【書評】『未来を拓く直観力』(永倉尚樹)

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 お薦めの本の紹介です。
 永倉尚樹さんの『未来を拓く直観力』です。

 永倉尚樹(ながくら・なおき)さんは、企業家・不動産コンサルタント・不動産投資家です。

「直観」が人生を切り拓く!


 私たちは、毎日のように、いろいろな選択を迫られるシーンに遭遇します。

「朝ごはんは何を食べようか」

 といった些細なことから

「あの人の話を信じるべきか」

 といった人間関係に関することまで、実に様々な内容があります。

 永倉さんが、そんな「人生の選択」にぶつかったときに重視すること。

 それは、アッという間に終わったと思えるほど、楽しい時間が過ごせるかどうかです。

 つまり、人生において限りある時間を、いかに価値的に、心から楽しめるかということを本能的に判断するということ。

 永倉さんは、それを「直観」という言葉で表現しています。

 直観とは、同じ読みの「直感」とは異なります。勘や当てずっぽう、なんとなく肌で感じ取る感覚というのが「直感」だとすると、「直観」はさらに深く物事の本質に迫って観ていくものです。だから直観で判断したことは、すべて合理的に説明することができます。
 実は、これは周囲の人たちがヒントをくれるまで気づかなかったのですが、私には一つの物事を限界まで調べ尽くし、目には見えない本質まで把握しようとするクセがあり、それを楽しむ自分が存在します。その上で、物事の本質と自分の「本能」を照らし合わせながら判断を下しているのです。また、そのプロセスにおいては「ひらめき」があり、判断する際には様々な「視点」を用います。それらを総じて直観での判断と定義しています。

 直観での判断には、単なる直感とは比較できないくらいの時間とエネルギーをかけます。だからこそ、どんな判断を下したとしても筋の通った説明をできる理由がハッキリと存在するのです。そして、直観での判断には迷いや後悔はありません。あらゆることを達観できるようになり、楽しく充実した日々を歩むことができているのです。

 この本を執筆した時点で私は35歳ですが、人生の分岐点ともいえる瞬間がいくつもありました。少しだけ触れてみると、

  • 中学2年生の夏休みに、ふとしたきっかけからビジネスをはじめたこと
  • そのビジネスが成功し、親の年収を超えたこと
  • 周囲の意見に流されて、一旦は成功したビジネスをやめてしまったこと
  • 20代で1日に100円しか使えない生活に陥るも、すぐに復活したこと
  • 10万人に1人しか発症しないといわれる難病を克服したこと
  • 自分のための理想の部屋探しから一級建築事務所で働くようになり、独立して会社を興したこと
  • 直観で生き、人生を楽しむことに全力を注げるようになったこと
 などでしょうか。振り返ってみれば、常に「直観」で物事を考え、決断することで、人生を切り拓くことができました。そして、それぞれの瞬間で、多くの学びや気づきがあり、多くの人との出会いがあり、さらにたくさんの経験を積み重ねることができたのだと思います。だからこそ今度は、これらの経験で培った思考と生き方をより多くの人に伝えたい。そんな思いを込め、一冊にまとめました。

『未来を拓く直観力』 はじめに より 永倉尚樹:著 クロスメディア・パブリッシング:刊

 本書は、「直観」をキーワードに、永倉さんが考え、体験した「自分らしい未来を拓く」方法をわかりやすくまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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なぜ、「直観」を信じるのか?


 永倉さんが、「直観」を信じるようになった理由。
 それは、直感を信じての行動と、そうでない行動を比べると、明白な結果の違いが現れているからです。

 直観は、心の目で真っすぐに、物事を観ること。

 永倉さんは、これは何か特別な能力というわけではなく、誰もが本来備えている本能や感覚をつかって、物事の本質を観ようとする行為だと述べています。

 幼い頃までの記憶をたどると、直観を初めて意識したのは小学校の高学年になってからでした。この頃は直観という難しい言葉は知らないものの、好きとか嫌いとか、そういうものではない、ものの考え方があるという感覚は持っていました。そして、そうした自分の中の感覚を信じて行動することが大事だと、この時に学んだのです。

 ある日のこと、母が私にスポーツをやらないかと、地元で活動する少年野球チームのメンバー募集のチラシを手渡してきました。私は友人たちとキックベースをしたり、スケーボーをしたり外で遊ぶのが好きだったので、母の勧めに従って、やってみることにしました。

