【書評】『サイコパス』(中野信子)

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 お薦めの本の紹介です。
 中野信子先生の『サイコパス』です。

 中野信子(なかの・のぶこ)先生は、脳神経医学がご専門の脳科学者です。
 脳神経医学専攻の博士課程を修了後、2年間フランス原子力庁サクレー研究所の研究員を務められた経験をお持ちです。

「サイコパス」とは、何か?


 ありえないようなウソをつき、不正を働いても、平然としている。
 ウソが完全に暴かれても、まったく恥じるそぶりさえ見せず、堂々としている。
 過去に語った内容とまるで違うことを平気で主張する。

 最近、こうした人たちがメディア等で、世間を騒がせていますが、彼ら/彼女らは、高い確率で「サイコパス」と呼ばれる人種です。

 もともとサイコパス(psychopathy)とは、連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念です。
 日本語では「精神病質」と訳されてきました。

 統合失調症などの精神疾患と何が違うのか、わからない方もいるのではないでしょうか。あるいはトマス・ハリスの小説『羊たちの沈黙』の登場人物ハンニバル・レクター博士のような「高い知能を持ちながら、冷酷な猟奇殺人を次々と犯す人物」を漠然と思い浮かべる人もいるかもしれません。もしくは、ウソばかりついている人物のことを「サイコパス」と揶揄する例をもあるでしょう。
 ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々にわかってきました。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことが明らかになってきました。
 また、サイコパスは必ずしも冷酷で残虐な殺人犯ばかりではないことも明らかになっています。大企業のCEOや弁護士、外科医といった、大胆な決断をしなければならない職種の人々にサイコパスが多いという研究結果もあります。
(中略)
 また、サイコパスとは白か黒かというようなものではなく、人類の中にグレーゾーンのような広がりをもって分布していることもわかっています。つまり、症状にも程度があるということです。より専門的に言えば、情動的、対人関係面、行動面において、それぞれスペクトラム(連続体)をなす複合的な障害だとされています(注・ただし本書ではわかりやすさを重視して「サイコパシー傾向の高い人」を総じて「サイコパス」と表記します)。
 いずれにしろ、おおよそ100人に1人くらいの割合でサイコパスがいると言えます。日本の人口(約1億2700万人)のうち、約120万人はいる計算になります。
 サイコパスは私たちの周囲に紛れ込んでおり、今日もあなたや、あなたの同僚や友人、家族を巻きこんでいるのです。
 あるいは、この本いま読んでいるあなた自身が、サイコパスかもしれません。

『サイコパス』 はじめに より 中野信子:著 文藝春秋:刊

 本書は、脳科学的見地から見た「サイコパス」の心理的・身体的な特徴を、具体例を交えてわかりやすくまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「相手の目」から感情を読み取るのは得意


 サイコパスの心理的特徴のひとつは、「共感」はしないが「理解」はできることです。
 相手の目や表情から心情の揺れ動きを察知し、それを読み取る能力が高いとのこと。

 サイコパスの持つ特殊な才能があります。
 サイコパスに対して飢餓に苦しむ人などの悲惨な画像を見せても、感情と関連する部分の脳は活性化しません。サイコパスは「共感性が低い」と言われるゆえんです。
 アメリカの国立精神衛生研究所(NIMH)に所属する著名な精神医学者ジェームズ・ブレア、デレク・ミッチェル、カリナ・ブレアの3人の著書である『サイコパス 冷淡な脳』によれば、他者の悲しみを目のあたりにしたとき、自律神経(循環器、消化器、呼吸器などの活動を調整するために、24時間働き続けている神経)の反応が、サイコパスは一般人よりも弱いのです。また、表情や音声から他者の感情を読み取る実験をおこなうと、「怒り」「喜び」「驚き」といった感情については一般人と同程度に読み取れるものの、「恐怖」「悲しみ」を察する能力には欠けていることがわかっています。
 しかし、他者を騙して利用する、詐欺を働くというときに、本当に相手の心情がまったく見抜けないのであれば、それは不可能です。他者の心を掴むには、相手の感情を理解する必要があります。サイコパスは共感性が低いはずなのに、なぜ他者の心をもてあそぶことができるのでしょうか。
 実はサイコパスは、相手の目つきや表情からその人が置かれている状況を読み取る才能が際立っているのです。人間の目のあたりだけの写真を見せて、その人の感情を読み解かせるという課題を与えると、一般人の正答率は30%ぐらいであるのに対し、サイコパスの正答率はなんと70%にもなります。つまり他人が「悲しんでいる」「苦しんでいる」目つきを見て、サイコパスは「自分自身が共感する」ことはないけれども、他人がそのような心理状況に置かれているということを読み取ることは得意なのです。
 ちなみに、逆に一般人がサイコパスの目から感情や考えを読み取ろうとしてもうまくいかない、という実験結果も報告されています。サイコパスは表情に感情がまるで表れないからです。
 たとえば、まばたきの頻度は、その人物の不安をどのくらい制御できているかに関して信頼できる指標だとされています。まばたきの回数が多い人は、不安をコントロールできていないことになるのですが、サイコパスは、一般人よりもまばたきの回数が少ないという特徴を持っています。

