【書評】『死んだらどうなるの?』(桜井識子)

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 お薦めの本の紹介です。
 桜井識子さんの『死んだらどうなるの? 選べる行き先は4つ!奇跡の魂ツアーに出発しよう』です。

 桜井識子(さくらい・しきこ)さんは、神仏研究家・文筆家です。
 神仏関係の波動の高いものを見たり、神様や仏様の声を聞くことができる特殊能力をお持ちです。
 人気ブログ、『ひっそりとスピリチュアルしています』の執筆者でもあります。

死んだら、どうなるの?

「死」とは何か?
 死んだ後はどこに行くのか?
 そもそも、何のために生まれてきたのか?

 私たちは、いつか必ず「死」を迎えます。
 しかし、そういうことに関しては、ほとんど何の知識もありません。
 というか、あえて避けているといった方がいいかもしれませんね。

 死後の世界は暗く寂しいものではありません。一般的なその印象とは逆で、実際の世界は明るく楽しいところです(自殺は除きます)。成仏をすると、のんびり伸び伸び、ゆったり穏やかに、心から楽しくすごせる生活が待っています。天国が本当にそこにあるのです。
 その上の世界に行けば、やりたいことがたくさんあります。どれも楽しそうだし、やりがいもあるしで、「うわ〜、どれを選ぼうかな〜」と、ワクワクと迷います。それは前向きで高揚感のある迷いです。どれにしよう? と、考えるところからすでに充実感もあって、ウキウキが止まらない・・・・・・そんなポジティブな世界なのです。

 死後世界がそんなに楽しいなんて丸ごと信じられません、という方がいらっしゃるかもしれません。そのような方はファンタジーな読み物として読んでもらってもいいと思います。
 本当かな? 本当にそうなのかな? と、ずっと疑いながら読んでしまうと、知っておくべき大事なことが何も残らないかもしれないので、「おぉ〜、ファンタジーな世界で面白いなぁ」というふうに、楽しくお読みいただくほうがいいです。そのような感覚で読まれれば書かれている内容が頭の片隅に残るからです。
 ここに書かれている知識のどれかが、死んだあとの自分を助けてくれるかもしれません。たとえ信じなかったとしても、情報を捨てたりせずに心のどこかに置いておけば、何かのときに役立つと思います。
『死んだらどうなるの?』 はじめに より 桜井識子:著 KADOKAWA:刊

 これまで数多くの本を世に出し、ブログによる情報発信も続けている桜井さん。
 日本全国のいろいろな神様や仏様に、バラエティに富んだお話をたくさんお聞きしたそうです。

 本書は、そんな桜井さんだからこそ書ける、私たちの知らない「死後の世界」の最新情報を詰め込んだ一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「寿命」は自分で決めてきた人生計画

 人間の寿命は、どのようにして決まるのでしょうか。

 桜井さんは、人生をどのあたりで終えてあちらの世界に帰るのか、ということを、魂は生まれた時から知っていて、生きている間じゅう、毎日確認していると述べています。

 人間は覚えていないだけで、生まれる前に今世の寿命を“自分で”決めています。適当に決める人はいなくて、ちゃんとその人の人生計画に基づいて決めた年数です。体験すべきことを何歳でやるかとか、学びを得る経験を人生のどこに配置するかなど、さまざまなことを熟考して寿命を決めています。
 もしも輪廻転生のシステムがなくて、今から始める人生のみ、生きるのは1回きりである、となったら、みんながみんな100歳まで生きよう、120歳まで生きよう、と死ぬのをなるべく高齢にするように思います。
 でも現実はそうではなく、魂は転生を繰り返していることを知っています。この本を読んでいる方は、もうすでに何十回も人生をやっていると思います(スピリチュアルに関心があるのは、たくさんの人生を経験しているからなのです)。百回を超えている人もいるでしょう。今予の計画だけを考えて寿命を決定するのではなく、魂の経験(数々の過去世)も考慮してこの世にいる時間を決めています。
 今回の人生ではこれだけを学べればいいという、限定して得たいことがある人もいます。そのような人はそこをクリアすれば、カルマを作らないように長生きはせず、さっと帰ろうということで早逝します。
 人によっては30年の人生だったり、20年の人生だったりするのはそのためです。長く生きること、イコール、運がよいというわけではないのですね。20年でも十分だと思えば、そのように計画します。
 人生は温泉みたいな感じでしょうか。長くつかっている人もいれば、早々に出る人もいる、人それぞれなのです。そして寿命は自分が決めているので、たとえ人より短くてもまったく不幸なことではありません。計画通りなのです。かわいそうに思ったり、不憫だと憐れむことは、逆にあちらの世界に帰ったその人を悲しませます。
 寿命が長くても短くても、その時が近くなるとなんとなく察して穏やかに受け入れられるのは、自分が決めたことだからです。

