【書評】『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』(並木良和)

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お薦めの本の紹介です。
並木良和さんの『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』です。

並木良和(なみき・よしかず)さんは、スピリチュアル・カウンセラー・作家です。
宇宙の叡智やスピリットガイドたちと協働しながら「本来の自分」に一致して生きるための「統合(LDLA)」を伝え、本来の人間が持っている能力や生き方、そして目醒めた状態で人生を謳歌する「在り方」を、自らの体験を通して国内外を問わず世界に教示されています。

どんなときも「だいじょうぶ」

並木さんが、今、私たちに伝えたい重要なメッセージ。

それは、「だいじょうぶ」です。

「だいじょうぶ」というのは、絶対的な安心感、もしくは、その安心感の中にいる、ということ
つまり、いまのあなたが、どんな状況だとしても、あなたはだいじょうぶなのだということです。

では、多くの人は、「だいじょうぶ」だと信じられず、悩みや不安感を抱え込んでいるのでしょうか。

その理由は、自分が「ハイヤーセルフ」だということを忘れてしまっているからです。

ハイヤーセルフとは、スピリチュアルの世界ではよく使われる言葉で、「高次の自己」と訳されます。

並木さんは、「ハイヤーセルフ」である自分自身を思い出しさえすれば、いま困難と思っていることも、決して「困難ではない」ということに気づくことができると述べています。

 本来の僕たちは、誰もが「ハイヤーセルフ」であり、「ハイヤーセルフ」というものは、絶対的な安心感のもとに存在しています。
何人(なんぴと)たりとも、「傷つけられることがない」ということを、完全に知っている状態で存在しています。
けれども、
「怖い思いをしたことがあります」
「ケガをしたことがあります」
「八方塞(ふさ)がりになって、どうしようもない状態に追い込まれています」
という人はいます。自分だけでなく、身近な人たちを見ても、そういう人たちがいるでしょう。
それでも、たとえそうした経験があったとしても、本当は傷ついていないのです。

たとえば、お化け屋敷。

お化け屋敷に入るのは、何のためですか?
「幸福感を味わうため」ではないでしょう?
バーチャルリアリティーがつくり出した世界で、恐怖を擬似(ぎじ)体験することが、お化け屋敷の目的であり、醍醐味(だいごみ)です。
僕たちがこの地球で体験することは、この「お化け屋敷」と同じです。
「お化け屋敷」の中では、「ワー」とか「キャー」とか、それこそ死ぬような経験をしても、それは、あくまでも「疑似体験」にすぎないわけです。
お化け屋敷の外に出れば、明るい空が広がる、安全な空間に、あなたはいるわけです。
そうして、あなたは言うでしょう。
「怖かったけど、面白かったね」
「びっくりしたけど、楽しかったね」
これが、じつは、僕たちがこの人生を終えたときの感想です。

僕たちは今、高性能のバーチャルリアリティーの機械の中に「魂」という存在を入れて、その魂を通して見たもの、感じたものを、「ワー」とか「キャー」とか言いながら体験しているだけなのです。
だから、その魂は完全に安全です。
だって、「怖い」と思うことはすべて、バーチャルなんですから。
最近は、メガネ型の動画プレイヤーがありますが、それでアクション映画などを観ている人を、傍(はた)から見るのは面白いものです。
ここでは何も起きていないのに、そのメガネでバーチャルの世界を体験している人は、一人で驚いたり、ときには声をあげたり、恐ろしさで立ち上がったり、ということもあります。
傍で見ている人には、その場所が安全だとわかっているので、そのあたふたとしている様子が滑稽(こっけい)に思えたりします。
あたふたとしているのは、「完全な安全の中に存在している」ということを忘れているからです。
それは夢を見ているようなもので、まさに「眠っている状態」にあると言えます。
眠ったままだから、その夢の世界から抜け出せないでいるのです。
「お化け屋敷」を楽しむのは悪くありません。
それを続けていたいのなら、そのままでいていいのです。
でも、「もうたくさん!」と思うなら、そろそろ目醒(ざ)めるときです。
なぜなら、僕たちの住む地球が、その目醒めのときを迎えているからです。
地球が目醒めていないときには、そこに住む人たちも、眠ったままでも生きられました。
でも、そうもしていられなくなった、というのが今です。

