【書評】『人工知能と経済の未来』(井上智洋)

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 お薦めの本の紹介です。
 井上智洋さんの『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』です。

 井上智洋(いのうえ・ともひろ)さんは、マクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論がご専門の経済学者です。

2030年、雇用は大崩壊する?


 今、世の中で話題となっている「人工知能」
 すでにさまざまな分野で応用され、人間に代わる作業の担い手として活躍しています。

 人工知能は、これからますます進歩し、社会のなかに組み入れられていくことでしょう。
 未来の私たちの生活は、どのように変化していくのでしょうか。

 井上さんは、2030年以降の人工知能は経済や社会のあり方を大きく変えてしまうのではないかと予想しています。

 なぜなら、ちょうど2030年頃に「汎用人工知能」の開発の目処が立つと言われているからです。「汎用人工知能」というのは、人間のように様々な知的作業をこなすことのできる人工知能です。
 今の世の中に存在する人工知能は全て「特化型人工知能」であり、一つの特化された課題しかこなすことができません。SiriはiPhoneなどを操作する目的に特化された人工知能です。将棋をする人工知能は将棋だけに、チェスをする人工知能はチェスだけにそれぞれ特化されて作られています。
 特化型人工知能の及ぼすインパクトは、耕運機や自動改札といったこれまでの機械と質的にはそれほど変わりないかもしれません。
 近頃、人工知能が仕事を奪うという問題が盛んに取りざたされています。実際、セルフドライビングカーや人工知能を搭載したドローン(無人航空機)による配送の普及によってタクシー運転手やトラック運転手、配達員が失業する恐れがあります。
 しかし、人間は、機械に仕事を奪われても、機械に対し優位性のある別の仕事に転職することができます。その点、セルフドライビングカーでも自動改札機でも変わりありません。ただし、今後続々と特化型人工知能が生み出されるのであれば、量的にはこれまでの技術を上回るような社会的影響が及ぼされるでしょう。
 ところが、人間と同じような知的振る舞いをする汎用人工知能が実現し普及したならば、既存の技術とは質的にも異なる変化がもたらされると考えられます。というのも、あらゆる人間の労働が汎用人工知能とそれを搭載したロボットなどの機械に代替され、経済構造が劇的に転換するからです。

『人工知能と経済の未来』 はじめに より 井上智洋:著 文藝春秋:刊

 汎用人工知能(汎用AI)の出現により、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。

 本書は、マクロ経済学者の見地から、人工知能が将来の社会や経済に及ぼす影響をまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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人工知能がもたらす「技術的失業」


 人工知能の進歩により、今現実に差し迫っているのは、「技術的失業」という問題です。

 技術的失業(テクノロジー失業)とは、経済学の用語で、新しい技術の導入がもたらす失業を意味しています。
 例えば、「銀行にATMが導入されて、窓口係が必要なくなり職を失う」という失業のことです。

 井上さんは、技術的失業の被害を主にこうむっているのは中間所得層だと指摘し、以下のように解説しています。

 図1−1に表されているように、1980年くらいから一人あたりGDPの伸びに所得の「中央値」はついていけなくなりました。所得の「中央値」というのは、50人の人がいた時に、彼等を稼ぎの多い順に並べて25番目くらいの人の給料のことで、平均値とは異なります。
 所得の高い人がべらぼうに稼いでいる場合には、例えば10番目くらいの人の給料が平均値に近くなるかもしれません。また、所得の高い人の所得が劇的に増大すれば、所得の中央値が下落している場合でさえも、所得の平均値は上昇するという可能性もあります。
 実際、アメリカで起きているのはそういうことで、一般的な労働者は貧しくなっているのに、金持ちはそれを補って余りあるほど豊かになっています。それゆえ、図1−1のように、2000年以降、所得の中央値は下落しているにもかかわらず、一人あたりGDP(所得の平均値に近い)は上昇しています。
 ブリニョルフソン&マカフィーは、このような労働者の暮らし振りとマクロ経済の趨勢との開きを、「グレート・デカップリング」と名づけました。その主要因は情報技術の発達という「スキル偏向的技術進歩」だと言っています。
 これは、情報技術を使いこなす高いスキルを持った労働者の需要が増大することを意味します。またその裏面として、情報技術に代替されやすいスキルスキルをもった労働者の需要は減少します。代替されやすいスキルというのは近年では主に、「事務労働」のスキルです。
 職業を単純化して、「肉体労働」と「事務労働」と「頭脳労働」の三つに分けて考えましょう(図1−2)。低所得層は主に「肉体労働」に、中間所得層は「事務労働」に、高所得層は「頭脳労働」にそれぞれ従事しています。
 コンピュータは、未だに商品企画や研究開発などの「頭脳労働」や介護や看護、建設などの「肉体労働」をできずにいる一方で、文書の作成や解析、事務手続きなどを効率化し「事務労働」に必要な人手を減らしています。その結果、アメリカでは、コールセンターや旅行代理店などにおける事務労働の雇用が大幅に減少しています。
 現在のところ雇用の破壊が進んでいるのは、頭脳労働でも肉体労働でもなく、中間所得層が主に従事する事務労働というわけです。こうして技術的失業をこうむった労働者は、より低賃金の肉体労働やより高賃金の頭脳労働の方に移動します。
 中間所得層の労働が減り、低賃金と高賃金の労働が増大するこうした現象は、アメリカの労働経済学者デヴィッド・オーター等によって労働市場の「二極化(Polarization)と呼ばれています。

