【書評】『悩みどころと逃げどころ』(ちきりん、梅原大吾)

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 お薦めの本の紹介です。
 ちきりんさんと梅原大吾さんの『悩みどころと逃げどころ』です。

 ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)は、関西出身「おちゃらけ社会派」の有名ブロガーです。
 2010年に証券会社を退職後、“楽しいことだけをして暮らす”人生を実践されています。

 梅原大吾(うめはら・だいご)さんは、プロ格闘ゲーマーです。
 2010年から日本人で初めてプロ契約を締結し、「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」としてギネスに認定されています。

人生で難しいのは「頑張りどころ」と「逃げどころ」


 常識や偏見にとらわれず、やりたいこと好きなだけする、自由な人生にこだわるちきりんさん。
「格闘ゲーム」という一つの道を、ストイックに突き詰め、限界に挑戦し続ける梅原さん。

 正反対の二人ですが、それぞれのスタイルで自分の望む人生を掴み、現在の地位を築いています。

 自分の思い通りに人生を生きるのは、多くの人にとって、難しいことです。
 ちきりんさんは、特に難しいのは、「頑張りどころ」と「逃げどころ」だと述べています。

 頑張って頑張って、でもうまくいかなかったり傷ついたり、大変なことかあった時、どのタイミングでなら逃げてもよいのか、いつ逃げるべきなのか、その見極めがとても難しいと感じます。人は、頑張りすぎると疲れてしまいます。だからといって逃げてばかりでは達成感や、それに伴う喜びを手に入れられません。
 今回、極限まで自分を追い込む(私とは正反対の!)スタイルで成長を続ける梅原大吾さんと対談し、そのことについてあらためて考えました。本書の中で梅原さんと私はまったく異なる地点から、「頑張り方」と「頑張る方法」を提示しようともがいています。
 何のために? 「いい人生」を手に入れるために、です。それぞれの人がそれぞれの「いい人生」を手に入れられるように、私たちはどんなメッセージを発するべきなのか。長い時間をかけて考え、話し合いました。
 梅原さんは、さまざまな点で私とは対極にある人です。ごく小さな頃に一生を懸けるべき対象に巡りあい、勉強や学歴という社会の安全地帯を歩くためのパスを自ら手放したこと。成長することが大好きで、ストイックなまでにその道を究め続けていること。格闘ゲームや家族や仲間たちとはとことん深い絆(きずな)を築きながら、世の中の動きにはまったく興味がないこと。どれもこれも、私とは180度異なっています。
 あまりに経験や立ち位置が異なるため、今回の対談では驚きとともに、数多くの学びがありました。たとえば私は今回はじめて「やりたいことが明確な人生の厳しさ」について理解しました。多くの人が「やりたいことが見つからない」と悩んでいるのは知っていたけれど、その反対の悩みもあるということには気づいていなかったのです。そういった私自身の気づきや学びは、きっと読者のみなさまにも役立てていただけると思います。
 みんな、自分なりの「いい人生」を手に入れようと頑張っていますよね。でも、うまくいかないこともあれば、つらいことも多い。そういう時この本を読んで、梅原さんの姿勢、もしくは私の発想から何かひとつでもヒントが見つからないか、探してみてください。

 『悩みどころと逃げどころ』 ご挨拶〜まえがきに代えて より ちきりん、梅原大吾:著 小学館:刊

 本書は、人生で迷ったとき、悩んだとき、その突破口となるヒントを、対談形式で、テーマ別にまとめた一冊です。
 その中からいくつかピックアップしてご紹介します。

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「学校」って、行く意味ある?


 ちきりんさんは、学校で教わったことって何だったのか、それはその後の人生に役立っているのか、役に立ってないとしたら、そもそも学校へ行く意味ってあるんだろうかと、現在の学校教育のあり方に疑問を投げかけます。