どの魂も、だいじょうぶです。
「だいじょうぶ」だということを、思い出してください。
この本は、そのためにあります。

『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』 はじめに より 並木良和:著 きずな出版:刊

本書は、ハイヤーセルフとつながることで、何があっても「だいじょうぶ」な生き方を手に入れるノウハウをわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「支配された生活」から解放されよう!

今、起きているのは「宇宙のサイクル」での大きな変化です。
当然、地球レベルでみても、人類がかつて体験したことのないような変化が起こります。

ただ、それはワクワクするような変化であり、いまはその過渡(かと)期なので、戸惑ったり、手間取ったり、混沌(こんとん)とすることもありますが、その先には、「こういう世界って、本当に素敵だね」「こんな世界に住みたかったんだよね」というような世界が待っています。

では、具体的に、どのような変化が起こるのでしょうか。
並木さんは、以下のような説明をしています。

 いままでの時代を、僕は「冬の時代」と呼んだりします。冬に動物たちが冬眠するようなものです。みんなが眠っていた時代だったから「冬の時代」です。
それが、これからは「春の時代」に移行していきます。春は、みんなが深い冬眠から目を醒まし、活発に動き始めます。
「冬の時代」というのは、ピラミッドのような支配構造の中で機能していました。
ピラミッドの頂点にいる人たちが、下にいる人たちを支配していく。下の人たちは、頂点の人たちに支配されている。そういう構造の中で成り立っていたわけです。
下の人たちは、支配されているわけですから、自由がありません。牢獄(ろうごく)にいるのと一緒です。自分たちは「そんなふうに感じたことはありません」と言うかもしれませんが、そのことに気づけないほど、「牢獄の生活」が普通になっているのです。
たとえば、刑務所に入れられて、その一日の生活を見てみると、時間に合わせて、やることが決まっています。
午前6時。合図とともに起床。午前7時。また合図とともに朝食。午前8時。はい、作業開始。正午。はい、お昼休憩・・・・・はい、そのあと作業開始。はい、夕食。はい、そのあと少しの自由時間。はい、明日の作業に備えて消灯・・・・・という具合です。
では、僕たちの生活は、どうでしょうか。
朝になったら起床。決まった時間に家を出て、決まった時間に仕事を始め、決まった時間にお昼をとり、また仕事をする。そして、それを終えたら、夕飯を含めて自由時間をすごし、また明日に備えて就寝する。
こうして振り返ると、どこにいるかの違いだけで、刑務所の生活とあまり変わりがないのに気がつきませんか? つまりは、支配された生活です。
そのことに、いままで僕たちは気づかなかったのです。
では何に支配されているかと言えば、ピラミッド構造の頂点にいる人たちです。この人たちのところに、僕たちが働いた富というものが、すべて集約されるシステムになっています。「資本主義社会」といわれるものですが、これが、いま壊れようとしています。
これまでのシステムが壊れていくと、そこにいた人たちは、一時的に放り出されたようになります。
「自分は何をすればいいのか」がわからなくなってしまうわけです。
これまでは会社や学校に行かなければならなかったのが、「行かなくてもいい」と言われても、どうしていいかわからないのです。
たとえば、9時から5時まで働くという決まりの中で生きていたものが、「さあ、もう決まりはないので、自由にやってください」と言われても、その変化に対応できません。
とくに、「自分軸」のない人たちが、そうなります。
「自分」というものに軸を持たない人は、誰かに言われるがままに生きてきました。社会のルールにしたがって、真面目に生きてきた人たちです。
人は誰でも「自由でありたい」と思うものです。
行きたい場所に行き、食べたいものを食べて、寝たいときに眠る。したいと思うことをして、したくないことはしない。それが理想ですが、いざ、その自由を与えられても、「どうしていいかわからない」となってしまうのは、支配されることに慣れているからです。
支配されるというのは、ある意味ラクなのです。
だって、自分で決めなくていいわけですから。
「9時になったら会社に行ってください」「お昼になったら食事してください」と言われる通りにしていればいいわけです。
「いまさら自由と言われても困る」という人たちは、いままでのシステムにしがみつこうとします。「変化」を受け入れないのです。
この人たちは、僕の言う「冬の時代」にいたい人たちです。
眠っていることを選択しつづけるので、支配されていく流れの中にどっぷりと浸かって、そこから抜け出すことができません。上司やまわりの人たち、国や社会への不満を口にしながら、決められた通りに生きていく人たちです。
でも、「こんな生活はおかしいんじゃないか」と気づく人もいます。
支配される流れから、出ようとする人たちです。実際に声をあげて、それまでの支配構造を変えていこうとする人たちもいました。「冬の時代」から目を醒まし、「自由」になることを選択した人たちです。
もちろん声をあげても、なかなかうまくいかない時代が続いてきましたが、それがやっと変化していこうとする時代を、いま迎えたのです。主導権を自分に取り戻し、自由な人生へと移行できる、まさに、そのタイミングを迎えています。

