【書評】『アフター・コロナの未来ビジョン』(矢作直樹、並木良和)

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お薦めの本の紹介です。
矢作直樹さんと並木良和さんの『アフター・コロナの未来ビジョン』です。

矢作直樹(やはぎ・なおき)さんは、医師・医学者です。
麻酔科、救急・集中治療、内科の臨床医として勤務しながら、医療機器の開発に携われていました。
現在は、退官されて東京大学医学部の名誉教授となられています。

並木良和(なみき・よしかず)さんは、スピリチュアル・カウンセラー、作家です。
幼少期よりサイキック能力を自覚され、高校入学と同時に霊能力者に師事されています。
現在、7000人以上のクライアントを抱えられ、多くのワークショップ、講演会も開催されるなど、ご活躍中です。

「新型コロナウィルス」は世界に何をもたらす?

今、新型コロナウイルスが、世界中で猛威を振るい、多くの人を不安と恐怖に陥れています。

折しも、地球は次元上昇を続け、そこに生きる私たちも、大きな意識変革を迫られているとき。

このタイミングでパンデミックが起こったのは、もちろん偶然ではありません。
では、私たちは、新型コロナウイルスの存在をどう理解し、生きていけばいいのでしょうか。

矢作さんは、重要なのは新型コロナウイルスについても、全体をバランスよくとらえて生きていくことだと述べています。

矢作(前略)
ところで並木さんは、ウィルスが見えたりしますか?

並木 ウィルスですか? そうですね、直接ではないですが、違う姿で・・・・・たとえばエネルギー的にとらえようとすれば、できるはずです。

矢作 この人の身体のなかに新型コロナウィルスがいるとかいないとか、そういうことはわかります?

並木 ああ、見えるというよりも、わかります。

矢作 わかるんですね。

並木 でも、結局のところ、無症状であればぜんぜん問題ないと思うんですね。

矢作 ええ、関係ないですからね。
だけど並木さんの場合、こういうマスクひとつとっても人々の意識に寄り添って説明されて――つまりフェイクと、ちゃんと考える部分と――使い分けていらっしゃるのが、すごいなって思います。

並木 いえいえ。
ただ普通にしていると、僕自身、マスクをつけるのを忘れてしまうこともあるんですよ。でも、マスクをしていないと入れない場所やお店もあるので、一種のマナーというか、そのために意識的につけているようなところがあります。ですから、決して感染とかを強く気遣ってのことではないです。

矢作 ああ、そこまでではない?

並木 まあ、もちろん、全く気遣っていないわけではないですよ。

矢作 並木さん、えらいですね。

並木 いや、それはいやらしい考えかも。

矢作、いえ、やはりそれが新型コロナウィルスへ対する、われわれの対応の極意だなと思います。

並木 やっぱり、マスクをしていないと不自由なことや場所が多いんですよね。

矢作 もはや、ひとつのドレスコードですからね。

並木 ああ、そんな感じですね。いまやドレスコードです。ドレスコードも時代や場所でいろいろと変化しているので、その変化にはやっぱり・・・・・。

矢作 逆らわずに?

並木 そう、そう。自分も柔軟に変化していくことは大切です。特にこれからの時代は、変化を楽しむ感性が必要になりますし。周囲のいいなりになる、というのではもちろんありません。ただ、自分の真実を生きるんだ! と周りと摩擦を起こしながら、意地を張って、他と違うことをする必要はないんですね。

矢作 令和2(2020)年2月にお話をさせていただいたときには、日本人の2割が新型コロナウィルスに対してものすごく不安を抱いていて、5割がまあ不安であると、それで大丈夫と思っている人が残りの3割という数字でした。