ウメハラ 学校に行く意味、ないと思ってるんですか?
ちきりん ゼロとは言いませんが、最近はあんまり人生に役立たないだけでなく、学校でまじめに勉強した人ほど損をする仕組みじゃないかなとさえ感じてます。
ウメハラ ずいぶん極端なこと言いますね。
ちきりん だって学校って本来「自分のアタマで考える力」を養うところなのに、「とにかくこれをやれ」とか、「先生の言うことさえ聞いておけばいい」みたいに、無思考であることを勧められるんですよ。それって変でしょ。
ウメハラ「言われたことをきちんとやり、テストでいい点を取ればいい大学に行けて、いい会社には入れ、いい人生が送れる」ってやつですね。
ちきりん でももうそんな時代じゃない。今は大企業でも倒産やリストラが珍しくないし。
ウメハラ 確かに僕が知っているような有名企業でもリストラやってますね。
ちきりん 従順ないい子が、「学校でまじめに頑張ってれば一生安泰だぞ」って言われてそのとおりやってきたのに、40歳になっていきなりハシゴをはずされ、食べていけなくなりましたって、ヒドくないですか?
ウメハラ それはたしかにキツそうです。
ちきりん でしょ。こんなはずじゃなかった、約束が違うじゃんって、思いますよね。倒産やリストラみたいな予想外の事態に陥った時、ほんとは自分で考え行動したり、新しいことをやってかなくちゃいけないのに、学校では自分で考える訓練も、人と違うことをやるっていう体験もしていない。それをいきなり自力で頑張れとか言われても無理ですよ。
ウメハラ 学校でマジメに勉強してた人でも、困っている人が増えてると。
ちきりん むしろ学校の教えをマジメに守ってきた人ほど、「これでよかったハズなのに・・・・・」ってなっちゃってる気がする。
ウメハラ 今の学校には問題がある、だからそれを変えていきたいって、ちきりんさんは思っているんですか?
ちきりん というより、ずっと学校の教えを守って生きてきたのにリアルな社会で行き詰まっちゃった人や、学校で植えつけられた価値観が足かせになって生きづらい人生を送ってる人たちに「自分は学校で何を学んできたのか」あらためて考えてもらい、自分を縛ってる価値観と向き合ってもらえれば、人生をいい方向に軌道修正する機会になるんじゃないかと思って。
ウメハラ そっか。僕はあまり学校に関わらなかったから影響を受けることも少なかったけど、まじめに学校に行ってた人ほど、その後の人生が学校の教えや価値観に左右されてるわけですね?
ちきりん そうそう。今や「いい学校→いい会社→いい人生」なんて構図が成り立ってないのは明白でしょ。なのにいまだにそういう価値観を押しつけてくる学校に、貴重な人生の時間を何年も捧(ささ)げるなんてホント無駄だなって、最近よく思うんです。

 『悩みどころと逃げどころ』 第1章 より ちきりん、梅原大吾:著 小学館:刊

 まじめに、ただ言われたことをそのままやっている生徒が評価される。
 日本の教育方針自体が、時代のニーズに合わなくなっているのは事実です。
 一方で、日本はいまだに、偏差値の高い人、高学歴な人評価される、学歴差別社会です。

「何を学んだか」より、「どこで学んだか」を重視する。
 日本の社会に根づく、いびつな考え方に基づく偏見を変えていく必要がありますね。

なぜ、日本人は、まともな質問ができないのか?


 大の「学校嫌い」である梅原さん。
 その理由は、学校がつまらない、教えられている内容が役に立たないから。
 中学でも高校でも、授業はもっぱら睡眠時間に充てていたそうです。