『人工知能と経済の未来』 第1章 より 井上智洋:著 文藝春秋:刊

図1−1 アメリカの所得などの推移 第1章P33
図1−1.アメリカの所得などの推移
(『人工知能と経済の未来』 第1章 より抜粋)


図1−2 中間所得層の雇用崩壊 第1章P35
図1−2.中間所得層の雇用崩壊
(『人工知能と経済の未来』 第1章 より抜粋)


 世界的に、中間所得層が減り続け、高所得層と低所得層への二極化が進行し続けています。
 その大きな要因のひとつが、人工知能の進歩だということですね。

 日本は、比較的貧富の格差が少ない国だといわれています。
 ただ、人工知能の普及による技術的失業の大波が襲ってくるのは、時間の問題でしょう。

「ディープラーニング」によるブレイクスルー


 人工知能を語るうえで、カギとなるのが「ニューラルネットワーク」という言葉です。
 ニューラルネットワークは、脳の神経系を模した数学モデルないしプログラムです(下図2−1を参照)。

図2−1 ニューラルネットワーク 第2章P67
図2−1.ニューラルネットワーク
(『人工知能と経済の未来』 第2章 より抜粋)


 ニューラルネットワークの技術により、実空間から得られる視覚情報や聴覚情報などのセンスデータをパターン認識することが可能となります。

 ただ、20世紀のニューラルネットワークは、物体の「特徴」を人間から教わらないと認識できないような技術で、AI研究の主流にはなり得ませんでした。

 しかし、2006年に「ディープラーニング」(深層学習)というニューラルネットワークが考案されたことで、状況は一変します。

 ディープラーニングは、図2−2のようにレイヤー(階層)が何層にも深くなったニューラルネットワークです。それゆえに、「ディープ」(深層)と呼ばれるわけです。
 ディープラーニングは、一般のビジネスマンにも興味を覚えるほど脚光を浴び、今日のAIブームの火付け役になっています。なぜでしょうか?
 単にディープラーニングによってパターン認識の精度が上がったからというだけではなく、コンピュータが人間に教わることなく物体の特徴を見出すことができるようになったからです。それによってコンピュータは人間のように、自ら視覚情報を切り分けて物体のパターンを獲得できるようになりました。
(中略)
 2012年に、グーグル社の研究グループが開発したプログラム「グーグルブレイン」(Google brain)は、人間に特徴を教わることなく猫の顔のパターンを獲得したことで話題になりました。
 研究グループはディープラーニングを用いたこのプログラムに、ユーチューブの動画からランダムに選ばれた画像1000万枚を読み込ませました。画像には、猫の顔とか人間の顔とか色々なものが写っています。
 グーグルブレインは、図2−2のように、画像の中から猫の顔に共通する特徴や人間の顔に共通する特徴を自ら抽出しました。下のレイヤーでは、「縦の線」や「斜めの線」などのエッジ(輪郭を構成する縁の部分)が抽出されます。
 より上のレイヤーでは、目や鼻などのパーツが抽出されます。さらに上位のレイヤーでは、人の顔のパターンや猫の顔のパターンが得られています。このプログラムに猫の顔の画像を見せると、猫の顔のパターンを表すユニットが反応します。
 これは人間の脳に置き換えると、あるニューロンが特定の物体に反応するということになります。ニューラルネットワークのユニットは人間の脳のニューロン(神経細胞)に相当するということを想い起こしてください。
 私がグーグルブレインの研究に関する論文を読んでいて面白いと思ったのは、「おばあちゃん細胞」という神経科学の有名な仮説が、この研究に取り組む際のヒントになっているという点です。
 この仮説は、脳にはおばあちゃんを見たときにだけ反応するニューロンが存在するというものです。そして、研究の狙い通りに猫にだけ反応する「猫ユニット」や人の顔だけに反応する「人の顔ユニット」がニューラルネットワーク上に現れたというわけです。