並木 この夏になってそれが、だいぶ変わってきていますね。パーセンテージでいうとほぼ7割の人が、新型コロナウィルスに対する不安や恐れを感じ、先行きのことについて心配しています。
で、残りの3割の人たちは感覚が麻痺しているというか・・・・・。
でも、根拠もなく大丈夫だろうと考えていた人たちも、精神的にグラつきはじめている――そういう状況になってきていますね。
もう少し詳しく考えてみましょう。
この不安を感じている7割の人というのは、わかりやすくいうと「混沌としている人たち」です。不安だけれど、どうしたらいいかわからないとか、漠然とした不安を感じるとか・・・・・。ですから、ある意味では2月より、もっとひどい状況になっていることがいえます。
そうなるとこれから先に必要になってくるのは、やはり、ひとりひとりが意識を変えていくということであり、そのためのきっかけを作る、ということでしょうね。

矢作 それには「虚仮(こけ)の一念(いちねん)」ではないですが、とにかく粘り強く、同じことをずっといいつづける必要がありますね。

並木 ええ、結局はそれしかないです。真実を語りつづけることです。ですから僕もこのところ、ずっと同じことをいっています。

矢作 その際のモットーは、やはり先ほどの「バランス」ということですね。
とにかくゼロリスクというのは、もはや無理な話です。新型コロナウィルスにゼロリスクは求めてはいけない――それに尽きると思うのです。

並木 簡単にいえば、無難を求める人が多すぎるんです。でも、残念ながら、人生は変化の連続であり、変化はつきものですから、先ずは、それを受け入れることが大切になります。

矢作 共生というのは重要な概念で、それは人間が、敵対するウィルスとも共生しなければいけないと、割り切る必要があるんですね。

並木 ええ。嫌だといって、押しやろうとするのではなく、共生していくことを視野に入れる、もしくは共生することは当たり前だと考える。それが大事なことなんじゃないかな、と思うんです。

『アフターコロナの未来ビジョン』 第1章 より 矢作直樹、並木良和:著 青林堂:刊

本書は、世界的な大きな意識の変化のうねりの中で新型コロナウイルスが果たす役割と、それが過ぎ去った後、どのような社会が生まれるのかを対談形式でわかりやすくまとめた一冊です。
その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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経済を潰してだれが得をするのか?

矢作さんは、今回新型コロナウィルスのパンデミックのように、世界の経済活動をストップさせるのをよしとする人たちの存在を示唆します。

並木 まず、世界の経済そのものをダメにしようとしている人たちがいます。実際、そういう動きがあることを、僕は感じているんです。
そういう動きがあれば、メディア、マスコミはどうしてもそちら側と癒着(ゆちゃく)するというか、そういう方向に流れていきます。
具体的には、そちら側に都合のいい情報を流していくわけです。結果として、真実とはかけ離れた報道がなされることになります。こういうことは、これまでにもきっと、たくさんあったのだろうなと思います。
たとえば、「大変な暴動が起こっています」という報道があったとします。
ある国で、国中が大変なことになっていますと煽(あお)るような報道がなされているときに、その国に行った経験があるのですが、実際に自分の目で見てみると、いったいどこでその暴動とやらが起こっているのだろう、と思うことが多々ありました。
町は平和そのもので、どこにも争いなど起こってはいないんです。国中が大変だって、いったいどこの国の話なのだろう、と。
ですから、一部の出来事を、さも全体で起こっているかのように報道するのがマスコミなのです。そういう表現をしたほうが目立つということもあるでしょう。
これはいったいどういうことなのかと、とても疑問に思ったことがありました。

矢作 そういうなかで、本当に世界の経済を止めようとしているのは、誰なのでしょう? そこにはいわゆるフリーメイソンだけでなく、日本人もかかわっているとお考えになりますか?