ウメハラ「余計なことを考えずに勉強しろ」って言っている限り、学校はおもしろくならない。逆に、余計なことをあれこれ考えさせてくれる授業なら、たぶん僕も寝なかった。
「なんで」「どうして」といった疑問を与えてくれたら、常に考えなきゃならないから寝てるヒマもないし、考える力もつきますよ。
ちきりん そうなのよ。現実社会で役立つのも、そういう「なぜ?」や「どうして?」という思考なんです。それなのに、疑問をなるべく持たせないようにするのが、今の日本の学校なんだよね。
ウメハラ 実はゲームの世界でも、日本人は“疑問を持つ力”が足りないんです。ファンからの質問でもその差は歴然としてて、アメリカ人の質問のほうが圧倒的におもしろい。
ちきりん たとえばどう違うの?
ウメハラ「あなたの動画を見てると、この部分の動きが他のプレーヤーより非効率に思える。それなのにあなたが一番、勝ってる。ウメハラさんが一見非効率に見える動きをるのはなぜですか? やっぱりそこに強さの秘密があるんですか? それとも単に好みの問題ですか?」みたいに、アメリカ人の質問は感心するほど具体的だし、深いんです。
 ところが日本人からの質問は、「僕は思うように勝てません。どうすれば勝てるようになりますか?」みたいな質問ばかり。格闘ゲーム自体は、日本のほうがレベルが高いのに。
ちきりん それおもしろい。ゲームでは日本のほうがレベルが高いのに、寄せられる質問はアメリカからのほうが圧倒的に質が高い。その逆転の理由は何? 偶然じゃないよね?
ウメハラ とても偶然じゃないだろってくらい、日本人とアメリカ人の質問には明確な差があります。それに僕が感心するレベルの質問ができるってことは、質問者はその時点ですでに、答えに半分、手が届いているんですよ。
ちきりん 確かに。
ウメハラ 僕自身、面白い疑問が頭に浮かんだ時は、「俺ってなかなかナイスじゃん」って思うんです。なぜかと言えば、おもしろい疑問って、それを感じた時点で答えが見つかったのと同じような感覚が得られるから。結局のところ疑問さえきちんと持てれば、たとえ時間がかかっても、自分なりの結論に必ず到達できる。
ちきりん 一方、「どうすれば勝てますか?」みたいな質問をしている人は・・・・・、
ウメハラ 100年たってもそこから先に行けないでしょうね。そしてなんでそんな何も考えてない質問しか出てこないのかと言うと、「誰かに答えを与えてもらおうとする前に、自分で考える訓練」をしてないからだと思うんです。
ちきりん 質問する力を鍛えないところ、特にWHY(なんで?)を突き詰めないところが、日本の学校の致命的な問題点ですよね。
ウメハラ そう思います。子どもたちからできるだけ多くのWHYを引き出せるよう、もっと工夫してほしい。「黒板係はなんで必要なんですか?」とか。
ちきりん またそこ? ずいぶんこだわりますね。
ウメハラ っていうか、正解なんかなくてもいいんですよ。世の中の本当に大事なことには、正解なんてないんだから。でも正解がなくても、考えて考えて、なんとか自分なりの答えを探し出さないと勝負にならない。

