【書評】『超AI時代の生存戦略 』(落合陽一)

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 お薦めの本の紹介です。
 落合陽一さんの『超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト』です。

 落合陽一(おちあい・よういち)さん(@ochyai)は、研究者、メディアアーティスト、実業家です。
 学際情報学がご専門の博士で、筑波大学の助教を務められています。

「スマホ」が劇的に変える社会のあり方


 スマートフォンは、おそらく21世紀でもっとも人の生活を高速に、そしてダイナミックに変えた装置でありインフラです。

 落合さんは、スマートフォンは、たった10年でヒト・モノ・カネ・環境・哲学・美意識に至るまで劇的にすべてを作り変えたと指摘します。

 スマートフォンの普及による結果、人はインターネット上に第二の言論・視聴覚空間を作り、住所を持ち、SNSを生み、社会を形作った。言うなれば人はデジタル空間にもう一度生まれた。今、常時回線に接続された人々は、この世界を旅し、この星を覆(おお)い尽くそうとしている。その結果、ありとあらゆる景色や言語が今インターネットの上に集まりつつある。
 そういったIoT(Internet of Things)による技術革新は私たちの生活習慣と文化を不可逆なほどに変えてしまった。誰とでも連絡がつき、待ち合わせ場所と時間を厳格に決めずとも人に会うことができ、道に迷うことがなくなり、どこでも時間を潰(つぶ)すためのコンテンツを入手できるようになった。日々、消費できないほどのコンテンツがインターネットの向こうに蓄積されている。
 見ているもの、聴いているもの、考えたこと、その日の景色から今いる場所、購入した商品に至るまで、人の様子は瞬時に共有できるようになった。この地上で、誰もが発信者であり表現者となった。ヒトが次なる目線、デジタルヒューマンとしての視座を手に入れるのに必要だったものは、明らかにインターネットとオーディオビジュアルで接続できる第二の目と耳であった。
 それは前世紀の映像システム――目と耳の体験を電波に乗せて大衆発信する装置になぞらえるなら、「集団への体験共有」から「個人の能力拡張」への大きな舵切(かじき)りの一つである。映像の世紀は、コンピュータという、コードで記述された魔術的ブラックボックスによって、変化がわずか10年でなされたのだ。
 このダイナミックな変化は、「魔法」という一つの言葉で両義的に定義できると思う。映像の時代に不可能だった物理的な干渉を起こし、容易に使え、精緻(せいち)な結果をもたらす。それによる恩恵はまるで奇跡のように鮮やかであること。そして、その変化の速度はあまりに速く、その制御機構はあまりに難解なため、そこにある仕組みを理解するには難しく、一部の修練された人間にしか理解できないということ。日常にもたらされる奇跡とブラックボックス化の断絶が今後ますます、様々な社会変化をもたらすだろう。本書では、そこに着目していきたい。

『超AI時代の生存戦略』 プロローグ より 落合陽一:著 大和書房:刊

 人工知能(AI)、IoT、ビッグデータ、ヴァーチャル・リアリティ(VR)。

 スマートフォンの普及とともに、様々なテクノロジーが、急速に浸透しつつある今の世の中。

 行き着く先には、どんな未来が待っているのでしょうか。
 そこで、私たちは、どう生きていけばよいのでしょうか。

 本書は、「超AI時代」を生き抜くため、時代性を読み解き、必要なスキルやマインドセットなどについて解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「ワーク“アズ”ライフ」を見つけられたものが生き残る時代