 当時、野球は小学生かやるスポーツの鉄板で、チームには同級生もたくさんいました。練習は時に厳しいこともありましたが、苦痛ではなかったと記憶しています。でも、続けていくうちに、理由はわからないまでも、心の中で漠然と「自分は野球をするべきじゃないのかもしれない」と思いはじめたのです。

 それでも自分なりに、懸命になって練習に打ち込みました。でも、モヤモヤした気持ちは変わらず、華々しい成果も出ません。限界を感じて「種目が変わればスッキリするかもしれない」とソフトボールをやったり、スイミングスクールに入ったりもしました。しかし、いずれも結果らしい結果が得られず、モヤモヤした気持ちのままだったのです。そうして、「自分はスポーツをやるべきじゃない」と結論づけて、母を説得してやめることにしました。

 結果だけ聞くと、子どもが習い事をやめるというありふれた話だと思われるでしょう。しかし、私は冷静に自分を見つめました。体を動かすことも、毎日の練習も嫌じゃない。友人たちとも仲がいい状態のまま。それなのに種目を変えても、やっぱり気持ちはモヤモヤしている。
 これは何なのだろうと考え抜いたのです。そして「外部からの力がかかって、受け身でやることは気持ちも乗らず、結果も出せない」という結論にたどり着きました。だから、自分は習い事でスポーツをやるべきではないという確信が生まれたのです。

『未来を拓く直観力』 第1章 より 永倉尚樹:著 クロスメディア・パブリッシング:刊

「根拠はないけれど、何となく気にかかる」
「理由はわからないけれど、これをやってみたくなった」

 誰でも、そんな経験はあるでしょう。
 そして、そんな直観に従ってみると、意外と良い結果が出たりします。

 永倉さんは、直観での判断は何か特別な能力ではなく、物事の本質を観るためにあらゆる情報を集め、自分の本能と向き合って決めるものだと述べています。

 つまり、直観を信じるということは自分自身を信じることにつながります。

苦境で蓄積される「爆発的エネルギー」


 永倉さんは、自分が確固たる目標を持って歩みだした時、外からの抑圧は本能を目覚めさせるための適切なストレスとなり、それをはね返そうとする力によって爆発的なエネルギーを生み出すと述べています。

 私はこれまでの人生で、ほかの人が驚くぐらい売上を急上昇させたりビジネスを急成長させたりした経験をいくつか持っています。それはいずれも、精神的に苦しんだ時期に蓄えたエネルギーが一気に放出されたものでした。苦境のなかで蓄積したエネルギーを十分に活用し、大きな成果につなげていく力は、いまでも苦難を乗り越える時に役立っています。

 公務員を目指していた頃は、経済的に苦しい状態が続きました。その日を暮らすための糧を得るためには、すぐに働くしかありません。当時はとにかく早急にお金を稼ぐことを第一に考え、頭をフル回転させてビジネスに取り組みました。そして、先述の通り、この時期に出会いがあり、私は短期間でノウハウを習得し、ビジネスに没頭していったのです。

 ここで私が驚いたのは、自分自身に蓄えられたエネルギーです。数ヶ月の間、ひたすら本能を抑え込んだ反動が一気に解放され、ものすごいスピードでビジネスが進展していきました。以前から抱えていた数百万円の負債も2ヶ月ほどで完済し、急速に利益を出していったのです。半年後には売上、利益とも以前を大きく上回り、右肩上がりで数字が伸びていきました。

 人間は物がない「飢え」や欲求が叶わない「不満」、苦しさが続く「忍耐」といったネガティブな環境から解放される時、その反動で圧倒的なエネルギーを放出します。
 私の場合は、幸運にもそうしたエネルギーが効率よくビジネスへと昇華し、売上や利益へと転嫁されていったのです。
 特に私が精神的にも苦しんだ「家か建たない」と宣言された小学校時代や、勉強しないといけないプレッシャーがあった高校受験の時期には不満を跳ね返す力がエネルギーになりましたし、生活費が底をついた公務員試験の勉強期間や、努力するもなかなか結果を出せなかった不動産会社の営業マン時代など、忍耐を乗り越えた際には、その直後から驚くほど成果を出すことができています。

 こうしたことを幾度か経験したことで、私は苦難や波瀾に襲われる度に「もしかしたら、これはチャンスかもしれないな」とポジティブに捉えられるようになりました。
 一喜一憂せずに直観で判断することができるようになったのも、こうした経験に裏打ちされていると考えています。