『サイコパス』 第1章 より 中野信子:著 文藝春秋:刊

 中野先生は、人の弱みにつけこみ、コントロールする技術を身につけていると指摘します。

 情に流さない心と、冷徹で計算高い脳。
 この2つが、サイコパスが人の心を操り、欺くときの大きな武器となります。

「熱い共感」をもたない脳


 見た目は、普通の人とほとんど変わらず、一般社会にまぎれて生活するサイコパス。
 彼ら/彼女らを見つけ出す方法とは、どのようなものでしょうか。

 サイコパスをあぶり出すために、「道徳ジレンマ」の実験を行うことがあります。
 たとえば、村に殺人鬼がやってきたときに、みんなで隠れていたとします。息を潜め、音を立てないようにしなければいけないその状況で、ある赤ちゃんが泣き始めてしまいました。殺人鬼に気付かれたら、あなたも含めた村人全員が皆殺しにされてしまうかもしれません。さて、その赤ちゃんをあなたはどうしますか?
 こうした道徳ジレンマを与えると、ほとんどの人は「なんとかして声が漏れないように工夫する」と答えます。しかし、サイコパスは迷わず「絞め殺す」と答えます。
 あるいは、あなたが外科医だったとしましょう。心臓、肝臓、腎臓など、それぞれ別の箇所の臓器移植を必要としている患者が目の前に5人います。そこに身元不詳の、若くて健康で家族のいない青年が1人やってきました。もしこの青年の臓器を5人に分け与えることができれば、5人が生きられる。1人を殺して5人を助けるか、1人を助けて5人を見殺しにするか。どちらにしますか?
 普通の人は、「健康な人を殺すなんて・・・・・」と葛藤するものです。この問いに対しても、サイコパスはためらいもなく、1人を殺す方を選びます。そのほうが合理的な判断だと考えるからです。ここまで極端な例でないにしろ、似たようなケースは私たちの周囲にいくらでもあります。たとえば多大な痛みを伴う改革や、結果として弱者切り捨てになるような政策を「合理的だから」として容赦なく推進し、反対派を人格攻撃という手段を使ってでも徹底的に非難する人々には、そうした傾向があるのかもしれません。
 サイコパスは道徳によって判断することはありません。「合理的なのだから、それが正しい」と考えます。そう答えることによって、自分がまわりからどんなバッシングを受けるかは、予測する能力を持ちません。あるいは予測できたとしても、実感としては「なぜみんながそんなことであれこれ言うのか」がわからないといったものになるでしょう。さらに言えば、叩かれても心理的ダメージを受けないという特徴もあります。
 英国オックスフォード大学実験心理学部教授のケヴィン・ダットンは、共感には感情を伴う「熱い共感」と、計算ずくの「冷たい共感」がある、と言います。サイコパスには冷たい共感はあっても、熱い共感はないのです。道徳性には、「熱い共感」が必要です。そのため、こうした道徳ジレンマの実験によって、サイコパスをあぶり出すことができるのです。

『サイコパス』 第2章 より 中野信子:著 文藝春秋:刊

 普通の人にとって、やることをためらうようなことを平気でやってのける。
 サイコパスの特徴のひとつですが、それも感情を伴う「熱い共感」がないことが理由です。

 サイコパスには冷たい共感はあっても、熱い共感はない。
 頭の片隅に入れておきたいですね。

革命家・独裁者としての「勝ち組」サイコパス


 サイコパスの心の中には、“犯罪者の芽”がつねに潜んでいます。
 実際、殺人などの凶悪犯罪を犯して捕まる犯人が、サイコパスである確率は高いです。

 一方、犯罪者ではない(成功した/勝ち組)サイコパスも、少なからず存在します。

 歴史上の人物には、排除されずにのし上がった勝ち組サイコパスだと思われる人物も散見されます。
 あくまで個人的な見解であり、脳機能画像やDNAなどの証拠が存在するわけではありませんが、日本ならば、織田信長がその典型といえそうです。旧態依然とした秩序の破壊者であり、神仏に対するおそれを知らず(「信仰心が薄い」点は第1章で紹介したジョナサン・ハイトの研究とは矛盾するものがありますが)、多くの武将たちを虜にした、極めて魅力的な存在でした。
 ミシガン州オークランド大学工学部教授のバーバラ・オークレイの著書『悪の遺伝子』では、毛沢東もサイコパスだったのではないかという推察がなされています。幼少期の毛沢東は父親に向かって、「年長者なのだから年少者の自分より力仕事をするべきだ」と主張したといいます。これは儒教社会の中国ではとんでもない非礼にあたります。「長幼の序」という価値観を否定した毛沢東は、生まれながらの権威の破壊者、革命家だったのかもしれません。そして彼は持ち前の弁舌の巧みさで人びとを魅了し、権力を獲得しました。毛沢東の名言の一端は、『毛沢東語録』にまとめられています。
 しかし、毛沢東の私生活は破綻していました。複数の愛人をもち、最初の妻やその息子が捨てられて零落し、精神疾患で苦しんでも、憐憫の情をまったく示さなかったそうです。家族を含めた他人の痛みがわからない人間でなければ大粛清をおこなうことなど不可能だったでしょうし、文化大革命で貴重な歴史的遺産や芸術作品を破壊するなどということもできなかったでしょう。
(中略)
 意外なところでは、20世紀に活躍した聖女マザー・テレサもそうだったのではないかと、神経学者ジェームス・ファロン(カリフォルニア大学アーバイン校)は指摘しています。というのも、マザー・テレサは、援助した子どもや、彼女の側近たちには冷淡だったいう報告が複数なされているからです。たとえばイギリスの作家クリストファー・ヒッチェンスが著書『宣教師の立場(Missionary Position)』でマザー・テレサが救った子どもたちへの不十分な、残酷とも思える扱いを指摘しています。博愛主義者とは、特定の少数の人間に対して深い愛着を築けないサイコパスなのかもしれません。
 リスクをおそれず大事業をなす度量、政治家として大衆を魅了する才能――サイコパスの特性は、一歩間違えば独裁と粛清を招いてしまうわけですが、時と場合によっては、必要悪なのかもしれません。