「ワークライフバランス(=仕事と生活のバランス)が大切」

 多くの人が口にする言葉ですが、落合さんは、これに違和感を感じています。

 これからは、なるべくライフとしてのワークにする。つまり、余暇のようにストレスレスな環境で働けるように整えていくということが重要だと指摘します。

 今の社会において、雇用され、労働し、対価をもらうというスタイルから、好きなことで価値を生み出すスタイルに転換することのほうが重要だ。それは余暇をエンタメで潰すという意味でなく、ライフにおいても戦略を定め、差別化した人生価値を用いて利潤を集めていくということである。
 これまでは24時間のうち、8時間は働いて、8時間は寝て、残りをどう切り分けるかということが一つの考え方だった。しかし今、労働をするために休養で充電を行うのが主となり、その線がなくなってきてしまったので、「その切り分けのない状態で、なるべくストレスなく動くにはどうしたらいいのだろう?」ということがより重要になった。ストレスマネジメントの考え方である。
 たとえば、今の時代であれば、1日4回寝てもいい。1日4回寝て、仕事、趣味、仕事、趣味、仕事、趣味で、4時間おきに仕事しても生きていける。仕事か趣味か区別できないことを1日中ずっとやってお金を稼いでいる人も増えてきた。クラウドファンディングで、レジャーと仕事の中間のような行動をして、それで対価をもらっている人も増加している。
 そういった時代背景は、グローバル化とインターネット化と通信のインフラの整備によって、ワークライフバランスという言葉は崩壊したことを意味している。ワークとライフの関係性は完全に「バランス」ではなくなった。これからは「ワーク“アズ”ライフ」、つまり差別化した人生価値を仕事と仕事以外の両方で生み出し続ける方法を見つけられたものが生き残る時代だ。

 そのワークアズライフとして考えるとき、バランスや均衡を求めるものはなんだろうか。「ワークとライフ」の対比で捉えるのではなく、「報酬とストレス」という捉え方のほうが意味の働き方を象徴している。働く時間、休み時間という捉え方より、ストレスのかかることとかからないことのバランスのほうが重要だ。
 詳しくはこれから述べていくが、要するに1日中「仕事」や「アクティビティ」に従事していても、遊びの要素を取り入れてストレスコントロールがちゃんとできていれば、それでもいい。また、この考え方においては、ストレスのかかる私生活をすることのほうが、会社でストレスレスの長時間労働をするよりも問題であったりする。
 この原則をちゃんと考えながら動いていれば、これから段階的にやってくるであろうシンギュラリティまでのグローバルインターネットの社会活動で、より最適に生きていけるのではないかと僕は考えている。

『超AI時代の生存戦略』 第1章 より 落合陽一:著 大和書房:刊

図 ワークアズライフ 超AI時代の生存戦略 第1章
図.ワークアズライフ
(『超AI時代の生存戦略』 第1章 より抜粋)

 スマートフォンなどの普及で、起きている間は、つねにネットを介して社会とつながっている。
 そんな世の中が現実となった今、生活の「オン」と「オフ」があいまいになっているのは事実です。

 今後、ますますその傾向は、強まっていくことでしょう。

 生活と仕事を切り離して考えるのではなく、一体として考える。
「ワークライフバランス」より「ワーク“アズ”バランス」。

 これからの時代に合った生き方を選択していきたいですね。

自分が決めたゲームの定義で「遊ぶ」


 落合さんは、これからは、「遊び」という概念がますます重要になってくると述べています。

 遊びと聞くと、飲みに行くことも遊びになるし、街中をぶらつくことも遊びになってしまうが、大人の遊びではなく子どもの頃の遊びを思い出していただきたい。問題設定があり、それを解決していき、その中で報酬が決まり、楽しいと思える。それが遊びだったのではないだろうか。
 たとえば、ゲームをする、将棋をする、ごっこ遊びをする、スポーツをするというのも、あるフレームの中に、問題と解決と報酬があって楽しいわけだ。
 だから、まず遊びとゲームとルール設定は切り離せない考え方である。ゲーム的でない遊びももちろん存在するが、たいていの遊びはゲーム的に定義しようと思えば、ゲーム的に捉えることができる。
 たとえば、スキーがゲームかといえば、スキーそのものはゲーム的ではないと思うかもしれないけれど、スキーをゲーム的に捉えると、「より速く降りるということを問題として、その滑り方を解決し、その報酬として風を切る感覚がすごく気持ちいい」など、ゲーム的に分解することができる。