『人工知能と経済の未来』 第2章 より 井上智洋:著 文藝春秋:刊

図2−2 ディープラーニング 第2章P69
図2−2.ディープラーニング
(『人工知能と経済の未来』 第2章 より抜粋)


 人が教えなくても、「これは人だ」「これは猫だ」と、自分で学んで判断できる。
 まさに、「知能」と呼ぶにふさわしい技術ですね。

 人間の脳の思考や想像のメカニズムは、これまで「未知の領域」でした。
 しかし、人工知能の開発とともに、完全に理解される日が来るかもしれません。

「AI」は雇用を奪うか?


 日本でも政府や各省庁は、新たなAI技術を生み出す研究開発の促進に力を入れ始めています。
 いわゆる「第四次産業革命」を推し進めるもので、それらの研究の成果は、近いうちに私たちの生活を大きく変えると想定されます。

 井上さんは、技術進歩は常に失業を生み出す危険性を孕んでいることを考慮しなければならないと述べています。

 AIが雇用を奪うかどうかという議論が近頃盛んになされていますが、AIもまた、これまでの技術と同様に雇用を奪う可能性があります。
 しばしば、「AIが人間と代替的ではなく補完的であれば、技術的失業を生まないのではないか」という主張を目にします。代替的というのは、バターとマーガリンのように互いに代わりを務めることができる関係を意味しています。補完的というのは、バターとパンのように互いに補いあう関係のことを言います。
 この点については、局所的には補完的でも全体としてみれば代替的ということが多く見られるので注意が必要です。例えば、コンピュータグラフィックを考えた場合、グラフィックソフトはグラフィックデザイナーと補完的な関係にありますが、手書きデザイナーとは代替的な関係にあります。したがって、グラフィックソフトは手書きデザイナーを駆逐する可能性があります。
 ある産業でコンピュータ化と雇用な増大が同時に起こっていて、情報技術と労働者がバターとパンのように補完的関係にあるように見えたとしても、経済全体ではそれらはバターとマーガリンのように代替的であることが多いのです。
 したがって、ブリニョルフソン&マカフィーは『機械との競争』で、多くの人々が起業を志すようになると新たな雇用が創出されて、AI普及に伴う労働問題が改善されると主張しましたが、本当にそうなるかどうかは疑わしいところです。
 新たに設立される企業が情報関連技術であればむしろ、グラフィックソフトのケースのように労働問題を悪化させる可能性のほうが高いと考えられます。
 といっても、コンピュータグラフィックは手書きデザイナーを全員駆逐したりはしません。つまり、世の中の多くの技術・機械と労働者の関係は完全に代替的というわけではなく、ほどほどに代替的という関係にあります。
 したがって、新しい技術は多くの場合、ある職業を根こそぎ消滅させるよりも、雇用を一定程度減少させるという効果を持ちます。特化型AIについても同様のことが言えます。
 例えば、AIを搭載したセルフドライビングか―が普及しても、運転手と話をしたいので、人が運転するタクシーに乗りたいという乗客の需要はゼロにはならないと思われます。しかし、タクシー運転手の需要が大幅に減少することは避けられないでしょう。

『人工知能と経済の未来』 第3章 より 井上智洋:著 文藝春秋:刊

 あるAI技術の普及は、その分野に関わるすべての人の仕事を奪うことはありません。
 ただ、大多数の人の仕事を奪うことになるのは、明らかです。

 コストの安い人工知能と雇用をかけて争うのは、人間にとって分が悪いですね。
 それでも生き残るためには、「人工知能やロボットが苦手な部分」で勝負するしかありません。

 温かみ、親しみ、笑顔、やさしさ。
 これまでビジネスで軽視されがちだった、そんな「人間らしさ」が、一番の武器になります。

「汎用AI」は社会にどのように導入されていくか?