並木 これは憶測で話しているのではなく、実際に動きとしてあったことです。
日本の企業が潰れていったり、お店が潰れていったりするとどうなるのか、ということが重要になります。
基本的に、潰れた企業やお店が使っていた土地はフリーになりますね。そこを買いあさる中国人がいる、というのは実際にあったことです。そういう動きは、ニュースにも出ていたと思います。
つまり、経済活動を停滞させて、仕方なく不動産を手放すという状況に追いこんで、即座に「ほら、空いたよ」といって買い取る。あとは自分たちの思うように使っていくだけです。そういう動きは、普通に世の中を見ていても見えてくるものなんですね。
ほかにも、経済の足下そのものを崩してしまおう、という動きもあるでしょう。

矢作 たぶんそれらは、国際金融家レベルからの指示ということではなくて、もっと下の・・・・・たとえば中華人民共和国の組織などの動きなのではないか、とも思いますね。実際に日本の国会議員には、事実上彼らに買収されている人も多いので。やはり、そのあたりの思惑も入ってるように思いますね。

並木 その場合には金銭だけでなくて、いわゆるハニートラップなんかもあったりするわけですか?

矢作 はい。

並木 ああ、いろいろとあてがわれているんですね。

矢作 某元総理大臣なんて、子供までいましたからね。政・官・財・学・・・・・みんなそうです。
でもこれらは――おそらくですが――国際金融家レベルでの話ではなくて、もう少し下のレベルで、そういう意図が働いているように見えるんです。

並木 うーん、もう少し下のレベルというのは?

矢作 中国共産党でいうと、あそこは産業についても共産党が仕切っています。ですから、そういうところが日本にも影響を与えているのかな、と感じるんですね。

並木 ああ、本当の上の上ではなく?

矢作 はい。ですから今回の新型コロナウィルスに関する自粛では、やはり結核を例に出したように、不要なことをする必要はない、普通にしていればいい、としか言いようがないですよね。

矢作 結局、だれかがなにかの意図をもって強行していることに対しては、いくら正論を語ったところでまるで通じない、とうい現実があります。
たとえば新型コロナウィルスの流行についても意図があります。
具体的にいうと、アメリカでも必要以上に危険を訴えている国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長の発言に対し、CDC(疫病対策センター)のシヴァ博士がこうコメントしています。
「彼らの目的は3つあって、恐怖によるコントロール、経済の崩壊、ワクチンの義務化。この3つのために、それをやっている」
ここまでの意図が明確にある以上、世界的な権威のある学者や医師がいくら正論を口にしたところで、潰されるだけです。正論の効果などないのです。
でもそれでも正しいことは正しい。間違いは間違いだといいつづけるしかありません。あきらめてはいけないわけです。

並木 はい、たしかにそのとおりです。逆にいうと、潰されはしますが、そういう世界を作りだしている人々の集合意識というものもあるわけです。ということは、やはりひとりひとりが意識を変えていくしかない。

矢作 われわれはそこで、高望みをしても仕方がないんですね。それよりも、「先ず隗(かい)より始めよ」です。

並木 それはよくわかります。結局、何をしてもそれは無駄にはならないし、そのなかでひとりひとりが目を醒ましていくとうことが、ものすごく大切なことなんですよね。

『アフターコロナの未来ビジョン』 第2章 より 矢作直樹、並木良和:著 青林堂:刊

新型コロナウィルスの流行が、意図的になされたものであるか。
それはともかく、それに乗じて、経済システムを停滞させようという企てがあるのは確かなようです。

私たち個人個人ができる対策は、必要以上に不安を煽るような情報に踊らされないこと。
新型コロナウィルスと共生する覚悟を決めて、変化を受け入れる柔軟な生き方が求められるということです。

