本一冊丸かじり! おいしい書評ブログ

本を読むことは、心と体に栄養を与えること。読むと元気が出る、そして役に立つ、ビタミンたっぷりの“おいしい”本をご紹介していきます。

【書評】『できる人はダラダラ上手』(アンドリュー・スマート)

 お薦めの本の紹介です。
 アンドリュー・スマートさんの『できる人はダラダラ上手: アイデアを生む脳のオートパイロット機能』です。

 アンドリュー・スマート(Andrew Smart)さんは、スウェーデン出身の神経科学研究者です。
 大学で脳神経科学を学び、言語処理における脳の画像イメージングの分析などに携われています。

「何もしないこと」は最も重要な活動

 パソコンやインターネットなどのIT(情報技術)の進歩は私たちの生活を便利にしました。
 その一方、私たちは大量の情報を処理することを求められるようになりました。

 「いかに時間あたりの仕事量を多くして、生産性を上げるか」
 それが世界中の大きな関心事となっています。

 ところが、スマートさんが本書で提案するのは、その逆のことです。
 すなわち、「何もしないでいること」が最も重要な活動であると強調しています。
 神経科学の新しい知見では、脳を十分に働かせるには、長い時間、何もせずダラダラするのがいい、ということが明らかになっています。

 私たちの脳には、「オートパイロット機能」が備わっています。
 何もせずにいることで、このオートパイロット機能が働きはじめます。

 脳をオートパイロット機能にゆだねると、ひらめきやアイデア、深い洞察を得ることができます。
 それらは、忙しく働き回っていては得ることができないものです。

 本書は、「何もしないこと」が脳内に引き起こす現象について、そのメカニズムや効果をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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脳の「デフォルトモードネットワーク」

 2001年、セントルイス大学の認知神経学者であるマーカス・E・レイクルは、安静時の脳活動に関して、私たちが何もしていないときに活発化する「デフォルトモードネットワーク」を発見しました。

 まず、MRI検査を行ないながら検査台の上の被験者に認知的作業をしてもらうと、脳内に活動が鈍化する領域があるのがわかりました。これは驚くべき発見でした。なぜなら、それまで認知的作業をしているときは、作業をしていないとき(すなわち「基底状態」)と比べて、脳の働きが活発になると考えられていたからです。
 レイクルは、その後、実験と実験の間に被験者の脳が何をしているかを調べました。その結果、被験者が外部に注意を向けていないときに、動きが活発化するネットワークがあることがわかったのです。
 また、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて単語の暗記といった単調な作業中の脳活動を調べてみると、活発になる領域と鎮静する領域があることに気づきました。これ自体は奇妙なことではありません。しかし、検査台に横たわっているだけでは、眼をつぶっていても、目を開けてスクリーンを眺めていても、脳の働きは鎮静化しません。活動する領域が変わるだけでした。
 一方、作業中に鎮静化する領域が、休息中に活発化しました。これこそ安静時の脳活動すなわち、デフォルトモードネットワークの出現です。デフォルトモードネットワークの発見は、大きな興奮と論争を引き起こし、休息中の脳活動に関する論文が多数出版されました。
 脳の領域の多くは、特定の機能を司っています。たとえば、視覚野は初期視覚系の情報を処理し、扁桃体(へんとうたい)は危険をわたしたちに知らせ、戦うか逃げるかを決める助けとなります。安静時の脳活動は、強盗から逃げたり、iPhoneをチェックしたりする心配から脳が解放されているときだけ見られます。特にするべきことがないときに出現し、わたしたちに話しかけます。
 このネットワークは同調構造を持ち、個々人による違いはほとんどなく、夢想や白昼夢に大いに関係しているとされます。そして、芝生に寝転んでひなたぼっこをしているとき、目を閉じているとき、仕事中に窓の外をぼんやりと眺めているとき(もし幸運にも近くに窓があればですが)に活発化するのです。もっとも興味深いのは、脳を安静にする時間が多い人ほど、「ひらめき」の瞬間が多く訪れているのかもしれないということです。

 『できる人はダラダラ上手』 CHAPTER 1 より  アンドリュー・スマート:著 月沢李歌子:訳 草思社:刊

 頭を働かせて作業しているときより、何もせず安静にしているときのほうが脳の働きが活性化するというのは驚きです。
 ただ、これが事実だとすれば、多くの偉大な発見が考えるのをやめてリラックスしているときに為されていることも納得できますね。