『未来を拓く直観力』 第2章 より 永倉尚樹:著 クロスメディア・パブリッシング:刊

 挫折や試練、失敗など、人生で訪れる苦難。
 それらを経験することは、自分の中にエネルギーを蓄えることです。

 自分の中に蓄えられたエネルギーが一気に放出される。
 その時、自分でも信じられないくらいの、爆発的な力が発揮されます。

 プレート(地殻)に蓄えられた歪(ひずみ)が一度に解放されると、大地震が起こる。
 それと同じ理屈ですね。

『ひらめき』を生じさせる「余裕」づくり


 永倉さんは、ひらめきが生じやすい、余裕がある状態をできる限り維持していくことが、より良い未来を拓いていくと結論づけています。

 生活に余裕を得るためには、心理的な不安やストレスを排除することが前提となります。

 その根源は、時間とお金、そして健康です。

 時間については、1日に24時間しかないという限定があることは誰しも共通ですが、自分の身を振り返ると無駄が多かったと後悔することもあります。
 一級建築士事務所で働いていた20代の頃は、時間に追われながらの日々を送っていました。お客様と直接会うスケジュールの合間に、別のお客様とコンタクトを取る。お客様と会うアポイントがない日にメールのやり取りだけで1日が終わる。それも会社員としての業務であり、給料も発生しています。
 ただ、こうした作業も自分でビジネスをしていれば、代行できる方法はいくつもあります。それを利用しておけば良かったと、心から思うところです。当然お金はかかりますが、現代社会においては時間を買うということは可能なのです。

 お金については、生活を見直し、生き方を整えてさえいれば、あらゆる業種で日常生活に不安が生じない程度の収入は得られると思います。
 眼の前の現実を見ると、そうした生活、そてし生き方が難しいと感じてしまうのかもしれませんが、直観で物事を観て、判断する生き方を身につければ、時間がかかっても軌道修正ができると思います。

 一方で、健康だけはお金で買うことができないもの。つまり、健康こそ余裕を得るための絶対条件であり、より良い人生を送るための要件だと私は考えています。
 私も30代になるまでは、若さに任せてビジネスに没頭し、時間が空けば友人たちと遊び回りました。少々風邪を引いて体調を崩しても、病院で診察を受けたり、薬を飲んだりということはしませんでした。そうした日々も人生においては楽しい思い出の1ページともいえますが、私の場合は難病を経験してから、ビジネスも友人との楽しい時間も、健康な心身がなければ得られないということを知りました。いまでは、健康の大切さを噛みしめながら、日々過ごしています。

 もう一つ、これは心理的なストレスと関係するところですが、私は嘘をつくということを意識的になくしました。
 場合によっては、嘘をつくと利益が得られることも、よりスムーズな人間関係が築けるということもあるでしょう。私自身も様々な経験を積み重ねてきたので、嘘をつくこと自体は難しいものではありません。ただ、嘘はついた瞬間に無駄なエネルギーを消費します。そして、嘘がバレそうになると、心理的に大きなストレスがかかるのです。また、最後まで嘘をつき通すとなれば、矛盾が生じないように様々な工夫をし、打たなければならない手数か増えます。
 嘘は物事を創造したり、発展・拡大を生み出したりということはありません。そのためのエネルギーを、限りある人生で無駄に消費することがいかにもったいない行為であるかは、後になってわかると思うのです。こうした行為がひらめきを生む余裕を失わせることは言うまでもありません。だから私は、誰に対しても表裏なく、態度を変えることなく、自然体で接していこうと心がけています。

『未来を拓く直観力』 第3章 より 永倉尚樹:著 クロスメディア・パブリッシング:刊

 時間とお金の重要性は、誰もが認識しているのではないでしょうか。
 忘れがちなのが、「健康」の大切さです。

 何の不自由もなく、日々の生活を送ることができるありがたさ。
 私たちは、ついつい、それを忘れがちです。

 無くしたときに、その真価がわかる。
 健康は、その代表的なものですね。

「3歳児になる」という視点から捉える


 自分の直観力を高めるために重要になるのが、「視点」です。

 視点は、ひらめきと同様に直観の前段階で物事の本質を複数の方向性から考えるスイッチになるものです。

 永倉さんは、物事の本質が同じでも、視点が変われば価値が変わり、結果として物事を観る目が変わってくると指摘します。

 直観力を高めるために必要な視点のひとつが、「3歳児の視点」です。

 実は、成功を収めた経営者の共通点に「まるで3歳児のような、自由で子供っぽい一面がある」ということがあります。それは会社のトップとして君臨し、わがまま放題に振る舞うという姿とは異なります。
 3歳児のような自由さ、子どもっぽさとは、