『サイコパス』 第3章 より 中野信子:著 文藝春秋:刊

 他にも、ロシアのピョートル大帝、ジョン・F・ケネディやビル・クリントンなど、何人もの歴代アメリカ大統領がサイコパス特性を示しているとのこと。

 サイコパスは、社会にとっては“劇薬”のようなものです。
 危機的な状況を乗り切る切り札として、効果を発揮するプラスの側面もあるのですね。

「ママカーストのボス」はサイコパスの疑いあり


 私たちの身近にもいるはずのサイコパス。
 社会にどのような存在として、溶け込んでいるのでしょうか。

 中野先生は、以下のようなケースを指摘しています。

 自分が搾取可能な集団をつくって君臨する人は、私たちの身近にも多くいます。
 たとえばママ友仲間を集めて序列をつくり、疑心暗鬼を促して自らはカーストの頂点に座するボス的な女性もその一例でしょう。
 彼女らは、新入りの女性に対して「良き協力者」を演じ、力になりたいという態度で近づいてきます。
 相手の情報を収集した後、別のメンバーを集め、そこにいない人間についての悪口合戦に参加させます。メンバーを変えてそうした行為を繰り返し、「あの人、あなたについてこんなこと言ってたわよ」と囁いたり、公然と紛糾したりすることで皆の恐怖と不安を煽り、コミュニティを自分の都合のいいようにコントロールしてゆくのです。
 いわゆる「ブラック企業」の経営者や幹部もそうです。
 ブラック企業の入り口は真っ黒ではありません。むしろ当初は入社を希望する人をあたたかく受け入れ、応援するような態度を見せることがよくあります。自分を認めてくれる場所なんだという錯覚を与えて志望者を入社させるのです。
 しかし、入社後次第にその態度は変わっていきます。「お前には期待していたのに、なせできないんだ。もっとがんばれ」「あいつ、お前のことをこう言ってたぞ。悔しくないのか」などと揺さぶりをかけ、不安感や過剰な競争を煽ります。時には激昂して恐怖を与え、「今のままじゃ転職もできないぞ」などと言って社員の自尊心を損なうようなことをします。そうして退路を断ち、わずかのアメと大量のムチを使い分けながら、長時間労働や厳しいノルマを課し、絶対服従を強いて抵抗できないようにしていくのです。
 権威主義的な階層組織を持ち、信者同士の相互監視や競争心を刺激する仕組みを持つ新興宗教団体もあります。あるいは大学の研究室のような閉鎖的な環境でも、同様のケースが見受けられます。
 ロバート・ヘアが指摘していますが、サイコパスはとくに看護や福祉、カウンセリングなどの人を助ける職業に就いている愛情の細やかな人の良心をくすぐり、餌食にしていきます。困っている人に手をさしのべることを好む献身的な人間は、サイコパスにとってはつけ込みやすく、利用しやすいのです。
 自己犠牲を美徳としている人ほどサイコパスに目をつけられやすいのです。

『サイコパス』 第5章 より 中野信子:著 文藝春秋:刊

 ターゲットは、他者依存が強く、自己犠牲精神の強い人。
 サイコパスにとって、そのような人たちをコントロールして自分の意のままに動かすことは、簡単なことなのでしょう。

「この人、サイコパスかもしれない」
 そう思ったら、用心してできるだけ近づかないように心掛けたいですね。

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 これまで“社会の闇”としてベールに包まれてきた「サイコパス」。
 脳科学の発展で、さまざまなことがわかり、一般社会にも認知されるようになってきました。
 しかし、まだまだ解明されていない謎の部分も、多く残されています。

 私たちの周りにも、100人に1人の割合でいるとされるサイコパス。
 彼ら/彼女らの思考方法やふるまいは、独特で普通の人の理解を超える部分が多いです。
 ただ、それを知っているか知らないかでは、その対処に雲泥の差が生じます。

「転ばぬ先の杖」です。
 ぜひ、皆さんも本書を読んで、サイコパスの実態を知り、生活の知恵に加えて頂きたいです。


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