『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』 第1章 より 並木良和:著 きずな出版:刊

並木さんは、これからの世界は、2極化していくと述べています。
具体的には、「目醒めた世界」と「眠った世界」です。

自分は何がしたいか、どんな人間になりたいか。
そんな「自分軸」がない人は、冬の時代のままいることを選択し、「眠った世界」で一生を過ごすことになります。

目醒めるか、眠ったままでいるか。
私たちは、誰もがその大きな選択を迫られているといえます。

感じることのすべては、「自分の中に存在」しているもの

統合とは、もともと一つだったものが、分離を経て、また一つになることです。

自分と他人、善と悪、光と闇、勝ち組と負け組。
そういった考え方は、分離の世界に存在する、「分離の意識」から生まれるものです。

分離の意識は、自分と人を比較することから始まり、相手を避難したり批判したりします。

一方、統合の意識は、全体を捉(とら)える意識で、「自分」も「相手」も「=(イコール)」の関係とする意識です。

分離意識を癒やして、本来はすべて一つであることに気づき、統合意識にまで上昇する。
そのためには、批判や非難、ジャッジといったものをすべて手放していくことが必要となります。

並木さんは、すべての非難や批判は、自分の中の非難や批判を、外に投影しているだけだと指摘します。

 自分の中に「見たくないもの」ってありませんか?
自分では、そういう部分が自分にもある、というのを認めたくないことです。
たとえば、ズルをしたり、嘘(うそ)を言ったり、見栄を張ったり、嫉妬心や劣等感・・・・・など、できれば人に知られたくない、ということが誰にもあるのです。
ズルをしている相手に対して腹が立つのは、自分も、そうしたいと思っているからです。
ズルをしたことがない、ズルをしようなんて思ったこともない、という人には、相手がズルをしてもわかりません。だから、そのことで腹を立てることもありません。
相手がズルをしていると思うのは、自分の中にも、ズルをしたい気持ち、またはその経験があるからです。
自分にあるものだから、それに気づくことができるわけです。
相手に対してイライラしたときには、「自分の中にあるからこそ、気づけるものなんだ」ということに気づく必要があります。
自分の中にあるから、見えるのです。
自分の中にあるから、感じられるのです。
批判や非難は、自分の中にそれがないと、自分がされても気づけないものです。
たとえば、誰かに「馬鹿!」と言われたとします。
でも、自分のことを馬鹿だとは微塵(みじん)も思っていない人、思ったこともないような人は、たとえそれを面と向かって言われても、「誰のこと?」となります。
ところが、自分の中で「自分は馬鹿だ」と思っていると、誰かが「馬鹿だ」言っているのを聴いただけで、「自分のことを言っているんじゃないか」となってしまうのです。
ある人は、会社の会議で、上司が叱責(しっせき)したりすると、全部、自分に言われているように感じると言っていました。実際は、その上司は、その人に対して言ったのではなかったのに、ふだんから「自分はダメだ」と思っていたために反応してしまった、というわけです。
そんなふうに感じるのは、比較の意識で生きているからです。つまりは、冬の時代の中、深く眠っているということです。
人によっては、上司の言うことに「自分はちゃんと反応できている」と考えるかもしれませんが、それこそが眠っているということです。
比較の意識を持っているかぎり、「春の時代」に行くことは叶(かな)いません。
上司が自分に対して何が言いたいかではなく、自分の中に比較の意識があることに気づくことが大事なのです。
相手を批判したりジャッジしたりしたときに、「その批判していることは、あなたの中にもある」と言われても、認めたくはないでしょう。
けれども、それは本来の自分のものではなく、この地球上で眠ったとき(分離したとき)に生み出された意識です。いわば、当時の地球の周波数に合わせた意識であり、それを自分のものとして捉える必要はないのです。
もう地球の周波数が変わっていくので、それに合わせて、古い意識は捨てていきましょう、ということです。
それだけのことなのですが、真面目な人ほど、自分を責め始めてしまいます。
「そんな意識を持っていた自分は、なんて愚(おろ)かだったんだ」「自分はダメ人間なんだ」と言うのです。
これは自分への非難であり、ジャッジです。非難やジャッジは、他人だけでなく、自分にも向けられます。その意識を使っているかぎり、「夜の時代」から抜け出すことはできません。そのことを今一度、心にとめておきましょう。