 スキーに限らず、あらゆるスポーツや運動は、そのようにあるフレームの中で、問題、解決、報酬という形でゲーム的に遊びとして定義ができる。その遊びによって金銭的利益を生むか生まないかは報酬では関係がないし、それが誰かの役に立つか立たないかというのも関係がない。
 しかし、21世紀の遊びは、そういう問題、解決、報酬で他人の役に立つものがたくさん存在すると思う。
 そして、これからの時代はそういう遊び方ができる人とできない人に分かれる。なぜならば、問題を立てる、解決する、ということが苦手な人がいて、自分が動く報酬が何にあたるのかがわかっていない人がいるからだ。報酬がわかっていないと継続性がなく、続けることができず、それ限りになってしまうのでワークアズライフとしてキャリアデザインが難しい。
 そういったことから、今後の「仕事」では、自分でゲーム的なフレームワークを考えて「遊び」にしていくということが重要になってくる。仕事を遊びにして1日中労働をしろというわけではなく、小さい遊びとして仕事を生活の中にたくさん詰め込んでいくと、豊かな人生になるのではないかということだ。
 そして、そういった生き方をするためのツールはたくさんある。たとえば、お金を集めるのであればクラウドファンディングをしてもいいし、NPOを作ってコミュニティをはじめる手続きも作りやすいし、一度も顔を合わせなくても人と一緒にネット上でプログラミングすることもできる。フェイスブックでコミュニティを簡単に作ることだってできる。ゲーム的につながって問題を解決することはどこにいても間口が開いている。
 ツールはたくさんあるので、あとは問題・解決・報酬という3つをきちんと回せれば、なんだって遊びになるのだ。

『超AI時代の生存戦略』 第1章 より 落合陽一:著 大和書房:刊

「生活」と「仕事」の境界線が、あいまいになっていく。
 だからこそ「遊び」的な要素が、今まで以上に大切になってくるのですね。

 仕事を、ゲームのように、自分で制限時間を決め、チャレンジングにする。
 趣味を、仕事のように、PDCAサイクルを回しながら、技術を高める。

 時間の区切りだけでなく、手段や方法においても、両者の垣根はなくなっていくのでしょう。

一度覚えて、一度忘れる


 これからの時代の理想的な知識の持ち方。
 それは、ざっくりとフックがかかっている状態、おぼろげにリンクが付いているような状態です。

 つまり、これはどういう仕組みで、思いつきから実装までたどり着くことができるのか、ということさえ押さえておけば、個別の細かいところはその都度調べたりしながら作ることができるということです。

 あらゆるものを、「ググればわかる」というレベルの状態で頭の中に保持しておく知識の付け方がすごく重要だ。そのためには「一度は自分で解いてみたことがある」という状態がベストで、「ただ、頻繁に使用してはいないから、あまり詳しいことはわからないんだけど・・・・・」という状態が実は理想なのだ。
 専門的なことは一度すべて大学で習ったり、専門書を読んだりしたことはあるけれど、完全には覚えていない、というフックがかかった状態を目指そう。
 僕が大学の1年生のときに、大学の先生に言われたことも、「大学で一度フックを付けた知識は、研究で使うようになると、調べればすぐわかるから」ということだ。
 必要なときに調べてもう1回練習すると、普通に2、3日で使えるようになったりする。僕の場合は、基礎数理は覚えておかないとそもそもの数式が読めなくなるから、基礎数理さえ身に付けておけば、細かい数式はあとで調べながら論文を読めば、すぐ追いつく、ということにしている。
 そういうようなことを、すべての人が考えないとといけない世の中になっていくだろう。だから知識のフックをなるべく作っていって、完璧に覚えてクイズ番組に出る必要はないけれど、それによって問題を解決したり、新しい問題を見つけたりする程度の柔らかさて知識を持つことが重要だ。
「Siriさん、僕は次、何をしたらいいでしょう?」という問いには答えてくれないけど、「◯◯って、なんだっけ?」という質問には答えてくれるのだから。

 現に、人工知能でディープラーニングが出てきて、ここですごく重要だったことは、複数の機械学習層をわたっていくと、抽象化した特徴量というものが出てきたことだ。今まで、機械学習は特徴量を人間が定めるのに独自のノウハウが重要だった。
 しかし、ディープラーニングでは、その特徴量を機械が定めてくれるために革新的だと言われている。
 私たちも深層学習のようなもので動いているわけだから、おそらく人間が持っている能力のうちで重要なものは抽象化して特徴量の差を捉える能力なのだろう。抽象的なものとしてそのあらゆるジャンルの特徴量を持っていると、想像力の引き出し方が非常に充実するだろう。

