【書評】『結果を出し続けるために』(羽生善治)
お薦めの本の紹介です。
羽生善治さんの『結果を出し続けるために (ツキ、プレッシャー、ミスを味方にする法則)』です。
羽生善治(はぶ・よしはる)さんは、プロの将棋棋士です。
19歳で初タイトルを獲得すると、破竹の勢いで勝ち続け、96年には将棋界の「七大タイトル」と呼ばれる全てを独占して話題を呼びました。
通算勝率は7割を超え、現役最高の棋士の一人です。
将棋の魅力は「思い通りにならない面白さ」
将棋の棋士は、常に先の局面を見通して、次の一手を指す、というイメージがあります。
しかし実際には、10手先の予想でさえも困難なのだそうです。
相手もこちらの狙いを阻止したり、予想を外す手を必死で考えているからです。
また、将棋界は160名ほどのプロ棋士が対局を繰り返している、狭い世界です。
7つのタイトル戦も、同じような顔ぶれ同士での対局が増えます。
しかし、だからといって似たような将棋ばかりなるというわけではありません。
研究の進んだ現代将棋では、今、目の前で行われた将棋はもう過去の将棋です。
羽生さんは、日々、そんな「思い通りにならない面白さ」を楽しみながら、周囲の人たちと切磋琢磨して取り組んでいます。
本書は、将棋の世界で培ってきた羽生さんご自身の経験から、「いかに結果を出し続けるか」についての考えをまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。
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勝負で大切なこと
羽生さんは、勝負をしていくうえで、大切なことが三つある、と指摘します。
一番目は「恐れないこと」。
二番目は「客観的な視点を持つこと」
三番目は「相手の立場を考えること」です。
羽生さんは、「相手の立場を考えること」について、以下のように説明しています。
将棋の基本的な考え方に、「三手の読み」という言葉があります。これは「自分がこう指して、相手がこう指してくるから、そこで自分がこう指す」という三手一組の読みのことです。
「三手くらい、プロなら読むのは簡単ではないか」といっても、実際は難しいのです。最も大事なのが、二手目の相手の指す手をどう読むかなのですが、ここで相手の立場に立つことは非常に難しいからです。自分にとってベストの手をさした後で、今度は相手の立場に立ってベストの手を選択する。つまり自分にとって一番不利な手を考えることが、困難だからです。
それゆえ、私は自分の側からばかり考えるのではなく、頭の中で盤をひっくり返して、相手から見て一番良い手を考えることをよくやります。それに対して、また自分のベストの対応を考える。将棋はこの繰り返しです。『結果を出し続けるために』 第一章 より 羽生善治:著 日本実業出版社:刊
相手にとっての一番都合のいい手というのは、自分にとっては一番都合の悪い手です。
状況を良くしたい、好転させたいときに、自分に一番都合の悪い手を考えるのは辛いことですね。
そのような状況では、人間は根拠もなく局面を楽観的にとらえてしまいがちです。
厳しい状況でこそ、しっかりと目を見開いて、ピンチを打開するヒントがどこかに隠されていないか探す必要があります。
結果が表に出ないのは
勝負事にはスランプがつきものです。
将棋の対局スケジュールは、半年以上先まで決められているため、負けが続いているとき、結果がなかなか出ないときでも、対局に臨まないといけません。
羽生さんはそんなとき、「今、負けが続いているのは、力を溜めている、充電しているときだからだ」と思うようにしているそうです。
将棋の世界は、10代から70代まで幅広い世代がプロ棋士としてしのぎを削っています。
プロとしてやっていく期間が非常に長い世界で、マラソンと同じく長距離勝負だと言えます。
羽生さんは、そのような世界で勝負し続けていくためのコツについて、以下のように述べています。
こうした世界では常にトップである必要はありません。それよりも先頭集団にい続けるほうが、ずっと大切です。先頭集団にさえいれば、一つや二つ順位が変わっても、常にトップを狙えるからです。ですから、短期的な順位や結果には、一喜一憂しないようにしています。
もう一つは、結果がでていないときにこそ、自分が至らないところ、ダメなところが明確に浮き彫りになってくるので、現実を直視することです。
結果が出ていないということは、必ず何かしらの原因があります。それを見つけるいい機会だととらえ、どんどん掘り下げていって、原因がわかれば、それに対して対策を立てればいいことになります。
(中略)
今至らないところがあるのは仕方がないので、完璧主義にならず、今を受け止めて次に進むことです。そして、その部分について弱点を克服するよう、努力を続けるようにしています。「自分の弱点が明確になって良かった」ととらえるのです。
私のこれまでの経験から、モチベーションと気力と情熱さえ持続していれば、抜け出せないスランプはありません。『結果を出し続けるために』 第三章 より 羽生善治:著 日本実業出版社:刊