 帰る時期が近づくとなんとなく寿命がわかりますが、それを若いうちに、もっと早くに知ることはできないのかと言いますと、実は何かの表紙にフッと示されています。とても小さい気づきなので、気づかないまま流している人が多いと思います。
 私は自分の寿命を夢で知りました。まだわかる能力が低かった頃ですが、息子を妊娠している時のことです。私の体の中(胸のあたりです)に香炉がありました。そこには線香が1本立てられています。もちろん火がついています。
 その香炉を見ていると、そこに新たに線香が1本、誰かの手によって立てられたのです。こちらももちろん火がついています。新しく立てられた線香は、77〜78年で燃え尽きる長さだな、とわかりました。
 そこで「ああ、これは生まれてくる息子の寿命だ!」と直感したのです。ということは、もとから香炉に立っている線香は私の寿命ということになります。
 それは息子の線香に比べるとすでに短くなっており、残りが48年とハッキリ数字で見えました。多少の誤差があるとして、私は75〜80歳であちらの世界に帰るのだな、と思っています。
『死んだらどうなるの?』 第1章 より 桜井識子:著 KADOKAWA:刊

 私たちは、魂の決めた人生計画に基づいて生まれてきています。

 いつ、どこに生まれて、どんな家庭で育つのか。
 そして、いつ死ぬのか。
 それらもすべて、魂の計画に含まれているということ。

 だとしたら、死は悲しむべきものではなく、むしろ、祝うべきもの。
 魂の決めた人生計画をやり遂げたのだから、喜んで、“あの世”に送ってあげたいですね。

〈成仏界〉への道

 私たちが死んでから49日間いる場所を「幽界」と呼びます。
 幽界とは、現実界と重なった世界で、ほぼ現実界にいる感覚の場所です。

 ここから成仏して入る世界を「成仏界」と呼びます。

 幽界から成仏界に行く(成仏する)方法は、とてもシンプルです。
「光」に向かって行く、これだけです。

 ここで知っておくべきことは、光の大きさはいろいろだということです。

 桜井さんは、豆粒のように、米粒のように小さくしか見えないこともあると述べています。

 光を見つけたら、そちらに向かって歩いて行きます。幽界は現実界と重なっていると言いますか、ダブっているため、光を見つけた時点では、その人はまだ現実界のほうがメインで見えています。自分がいる幽界は意識をそちらに持っていかなければ、メインでは見えないからです。
 しかし、光へと歩き始めると、すぐに現実界のほうの視界がかすんでいきます。幽界から上の世界である成仏界へと向かうので、現実の世界が遠のいていくためです。現実界がかすんで完全に見えなくなると、自分の周囲は何もない空間の人と、周囲に景色が現れる人に分かれます。
 何もない空間の人は、光に近づくにつれて、周囲の明るさがどんどん増していきます。周囲が最高に明るくキラキラと輝いたところで、光源である“扉”に到着します。
 周囲に景色が現れる人は、山や野原の大自然を見ながら光へと進みます。こちらの人は三途の川へ行く可能性があります。景色を楽しんで歩いていたら川のところに来た、となるわけです。川は先ほど書きましたように、サッサと渡るのが得策です。渡った向こう岸に光り輝く“扉”があります。
 この扉が成仏界への入口です。観音開きの扉になっていて、この扉をそ〜っと開くと、そこには成仏界の、非常に明るく爽やかな世界が広がっています。そちらに一歩足を踏み入れると・・・・・それが“成仏した”ということになります。

