【書評】『デジタル・エイプ』(ナイジェル・シャドボルト他)

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 お薦めの本の紹介です。
 ナイジェル・シャドボルトさんとロジャー・ハンプソンさんの『デジタル・エイプ テクノロジーは人間をこう変えていく』です。

 ナイジェル・シャドボルト(Nigel Shadbolt)さんは、オックスフォード大学コンピューターサイエンス教授です。
 英国を代表するコンピューター科学者で、最先端の人工知能・Webサイエンス研究者のひとりとして有名な方です。

 ロジャー・ハンプソン(Roger Hampson)さんは、経済学者・公務員です。
 社会政策を専門とした経済学者としてご活躍し、ロンドンのレッドブリッジ区長を16年間務められた経験もあります。

「裸のサル」 vs 「デジタルなサル」


 いまから50年以上前の1967年。
 英国の動物学者、デズモンド・モリスは、『裸のサル(The Naked Ape)』を発表しました。

 タイトルの『裸の』という言葉には、複数の意味が含まれています。

 一つは、人類が体毛を伸ばすのをやめ、裸を選んだことです。
 もう一つは、読者やその周りの人々が持っている隠された欲望について、『裸のサル』が赤裸々な事実を明らかにすることです。

 著者は、「裸のサル」は、かつてはとても巧みな隠喩だったが、裸であることそのものや、慣習的な慎みを剥ぎ取ったときにあらわになる行動パターンは、もはやこの「桁違いのサル」が持つ最大の特徴ではないと述べています。

 新たなテクノロジーによって、「裸のサル」は、「デジタルなサル」に進化しました。
 私たちは、いまあらためてこのサルを裸にする必要に迫られています。

 本書の中心テーマは、現在の私たちはまさに「デジタルなサル(デジタル・エイプ)」であるということだ。科学がつくり出したハイテク製品と私たちの間には、新たな関係が生まれている。みなさんも、毎日のように現れる驚くべきテクノロジーの数々に慣れ親しんでいるだろう。
 まずはみなさんの目の前の白いページに書かれてある黒っぽい記号から考えてみよう。いまでは、本は実店舗よりもインターネットで購入されるほうが多くなっている。ワープロで書いているこの文章も、電子データとして出版社に送られ、ネットを通じて購入される可能性が高い。これは目に見えないところで行われる記号の取引だが、それが物理的世界でリアルなモノになるのは、コンピューターで管理された巨大な流通システムのおかげだ。だが、興味深いことに、電子ブックリーダーを持ったサルが購入するのは、販売部数の6分の1に過ぎない。サルは、四六時中スマートフォンにつながった職場に通勤している。にもかかわらず、ほとんどのサルは、本書の筆者たちと同じように紙のページをめくる楽しみの方を選ぶのだ。
 一方で、セキュリティの専門家は「サイバー・パールハーバー」に備えるよう警告している。どこかの国が背後にいるのか、テロリストが仕掛けるのか? それとも国防当局が予算拡大のチャンスを狙っているだけなのか? おそらくそれら全部だろう。バーチャル裁判官による法廷の実験も行われている。軽犯罪の罪状認否をオンラインでできるような刑罰制度を導入しようとしている国もある。これは忙しい人々に犯罪歴を与えるためのビッグ・ブラザー(ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』に登場する国民を厳しく監視する独裁者)の策略だろうか?
(中略)
 ともあれ、科学は現実である。すべての科学は文字どおり砂の上に築かれている。現代のあらゆる機器に組み込まれているチップは、砂の中にあるシリコンでできているからだ。英国の詩人ウィリアム・ブレイクが18世紀後半に書いた神秘的な詩の一節は、現代的な意味を持っている。

  ひとつぶの砂にも世界を
  いちりんの野の花にも天国を見
  きみのたなごころに無限を
  そしてひとときのうちに永遠をとらえる
                     「無心のまえぶれ」、1863年
 いまでは、ほとんどすべての人が手のひらの砂粒の中に永遠を持っている。ブレイクの時代のロンドン市民は、設計者の意図どおりセント・ポール大聖堂に畏敬の念を抱いた。エジプトのクフ王は、おそらく10万人を超える労働者を使って、驚くべきギザの大ピラミッドをつくった。一方、私たちの驚異の大聖堂は非常に小さい。ナノメートル単位の消えてしまいそうな大きさの数十億の部品からできていて、セントポール大聖堂を設計したクリストファー・レンやクフ王が動員したよりも多くの人によって、精緻な構造へと組み立てられている。もしレンやクフ王がこれを見たら、私たちが彼らのつくったものに驚嘆するのと同じくらい畏怖するだろう。

