さであったり、でこぼこであったり、粗削りなところであったりというものが残るのかなと思います。
茂木 この対話の最初の方で垣間見えた「コンピュータを駆使した情報化によってガチガチになっている将棋界」というのとはまた違った将棋界の姿が見えてきてホッとしますね(笑)。
 人間ってどんな時代になっても、逸脱のトータルの量としては変わらない気がするんですよ。人間の社会はどんどん管理されていくという思い込みを皆が持っている。昔だったら『1984年』とか『**すばらしい新世界』みたいに、全てが監視された超管理社会が到来するなんて未来予測があったわけです。
  *イギリスの作家ジョージ・オーウェルの小説。1949年刊。
  **イギリスの作家オルダス・ハクスリーの小説。1932年刊。


 ところが実際にインターネットが普及してくると、むしろインターネットこそが自由の象徴だみたいな雰囲気になってくる。どんなにガチガチに管理しようと思っても、やはり人間はそこから逸脱しようと志向してしまう気がするんです。だから逆に言うと、その逸脱の仕方を見つけていくのが芸というか、工夫のしどころなんです。
 冒頭の話に戻ると、将棋がどんどん情報戦になっていて、手を研究し尽くさないとまともに勝てないよなんて聞くと、すごく息苦しい感じがするじゃないですか。でもちゃんと逸脱の仕方を見つけているんです。だからきっと、トータルでは変わらなかったりするんじゃないかな。
羽生 どこに遊び心を見出すかということですね。
茂木 将棋自体が遊びみたいなものだし。
羽生 そのとおりです。

 『自分の頭で考えるということ』 第2章 より 羽生善治、茂木健一郎:著 大和書房:刊

 人間の脳はコンピュータと違い、雑念や失念などで思考が逸脱する可能性をつねに抱えています。

 思考の逸脱は、人間の思考の弱点といえます。
 しかし、それは逆に、誰も考えつかなかった創造的なアイデアを生み出すこともあります。

 人間の思考は、どこかに「遊び」を持っているときに、最大限の能力を発揮されます。
 どんなに切羽詰まったギリギリの状況でも、心の余裕をなくさないようにしたいですね。

「三十手先を読み切る」ということ


 羽生さんは、将棋と全然関係ないことをやっていてパッとひらめく時の感じと、対局中に手を読んでいて指し手を思いつく時では、「ひらめき」の感じが違うと述べています。

 対局中に手を読んでいる時は、雑巾を絞っている感じで、アイデアみたいなものはリラックスしている、あまり緊張していない時の方が出やすいとのこと。

 羽生さんは、対局中の「ひらめき」を生む、棋士独特の思考を以下のように説明しています。

茂木 手を読んでいる時の思考の密度って、何かにたとえるとどんな感じ──どのくらいの集中度なんですか?
 たとえば名人戦で集中して読んでいる時の、思考している時の集中度、密度というのはどんなイメージですか?
羽生 あまり記憶に残っていないんですよね。後で思い出せるような時はそれほど集中していない。あとは時間の経過がよくわからなくなっているので、それが説明を難しくしているということはあるかもしれません。手を深く読んで・・・・どんなに速くても、一手一秒くらいかかっているような気はします。ただ、ピョンピョンピョンとジャンプするように考えているので、速く、数多くの手をイメージできるということですかね。だから最後の方は、ゴールだけが見えるという状況です。
茂木 中が抜けちゃって?
羽生 そうですね。たとえば谷川浩司さんの持ち味は「光速の寄せ」と言われていますけど、彼の思考の仕方は恐らく美意識で結末を決めて突っ走るという感じなんですよ。そこはもう、たとえば二十手先とか三十手先の局面を、三十手なら三十手だけ読むと。他の変化は読まないで、三十手の直線を一気に読み切るという感じの3秒です。
茂木 三十手って、十五手ずつ指すわけでしょう?
羽生 だから派生の変化は読まないということです。派生の変化は読まずに、その一直線だけを読み切る。私の場合は「読み切られる」ですけど(笑)。

 『自分の頭で考えるということ』 第4章 より 羽生善治、茂木健一郎:著 大和書房:刊

 ゴールだけが見える。三十手先まで読める。
 あまりに人間離れしていて、想像もつきませんね。

 プロ棋士の思考の密度の濃さ、集中力の凄さがよく分かります。
 人間の脳には、それだけの可能性が眠っているということ。

 ある方向性をもって鍛えれば鍛えるほど応えてくれる。
 それが、人間の脳の底知れない潜在能力です。
 このオープンエンドな性質こそ、どんな高性能のコンピュータも及ばない人間の脳の最大の特長ともいえますね。

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 茂木先生は、考えるということの中には、無限の「恵み」が含まれているとおっしゃっています。

 情報技術(IT)が高度に進み、情報が洪水のように氾濫する現代社会。
 ひとつのものごとを長い時間をかけて追求することが、ますます難しくなっています。

 ともすると、外部の情報をそのまま鵜呑みにして、それを「真実である」と疑いもせずに受け入れてしまいがちです。
 だからこそ、「考える」という作業は、情報に操られずに、主体的に楽しく生きるために必要なスキルとなります。

「考える」ということは、脳の可能性を探しだすということでもあります。

 自分と向き合い「考える」習慣を身につける。
 今まで気づかなかった自分を見つけ出すきっかけづくりとしたいですね。


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