 足を踏み入れたそこは、転生から戻ってきた人を迎えるための専用の場所です。規模はベルサイユ宮殿クラスの敷地で、広い庭園があります。扉を入ると、この庭園に出るのです。足もとは石畳になっていて、中心部に円形の少し高い花壇があり、鮮やかな色をした美しい花が咲き乱れています。空は高く、澄み切った青空で、心地よい風が優しく吹いています。メインの建物の向こうは湖になっていて、庭園の中心部からも湖面が見え、景色も美しいです。
 建物は大きなものが2つあって、どちらも真っ白い外観です。場所の面積はベルサイユ宮殿クラスですが、建物は日本の迎賓館(げいひんかん)に似ています。あのような感じの建物がメインとサブとで2つあります。庭園に出るので、まずは花壇や景色の美しさに「ほぉ〜」と癒やされます。
 そして、そこにたくさんのお出迎えの人が待っているのです。大好きだったおじいちゃんやおばあちゃん、早くに親を亡くした人は長年会いたかった親が来ています。親しかった友人、子供時代や学生時代に仲良しだった人、昔の気の合う同僚など、自分が「好き」だった人ばかりが待っていて、「おかえり!!」と、取り囲んでくれるのです。
 みんな口々に、「お疲れさま」「よく頑張ったね」と、ねぎらいの言葉をかけてくれます。肩をたたいて褒めてくれる人もいれば、ハグしてくれる人もいます。どの人もニコニコと笑顔で愛情を示してくれます。会いたかったのは相手も同じなのです。
「親や兄弟とは絶縁状態で、仲がいい友人もいません。迎えは来ないと思います」という人も、「親や兄弟が来ても嬉しくありません」という人も、心配はいりません。あちらの世界にはソウルメイトたちがいますから、その人たちが全員で迎えに来てくれます。成仏した時に1人ぼっち、という人は絶対にいないのです。
 お出迎えをしてもらって、みんなと一緒に迎賓館のような建物に入ります。広間のようなところで、迎えてくれた1人1人と積もる話をします。どの人とも話したいことが山ほどあるので、長話になってしまいますが、他のみんなは優しく待ってくれます。どの人とどんな話をしていても、全員がにこやかに、うんうんと聞いてくれるのです。
 地上で頑張ったことは、小さなことでもみんな知っていますし、褒めてくれます。ここではなつかしい思い出話を楽しめて、みんなに愛されている喜びを感じることができ、嬉しくて、楽しくてたまりません。自分がヒーロー・ヒロインなのです。
『死んだらどうなるの?』 第2章 より 桜井識子:著 KADOKAWA:刊

 私たちが「天国」としてイメージしている世界が、まさに「成仏界」に重なります。

 死んだら、そんなそんな素敵な世界に行ける。
 それを知っているだけで、生きる希望も勇気も湧いてきます。

 死ぬのが、なんだか楽しみにもなってきますね。

心機一転の「輪廻転生」

 天国のように居心地のいい成仏界ですが、そこで暮らすうちにだんだん物足りなさを感じてきます。

 そして全員が「次の世界に行きたい」と思うようになります。

 ここから先は、個人の希望により世界が分かれており、次の4つの進路から選択します。

  1. 輪廻転生コース
  2. 高級霊界で仕事をするコース
  3. 神様修行コース
  4. 仏様修行コース
 この中で最も多くの人が希望するのが「輪廻転生コース」なのだそうです(下の図1を参照)。
図1 魂の行き先はこうなっている 死んだらどうなるの 第3章
図1.魂の行き先はこうなっている
(『死んだらどうなるの?』 第3章 より抜粋)