『デジタル・エイプ』 第1章 より ナイジェル・シャドボルト、ロジャー・ハンプソン:著 神月謙一:訳 クロスメディア・パブリッシング:刊

 本書は、人間が「裸のサル」から「デジタルなサル」へと進化を遂げた経緯と、その未来の姿について解説した一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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桁が違う「コンピューター」の発達スピード


 過去50年間の急速な技術的変化のうち、生活環境に与えたインパクトが桁違いに大きいもの。
 それは、「コンピューター」です。

 ウェブの成長だけをとっても驚異的だ。1991年にはウェブサイトは1つしかなかった。スイスのCERN(セルン)(欧州原子核研究機構)にあったティム・バーナーズ=リーのNEXTコンピューター上にあったものだ。ウェブサイトの数は2014年までに10億に達し、地球全体に広がり、最新の統計では47億7000万のウェブページがある。
 デジタルマシンの急激な性能拡大の背後にある法則は、しばしばムーアの法則と呼ばれる。この法則はインテルの創業者のひとりであるゴードン・E・ムーアが1965年に発表した見解に基づいている。インテルの半導体チップとマイクロプロセッサーは多くのパソコンに使われている。ムーアは、集積回路のトランジスタの数が長らく毎年2倍になっていることを指摘し、これが業界で進行していることを考慮すると、見通せる範囲の未来においてもおそらくその状態は続くだろうと推測した。1975年、ムーアは予測を毎年から2年ごとに修正した。彼の見解は次第に「法則」になり、最終的には2年ごとが18ヶ月ごとに微調整された。ムーアの法則は、現在では、コンピューターの性能とスピードの向上、記憶容量の増加、そして価格の下落のペースを把握する大まかな枠組みと受け止められている。
 どんな数字でも、繰り返し2を掛けるとたちまち大きくなる。1968年に、ある穀物畑の収穫量がパン1000個分だったとしよう。もし生産力が2年ごとに2倍になったとしたら、1988年にはパン100万個分に、2018年には330億個分になる。1968年にタンクいっぱいのガソリンで300マイル走った車は、燃料効率が2年ごとに2倍になったとしたら、50年後には満タンで100億マイル走れることになる。交通手段にかかわらず、地球上あるいは宇宙空間を、生きている間に100億マイル移動した人間はひとりもいない。そうした効率の向上がほんのわずかでも実現していれば、農業や工業、エネルギー、交通、ひいては世界の政治地図までがすっかり変わっていただろう。
 ところが、私達の生活を支配しているデジタルマシンだけはそのペースで変わってきたし、いまも変わり続けている。前にも少し触れたが、仮にジャンボジェットがデータプロセッサーとして製造されたとしたら、この文を読み始めたときにロンドンを発ったジャンボは、この文を読み終わる前にはすでにシドニーに着いているだろう。もちろん空の旅はそんなふうにはいかない。人体が耐えられる加速や減速には限界があるので、金属の入れ物にどれほどスピードに耐えられる性能があっても、私たちが長距離を移動する速度には限界がある。確かにまだ限界に達していないが――。情報処理能力にも最後のフロンティアがあるのだろうが、そろばんから最新のスーパーコンピューターまでの変化は、馬から世界最速の乗り物までの変化よりも数桁速い。理論上、光の半分の速度で飛ぶ宇宙船は、疾走する馬の1000万倍速いが、まだ実現されていない。だが、同じスケールのコンピューター革命はすでに起きているのだ。

『デジタル・エイプ』 第2章 より ナイジェル・シャドボルト、ロジャー・ハンプソン:著 神月謙一:訳 クロスメディア・パブリッシング:刊

 コンピューターの進化のスピードは、私たちも実際に体感していることです。
 しかし、改めて数字を使って説明されると、その尋常ではない大きさには驚かされます。

 コンピューターの進化の歴史。
 それは、私たちが「裸のサル」から「デジタルなサル」に進化する歴史そのものといえますね。

「ゲノム研究」は、人類の勝利か、それとも危機か?