オンラインの危険性とメリット

新型コロナウィルスの流行によって、人同士の接触を防ぐことを目的に、オンライン化が急激に進みました。
その流れは、今後ますます進んでいくことになります。

並木さんは、とくにVR、バーチャル・リアリティが非常に発達していくことになるだろうと述べています。

並木(前略)
VRというのは、仮想現実の世界です。つまり仮想現実の世界に、これから多くの人がハマりこんでいくわけです。
たとえば「旅行には行けない」となったときでも、VRなら国内はもちろん、外国だって行けます。ハワイでバカンスを楽しむことも簡単です。
しかもこれからはもっと技術が発達してくるので、見たり聞いたりするだけではなくて、感触も感じられるようになるでしょう。何かを食べれば、味や香りも感じることができるようになります。
でもそうなると今度は、「いったい現実とはなんだろうか?」という話になるんですね。
いま、僕たちが見ているこの現実のなかに、VRをカシャッと入れこんでしまえば、「あれ? これはどっち?」と、意識が混乱しはじめます。
実はこれは悪いことばかりではなくて、ある種の目醒(めざ)めへの大きなきっかけにもなるんですよ。
世界は素粒子(そりゅうし)の集まりであり、その素粒子の特定の動きを僕たちは視覚をとおして見ています。これはある意味、高性能なVR、バーチャル・リアリティの世界を、僕たちの肉体というものを通してみているだけなのです。
ですから本当の世界は、見ているままの形をしているわけでもないし、見ているままの姿で動いているわけでもありません。
こういう感覚は、オンラインの世界の延長線上にできあがっていくものなので。それはそれで人間が辿っていくべき道のひとつなのかな、とは思います。

矢作 まさに映画『マトリックス』の世界ですね。

並木 そうです、まさにそれ(笑)。

矢作 ただ、目醒めのきっかけになるのはすごくいいことだとは思うのですが、そこにあまりにもハマりこんでしまうと、「YOUはなにしに地球へ?」――(笑)
要するになんのためにこの3次元世界の地球に生まれてきたのか、ということにもなりかねませんね。
私たちはリアルな五感を経験するために、わざわざこの地球にきたわけですから。そこでバーチャルと実際の肉体感覚がゴチャゴチャになってしまったら、それこそなんのために地球にきたのか、という疑問も出てきます。

並木 それはつまり、この肉体をもって体験するか、あるいはバーチャルを通して体験するか、という違いになるんですよね。

矢作 となるとやはり、バーチャルだけという場合に、そのバランスの悪さが問題になってくる。肉体を通して感じる部分を捨ててしまったら、もう終わりだと思うんです。

並木 そうですね。肉体を持った意味というのは必ずありますから、それはそれで大切なことです。どちらも意味がないということは、絶対にありません。

矢作 そもそもでいうと、人間がこの肉体を維持していくというのは、とても大変なことですよね。

並木 そうです。ケアしていくというのはとても大変です。

矢作 そのケアを通じてさまざまなことをしながら、人間は生きていくわけです。新型コロナウィルスもそうですが、病気というのは大変なことのうちの最たるものですよね。そういう体験をしながら、人間はいわゆる進化をしていくわけです。
ところが、ずっとオンラインで頭と手しか使わなければ、いつかは手足がほそーくなっていくかもしれない。

並木 そう、そう。

矢作 いっそのこと、そうならないようにという警告の意味でも、未来の人間の姿をイラストで描いてみたらいいと思うんですよね。

並木 それからいま、肉体に機械を埋めこんで、人間を新人類に進化させようという動きもあります。いわゆるトランスヒューマニズムですね。
あれこそがまさに、人類を目醒めさせることだと主張する人もいます。
でも僕には、とてもそうは思えません。それは本当の意味で、目醒めることとは、意味合いが違うと思うんですね。つまり、本来の目醒めから、乖離(かいり)が起きてしまうのではないかと感じるんです。

矢作 違うような気がしますね。

並木 それを進化だというなら、たしかにそういう面もあるわけです。でも、あるとき「それが目醒めるということなんですか?」という質問を受けたことがあって、やはり「それは違います」と答えざるを得ませんでした。

矢作 きっとそれは、魂を前提にしていない発想だからでしょう。

並木 ああ、そうですね。魂の本質を理解していないんです。

矢作 まさに脳みそで物ごと考えて、錯覚してしまっている人の発想ですね。

『アフターコロナの未来ビジョン』 第3章 より 矢作直樹、並木良和:著 青林堂:刊

VR技術が進むと、あらゆることが人工的に体験できるようになり、その場で何でもしている気になります。
しかし、それはあくまで「仮想(バーチャル)」であり、「現実(リアル)」とは違います。

