【書評】『100歳の金言』(日野原重明)

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 お薦めの本の紹介です。
 日野原重明先生の『100歳の金言』です。
 

 日野原重明(ひのはら・しげあき)先生は、終末期医療などをご専門とする医師です。
 半世紀以上に渡って日本の医学に携わられ、今なお現役で講演や診察などのボランティアで日本中を飛び回ってらっしゃいます。

朝はかならずくる


 日野原先生は、本書を執筆するに当たっての想いを、以下のように述べています。

 私もまた、長い人生経験のなかで、現実とは思えない出来事に遭遇してきました。そのひとつが、太平洋戦争です。大空襲により焼け野原になった東京、原爆の犠牲になった広島・長崎。
 戦争により、日本は壊滅的な被害を受けました。けれども日本人は、再び立ちあがり、前進しました。
「朝はかならずやってくる」
 日本が復興を遂げた大きな原動力、それは、日本人一人ひとりが希望を失わずに生きてきたことです。今こそ、希望をもたなければなりません。希望は、計り知れない力を生み出す。私は、そう信じています。

  「100歳の金言」 はじめに より   日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊 

  
 本書は、100歳を迎えられた日野原先生が、東日本大震災の傷が癒えない日本人へのエールとして書いた一冊です。
「50の言葉」にまとめられ、それぞれ日野原先生自身が解説が付けています。

 どの言葉も、今の日本人に必要な、温かくも厳しく、「金言」と言うに相応しいものです。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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いのちは「時間」


 日野原先生は、「時間」の大切さについて、以下のように述べています。

「いのちはどこにありますか?」。全国の小学校を訪れ、10歳の子どもたちに、そんな質問を投げかけています。いのちの大切さを考えてもらうきっかけとして、「いのちの授業」を行っているのです。
(中略)
 いのちとは、私たちが自由に使える時間なのです。いのちも時間も、目には見えないけれども、使うことができる。時間を使うことでいのちが形となります。この世に生まれてから死ぬまでの時間は、すべての人に平等に与えられています。肝心なのは、自分のいのちである自分の時間を有意義に使うこと。

  「100歳の金言」 P10より   日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊

 
『いのちとは、私たちが自由に使える時間』

 この言葉は、長年医療の現場に立会い、生と死を見つめてきた日野原先生ならではの表現です。

「人生の限られた時間で何ができるか」を考える。
 それは、「どのような人生を歩むか」という問いに向かい合うということです。
 100歳を超えた日野原先生の言葉ですから、説得力があるし、重みもありますね。

いつでも人生の現役


「余生をどう送りますか?」とよく聞かれます。私は「余生はありません」と答えます。100歳でも、いつでも現役だからです。
(中略)
 若いときほど体は働かなくとも、または現役時代のような経済的効果が出せなくとも、頭を働かせて活動することで、生活の質を向上させることができます。たとえば、ボランティアに携わり奉仕をしたり、絵画や音楽、俳句などに挑戦してみることで、自分ばかりでなく、他者にも感動や喜びを与えることができます。
 国の労働力の中心は、生産年齢人口である65歳までの若い世代が担い、それより上の世代は、経済的な成果を得ることではなく、意味のある生活をすることで、社会を良い方向へ持っていく。それが、これからの国家の強い大きな力になるのだと思います。

  「100歳の金言」 P28より   日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊 

 
 100歳を迎えて、ますます元気に過ごしている、日野原先生らしい言葉です。
 多くの人のいう通り、「人は気持ちから老いる」のでしょう。

 超高齢化社会を迎える日本。
 日野原先生のような生き方は、多くの日本人にとって良い見本となります。

若さの秘訣は「創める」


 新しい何かを始め、自らの手で人生を創造する。つまり「創めること」は、生きがいをもち、元気に毎日を送るために必要です。
(中略)
 未知なる世界を学ぶこと、新たな趣味をもつことは、同時に、私たちの体内に眠る遺伝子を揺さぶり目覚めさせ、思わぬ才能を開花させるきっかけにもなります。
 年齢は関係ありません。探求心があれば、素晴らしい道を開くチャンスは、いくらでもあるのです。

  「100歳の金言」 P90より   日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊 

 日野原先生の若さの秘訣は、この飽くなき「探究心」と「好奇心」です。

 つねに新しいことにチャレンジし、新しいものを取り入れて自らの可能性を試す。
 そんな心構えが、日々の活力になっているのでしょう。

相手を「恕す」


 1992年に米国で起きた、日本人留学生の服部剛丈君が銃で謝って射殺された事件。
 日野原先生は、この痛ましい事件を引き合いに出し、相手を「恕す(ゆるす)」ことの重要性を強調します。

 中国には「寛恕」という言葉があります。広く寛大な心で、相手をとがめず恕すという意味です。“恕”の字には、自分のことのように他者のことを考えて、自分をゆるすように相手をゆるすという意味が含まれます。私は子どもも大人も、この「恕すこと」が不可欠だと思っています。恕すことは、争いを避けるための唯一の方法であり、世界平和にもつながる道だからです。
(中略)
 相手を恕すことは、愛にあふれる貴い人間の姿です。そしてまた、服部君のご両親のように、問題を解決するためには、自分から行動を起こし、自ら変わることが大切なのです。
 
  「100歳の金言」 P127より   日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊 

 服部くんの両親は、この事件を機に、家庭での銃の所持や使用を認めるアメリカの法律を変える活動をしています。
 自分の大切な人にひどいことをした相手を恨むのは、簡単です。
 しかし、そのことで一番苦しむのは、自分です。
 苦しみから逃れるには、問題を解決するためには、自分から行動を起こし、自ら変わるしかありません。

 相手を恕すことは、相手のためでもあります。
 しかし、それよりも自分を救うための一番の方法です。

運命は「デザイン」できる


 私の言葉で言えば「人間はみな、運命をデザインできる」。それを原動力に、復興の道を力強く共に歩んでいきたいと思います。
 そしてまた、亡くなった方々の魂が、残された人々の心と溶け合い、「愛する人の魂とともに生きる」という前向きな祈りに変わることを願っています。
 今年のお正月に、「100歳は ゴールではなく 関所だよ」という俳句を詠みました。私にとっては。100歳は単なる通過点にすぎません。次の関所に向かい、与えられたいのちに感謝しつつ、私らしくこれから先の人生を歩んでいきたいと思っています。
 
  「100歳の金言」 おわりに より  日野原重明:著  ダイヤモンド社:刊 

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「人間はみな、運命をデザインできる」
 自分の人生は自分の手で切り開けるということです。
 多くの日本人がそう思えるようになったとき、日本の国全体の運命もデザインされます。
 そのとき、初めて「日本は震災から復興した」と高らかに宣言できます。

 私たちが受け継いで、後世に伝えていくべきもの。
 それは、日野原先生の前向きでひたむきな精神そのものです。
 日野原先生の、これからのご活躍を願っています。


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