『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』 第2章 より 並木良和:著 きずな出版:刊

感情は、外部の出来事に、自分の心が反応して生じるもの。
逆に言えば、心の中に、その出来事に反応する要因がなければ、感情は生じないということです。

相手の言動に、イライラしたり非難したくなったりするのは、自分も、その言動と同じ要素を持っているから。

相手の言動によって、自分の中の隠れた「分離意識」がネガティブな感情として浮き上がってくる。

まさに「他人は鏡」ですね。

すべての主導権を自分に取り戻す

比較しているから、批判や非難が生まれます。
それがいけないのは、「自分」を見ていないからです。

並木さんは、批判している人は、相手の悪いところばかりを見て、自分自身には目を向けていないと指摘します。

「自分がこんな目にあっているのは、〇〇のせい」

そうやって相手を責めるのは、自分ではなく、相手に軸が行っている証拠です。

 相手次第というのは、言葉を換えれば、相手に支配されているということです。
でも、そうではない。本来の僕たちは、誰にも支配されない、自由な存在です。
事態を変えたいのであれば、自分が変わればいい。
その主導権は、相手ではなく、自分にあるということを思い出しましょう。
それが本当の自由を取り戻すということであり、目を醒ましていくことになります。
繰り返しになりますが、誰かの言いなりになっているほうが、ラクなのです。
何でも、誰かのせいにできるわけですから。
現在、テレワーク、リモートワークが増える中で、自己管理ができる、ということが求められています。
そう言うと、「テレワーク中も、朝は8時に起きて、9時から仕事に取りかかっています」というような人がいますが、それでは、牢獄生活と変わりません。
そうではなく、
「自分の魂の導きにしたがって、すべてのリズムを決めていく」
ということが本来の「自己管理」です。
自分の魂というのは、スピリチュアルな世界で言えば、「ハイヤーセルフ」=大いなる自己と呼ばれるもので、もとは誰もがその意識で存在していたというのは、すでにお話した通りです。そして、それこそが「本当の自分」「本来の自分」です。
だから、「そうか自分がハイヤーセルフだったんだ」ということを思い出していくプロセスが、「目醒めていく」ということなのです。
「本当の自分」は、自分にとっての最善というものを、すべて把握(はあく)しています。
そうであれば、「この自分に委ねる」「この自分として生きる」ということを基準にしていくと、すべてがスムーズに流れていくようになるわけです。
起きる時間も、やるべきタイミングも、すべてが、自分にとって最善のかたちで進んでいくのです。
「自分にとって最善かどうか」
それを知るためには、魂の声を聴くことです。
あるいは、自分の感覚を大切にする、というふうにも言えるでしょう。
「なんとなく、イヤな気持ちになる」
「居心地が悪い」
そんなふうに感じたら、それは最善ではないということです。
「心地いい」
「ワクワクする」
「理屈はわからないけど、いい感じがする」
そう感じなら、OKのサインです。
魂の声を聴くことができさえすれば、居るべき場所に、居るべきタイミングで、やるべきことをやっている、という流れに乗っていくことができます。
だれもが、それをすることができます。
そうすると、すべてにおいて、自分がやりたいこと、自分にとって必要だと感じることをやっているだけなのに、調和が取れていくのです。
「自分には魂の声が聴こえない」という人もいるかもしれません。
その解決方法は、自分に集中することです。