 『悩みどころと逃げどころ』 第2章 より ちきりん、梅原大吾:著 小学館:刊

 学校のテスト問題も、入試問題も、すべて正解が決まっています。
 それも、公式や解き方さえ頭に叩き込めば、それを当てはめるだけで解けるものばかりです。

 一方、社会に出てから直面するのは、ほとんどが「正解のない問題」です。
 考える必要のない単純作業は、どんどん機械やコンピューターに置き換わりつつあります。

 疑問を持つ力。
「正解のない問題」に自分なりの答えを探し出す力。

 それらを身につけられる教育に切り替える必要がありますね。

勝ち続けるコツは、“型”にはまらないこと


 勝ち続けることを要求される、厳しい勝負の世界に身を置く梅原さん。
 しかし、たとえ勝負事であっても、ただ勝てばいいわけじゃないと指摘します。

ウメハラ 新しいゲームがリリースされた当初は、そういう簡単で強いキャラクターを選んで、そのキャラが持っている強い武器をどう使うかだけ考える人が圧倒的に勝ちやすい。ところが最初は勝てても、それだとそのうち勝てなくなるんですよ。
ちきりん なぜ? 同じキャラをずっと使ってたら、慣れてきてさらに強くなりそうなのに。
ウメハラ 不思議でしょ。理由は、それをやってると何も考えなくなるからです。簡単なキャラを使った戦い方って、型にはまってるんです。こうやればいいという定式があって、それをそのままやってるだけ。だから時間がたてば他の人もできるようになるし、相手も対策を立てやすい。しかもひとつの方向に洗練されてるだけだから、一定のところで成長も止まってしまう。
ちきりん なるほどー。
ウメハラ でも逆に、僕が勧められて選ぶようになったキャラクターは、操作は難しいけど、工夫が生きやすいというか、技術介入度がすごく高いんです。
ちきりん どう戦えばいいのか、もっといい方法があるんじゃないかと試行錯誤を続けることで、それまで見えてなかった高みに到達できるんだ!
ウメハラ はい。しかも難しいキャラは使ってる人も少ないから、対策もされにくい。一見効率は悪いけど、長期的には圧倒的に勝ちやすくなります。
ちきりん それがウメハラさんの言う「結果よりプロセスが大事」であり、「勝つことと勝ち続けることの違い」なんだね。そしてその過程で、ウメハラさんは今の思考力を培ったと。
ウメハラ そうです。小さい頃、父からは「人の意見を鵜呑(うの)みにしていたら、自分の道を切り開けない。必ず考えろ」って繰り返し言われてました。その上で、実際に思考力が身についたのは、やっぱりゲームによってです。1回勝つだけじゃなくて勝ち続けたいと思ったら、自分で考えるしかないと気がついたんです。
ちきりん とはいえ目の前に勝ちやすいキャラと難しいキャラがあったら、私はやっぱり前者を選ぶだろうな。私みたいな学校エリートって、結局そういうことが得意なんですよ。要領よくテストの点を取ると評価されるわけだから、どうすれば勝ちやすいのか、それを見つけるのがすごくうまい。
 大学入試の科目選択だって、「ホントは日本史のほうが好きだけど、点が取りやすい世界史を選ぼう」とか「生き物に興味があるけど、物理のほうが得意だから生物は選ばない」みたいなことをする。ほんとに馬鹿げてます。
ウメハラ ゲームだってそういうプレーヤーのほうが圧倒的に多いです。強い武器に頼って決まった型で戦えば、短時間で80点が取れるから。
ちきりん 勉強と同じですね。ちゃちゃっと80点取る子が賢い子。
ウメハラ そういうやり方って、新作ゲームがリリースされるスパンが短ければすごく有効なんです。実際、昔の格闘ゲームのスパンってだいたい1年ぐらいでした。だからゲームのリリース後、遅くとも半年後に開かれる全国大会で優勝さえしちゃえば、そのゲームの王者として認められる。だったら扱いやすくて強いキャラを使って勝てばいい。ゲームのスパンが短いと、要領よくさっさと結果が出せる人が勝者になる。
ちきりん それも学校に似てますね。中間だ期末だ入試だと、テストはタイミングが決まってます。だからそこで良い点を取るだけなら、一夜漬けで暗記して、翌日は何も覚えてなくてもいい。まさに私みたいな人が得意なパターンなんですけど。
(中略)
長期の勝負になると、要領のよさとか効率のよさだけでは勝ち続けられないってことね。まさに学校と仕事、もしくは、学校と人生の違いですよね。一夜漬けの能力だけで仕事ができたりはしない。だから学校エリートと仕事ができる人って、同じじゃないんです。

 『悩みどころと逃げどころ』 第3章 より ちきりん、梅原大吾:著 小学館:刊

「この方法ならば、自分は負けない」
 そういう“型”を持っている人は強いです。
 しかし、その強さは、あくまで型にはまったときだけのもの。
 自分の型が通じない相手には、もろさが露呈します。