 第四次産業革命で決定的役割を担うであろうとされているのが、「汎用AI」です。
 
 井上さんは、汎用AIが2030年頃に実現するならば、その時から急速に人間の労働需要は減少していくだろうと述べています。
 さらには、2045年頃には人間にしかできない仕事の範囲はかなり狭いものになっているはずだろうと予想します。

 汎用AIは、まずはパソコンやスマートフォン上の高度な「パーソナル・アシスタント」(電子秘書、AIコンシェルジュ、バトラーサービス)として活躍するでしょう。Siriが今よりも遥かに賢くなって、なんでも要望に応えてくれる様子を想像してみてください。
 現在のパーソナル・アシスタントも、音声でお願いすると飛行機やホテルの予約をしてくれます。しかし、それどころではなく「我が社の決算書を作ってくれ」とか「我が社のホームページを作ってくれ」とか「自動車産業の最近の動向を10ページほどの報告書としてまとめてくれ」と命じるだけで、それぞれの作業をたちどころにやってくれるようになります。
 企業で上司が部下に命じるようにな事務作業なら、なんでもこなすことができるでしょう。したがって、企業の事務職が根こそぎ消滅する可能性があります。業種によっては今の20〜30人規模の会社が社長一人のみで運用できるようになると思われます。
 ただし、こうしたパーソナル・アシスタントは、手足を持っていないので、コンピュータ上の仕事しか担えません。お茶汲みや来客の誘導は務められないのです。しかし今では、ホワイトカラーの勤務時間の多くの部分がコンピュータを使う作業に費やされているので、ホワイトカラーの労働者は激減するだろうと予想されます。
 こうしたパーソナル・アシスタントの次に、汎用AIは「汎用ロボット」の頭脳に搭載されるようになるでしょう。「汎用ロボット」とは、様々な身体的な作業をなし得るロボットです。
 ロボットの身体部分に関する技術については、AIにおけるディープラーニングに匹敵するような画期的な技術が出てきておらず、地道なゆっくりとした進歩が続くものと予想されます。
 実用的な人工筋肉が開発されれば人間のようにスムーズに振舞えるようになるでしょうが、今のところその気配はなく、ロボットは重い手足をモーターでぎこちなく動かすしかありません。
 それでも、汎用ロボットの原初的なものなら既に存在しています。それは、リシンク・ロボティクス社が作った「バクスター」というロボットです。
 リシンク・ロボティクス社は、iRobot社を設立しお掃除ロボット「ルンバ」を世に送り出したAI・ロボット研究者ロドニー・ブルックスが新たに作った会社です。バクスターは、大きな二つの腕を持っており、箱詰めや部品の配置、部品の取り付けなど、様々な工場内の作業を行うことができます。
 これまでの産業用ロボットは、それぞれの作業に特化したプログラムを必要としていました。そのために費用が高くなり、中小企業では導入は困難でした。ところが、バクスターは作業ごとのプログラムを必要とせず、人間がその腕を動かすことで、作業のやり方を覚え込ませることができます。
 こうしたロボットにはパターン認識や機械学習といった最近目覚ましい発達を遂げたAI技術が応用されています。AI技術のブレイクスルーがロボット工学にも革命をもたらしているという点に注目してください。

『人工知能と経済の未来』 第4章 より 井上智洋:著 文藝春秋:刊

 人間のように思考できる“脳”を持った「汎用AI」。
 人間のように動ける“体”を持った「汎用ロボット」。

 その二つが組み合わされれば、もはや生身の人間の出る幕はありませんね。

 能力において、人間を凌駕する存在を目の前にしたとき、どう対応するべきか。
 私たち一人ひとりが、取り組むべき課題ともいえます。

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 汎用AIが出現した後の世界は、どのようなものになるのでしょうか。

 井上さんは、爆発的な経済成長が可能となり、途方もなく実り豊かな時代がやってくるのではないかと予測されています。

 複雑な作業や厳しい労働のほとんどは、人工知能やロボットに置き換わるでしょう。
 生活のために働くことがなくなる私たちは、あり余った時間をより有意義に使うことができる。

 そんな夢のような世界が、意外と身近に迫っているのかもしれませんね。

 とはいえ、そこに至るまでの道のりは、平坦ではありません。
 歴史が物語るように、時代が転換するときには、大きな痛みを伴うものです。

 10年後、20年後を完全に見通すことはできません。
 ただ、どのような方向に進んでいくのか、おおよその見当はつけることができます。

「転ばぬ先の杖」です。
 皆さんも、本書を手に、一足早く「人工知能がつくる未来」を先取りしてみてはいかがでしょうか。


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