  • 夢に向かって進むひたむきさ
  • 知らないことや他人への好奇心
  • 好きなことには周りが見えなくなるような集中力
  • 結果が出るまで人のいうこと聞かない頑固さ
 などでしょうか。私はこのような本能のままに、3歳児の感覚を持って考えたり、行動したりすることを大事にしています。

 第1章でご紹介した私が吉野にセカンドハウスを購入するかどうかという時も、3歳児の感覚をイメージしていました。
 現実的には、週に1〜2回しか使わない家を購入するよりも、リゾートホテルで宿泊した方がコストも手間も抑えることができます。さらにいまとなっては地域振興の点でも注目されつつある土地ですが、当時は過疎化が進んでいるネガティブな情報ばかりで、購入して手を入れても、将来的には資産価値が下がる可能性が高いということもありました。
 さらには、大阪市内からもう少し距離が近い場所がいいのではないか、自動車・電車ともに好アクセスな土地を探すべきでは、など私の周りはほぼ全員が反対。
 ここまで反対され、さらにいろいろな条件も考えれば、購入を断念する方がベターな選択といえるかもしれません。正直に言うと、私自身も気持ちが傾きつつありました。しかし、そこで頭に浮かんだのは「自分が3歳児だったらこう思うのかな」というイメージでした。

 3歳児の視点だと「自分が楽しめるかどうか」が判断基準になるでしょう。私は、セカンドハウスを購入しようと思った当初のことを思い出しました。自分が好きなだけ、心からリラックスして過ごすというのが一番の希望だったはずです。
 そういうことであれば、誰かが決めた調度品があり、チェックイン・チェックアウトの時間が決められたリゾートホテルでは心からくつろぐことはできないでしょう。
 また吉野の物件は、自然が美しく、眺めているだけでパワーが得られる眺望があります。これはこの物件の特長であり、ほかを選ぶという選択肢はなくなります。

 そしてもう一点が、お金のことです。3歳児は基本的にお金の感覚を習得していないため、判断ができません。その感覚で物事を考えれば「吉野で過ごすこと」と、購入するセカンドハンスの「将来的な資産価値」はまったく別ものであり、前者が優先されればそれで良いのです。
 また、もし将来お金に困るような生活状態になってしまったとしても、吉野で暮せば費用も抑えて生活できるとも思いました。それにパソコンと通信設備があれば、いつ、どこで暮らそうとも自分でビジネスを興せる自信があります。
 そんなことを考えていると「最後は現地へ赴いて、自分の足でその土地を歩き、自分の目で見てから決めよう」という思いにふみきることができ、結局は購入を決意することにしました。

 もちろん、3歳児の感覚だけで物事を判断するのは危険です。特に現状が厳しい、失敗や反対に関する確かな情報が多い、という場合には現実逃避の言いわけになりかねないからです。ただ、現状の結論に納得がいっていない、不満があるというのであれば、3歳児の感覚を取り入れてみると、自身の心の中で納得できたり、結論が違っていても腑に落ちたりということがあると思います。

『未来を拓く直観力』 第4章 より 永倉尚樹:著 クロスメディア・パブリッシング:刊

 私たちは、大人になるにつれて、ルールや社会常識の制約を受けることが多くなります。
 だからこそ、そういったものにとらわれない「3歳児の視点」が必要になります。

 心の底からの欲求に従う。
 直観の本質的な意味から考えても、重視すべき視点ですね。

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 永倉さんは、人生は日々の歩みですから、小さな変化が積もり積もって未来が変わるということもあると思うとおっしゃっています。

 直観は、ときに的外れ。
 非常識としか思えないようなアイデアとして降りてきます。

 それらを「問題外だ」と切り捨てるのは、簡単なことです。
 しかし、ふとした瞬間に生まれた直観が、人生を劇的に変えるきっかけになるのも事実です。

 世間や常識を信じるのか。
 それとも、自分を信じるのか。

 私たちは、日々の生活で何度も、その選択を迫られます。

 そのとき、怖くても、不安でも、自分を信じて行動すること。
 それが、直観力を鍛えることになります。

 直観力を身につけることは、“人生の羅針盤”を手に入れること。
 私たちも、自分の中に眠る未知なる力を呼び起こしましょう。

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