うまくいっている時ではなく、うまくいかない時にどれだけの努力をしたか。
長距離レースの場合、それが勝敗の分かれ目になります。
走りながらも、常に自分の悪い部分を見極めて克服する努力を欠かさないこと。
それが、先頭集団をキープする秘訣です。
年代ごとの強みを理解する
羽生さんは、40代になって、若いころに比べて記憶力変化を感じています。
「忘れる」というよりは、「思い出すのに苦労する」という感じだとのこと。
しかし、羽生さんは、防ぎようのない年齢による変化を悲観的にとらえてはいません。
逆に、それを強みとして活かしていけばいい、と強調します。
年齢を重ねると、経験を積んで、物事のポイントがわかってきます。答えのない問題やはっきりとしない問題に対して、対処する能力が上がってくるのです。記憶力や、単純な読む力は衰えるかもしれませんが、直感や大局観といった総合力がついてくるのも、こうした時期です。若いうちに、自分で考える習慣が身についていれば、ここで回収ができることにもなります。
また、物事に動じない強さや、大らかさ、大胆さというメンタル面の強さが出てくるのもこの時期です。
さらに年齢を重ねて、ベテラン、高齢の方になってくると、リスクそのものに対する感度も上がってきます。合わせて、「動じない強さ」も身につきます。
人間はいろいろな能力があります。その中で、メンタルな強さは、経験を積めば積むほど、経験を重ねれば重ねるほど上がっていく、唯一の能力なのではないでしょうか。
もちろん個人差があるので、これらの能力が何歳で身につく、というわけではありません。しかし、そのときに持っている素晴らしいものや、世代の特長を上手に活用していけば、何歳であっても自分の力をさらに発揮することができるでしょう。『結果を出し続けるために』 第四章 より 羽生善治:著 日本実業出版社:刊
年齢や肩書きも関係のない勝負の世界で、結果を出し続けている羽生さんの言葉。
だからこそ、説得力、重みがあります。
年齢に応じて、自分の能力の鍛えるべきポイントを少しずつ変えながら、日々進化したいですね。
才能とモチベーション
羽生さんは、「才能とは、続けること」だと考えています。
一人前のプロと、一流のプロとの違い。
それは、「継続してできるかどうか」、この一点に尽きるとのこと。
そして夢を叶えるためにも、とにかく続けることです。一生懸命続けることに尽きます。そのために気持ちを維持する、モチベーションを維持するというのは、普通だとなかなか難しい面があります。同じことの繰り返しというか「これをやっていても変わりがない」と思ってしまうと、気持ちが落ちてしまう。ですから何かを続けていくときには、今までと違った何かを見つけた、発見した、と思えることが大切です。
将棋は、傍目からは地味に見えるかもしれませんが、対局中には何が起こるかわからないドラマチックな場面があります。
普段の生活でも、そうしたものが見つからない場合は、自分の今までのやり方、方法論を少しだけ工夫してみる、変えてみること。そうすると見る角度が変わり、見えるものも変わってきます。
また、感情は一定ではないので、気持ちが落ち込んでいても、あまり深刻にとらえないことです。モチベーションは、自分自身のコンディションや、それをやっていくことに対する工夫や変化を試行錯誤していく中で、維持していくと良いでしょう。『結果を出し続けるために』 第五章 より 羽生善治:著 日本実業出版社:刊
日々の中で、とりあえず自分のやれることをやって、後はタイミングを待つ。
ずっと一生懸命やっていれば、やがて流れは巡ってきます。
流れが自分に向いてくるまで、腐らずに続けていく努力を怠らないこと。
最後に勝利を収めるためには、それが重要ですね。
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☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
羽生さんは、「幸せ」とは、日々の生活が充実していること、そして何か発見があること、面白さがあること
だとおっしゃっています。
やりがいを感じることや充実感があることを見つけ続け、探し続ける。
そのプロセスそのものが幸せだということです。
プロとして25年以上将棋を指し続けてきて、将棋の理解が深まり、さらに奥の深さが見え、「わからないこと」が見えてきたという羽生さん。
問題解決のハードルも以前より上がりますが、それを乗り越えることがさらに成長するチャンスだと捉えています。
その前向きさ、飽くなき向上心や好奇心の継続こそが、羽生さんの勝負強さの原動力です。
予想しないこと、思い通りにならないことは、必ず起こるものです。
それらを積極的に受け止めて解決することで、したたかな強さを身につけていきたいものですね。
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