 半数以上の人が転生することを希望します。
「え〜! またしんどい人生をやるの? それは遠慮したいです〜」と思うかもしれませんが、向こうに帰って、魂のケアが終われば、人生がいかに楽しかったかに気づきます。それまでのどの人生もしんどいことが多くあったけれど、でもそれ以上に楽しいことも、頑張ったと胸を張れることも、何かを成し遂げたという達成感もあった、ということを思い出します。その経験をもう1回したい! と切望する気持ちになるのです。
 次はこのような人生を送ってみようかな、とまったく違う人生を選択すれば、体験できるものが違ってきます。億万長者をやってみようとか、貧しい国で民衆のために政治を変えようとか、アメリカのブロードウェイでミュージカルスターになるとか、いろんな人生を自由に計画できます。
 お金を持っていたらお社やお堂を修理してあげたい、立て直してあげたいという神社仏閣がある人は、お金を持つ人として生まれ変わってその思いを実行に移せます。現在夫や子供を支える人生を頑張っている人は、次回は自分が実業家として世界に羽ばたく選択をしてもいいのです。体験する内容を重視するため目立つ職業じゃなくていいと、一般人を選ぶパターンが主流ですが、たまには有名人になるのもいいと思います。
 そして、次の「自分という人物」を作ること、これがとても楽しいのです。顔はとびきりの美男美女じゃなくていいけど、ちょっぴり美しめにして、気の強い性格にしよう。信仰は持ちたいから信心深くして、あ、でも、疑い深い部分が少しあったほうが騙されなくていいかな・・・・・というふうに、作り上げていきます。
 頭脳明晰でまったく隙がない感じの「できる人」は過去世でやったことがあるから、もっとこう愛らしいほんわかした性格に生まれてみるとか、人づきあいに疲れた人生のあとだったら、次は1人で行動をしても心から楽しめる性格にする、などもあります。髪の毛は少し茶色にしよう、親のどちらかが外国人のところに生まれてみよう、というふうに気持ちを弾ませながら自分を作ります。怒りっぽい性格にしてそれを克服することに挑戦してみようかな〜、という計画もここでします。
 人生のどこに何を配置するのかも決めていきます。ソウルメイトと一緒に転生して結婚するとしたら、何歳で、どこで出会うのか、輪廻メイトは今回誰と縁を結ぶのか、人生のこのあたりでちょっと苦難を入れておこうとか、さまざまな予定を組みます。人によっては、人間として生きている自分が、その場その場で自由自在に人生を描けるように、白紙の状態にして生まれてみる・・・・・という挑戦をしたりもします。
 障害を持って生まれよう、という人もいれば、短い人生にして早めに帰ってこよう、と計画する人もいます。性別、出身国、容姿、才能、どんなことをするのか、どんな出来事を体験するのかなど、こまごまと決めてもいいし、大雑把にこんな感じ〜、で生まれてもいいのです。計画すること自体がワクワクする作業です。
 転生の少し前になると、転生準備ができた人ばかりが待機するところがあるので、そこに行きます。
『死んだらどうなるの?』 第3章 より 桜井識子:著 KADOKAWA:刊

 私たちは、自分たちの意志で転生している。
 しかも、人生のシナリオも自分で決めて生まれてくる。

 この事実には、少し驚きですね。

 どんなに辛いことがあっても、死んでから振り返ると、“楽しいひととき”なのですね。

 生きてるだけで丸もうけ。
 私たちは、もっと力を抜いて気楽に人生を送ってもいいのかもしれません。

亡くなった時にしてあげるべきこと

 もし、親しい人に「見えない世界」を信じていない人がいる場合、その人は亡くなったとき、うまく成仏ができない、もしくは成仏するのに時間がかかってしまうことがあります。