うまくいかないことがあると、人のせいにしたり、時代や運が悪かったのだと考えたりしてしまいがちです。
自分にダメ出しするのはつらいものです。自分は、自分なりに頑張ってきたと思う人ほど、ダメな自分を認めたくないという気持ちは強くなります。
それで、自分以外のところに、その原因を求めるわけですが、それを「外向きの意識」といいます。
外に意識を向けているときには、自分に起きていることを感じることはできません。
自分のことなのに、他人事のように感じてしまうのです。
魂の声を聴くには、「これは自分のことなんだ」と思って、外ではなく、自分に意識を向けるところから始めます。
そうすると、だんだん自分との繋がりを取り戻していくことになり、自分の中に響いてくるハイヤーセルフからのサインにも気づけるようになります。
「いま自分は、これをしていいのか」
その答えがわかるようになります。
いままでは、自分がそうしたいと思っても、なかなかスムーズにいかなかったことが、嘘のように、うまくいくようになります。
少なくとも、自分が納得して、それを進めていくことができるようになります。
外ばかりに向けていた意識を自分に戻すだけで、変わり始めるのがわかるでしょう。

『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』 第3章 より 並木良和:著 きずな出版:刊

自分がやりたいことをやって、自分自身に満足している人は、他人を非難したり批判したりしないものです。

周りのことが気になってしかたがないのは、意識が外に向いているから。
その状態では、自分の「内なる声」に耳を傾けるのは難しいです。

「本当の自分」の声に従うのは、勇気がいることです。
しかし、それこそが最善の選択であり、最高の自分に導いてくれます。

何があっても、相手のせいにしない。
自分自身を見つめ、魂の声に耳を澄まし、その声に忠実に従う。

それが目醒めへの道を進むことになります。

幸せになってはいけない、と考えていない?

並木さんは、人生を生きていくときに大事なのは、いかに自分の力を信じられるかだと述べています。

自分が信じられないのは、「自分」を疑っているからです。

「疑い」というのも、「眠りの時代」の周波数です。
これを手放せば、自分の力を信じられるようになります。
「自分にはワクワクするようなことなんて起きない」という思い込みを持っている人は案外多いのですが、どうしてそんなふうに考えるかと言えば、自分を信じていないからです。
何をしても、「自分には力がないから、うまくいくはずがない」と考えるクセがついてしまっているのです。
これが、「無価値感」です。
「自分には力がない」というのは、「自分には価値がない」と言っているのと同じです。
ここで、あらためて自分の価値について考えてみましょう。
「価値」を辞書で調べてみると、「物事の役に立つ性質・程度」「その事物がどれくらい役に立つかの度合い」とあります。
人は誰も、役目を持って生まれてきています。自分では気づいていなことでも、あなたがそこにいたことで、役に立っていたということもあるのです。
役に立たない人などいません。無価値な人など、いないのです。
それなのに、自分には価値がないと決めているわけです。
「春の時代」には比較はないということを、すでにお話しましたが、価値においても同じで、ある人には価値があって、ある人には価値がない、ということはないのです。
無価値感の中で生きていると、「自分には幸せになる価値がない」というふうにも考えます。それでは、自分に、「幸せになってはいけない」と言っているのと同じなのです。