 どのような状況になっても、冷静に対応できる用意周到さ。
 現状に満足せず、つねに上を目指す向上心。

 私たちを取り巻く環境は、刻一刻と変化していきます。
 考え続けることの重要性が問われます。

「既成品」としてのいい人生


 ちきりんさんは、学校的価値観が提示するところの「いい人生」ってのが、ほんとに多くの人を、その人なりの「いい人生」から遠ざけてると指摘します。

ちきりん 学校って卒業した瞬間に、できるだけ大きな安定した船に乗りましょうって教えるんです。「船は大きければ大きいほどよくて、大きな船に乗りさえすれば一生安泰です」って。学校を卒業する瞬間に人生が決まっちゃうみたいな感覚を持たせるから、多くの学生が卒業時にできるだけ大きい船に乗ろうとする。
ウメハラ まあでも、大きな船には安心感がありますよね。僕はすごく不安でしたから。「みんな船に乗っていくのに、俺だけ乗らないで大丈夫なのかな?」って。今にして思えば、船なんて乗らなくてもなんとかなるし、実際、今だって自力で泳いでますけど。
ちきりん 私の場合は、最初そこそこ大きな船に乗ったんですよ。でも、それってホントにつまんない人生だなと思って、途中で船を降りたんです。降りる時は不安だったけど、降りたらなんとかなるって気づいた。船に乗ってる時は、「船から降りると大変な世界が待ってるよ」と脅されてたけど、そんなの嘘だった。
 だから、船にずっと乗ってる人たちに向かって、「みんな降りたほうがいいよ! おいで、楽しいよ!」ってブログや本で煽ってるんです。でもみんな、なかなか降りてこない。
ウメハラ 大量の時間やお金を投資してようやく手に入れた船なんだから、簡単には捨てられないでしょう。僕的には船の大きさより、乗ってる船が自分が行きたい場所に向かってるのか。そっちのほうが大事ですけど。
ちきりん ですよね。しかもこの「大きな船に乗り込んで、いい人生をゲットしよう!」ってコンセプト、時間感覚も変なんです。
ウメハラ 時間感覚?
ちきりん 今、「いい人生?」って聞かれたら、ウメハラさんは、今この瞬間がいい人生かどうかを考えますか? それとも80歳とかになる何十年も後のことを考えますか?
ウメハラ そりゃあ今ですよ。80歳になっていい人生だったと思うかどうかは、その時になってみないとわからない。
ちきりん ですよね。だけど大きな船に乗っている人の多くは、まさにその何十年か後にいい人生だったと思えるかどうかを現時点で考えて、船に乗ってるんてす。
ウメハラ どういうこと?
ちきりん 今は船の中はたいして楽しくないけど、ずっとここにいれば、80歳の時にはきっと「いい人生だった」と思えるはずだと、そう信じてるんです。だから船を降りた人に対して「おまえ今、楽しくないだろ?」じゃなくて、「そんなところにいたら、老後に大変だぞ」とか言うんですよ。なんでそんな先のことを基準にして今の判断をするのか、まったくわからない。
ウメハラ 確かによくわかりませんね。まあでも本人がそれで幸せなら、僕たち外野がとやかく言うことはないですよね? 僕は僕で勝手にやるし、もし迷っている人がいるなら、「こっちの人生もアリだよ」とアドバイスはするけど・・・・・。ちきりんさんは、なんでそんなに他人の人生に口を出すんですか?
ちきりん えっ? いや、そんな口出ししてるつもりはないんだけど・・・・・。だって大きな船だっていつまでもつか、もはや誰にもわからない時代でしょ? だからホントにそこに居ていいの? いま人生が終わっても、ほんとに「いい人生」だったと思える? って、常に問いかけたいんです。それでも自分はここに居ますって言うなら、もちろんそれでいい。それがその人にとっての「自分の決断」だから。
ウメハラ なるほど。問いかけることで、意思の再確認を促してるわけですね。

 『悩みどころと逃げどころ』 第5章 より ちきりん、梅原大吾:著 小学館:刊

 かつてないほど価値観が多様化した現代社会。
 好きなものも、欲しいものも、やりたいこともすべてバラバラです。
 その状況で、「こうすれば幸せになれる」という生き方があるというのは、無理がありますね。

 多くの日本人は、敷かれていたレールの上を、言われるがままに走らされてきました。
 レールの先に待つものは何か。
 それもわからないまま、とにかく走り続ける。
 そんな人生に、違和感を覚える人が急増しているのも事実です。

 学校的価値観が提示する「いい人生」から、自分なりの「いい人生」へ。
「自分の人生の進む方向は、これでいいのか」
 いったん立ち止まり、じっくり考えてみる必要がありますね。

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☆    ★    ☆    ★    ☆    ★    ☆

 社会派ブロガーのちきりんさんとプロの格闘ゲーマーの梅原さん。
 世代、性別、育った環境、それに価値観も、まったく違うお二人ですが、唯一、共通していたのは、「自分の生きたい人生を生きる」という情熱です。

 自分は、どういう性格で、どういう特長があり、どういう短所があるのか。
 どういうことが好きで、どういうことが嫌いか。

 それらをしっかり把握し、全面的に認めたうえで、自分の思い通りに生きていく。
 彼らの生き方には、ある種の爽快感があります。

「自分の人生は、このままでいいのか」
「生き方を変えたいけれど、どうしたらいいのかわからない」

 そんな悩みを抱えている方たちの参考になるヒントが詰め込まれた対談集です。


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