 著者が、デジタルなサルの出現における分水嶺、つまり決定的な局面になるかもしれないと指摘しているのが、「ゲノム研究」です。

 この分野において、近年、2つの驚くべき技術の進展がありました。
「CRISPR(クリスパー)」「遺伝子ドライブ」です。

 CRISPRは、DNAの短配列をカットアンドペーストして、ほかの個体や、何とほかの種からでも特性を取り込める技術です。
 遺伝子ドライブは、改変した遺伝子を通常よりも高い確率で子孫に伝えるための技術です。

 著者は、遺伝子ドライブとクリスパーを組み合わせれば、一つの集団のあらゆる個体に、ほぼ望み通りに有益な性質をもたせることができると述べています。

 この2つのツールの組み合わせは非常に強力だ。CRISPRで改変されたDNAは遺伝子ドライブで運ばれ、何らかの種に取り込まれると急速に拡散する。現在、たとえば農産物や人間に病気をもたらす昆虫のDNAを改変する試みが進められている。ひとつは昆虫の生殖能力をなくす方法であり、不妊化したオスが、通常のオスと交尾していれば卵を産めたはずのメスの時間を無意味に占有する。もうひとつは病原体の伝達に抵抗を示すようにする方法である。ライム病の病原体はダニを媒介としてマウスから人間に感染するが、シロアシマウスにその細菌に対する免疫をもたせる計画が立てられている。成功すれば、「改良された」DNAが遺伝子ドライブに乗って、迅速に、止められることなく、どんな孤立したマウスの集団にも到達する。ただ現実には、アメリカ全土のマウスとダニは膨大な数なので根絶できるかどうかわからないし、できるとしても非常に長い歳月がかかるだろう。現在、マサチューセッツ州南東にあるナンタケット諸島での実験が提案されている。いずれにせよ、これらの技術の威力は明らかである。インペリアル・カレッジ・ロンドンのTarget Malaria(ターゲット・マラリア)というストレートな名前のプログラムには、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が出資している。ボストンにあるMITの科学者で構成された、同じように名が体を表しているSculpting Evolution(進化形成)グループは、自然界を根本的に変える研究を意識している。
 一見して、ここにはぞっとするような危険が潜んでいるように思える。アメリカの国家情報長官のジェームズ・クラッパーは、2016年に、遺伝子ドライブは大量破壊兵器だと言った。一方、科学界は、それは少し大げさだと考えていた。テロリストが無差別の殺傷事件を起こそうと思えば、すでに手に入れているもっと簡単で確実な方法がある。わざわざ難しいテクノロジーをマスターしてウイルスをつくる必要はない。たとえ着手したとしても、あっけなく挫折するか、ニキビの大発生を招くぐらいが関の山だと言うのだ。だが実際、CRISPRのキットはすでに一般の好事家や学校の実験室向けに販売されている。キットの使用が日常化すれば、テロは別にしても、遅かれ早かれ有害なものを自然界に放出する事故が起きるだろう。現場にいる人の多くは、誰が何を実験しているかについて透明化したほうがいいと感じている。その考えは正しいと思う。しかし、間違いや誤解の余地がまだ非常に大きいにもかかわらず、実際に良識にのっとって介入できる時が来たとき、私たちに「実行しない」という選択肢はあるのだろうか?