 桜井さんは、大切な人をこのような状態にしないために、生きている私たちにできることがあると述べています。

 ほとんどの人は病気や事故で亡くなると思います。病院で亡くなる人が一番多いのではないでしょうか。それはつまり、病室で肉体と魂の緒が切れるということです。魂の緒が切れると、肉体(遺体)を運んでもその肉体に魂がついていけない場合があります。
 病院だったらほとんどの人がちゃんと自宅に帰れるのですが、まれに、どうしても帰り方がわからないという人がいるのです。帰り方がわかっていない魂の本人を残して家族が帰ってしまうと、本人はしばらくそこでさまよいます。幽霊になってしまうのです。かわいそうです。
 肉体が霊安室に運ばれても、その後病院から運び出されても、本人はそちらへは行かず病室か病棟にいます。自分で成仏することに気づくまで、亡くなったあとも入院患者としてウロウロしているのです。
 事故の場合、事故現場で魂の緒が切れてしまったら、自宅に帰れない人がほとんどです。肉体が救急車に乗せられても、魂になった本人は肉体と一緒に乗れないのです。事故の場合は何らかの力が働いて、そのような状態になります(その仕組みは残念ながらまだわかっておりません)。
 肉体がどこかに運ばれていってしまうと、亡くなった本人は何をどうすればいいのかわからないので、オロオロしています。不安な思いを抱えてそのへんをずっとさまようことになるのです。
 それを防ぐには、亡くなった場所からつれて帰らなければなりません。事故現場だったら、お坊さんと一緒に行くと供養の意味も加わるため、こちらがおすすめですが、ご家族の方だけでも、迎えに行くのがたとえ1人だけでもかまいません。
 現場に行って、そこで般若心経でいいので唱えてあげます(暗記をしなくても大丈夫です。経本を見ながら唱えて下さい。本書巻末にも掲載していますので、どうぞご利用下さい)。この時、必ず声を出して唱えます。そのあとで「一緒にうちに帰ろうね。ついてきてね」と、こちらも“声に出して”言います。すると、さまよっていた本人はその人について一緒に自宅に戻れます。
 病院でも同じです。般若心経を声に出して唱えてあげて、「一緒に帰ろう」と声に出して言います。こうすることで亡くなった人は確実に家族と一緒に、家に帰ることができるのです。
 私の祖母は霊能者でしたから、見えない世界のエキスパートと言ってもいいくらい、霊界に精通していました。いつでもどこでも自力で成仏できるであろう人だったのです。その祖母が病院で亡くなった時、祖母はお経を唱えて、「一緒に帰ろう」と言っていました。それくらいこのお経と声かけは亡くなった人にとって大切なのです。

 49日の法要も重要です。ここは大切なところなので、しつこいようですが重ねてお伝えしておきます。ほとんどの人が49日を目安に成仏していきます。
 もろもろの事情で法要ができないこともあるでしょうから、その場合について書いておきます。49日の法要にお坊さんの読経がどうしても無理だというのであれば、写経をしてあげることをおすすめします。写経を奉納するお寺が近くにない、という場合は、郵送で受け付けているお寺もありますから、そちらに送ってもいいと思います。
 急にお坊さんを呼べなくなりました、写経用紙も持っていませんし、お寺も近くにないんです、という時は、何もしないよりはマシかも・・・・・というのが、ご家族の方がお経を唱えてあげることです。お坊さんではない一般人が唱えますからサポートにはなりません。でも、想いは伝わります。想いが伝われば、本人も明るい気持ちになります。
『死んだらどうなるの?』 第4章 より 桜井識子:著 KADOKAWA:刊

 知っていると知らないとでは、亡くなった人にとって天と地の差となりますね。
 ただでさえ、気が動転しているでしょうから、日頃からの心づもりが大切です。

 もしものときの「般若心経」。
 いろいろなところで活躍して重宝しますね。

 経本を持ち歩くのもいいですが、せっかくなので、暗記してしまってもいいかもしれません。

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 亡くなる直前の人つまり、もうすぐあちらの世界に帰る人に対して、私たちはどのように接すればいいのか。

 そんな質問に、桜井さんは、亡くなりつつある人には、たくさんのお話をしてあげると喜ばれるとおっしゃっています。

 その理由は、そのような状態のときは体は眠っていても、意識がなくても、肉体に話しかけられた言葉を全部聞いているからです。

 中でも、一番喜ばれるのが本人が穏やかになる、安らかな気持ちになれる、そういう言葉をかけてあげることです。

 私たちは、わからないこと、未知なことに対しては、恐れを抱きます。
「死」は、まさにその典型といえますね。

 死の恐怖から逃れるには、まず「死」とは何かを知ることが重要です。

 本書は、「あちらの世界」の初心者である私たちにとって、そのイントロダクションとして最適な一冊といえます。

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