あなたには、幸せになる価値があります。
あなたには、それだけの力があります。
このことを否定しないでください。
まずは、無価値感を手放すことです。
無価値感がベースにあると、比較が始まります。
たとえば、「相手より自分に価値がない」というのも、「自分より相手に価値がない」というのも、無価値感を使って測っているわけです。
相手のほうが価値がないと貶(おとし)めるのは、そうすることで自分の価値を上げようとしているからです。
無価値感を使ってバランスを取っているわけですが、それをすると必然的に、相手を上に見たり、下に見たりしなければならなくなります。
その現象は、地球ならではのものと言ってもよいほどです。
僕たちが、ハイヤーセルフという、大いなる、完全な意識の波動を下げて地球に眠りを体験するために下りてきたときに、生み出された周波数の一つが「無価値感」です。
この感覚を体験したいと思って、この地球に生まれてきたわけです。
そうだとしたら、「無価値感」は地球のものであって、自分のものじゃないことがわかるでしょう。
「自分はどうして、こんなにも無価値感が強いのだろう?」
と悩むのは違っています。
「無価値感」と「あなた」とは、もともと何の関係もないのです。
無価値感は、この地球を体験するために与えられたツールの一つにすぎません。
海に潜(もぐ)るときに渡されるシュノーケルのようなものです。
シュノーケルがあったほうが、海に潜っても苦しくありません。でも慣れていくと、シュノーケルがなくても、海中を楽しむことができるようになります。
無価値感も、それがあるほうが、地球を体験するには都合がよかったのです。でも、あくまでも、地球ですごすために与えられたツールですから、いわば借り物です。
借り物は借り物で、自分のものではありません。
だから、手放すことができるのです。
自分は無価値感が強いと感じるのは、無価値感を自分のものだと錯覚しているからです。
まずは、そのことに気づくことです。

『だいじょうぶ ちゃんと乗り越えていける』 第4章 より 並木良和:著 きずな出版:刊

疑いや無価値感は、これまでの「眠りの時代」の地球を生きていくために必要なツールだったということ。
ただ、これからの「目醒めの時代」を生きるには、不要などころか、邪魔になります。

無価値感に限らず、あらゆるネガティブな感情(周波数)は、単なるツール。
もともと備わっていたものではありませんから、手放すことができます。

時代に合わず、古くて使い物にならなくなったガラクタは、さっさと処分してしまいましょう。

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私たちの存在する地球は、宇宙レベルのサイクルにより「冬の時代」から「春の時代」に切り替わりました。
にもかかわらず、まだ、それに気づいていない人がほとんどです。

外は、冷たい風が吹き、雨や雪が降り続いている。
そう思い込んでいるだけで、実際には、柔らかい春風が吹き、暖かい春の日差しであふれています。

家の中に閉じこもっているから、気づかないだけですね。
目醒めに必要なのは、厚くて暗い冬物の服から薄くて明るい春物の服に着替え、外に飛び出す勇気です。

私たちは、もともと、何があっても「だいじょうぶ」な存在。
今こそ、長い冬眠から目醒めて「春の時代」を謳歌するときです。

本書は、まさに並木さんから送られた「目醒めの世界」へのパスポート。
ぜひ、この2万6千年に一回の「目醒めの世界」へ旅立つチャンスを生かして、本当の自分を楽しみたいですね。
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