真の目醒めには、五感を通した現実からのみ到達できる。
テクノロジーの進化に頼りすぎて、頭でっかちの理屈屋さんにならないよう、気をつけたいですね。

「中今」でいまこの瞬間を生きる

私たちは、ありのままの本質を発揮しながら生きていく時代を迎えています。

並木さんは、サイキック能力が封印されたままの自分というのは、むしろ不自然なのだということに気づかなければならないと述べています。

並木(前略)
そのために、超能力的な感性はどんどん磨かれるべきだと、僕は思います。
そして同時に、そうしたことが常識として受け入れられるような情報開示も必要となってきます。超能力、もしくはスピリチュアルというものを特別なものやおかしなものにしてしまったり、あるいはあやしいものとして考えているようでは、新たな時代の流れから取り残されてしまうでしょう。
そもそも僕のなかでは、スピリチュアルと科学は同等です。
もっと正確にいえば、科学的に証明できていない部分がスピリチュアルなのです。
これはもちろん科学が劣っているという意味ではなく、スピリチュアルというのは本質なので、科学という限定された分野からでは理解が難しい、ということなのです。だからこそ、そうしたことを国ももっと認めて、オープンになっていくことが、本当に重要になります。
だから僕は、学校でも「統合」というものについて教えたらいいと思うんですね。
そうすれば子供のときから、現実は自分で作りだしているのだから、どうとでも作り変えることができるのだということが理解できるようになるはずです。そういう意識を持った子供たちが育っていけば、世の中は大きく変わっていくことになるでしょう。
とくに最近の子供たちは、きわめてナチュラルにサイキック能力を持って生まれてくるケースが多いので、それを大人が潰(つぶ)してしまわないようにすることが重要です。
とても残念なことですが、なにかが「視える」と子供がいったときに、「そんなことをいってはいけない」「気味が悪い」と遮(さえぎ)ってしまうのが、大方の大人の態度です。
これまで、そうやって多くの子供たちが、才能を潰されてきました。もしもそのまま伸ばしてあげることができていたら、それだけでも地球は変わっていたはずなのです。

矢作 統合というのはまさに「中今(なかいま)」だと私は思っています。困ったときには統合と「中今」を思いだして、そこから答えを引きだしていけばいいかと思います。
この世界の集合意識については、概念的な面では量子論ですでに説明ができるようになってきています。私たちの意識はエネルギーなので、自身がエネルギーを同じ方向に収束させていけるようになれば、ものすごい力になる。
いまの自分自身を生きるといった場合、私は古来の言葉で「中今」といっています。この言葉を知らない方が意外と多いのですが、私の親の世代はごくふつうに使っていました。「中今」とは、お釈迦様が「刹那(せつな)」といっていたのと同じで、「今を生きる」という意味です。

並木 今この瞬間だけに意識を向けると、そこには何も問題がないことがわかります。ところが過去や未来に意識を向けると、たちまち問題になってしまうのですね。
ですからひとりひとりが「たった今、この瞬間」に意識を向けることを習慣にする。過去を憂(うれ)いたり未来を嘆いたりするのではなくて、いまのこの瞬間だけに焦点をあてるのです。いまを100パーセント生きることで、毎日を充実させることができれば、3日後であれ1年後であれ常に充実するのです。

矢作 私たちの肉体は3次元ですが、肉体を脱げば次元が上がるという仕組みになっています。そのなかで、高い次元にまで一致できるのは、この「中今」だけです。
そこから少しでも意識がそれると、高次元につながることはできません。
高次元につながるということは、ひらめき・直観があったり、運動ならいわゆるゾーンに入ったり、瞑想(めいそう)やヨーガ、あるいは座禅(ざぜん)を組んでいる人が至福に入った状態で、これらはすべて「中今」なのです。逆にそういうことは、「中今」から外れると起こらない。