『デジタル・エイプ』 第3章 より ナイジェル・シャドボルト、ロジャー・ハンプソン:著 神月謙一:訳 クロスメディア・パブリッシング:刊

 種の進化や淘汰、生殖や免疫。
 これまで「神の領域」といわれてきた部分にまで、人間の手が入り込んでいるのですね。

 自らの手で、自らの存在を、自らの望む姿に変化させる。
 まさに「神そのもの」になろうかとする所業は、人間をさらなる繁栄に向かわせるのでしょうか。
 それとも滅亡へと向かわせるのでしょうか。

人類史上、最も利用しやすい「百科事典」


 デジタルなサルとテクノロジーとの結び付きがどれほど強固か。
 それを物語るひとつの例が、「ソーシャルマシン」です。

 ソーシャルマシンとは、人間の能力と、メカニズムやエンジンのパワーを結び付けて有効な成果を生む仕組みのことです。

 著者が、ソーシャルマシンの中でも、特に成功した例として挙げているのが「ウィキペディア」です。

 ウィキペディアに関する驚きの1つ目は、「世界が共有する知の集大成」というべきものに発展したことである。ウィキペディアには21世紀において合意できる限りの事実が記載されている。ウィキペディアはこの責任と真摯に向き合い、検証を重ねて信頼性を高めるための緻密な手続きを取り入れた。その1つは、参照した資料に、間違いなく該当する記述があり、ほかにも十分な数の人によって参照されていることをチェックする仕組みである。これは原理上、第7章で解説するグーグルのページランク(PageRank)システムに似ている。2つ目は、記事が、編集の時点で基本的な合意が得られている科学の基準に基づいていることだ。この基準ないし基準となる事実に反する記述はソーシャルマシンによって警告を受けたり拒否されたりする。たとえば重力に関する記事は、「重力は、惑星、恒星、銀河をはじめとする質量を持つすべての物体が互いに引き付け合う(もしくは重力的に引かれ合う)自然現象である」という文で始まる。ウィキペディアの正当な編集者ステータスを持つ有力な大学教授が「引き付け合う」を「反発し合う」に変え、ニュートンのリンゴが上に向かって落ちるようにしたなら、その変更は1分以内に却下されるはずだ。ウィキペディアのコンテンツは人間の皮膚のように自己修復する。マシンは、サルの監督下で、まるで生き物のように価値を加えたり、コンテンツを分析したり編集したりするのである。
 17世紀後半から18世紀初頭にかけての啓蒙運動によって、西洋のキリスト教教会はほとんど権威を失った。以前は、真理だとするものを世の中に広め、逆らう者には悲惨な結末が待っていると言って世間に認めさせていた。それ以降で初めて、西洋世界は、さまざまな分野で真実として受け入れられていることを認証する機関を持った。ウィキペディアの記述がしばしば疑われるのは逆説的(かつ健全)である。「それはウィキペディアに書いてあったの? ほんとに?」。
 極めて重要で驚くべきことは、スマートウォッチのボタンにタッチしたりディスプレイをクリックしたりすれば、誰もが瞬時にあらゆる知識を得られることだ。その上、事実に関するソーシャルマシンは、自発的で無報酬の共同作業で成り立っている。基礎的なデジタル能力があれば誰でも参加できるのだ。もちろん世界の人口の大半というわけではないが、高度な教育を受けている人たちのかなりの割合が該当する。定期的に活動しているのは約10万人だが、ウィキペディアに登録している人の数は3000万人を超え、興味のあるテーマでは編集を2〜3回行ったことがあると推測されている。特に熱心に編集するウィキペディアンは約1万2000人いる。