脳はエネルギーの90%を安静時に消費する

 脳が消費するエネルギーの90パーセントは、継続的に使われると考えられています。
 つまり、脳に送られるエネルギーの大半は、安静時の脳活動つまり内因性活動によって消費されているということ。

 脳が安静状態に入ると、デフォルトモードネットワークが活発化して同期します。これは、熱力学の第二法則に反しています。熱力学の第二法則とは、エントロピー(乱雑さ)は増大するというもので、自然のまま放っておけば、すべてのものは無秩序になり、熱を失います。キッチンが、片付けなければどんどん汚くなっていく理由もこれで説明できるのですが、「皿は放っておいてもきれいにならない」という格言が、なぜか脳には当てはまりません。
 わたしたちが陽気のいい午後に芝生に寝転がって、脳のことを放っておけば、脳内ではデフォルトモードネットワークが出現して活動を始めます。放っておいた皿が、ひとりでにきれいになるようなものです。わたしたちが何もしていないときにこそ、脳波より活発に働いているといえるでしょう。
 物理学者は、もし宇宙に関する知識がすべて間違っているのでなければ、宇宙の大半が暗黒エネルギーからできていることを認めなければなりませんでした。それと同じように、脳機能の大半が、認知神科学者や心理学者に無視されている可能性があります。
 心理学の脳機能イメージング実験は、特定の作業を行なうときの脳活動を調べ、どの領域が活性化されるかを知るために行なわれます。脳科学の分野では、実験条件によって起こる活動以外はノイズだと見なされているは、既に説明した通りです。安静時の脳活動も、立証されるまでは、無関係なノイズとされていました。
 これを、わたしたちが脳のわずか10パーセントしか使っていない、という誤った通念と混同しないでください。わたしたちが脳のすべてを使っていることは、科学で明らかにされています。ただ、多くの人が考えているのと方法が違うだけなのです。

 『できる人はダラダラ上手』 CHAPTER 2 より  アンドリュー・スマート:著 月沢李歌子:訳 草思社:刊

 これまで実験で確かめられた脳の働きは、全体のほんの一部です。
 そして残りの機能は、それらの実験で「ノイズ」として切り捨てられた部分にこそあります。

 何もしないでいるときに大量にエネルギーを消費して脳が何をしているのか。
 それについては、多くの神経科学者が解明し始めているそうです。
 これからどんな研究結果が出てくるのか、楽しみですね。

デフォルトモードネットワークが創造力を高める

 脳のオートパイロット機能ともいわれるデフォルトモードネットワークは、脳の後方、中央、前方中央、頭頂の外側に出現します。
 領域的には、内側前頭前皮質(うちがわぜんとうぜんひしつ)、前帯状(ぜんたいじょう)皮質、海馬、側頭葉、頭頂葉の部分。

 こうした領域がハブ(他よりも多くのつながりを持つ領域)の役割を果たし、デフォルトモードネットワークのノード(節点)を形成し、脳を全体的に活性化させています。

 内側前頭前皮質はわたしたちがぼんやりと思索にふけるようになると、ようやく活動を始め、パートナーである楔前部(けつぜんぶ)、前帯状皮質、頭頂葉外側部と交信します。脳内活動の監視にも関わっているため、わたしたちが休息をとってのんびりすると、心の奥深くで何が起こっているかを知らせてもくれます。
 つまり、わたしたちが怠惰でいるとき、脳内で広範囲にわたるネットワークが形成され、各領域が情報のやりとりを始めるのです。チョウの群れに似ているかもしれません。チョウは周囲が静かなときは群れを成して楽しそうに飛んでいますが、突然、何かが動き出すと、散り散りになってしまいます。
 デフォルトモードネットワークは自己認識、自伝的記憶、社会的情動の処理、創造力に関与しています。わたしたちがリラックスしているときに出現し、ToDoリストをチェックしたり、支払いを確認したり、効率的に仕事をしようとしたり、時間管理のスキルを磨こうとしたりしているときは沈静化します。領域内の神経細胞の活動も低下するので、消費されるブドウ糖や血流量は減少します。
 デフォルトモードネットワークの各ノードは、わたしたちが自分自身について考え、過去を振り返り、内省することにも関わっています。また意識の形成にも複雑に関連しています。
 また、デフォルトモードネットワークの活動を維持するには相当のエネルギーを必要とするうえに、脳が「準安定」状態になければなりません。「準安定」とは、安定性と柔軟性が均衡を維持することです。
 わたしたちが生存し、再生産するには、捕食者、頭上への落下物、運転手が携帯電話を使いながら走っている車などを避ける事が大事です。ですが、常に不注意な運転手をよけ続けなければならないのなら、進化上の利点は皆無であるうえに、わたしたちの人格は消失するか、まったく変わってしまいます。一方、正気を保ち、世界を理解するには、自分自身を安定的に首尾一貫した「自己」としてとらえる必要があります。
 安定状態と、環境の突然の変化に対して千分の一秒のうちに反応するための高度な感受性と柔軟性の均衡を、脳はいかに維持しているのでしょうか。
 神経科学者は、脳の実構造、つまり解剖学的な配置や構造が準安定状態を作り出しているのではないかと考えています。デフォルトモードネットワークを構成する各領域は、脳内表現の維持にも重要な働きをするようです。