並木 矢作先生のおっしゃる「中今」では、自分の本質(魂)と直結した状態になるんですね。人によってはこれを「ゼロ・ポイント」というかもしれません。自分の意識の中核につながるポイントが「中今」ですね。たったいま、この瞬間だけに意識を向けていると、そこにつながることができます。
僕が「ダイヤモンドの位置」と教えているのが、まさにその「中今」の状態です。そのときには宇宙と自分の本質が、まるで一直線につながっているような状態になります。このポイントに入れば、インスピレーションや情報がポンポン降りてくるようになるんですね。つまり、自分にとって必要な情報を明確に知ることができるようになる、ということです。

『アフターコロナの未来ビジョン』 第4章 より 矢作直樹、並木良和:著 青林堂:刊

私たちが「超能力」と呼ぶものは、すべての人間に本質として備わっています。

統合を進めていく、自分の本質(魂)につながっていけば、それらが発揮されるのを妨げているものが取り除かれます。
サイキックな能力が発揮されるのは特別なことではなく、統合の過程においては自然なことです。

いずれにせよ、私たちに最も大切なのは「中今」、今を生きることです。
自分の本質(魂)とつながるという最大の目的に向かって日々進んでいきたいですね。

高次元の存在とつながる前に「本来の自分」とつながる

並木さんは、自分が本来は神であったことを思いだし、神となって帰る――それが本来の神社の役割であると述べています。

神は、自分の外にある存在ではなく、自分の内にある存在。
神社は、それを確認する場であるということです。

そこで大事なのが、神(高次の存在)との関わり方です。

矢作 自分にとっての神様というか、そこの感じ方が重要なわけですね。

並木 そうです。みんながそれぞれに感性を開き、自分で感知するというのが本来の姿だと思います。
ちなみに縄文時代には、それができていたのです。縄文の人々は、ひとりひとりが神様と直接、つながることができました。だからバランスがとれ調和が保たれていたのです。いまの社会のように、他者への批判や非難もありませんでした。
神社の祠(ほこら)もしくは社というのは、ポータル門、出入り口なのです。どこへつながるポータルかというと、ひとつは宇宙、つまり僕たちと宇宙をつなぐための施設でもあります。
この考え方、見方は、西洋のものとはまったく違います。八百万(やおよろず)の神が存在するということをとらえる精神性あってのものですから。そしてそこが、日本という国のすばらしさなのです。
八百万の神――簡単にいえば、すべてが神です。
木や岩、草花、すべてのものに神が宿っているという感性です。これはすごいことです。そのことを考えるたびにいつも、日本人に生まれてよかったなと思います。
もちろん大天使ミカエルは大天使ミカエルでいいですし、バシャールはバシャールでいいのです。
でも、まず、つながるべきなのは、本来の自分(ハイヤーセルフ)です。いつでも、その自分をとおして大天使ミカエルと、またはバシャールと、あるいはアシュタールとつながることを忘れてはいけません。この部分を飛ばして、高次の存在とつながろうとしても、本当のつながりは得られないのです。
まずは、自分に意識を向けること。それが目を醒ますことの第一歩になります。

矢作 それなのに、いまはだれもが他者の目をとおして、自己の承認欲求を満たそうとしていますからね。

並木 そうなんです。
でもそれでは本末転倒で、繰り返しになりますが、まずは、本来の自分とのつながりを取り戻すことが先決です。そうなって初めて、自分のなかに大天使ミカエルも、バシャールも、アシュタールも存在しているのだということに気づき、いわゆるワンネスの意識――すべての意識とひとつになる状態――につながるのです。

だから最初から、さまざまな高次の存在たちとつながりたいという意識は、外の何かにつながろうとする、分離の意識に他なりません。そして、その方向性で進んでも、目を醒ますことはないのです。