『デジタル・エイプ』 第4章 より ナイジェル・シャドボルト、ロジャー・ハンプソン:著 神月謙一:訳 クロスメディア・パブリッシング:刊

 インターネットで世界が一つにつながっている現代社会。
 仕組みと動機付けさえしっかりしたものを作れば、あとは自動的に膨張していきます。

 小さな雪の塊が、坂道を転がるうちに、巨大な雪だるまになる。
 まさにそんな感じですね。

 ソーシャルマシンは、デジタルなサルが持つ、最強の武器のひとつといえます。

データの世界で「次にくる」もの


 コンピューターの急速な性能向上は、データ処理の分野において革新的な変化をもたらしました。
 その象徴のひとつが「ビッグデータ」です。

 ビッグデータは、インターネット上に存在する膨大なデータを迅速に収集・分析すること、もしくは、そのデータそのもののことを呼びます。

 では、ビッグデータの次にくる大きな波は、何でしょうか。

 数ある「次にやってくるビッグなもの」の中でも特にビッグなのが、「自己記述的なデータ」だ。これにはメタデータが必要になる。メタデータとは、データそのものについてのデータ、つまり、そのデータが、いつ、どこで、どのようにして生まれたか、さらに、何度更新されたか、想定される精度や固有の不確定性はどれくらいか、などを記したデータだ。自分で自分の意味を明らかにできるデータという意味ではない。
 それは、基本的に、①数字の集積、だけではなく、②分類され正規化された多くの記述的データ、を含むデータである。②は、ともかく広大なメタデータであり、通常はどんなデータファイルにも付随している。システムが正常に機能しており、広くコンパイルされているなら、その長所は明らかだ。異なる集積データも簡単に連結できることがわかっており、それを可能にする技術的手段も日々増加している。データが(いわば)ほかのデータを参照し、探し出すことができ、その有用性を融合できるなら、データの力と用途の指数関数的な増大につながるはずだと議論されている。

 起こりうる問題が2つある。第1に、データ管理者に、おそらく主に労働のコストが生じる。これは、個々の集積データに関してはほんのわずかなものだろう。なぜなら、データファイルの構築と公開の仕方を知っている人は、当然、数の配置や記述の論理的ルールにどう従えばいいかも知っており、そのデータが何を記述しているのか、あるいは、何が見いだせるのかをおおよそ知っていることは、ほぼ間違いないからである(だが絶対にそうだとは言えない)。第2に、このスキームが成功すると考えるには、理屈を超えた信念が必要だ。データ所有者全体が開示と協力を望んでいるという、大胆な仮説を信じなければならない。ここにも同じ問題がある。大企業や政府のデータ所有者と交渉して、個人に関するデータの扱いについて合意形成すれば、ある程度の規制をかけることで、個人データへのまったく新しい取り組みを成功させることができるだろう。だが、政府その他の法規制当局が介入する理由や、具体的方法を考えるのは非常に難しい。また、現時点で同じように問題なのが、強力で決定的な商業的利益がどこで生まれるのか、見えてこないことである。データのプロたちは、業界で非常にうまく機能した実績のある自主基準に関心を持ち、それに従うだろう。なぜなら、彼らの仕事では、キットとキットをつなぐことが大きな要素になっているからだ。そこからやがて有用な資源が形成され、それを利用する製品が登場するだろう。非常に人気の高いものがあったなら、強い圧力や、経済的動機が生まれ・・・・・。
 もちろん、ある記述が意味を持つのは、ある仮定の枠組みの中だけであり、特定の運用言語や翻訳プロセスにおいてである。その言語や翻訳プロセスは、データストアや、データを読むと考えられる人々のコンパイラーと共通である必要がある。関連する企業や団体が加入する、各種技術の標準化を推進する非営利団体、ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)は、このような枠組みをすでに構築している。

『デジタル・エイプ』 第8章 より ナイジェル・シャドボルト、ロジャー・ハンプソン:著 神月謙一:訳 クロスメディア・パブリッシング:刊

 購買記録などのログも、膨大な量のデータを集めて解析すれば、有益な結果を出すことができます。
 メタデータには、それ以上に多くの情報が含まれていますから、資源としての価値は桁違いに高いですね。

 フェイスブックなどのソーシャルメディアなどに記述されている内容は、まさに「自己記述的なデータ」です。
 ただ、有用であるからこそ、悪用されるリスクはそれだけ高くなります。

 私たち利用者にも、利便性とリスク管理の両立が、今まで以上に求められるのは間違いありません。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 人間は、「道具」なしに生きることはできません。
 そして、人間に「欲望」がある限り、道具は進化し続けます。

 ますます便利で強力になる道具は、人間の可能性を限りなく高めてくれます。
 現代社会の豊かさは、技術の進化に支えられており、それは今後も変わることはないでしょう。

 その一方、使い方を間違えれば、自らを傷つけることも忘れてはいけません。
 道具が強力になればなるほど、そのダメージは深刻になります。

 自らが作り出した道具で、自らを破滅に追い込む。
 そんな可能性さえあります。

 道具を使いこなすには、その道具の持つメリットとデメリットをしっかり把握する必要があります。

「裸のサル」から「デジタルなサル」へ。
 その進化の流れは、後戻りすることはないでしょう。

 本書は、時代に取り残されず「道具」に翻弄されないための、有益な道標になります。

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