 『できる人はダラダラ上手』 CHAPTER 2 より  アンドリュー・スマート:著 月沢李歌子:訳 草思社:刊

 作業を中断して休憩しているとき、私たちは「頭を休める」といいます。
 しかし、実は作業しているとき以上に「頭を働かせている」のですね。

 デフォルトモードネットワークを活動させることは、自己認識力や創造力を高めるのに有効です。
 瞑想や座禅が集中力や精神的な安定を高める効果は、デフォルトモードネットワークの活性化によるものなのでしょう。

脳のなかはノイズでいっぱい

 私たちは多くの場合、「ノイズ」を邪魔なものとみなしてしまいます。
 しかし、スマートさんは、脳が機能するには、ランダム性すなわちノイズが不可欠だと指摘しています。

 人間と動物の神経細胞は、非線形な閾値(いきち)装置であり、ノイズを利用しています。ノイズなしには、まったく機能しないかもしれません。
 脳が興奮すると、一時的に動的変化が起こります。神経細胞の場合は、発火して活動電位に達します。
 脳には1000億個を超える神経細胞があり、それぞれが1秒間に何百回も発火しています。脳のなかはノイズでいっぱいなのです。しかし、このノイズは悪いものなのでしょうか。デフォルトモードネットワークの自発的・内在的な活動は、脳が情報を処理するのに必要な背景ノイズと考えることができます。脳内のノイズが多すぎたり、少なすぎたりすると、デフォルトモードネットワークが正常に機能しない可能性があります。
 ノイズは神経細胞が、環境や他の神経細胞からの微弱信号をとらえる助けとなるのです。
 左頁の上図(下図の上参照)の下の実線は典型的な正弦曲線であり、「シグナル(信号)」を示しています。音、イメージ、他の神経細胞からの活動電位の伝播(でんぱん)、あるいは無意識のなかにあるすばらしい詩だと考えてもいいでしょう。点線は神経細胞が発火する閾値です。曲線が決して閾値と交わることがないことに注目してください。したがって、神経細胞による出力は見られません。ノイズがないために、微弱なシグナルを感知できないからです。
 次に下図(下図の下参照)でシグナルに最適な音量(ぎざぎざの線)を加えたらどうなるかを見てみましょう。ノイズの一部が神経細胞の閾値と交差しているため、神経細胞が発火しています(出力を示す線に対して垂直な線)。
 ノイズが閾値と交差する周期と神経細胞の発火が重なっているのがわかると思います。つまり、微弱なシグナルが感知されているということです。情報がノイズによって伝えられているのです。この仕組みは感覚レベルでも働くので、ノイズは聴覚閾値以下の音も増幅可能です。

 『できる人はダラダラ上手』 CHAPTER 7 より  アンドリュー・スマート:著 月沢李歌子:訳 草思社:刊

シグナルとノイズの関係 Chapter7P167
図.シグナルとノイズの関係 (『できる人はダラダラ上手』 Chapter 7 より抜粋)

 デフォルトモードネットワークで現れるノイズは、脳内の微弱信号をとらえる助けになるとのこと。

 適度な背景ノイズが発生することで、脳内のシグナルが増幅します。
 つまり、感覚がより鋭敏になるということです。

 脳にとって「何もしない時間」が、いかに重要なことかがわかりますね。

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 ニュートンはボーッと風景を眺めていたとき、木から落ちたリンゴを見て、万有引力の法則のインスピレーションを得ました。
 何もしていなかったことで、脳の働きは活性化して感覚が鋭敏になり、リンゴが落ちるという現象からより多くの気づきを得ることができたのでしょう。

「何もしないこと」は心や身体、精神を休ませることであり、脳を休ませることではありません。
 それどころか、逆に脳の働きを活性化させます。

 何もしないことが、脳を最も働かせること。
 脳のオートパイロット機能を上手に使って、人生というフライトを悠々と楽しみたいですね。

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