『超AI時代の生存戦略』 第2章 より 落合陽一:著 大和書房:刊

 単純な記憶力や知識の量では、コンピューターや人工知能には、かないません。
 それよりも、「その知識はどこにあるのか」を知っていることが重要です。

 ネット空間に蓄えられた、誰でもアクセス可能の膨大な知識。
 それらを有機的に結びつけ、新しい価値を生むこと。

 それこそが、現時点で、人間の脳が人工知能に勝る、大きな特徴の一つだということですね。

「身体性能」のみでしか、人間は機械に肉薄できない


 落合さんは、これからの時代、健康はすごく重要なテーマになってくると指摘します。

 今、どんどん便利になっていく世の中で、「体をどうやって鍛えるか」ということは、意識的にならなくてはいけないことだ。「体が資本だ」とはよく言われることだが、体を動かさないと脳の働きは悪くなるし、これは人間とコンピューターを比べたときのかなり大きな特徴である。それなので、「体をよく動かしましょう」というアドバイスは、間違いなく残り続けるだろう。

 体の調子が悪いと、脳の機能も崩れる。しかも、健康なときにはそのことに気がつかないので、日ごろから体のメンテナンスはしておかなくてはいけない。これまで私たちは、勝手に半分が頭脳仕事(デスクワーク)、もう半分が肉体労働(通勤や外回り)という状態になることができたと思うが、ますます意識しないと体を動かさなくなってくる。
 デスクワークといっても、表に数字を埋めていく作業だと、大して脳を使っていなければ、体を動かしてもいない。けれど、これからの私たちは、コンピュータに解けない問題を脳で解けないといけなかったりと、頭と体のどちらかを使わざるをえなくなってくる。中途半端なホワイトカラー的な仕事はコンピュータにやらせて、そこでないところで戦っているわけだからだ。
 そのためには、脳と同じくらい体も鍛えておかないといけなくて、だから逆説的に「みんな運動をしよう」という当たり前の話に落ち着くわけだ。
「ポケモンGO」のようなギャンブル的な「位置ゲーム」は、これから増えていくと思うし、そういうツールを適宜使って、自分の中でどこまで運動ができて、どこまで報酬があればいいのかを理解しながらやっていけばベストだろう。
 ゲームでなくても、Apple Watchを着けているだけで1日の運動量はわかるし、毎日ちょっとずつやったことがコレクションとして見えると楽しく感じてくる。そういうツールを使ってなるべく体を動かしたほうがいい。
 最初の質問の答えを補足すると、「デジタルツールを使って運動しよう」ということになる。やった結果は目に見えたほうがいいし、運動する中で出てくる「自分の報酬系」、つまり「何をしたら自分は嬉しいんだろう?」ということを客観的に知るべきだ。
 それがわからないという人も、きっと「タイトなジーンズを穿(は)きたい」や、「通勤時間をあと3分短くしたい」など、目的を考えればいいだろう。

『超AI時代の生存戦略』 第3章 より 落合陽一:著 大和書房:刊

 人工知能が、人間と同じような身体を持って動き回る存在。
 いわゆる「アンドロイド」が出現するのは、まだまだ先の話でしょう。

 これまで、「デスクワーク」と呼ばれていた仕事は、人工知能におまかせ。
 人間は、頭と体をフルに活用した、創造性が求められる仕事に専念する。

 そんな時代は、目の前に迫っているのかもしれません。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 人工知能は、いずれ人間の知性を超えて発達し、私たちの生活を大きく変えていく。

 それが現実となる日を、「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ばれています。
 2045年にも、シンギュラリティは訪れる、と予想されています。

 シンギュラリティで、私たちの未来は、明るくなるのか、暗くなるのか。
 とても気になるところです。

 落合さんは、今私たちに求められていることは、シンギュラリティへの恐怖を掻き立てることなく、人と機械の調和した、そして人間中心主義を超越した計算機自然の中で、新たな科学哲学を模索していくことだとおっしゃっています。

 テクノロジーは、今後も驚異的な進化を続け、その流れは誰にも止められません。
 私たちの生活の、より内側に浸透していくことでしょう。

「人間か、人工知能か」という議論は、意味がありません。

 ますます人間に近づいていく人工知能を、どう使いこなし、新しい可能性を見出していくか。

 人工知能と共存し、独自性を発揮するための「生存戦略」。
 私たち一人ひとりに求められる時代が、もうすぐやってきます。

 備えあれば憂いなし。
 本書を片手に、しっかり準備を進めたいですね。

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