並木 神様の言葉をおろすという現象は、たしかにあります。それにあこがれる人も多いでしょう。そういうものとつなかることができる、チャネラーである――でもそれは何も、特別なことでも、すごいことでもありません。逆に変なあこがれや、ゆがんだとらえ方をすることは、じつは怖いことなのです。
なぜなら、自分がつながったと思った相手は、必ずしも神様ではないかもしれないからです。
これを、どうやって見分ければいいのでしょうか?
ポイントはやはり本来の自分とのつながり、つまりハイヤーセルフとつながることです。
ハイヤーセルフは、わかりやすくいうと昔でいう電話交換士の役割をしています。ですから自分をとおしてハイヤーセルフにつながることができれば、たとえば「アシュタールとつながる」と意図するだけで、確実にアシュタールとつながることができるのです。
けれどもハイヤーセルフを飛ばしてしまうと、たとえば、タヌキとつながって化(ば)かされるかもしれません。
「こいつ、アシュタールとつながりたいみたいだ・・・・・。よし・・・・・俺がアシュタールだよ」
そうなってしまうと、ほとんどの人に判別する手段はありません。つまり、本物のアシュタールだと思い込んでしまうのです。これはとても危険なことです。

矢作 本当にそうですね。

並木 それからもうひとつ。交信している相手が、高次の存在であるかどうかを見分ける「誰何(すいか)の法則」といいます。
これは、「至高の神の名のもとに、あなたは光の存在ですか? 」とアクセスしている存在に3回問う、というものです。実は宇宙には、至高の神の名のもとでは、2回まではウソをついても、3回目には本当のことを答えなければならない、という法則があるのです。これが「誰何の法則」です。
たとえばある存在が、自分はイエスだと名乗ったとします。
そして、もし、あなたが、それを疑わしく感じた時には、「至高の神の名のもとに、あなたは光の存在、イエスですか?」
「はい」
1回目はネガティブな存在であってもそう答えます。
「はい」
2回目も同様です。でも、相手が本当はネガティブな存在なら、3回目はそれはできません。
「至高の神の名において、本当にあなたは光の存在、イエスなのですね?」
本当にそうなら、3回目も答えは同じです。でも、違うのであれば至高の神の名において、真実を答えなければならないのです。
ですからここではネガティブな存在も、「いいえ」と答えざるを得なくなります。
ただ、まれに3回とも「はい」と答えることもあります。でもよく聴いてみると、「はい・・・・・ではない」小さな声で囁(ささや)くはずです。
要するに、しっかりと判断する、いわゆる審神者(さにわ)の能力が重要になったくるわけです。

矢作 そういうフェーズに入らない、落ち込まないようにするにはやはり、現実生活をきちんとすることが大切になりますね。

並木 本当にそのとおりです。
たとえばですが、現実生活において子供を産み、育てることは、とても大切なことです。
それは神様のメッセージを発信することよりも、はるかに重要なのです。なぜなら子育てを大切にすることで、これからの世の中に貢献できる、さまざまな可能性を引き出し、それは、その子供だけではなく自分も周囲もまた、大きな恩恵に預かることができるからです。
そうした、本当の意味で大切なことに気づくことができるかどうかなのです。だって、地に足をつけて生きることは、口でいうほど簡単なことではないのですから。
そうやって、目の前にあることを大切にし、人生を丁寧に生きることが、自分を大切にするということにつながっていくわけですね。

『アフターコロナの未来ビジョン』 第5章 より 矢作直樹、並木良和:著 青林堂:刊

高次の存在とつながる、つながらない。
それよりも、どんな存在とつながっているのかが重要だということです。

やはり、最初につながるべき存在は、自分自身「ハイヤーセルフ」です。
現実に惑わされず、粛々と統合を進めていくべきだということですね。

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目醒めるとは、本来の自分に戻る、自分軸に戻るということです。

並木さんは、そのためには、まずは自分の心が喜ぶこと、心がすっきりすること、腑に落ちること、惹かれること、ワクワクすること、心地いいこと・・・・・そうしたことをやってみることだとおっしゃっています。

外出自粛などで一人でいることが多くなり、否が応でも自分と向き合う時間が増えました。
これもまた、新型コロナウィルスの果たした役割のひとつといえます。

アフターコロナは、組織よりも個人が輝く時代です。

個人個人が「本当の自分」とつながり、自分らしく生きる。
その集合体が、これまでとはまったく違う、新しい社会を創り出します。

本書は、混沌とした世の中を明るく照らし、私たちが進むべき道を示してくれます。
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